どうしたのかな?
俺の顔に、何か付いてる…?
思わず左手で、自分の頬っぺたに触る。
「……お前はなぜ、先程から顔を触っている?」
「え…何か付いてるから、見てたんじゃないの?」
美空君は首をかしげて、不思議そうな表情をした。
あ、何か付いてる訳じゃないのか…
「……少し、気になる事がある」
気になる事…それって…
「お爺さんの目的?」
水無月先輩が連れて行かれた理由が、どうしても思い付かない。
美空君は頷いて、考え込む。
5月に美空君のお爺さんが、ある条件を出した。
それは…『泊まりに来ても、母屋には行かない事』というものだった。
今回水無月先輩が連れて行かれた場所は、母屋の地下にある座敷牢らしいけど…
何で、俺じゃなかったの?
俺を連れて行ってれば、自分の意志じゃなくても母屋に行った事になるはずで…
間違えられたとは、考えられないし…
「……水無月、座敷牢で何か言われたりしたのか?」
美空君に聞かれた水無月先輩は、一礼をしてからその場に正座した。
「私に、直接言われた事ではないのですが…『予定が狂った』と、見張り番達が話しておりました」
予定…?
まさか、予定では俺を連れ去るはずだったとか?
「予定ねぇ…楓ちゃん、ごめんね。君が連れて行かれたのは、僕のせいだ」
高木先輩の治療をしながら、クリアさんが独り言みたいに呟いた。
それに誰よりも反応したのは、怪我までした高木先輩だった。
怪我の少ない左手で、クリアさんの胸ぐらを掴み上げる。
「どういう事です?クリア様、あなたは何をされたのですか?」
「怒るな、落ち着け。ちゃんと説明するから、治療中は動かないで」
胸ぐらを掴まれても、この冷静さってある意味凄いな…
「……今日1日お前が、桐生から離れなかった事が関係しているのか?」
そういえば、ずっとクリアさんが傍にいた。
それに…道場の所での出来事が、無関係とは思えない。
「美空君、実はね…道場を出た時に、3人くらいに囲まれたんだ。クリアさんがあっという間に倒しちゃったから、その時はあんまり気にしてなかったんだけど…あれって、もしかして…」
その場にいる全員の視線が、高木先輩の治療を続けるクリアさんに集中する。
包帯を巻き終えてから、クリアさんはゆっくり美空君の方へ向いた。
「……クリア、その3人は何者だ?」
「桐生君を力づくで連れ去りに来た、ご隠居様の手の者です」
【朔也side】
お祖父様が何を考えているのか、目的さえ分かれば対応策が見出だせると思っていた。
今回の事にしても、桐生を母屋へ連れ去ろうとした所までは予想通りだ。
だが…それに失敗したからといって、なぜターゲットを水無月に変更する必要があったのか…
何かが、引っかかる…
「…朔……様…朔也様!」
「……ッ…!!」
俺の名を呼ぶ声に驚いて隣を見れば、先程まで縁側で治療をしていたはずのクリアがいた。
また考え事をしていて、周りが見えていなかった。
「大丈夫ですか?どこか、ご気分でも?」
気分…?
そうか…体調が優れないと、思われたのか…
「……問題ない。少し、考え事を…」
「そうですか……朔也様?」
俺の返事を聞いて立ち去ろうとしたクリアのシャツの裾を、思わず掴んでいた。
ドイツ人ハーフである事を示す色素の薄いグレーの瞳が、逸らされる事なく俺を見詰めてくる。
言おうとしている事を、見透かすかのように…
部屋の空気が静寂に包まれ、時計の秒針の音だけが聞こえる。
その音に急かされるように、俺の口は言葉を紡ぎ出す。
「……クリア、お前はお祖父様に何を言われた?」
見張り番達が話していた『予定が狂った』というのは、間違いなく桐生を連れ去れなかった事だろう。
そして、その原因はクリアだ。
お祖父様から、何らかの指示を受けていたはず…
その指示に従わなかったせいで、当初の予定が狂ってしまった。
そう考えれば、全ての辻褄が合う。
シャツの裾を掴んだままの俺の右手を、クリアの左手が優しく包んでシャツから外した。
その手は離される事なく、その場に正座したクリアがゆっくりと語り出した。
「ご隠居様が、僕に仰られたのは…『目の前で何が起こっても、手出し無用』との事でした。そのような指示、最初から従うつもりはありませんでしたが…」
クリアの目は真っ直ぐに、俺を見据えている。
そこに、嘘偽りはない。
味方である事を確認するかのように繋いでいる手に力を込めると、そっと握り返してくれた。
「あ、あの…クリアさん、指示に背いて大丈夫なんですか?」
遠慮がちに心配する桐生に、クリアは事も無げに答える。
「大丈夫、大丈夫。僕の立場は、あくまで主治医の息子。例えご隠居様でも、従者ではない者をどうこうする権利なんてないから」
だからこそお祖父様がクリアに出したのは、『命令』ではなく『指示』なんだ。