【大和side】
屋敷に着いて、最初に見たのは楓の泣き顔だった。
『何でもない』と言い張る楓から、事の次第を聞き出し制服のままで朔也様のお部屋へ向かった。
そして今、朔也様と対面している。
泣かれていたのだろうか…
赤くなった目元が、それを顕著に表していた。
言った事に後悔されているなら、私からは何も言う事はない。
これからどうするかは、朔也様自身が決める事だ。
「……怒っては、いないのか…?」
不安そうな表情で見上げてくる朔也様に、どこか安心感を覚える自分がいる。
人前でどれだけ無表情を装っていても、感情がない訳ではない。
まだ、13歳の子供で…
ほんの些細な事で傷付き、涙を流す。
「怒ってなど、おりません。朔也様は、既に反省されておられるのでしょう?」
「……………(コクン)」
何も言わずに、ただ頷く。
たまに出るこのような子供らしい一面を、見せてもらえるだけでとても嬉しくなる。
幼かった頃と同じように、頭を撫でる。
「お食事の前に、お顔を洗いましょう。そのままでは、桐生様がご心配されます」
桐生様の名前を出した瞬間、朔也様が息を飲んだ。
「……桐生…!桐生は、今どこにいる!?」
なぜ、こんなにも焦って…?
そうか…ご隠居様が、出された条件の事で…
「心配には、及びません。クリア様が、
お守り下さいます」
あの人は、武道の腕だけは確かだ。
何があっても、対処出来る頭脳もある。
「……クリア…夕方からずっと、桐生と一緒にいてくれているのか………そういえば、お前はまだ制服ではないか」
あぁ…帰ってから、すぐにここへ来たから…
襖を開けて、廊下に出る。
「着替えて、参ります。朔也様は、どうなさいますか?」
私に次いで廊下に出て、一度だけ振り返り…
「……顔を、洗ってくる…」
そう言って洗面所に向かう朔也様の後ろ姿を見送った後、襖を閉めて着替える為に自室へと向かった。
ーー15分後…
「やぁ~まぁ~とぉ~」
間延びした声に嫌々ながら振り向くと、予想通りの人物が手を振りながら近付いてきた。
その隣には、桐生もいる。
「変な呼び方を、しないで頂けますか?桐生様、どこもお怪我なさっていないようで安心致しました」
「あ、はい。ありがとうございます…」
私などに、礼は必要ないのですが…
視線を感じて隣を見ると、クリア様がふてくされていた。
当然ながら、全く可愛くなかった。
「なぜ、ふてくされているのです?可愛くありませんよ」
22歳の男が、何をやっているのか…
「お前ね…酷くない?どうして、僕に対して毒舌なの…ねぇ、桐生君もそう思うでしょ?」
「え…!?あ、えっと…」
急に話を振られて戸惑う桐生様は、俯いて視線をさ迷わせた。
「下らない事言ってないで、早く行きますよ」
「ちょ…!歩くの早ッ!」
返事を待たず、早足で廊下を歩いていく。
おかげですぐに、目的の部屋に着いた。
食事をする部屋に、膳が運ばれる。
数人が入れ替わり立ち替わり世話しなく準備をしている様子に、早足で歩いていた足が止まる。
楓の姿が、どこにもない。
おかしい…
どんな事があっても、自分の仕事を放棄するような人間ではないはず…
「楓は、今どこにいる?」
近くで作業している者に、楓の居場所を尋ねた。
「水無月様ですか?10分程前に調理場で、どの料理を運ぶか私共に指示を出されておりましたが…」
10分程前…
今も、調理場にいるのか?
「ありがとう」
教えてくれた者に礼を言って、調理場へ向かった。
調理場は、母屋にある。
何事も、起こっていなければいいが…
……誰かいる?
離れと母屋を繋ぐ渡り廊下に、1人の男が立っていた。
「そんなに、睨むなよ。こっちも、仕事なんだから。目上の人間に、そんな態度でいいのか?」
この者は、確か…事件の後、《家令》の役職を引き継いだ者…
言われた通り、目上の人間だ。
元は、水無月家が務めていた役職…
楓が成人するまでの、期限付きのくせに…
「すみません、急いでいたもので…失礼します」
目上や目下の問題など、どうでもいい。
関わっている時間も、勿体ない。
……ッ…!?
渡り廊下の中央に陣取る男の隣を走り抜けようとした時、二の腕を掴まれて引き止められた。
「離して下さいッ!時間が、ないんですッ!」
「まぁ、待てよ。話は、最後まで聞いた方がいいぜ?水無月の為にもな」
この男…まさか、楓に何かしたのか?
いや…従者である以上、命令なしに勝手な事をすれば己の身が危うい。
……『命令なしに』?
命令…この男の主は、ご隠居様だ。
ご隠居様が、やらせた?
何の為に…?
私の二の腕を掴んだままの男が、勝ち誇ったように笑う。
今ここで、この男を蹴り飛ばせたら…
どんなにムカついても、それはしてはいけない。
ムカつきを、理性で押し留める。
「楓を、どうしたんです?」