掴まれた腕を振り払って、目の前の男を睨み付けた。
「お~、怖い怖い。そんなに、あの女が大事?もしかして、付き合ってるとか?」
なぜ、そんな事を聞かれなければいけない。
「あなたには、関係のない事です……ん?」
……足音?
離れの方から聞こえてきた足音に振り返ると、クリア様と桐生様がこちらに歩いて来る。
「現家令の近藤 直毅(こんどう なおき)さんでしたっけ?夕飯時に問題を起こされると、困るんですけど?」
軽い口調とは裏腹に、顔は全く笑ってはいなかった。
クリア様の隣には、桐生様がいる。
ここは、離れと母屋を繋ぐ渡り廊下…
「困るというのは、こちらのセリフですよ!このような場所に、どうして桐生様を!?」
「桐生君を、1人にしとく方が危険だろ?まぁ、僕に任せてよ」
問い詰めた私の肩を軽く叩いて、渡り廊下の中央に陣取る男へ向かって行った。
「高木先輩、すみません…来ちゃいけなかったのに…」
この渡り廊下で引き返すなら、何の問題もない。
「これ以上、進まないで下さい。何が起きても、向こうの扉に近付いてはいけません」
「はい!」
桐生様のいい返事を聞いて、視線をクリア様の方へ向けた。
「それで?近藤さんは、ここで何をしているのです?仮にも、従者の1人が行方知れずなんでしょ?現家令のあなたは、責任を問われるはずなんですがねぇ…」
口調は丁寧だが、声が低い。
クリア様が、怒っている。
普段は温厚な人だけに、怒らせてしまった時に何が起こるか分からない。
「責任だと?はん!そんなもん、問われるかよ」
「おっかしいなぁ…責任を取らなくていい場合って、主からの命令で動く時のみじゃなかったっけ?なぁ、大和?」
視線は近藤に向けたままで、私に確認してくる。
己の失言に気付いた近藤が、尋常ではない程の汗をかき始めた。
『主からの命令で動く時』…
この反応で、近藤が命令で動いている事は明白。
「ええ。大体の予想はついておりましたが、今の近藤様を見て確信を持ちました」
こんな小者を、ご隠居様が飼い慣らしている理由が分からない。
すぐにバレる事を、見越してやったとしか…
「そりゃ、よかった。さて、ここからが本題。楓ちゃんは、どこにいるのです?」
「わ、私を見くびるなぁ!……ぐぁッ!」
近藤が逆ギレをしてクリア様に殴りかかって行ったが、通用する訳もなく右腕を捻り上げられ押さえ付けられた。
【クリアside】
近藤の右腕を捻り上げたまま背中を押すと、簡単に渡り廊下へ膝をついた。
こんなに弱くて、よくご隠居様の側近が務まるものだね…
「ぐ…ッ…貴様!こんな事をして、ただで済むと思うなよ!!」
うわぁ…典型的な悪役のセリフ…
「残念だけど、その脅し文句意味ないからね。僕は、従者じゃないからさ。もう一度、聞きます。楓ちゃんは、どこにいるのです?」
「……………」
黙秘か…
まぁ、いい。
口を割らせなくても、楓ちゃんの居場所を知る方法はある。
捻り上げた腕を抑えている手を左手に代え、右手で近藤の首筋の頸動脈に触れる。
たったそれだけで、即席の嘘発見器の完成だ。
いくら表情が変わらなくても言葉で嘘を並べても、脈拍は正直に反応する。
「教えてもらうよ、近藤さん。楓ちゃんは、客間にでも幽閉されてるのかな?」
……反応なし。
僕の行動を見詰めている大和に、首を横に振って違う事を伝える。
客間では、ないか…だったら…
「幽閉だと?なぜ、我々がそのような事を…」
「喋らなくて、いいよ。『教えてもらう』とは言ったけど、あなたの言葉なんてどうでもいいから」
低く呟くと、近藤が唾を飲んだ。
正直、野郎の首なんて1秒だって長く触っていたくない。
近藤が大量の汗をかいてるせいで、手に触れる感触もぬるぬるしてて気持ち悪い…
「そ…それは、どういう……ぅッ…!」
腕を、ギリギリまで捻り上げる。
ギリギリとは、これ以上捻り上げると骨折するギリギリという事だ。
「喋らなくていいって、言ったの聞こえませんでした?客間でないのなら、地下の座敷牢かなぁ…近藤さん?」
……反応あり!
確信を持って、大和に向かって頷いた。
「桐生様を、お願いします!」
「任せとけ」
母屋に向かって走り出した大和を見送って、腕を掴んだまま近藤を立ち上がらせる。
「……チッ!」
コイツ、桐生君に向かって舌打ちしやがった。
「桐生君は、朔也様が正式に招待した大切な客人だよ。無礼な態度は、若様に対しての反逆行為になるんじゃないの?」
仮にも、家令の役職に就いていながら情けない。
「主治医の息子ごときが、いつまでも図に乗るなよ!?お前なんぞ、ご隠居様が…」
「クリアは、俺の主治医だ。お祖父様だろうが、口出しはさせない」
僕達を探していたのか、離れの廊下に少し息を切らした朔也様が立っていた。
「美空君!先輩が…!」