ーー19時00分・屋敷内道場…
これは、また随分と…
「荒れてるねぇ…」
道場の床一面に拡がる、元は木の板や瓦だったはずの残骸…
ストレス発散に、試割りしやがったな…
「自分で片付けるのだから、別に構わないでしょう!何しに、来たのですか!邪魔しに、来たのなら……ッ…!?」
文句を言いながら振り返った大和の目の前に、左手首に付けている腕時計を突き付ける。
何か、重要な役割忘れてんじゃないの?
「特訓内容に、文句はないけどさ…お迎え、行かなくていいの?お前が行けないなら、僕が行ってもいいけど?」
「……………」
すぐに、反論が返ってくると思っていた。
『僕が行ってもいい』って言った後、確かに大和の口は動いたんだ。
でも、言葉が紡がれる事はなかった。
「大和?試割りで、どっか痛めたんじゃ…」
「違います…私は片付けがあるので、お迎えお願い出来ますか?」
え…?今、なん…て…
あの大和が、まさか…
「お前、正気か?あ、あれだぞ?僕は、その…そう!口を、利いてもらえなくなったんだぞ!?そんな僕に、お迎え行かせていいのか!?」
僕、何言ってんだろ…
自分で、自分を貶(おとし)めてどうするよ…
「良くは、ありません。………ありませんが…お咎め、覚悟の上です。朔也様は、きっと……」
まただ…大和の口は動くが、言葉が紡がれない。
「大和…?何を、言って…」
「何でも、ありません!さっさと、行って下さい!」
ーー15分後・東屋…
来たのはいいけど、何て言って朔也様の前に立てばいいんだよ…
話さえしてもらえない恐怖が、僕の心を支配している。
もう2度と訪れないかもしれない、名誉挽回のチャンス。
無駄には、出来ない。
懐中電灯で足元を照らしながら、灯りのついた東屋へ向かう。
近付いて行くと、朔也様がこちらに気付いた。
「夕飯の、お時間です。お迎えに、上がりました。大和は、来ませんよ」
「…………………」
やっぱり、話してはもらえないか…
「えっと…と、とりあえず…ご飯、食べに行こ?俺も…晩ご飯食べたら、帰らなきゃだし…」
桐生君に促され、朔也様は立ち上がって蝋燭の火を消していく。
東屋の灯火が消え、僕が持つ懐中電灯だけが辺りを照らす。
歩き出そうとした時、不意にシャツの袖が引っ張られた。
僕を見上げた朔也様の瞳が、不安そうに揺れていた。
「……クリア、俺の味方だと言ったのに…」
朔也様から、話しかけられた!
ここで信頼回復出来なければ、全てが無駄になる。
「味方ですよ。この腕時計を贈った時の気持ちに、嘘は決してありません。そして、今もその気持ちは変わりません」
朔也様の左手首に付けられた腕時計に、手を添えて優しく答える。
嫌われてる訳じゃない。
僕がプレゼントした腕時計を、今でも付けてもらえてる事実が何よりの証拠。
「……ならば、教えてくれ。お前は、どうして…お祖父様に…」
桐生君をご隠居様に会わせたといっても、それはご隠居様の味方になるという事じゃないんだ。
「ご隠居様に認められるには、こうする他に方法がなかったんです。この家でのご隠居様の権力には、例え御前様といえども敵わない。だからこそ、認められる必要があるんですよ」
こんな言い訳が、どこまで通用するか分からない。
でも、分かってほしい。
「……桐生…俺は…」
僕の袖を掴んだままだった、朔也様の左手が震え出す。
「大丈夫だよ、美空君。どんなに難しくても、認めてもらえるように頑張るから。俺の事を、信じて」
桐生君は、不思議な子だ。
上手くいく確証なんてどこにもないのに、どうにかなるとさえ思えてしまう。
「僕の事も、信じて下さい。桐生君は、僕が全力でサポートしますから」
安心してもらう為に言ったのに、朔也様は俯いてしまった。
僕が何を言っても、朔也様の憂いは拭えないのか…
これ以上、どうすればいい…
僕の袖を握った手に、力が込められた。
俯いたままの朔也様の表情は、どこか泣き出しそうに見える。
「……お祖父様は、簡単に認めない。下手をしたら、桐生だけでなく…お前まで、失ってしまうかもしれない。そんな事になったら、俺は耐えられない…」
僕だって、そんな事になったら耐えられない。
そうならない為に…朔也様が何も失わないように、僕が全力を尽くすのみ…
「何一つ、失わせません。朔也様が望む未来へ、僕が導きます」
そろそろ戻らないと、食事が冷めてしまう。
朔也様の背中を押して歩くように促すと、それに従ってくれた。
桐生君には手招きをして、2人を連れて離れの廊下に上がる。
「……クリア…これから何が起こったとしても、俺を裏切らないと誓えるか?」
答えなんて、最初から決まってる。
言葉がほしいと言うなら、いくらでも言おう。
「この命に懸けて、誓います。親愛なる朔也様の為に、僕の全てを捧げましょう」