ご隠居様には、難解な問答で人を困らせる癖がある。
答えのないその問答に、桐生君はどう答えるのか…
「この桐生君なら、いい答えを出してくれるかもしれませんよ?」
「えっ!?む…無理ですよ!」
君が無理かどうかは、聞いてない。
全ては、朔也様の為…
「クリアよ、無理強いをしてはいけない。お若いの、気にせんでいい。私は、部屋に戻るぞ」
ご隠居様の下駄の音が、遠ざかって行く。
こんな事で、諦めてたまるか!
「無理って、どういう意味?」
自分よりも幾分背の低い桐生君を見るには、どうしても見下ろす感じになる。
人と話す上で失礼に値するこの行為も、威圧感を与える為にわざとやってやる。
「ど…どういうって…駒の動かし方くらいしか、分からないですし…」
将棋の事を聞かれると、思ったのか…
それは、僕に責任があるな…
肝心の説明をする前に、ご隠居様に会わせてしまった。
「安心しなよ。聞かれるのは、将棋の事じゃないから」
「………え…?」
うん、予想通りの反応だ。
将棋の話をしてて、聞かれる事が将棋の事じゃないなんて混乱して当然。
「中庭に出ておられるなんて思わなかったから、順序狂ったけど説明するよ。……その前に、1つ質問。朔也様の友達になりたいって気持ちは、本当?」
その気持ちが嘘なら、こんなお膳立て無駄になるだけだからね。
「本当です!俺は、美空君を《自由》にしてあげたいんです!」
《自由》…?
桐生君は、現状をどこまで把握してるんだ?
「《自由》がないと、朔也様が言われたのか?」
「はい。だから、俺は約束しました。『《自由》にしてあげる』って…」
バカな事を…
一介の中学生なんかに、大昔から続いてきたこの家の伝統が崩せる訳がない。
「ガキのくせに、何言っちゃってんの?この家を敵に回したら、どうなるか分かんないの?純粋で世間知らずの大事な若君を、これ以上惑わせないでくれないかな?」
桐生君は、俯いたまま動かなくなった。
怖がらせてしまったかもしれないけど…
これで諦めて帰るようなら、所詮それだけの人間だったという事だ。
さぁ、どうする?
「……………今はまだ、何も出来ない。でも…俺は、美空君の友達を辞める気はありません!いつか必ず、美空君の心からの笑顔が見たいんです!」
心からの笑顔…
僕と同じ…?
「あははは!気に入ったよ。桐生 雅人君、僕はこれから…君達の味方だよ」
「君…『達』って…?」
そんな事、決まりきってる。
「朔也様と、君だよ。僕はこの家の従者じゃないから、わりと勝手に出来るんだ。大和との勝負の話も、色々聞いてる。僕は、大和の師匠だからね。味方に付けといて、君に損はないと思うよ」
大和も、無茶な勝負を仕掛けたものだ。
どう贔屓目に見ても、桐生君は武道をしていた者の体格じゃない。
どんなに本気でかかって行ったとしても、簡単に避けられて終わりだろう。
「高木先輩の師匠って、空手の…ですか?」
「もちろん。君もそれなりに鍛えないと、いつまで経っても一撃なんて入れられない。この家には、道場があるんだ。大和が部活の間、君を鍛えてあげるよ」
まぁ…付け焼き刃でどこまで強くなれるかは、桐生君の資質と運動神経が頼りなんだけどね。
「やります!絶対に、認めてもらわなきゃいけないんです!」
へぇ…思ってたより、いい目をするじゃないか…
これは、面白くなりそうだ。
「いい返事だ。でもねぇ…大和に認められる以前に、君にはやってほしい事があるんだけどね」
「やって…ほしい事…?何ですか?」
この家に出入りするには、ご隠居様に気に入られなきゃ…話にならない。
「それはね、ご隠居様とお話ししてほしいんだ。君の為なんだから、頑張ってよね」
答えがあるなら教えてあげられるけど、ご隠居様がどんな問答を出されるかは僕にも分からない。
こればかりは、神のみぞ知るってヤツか…
ーー16時55分・ご隠居様の部屋前…
「あの…話をするだけで、いいんですよね?」
重要なのは、話云々じゃないけど…
「聞かれた事に、正直に答えればいいよ。ご隠居様には、嘘は通用しないからね」
もうすぐ、17時になる…
一度、朔也様の所に戻るか。
「時間、気になるんですか?」
目敏いな…
仕方ない…桐生君に、1人で頑張ってもらおう。
「気にしないで。行くよ………ご隠居様、今少しよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。入って参れ」
ご隠居様からの威厳のあるお返事を聞いて、その場に正座をして障子を開けた。
「先程は、失礼致しました。改めまして、朔也様の友人の桐生 雅人君です。是非、あのお話をお願い致します」
『あのお話』=問答だ。
「桐生とやら…先程は無理だと言っていたが、心は決まったのか?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
今の内に、朔也様の所に戻ろう。
見捨てる訳じゃないよ?