「桐生君、他に聞きたい事はないのかい?何でも、答えるよ」
昔の自分を知られるのは少し恥ずかしいけど、知りたいと思ってもらえた事が嬉しかった。
声をかけた僕の方へ振り向いた桐生君は、どこか嬉しそうに見えた。
僕の、希望的観測かもしれないけど…
「あ、ありがとうございます。えっと…『不良になった』って言ってましたけど、今の姿からは想像出来なくて…その…」
『今の姿』…?
どういう意味、なのかな…
ちょっとの間考えて、自分の格好を見下ろしてから…はたと気付く。
……あぁ…桐生君の中では、不良=見た目の変化ってイメージなんだな。
「クスッ…見た目とかを、変えたりはしなかったよ。家出や無断外泊を、ちょっとね」
僕がそう言うと、桐生君は驚いた顔をした。
「え…?それだけ、ですか?」
桐生君がどんな不良像を頭に描いてるのか、大体分かってきたよ。
周りに言われるまで、僕自身不良だなんて思ってなかった。
「喫煙や飲酒はしていなくても、家出や無断外泊の時点で世間から見れば不良なんだよね。《大人の観点から見て、反抗的な言動をしたら不良》それが、世間一般の常識だから…」
一度貼られてしまった負のレッテルは、自分では取り外せないスティグマ(聖痕)※となる。
【※スティグマ:キリストが磔になった時に釘を打ち付けられた傷が、復活後も消えずに痕になっていた事から《聖痕》と呼ばれている。傷だから、自分で消せない】
「そんなの…悲しいです。何も、悪い事してないのに…」
犯罪を犯す以外にも、親に迷惑をかける=悪い事って考え方もあるけどね。
「そうだね。人は自分や世間一般とは違う考えの者を、異端として排除しようとする悲しい生き物だから…こればっかりは、仕方ないよ」
「……………」
俯いて黙り込んでしまった桐生君の肩を軽く叩いて微笑みかけると、泣きそうな顔をしながらもなんとか笑顔を返してくれた。
用事を済ませたり話をしたりで、時間を忘れていた事に気付く。
腕時計を見ると、21時を回っていた。
「もう、こんな時間ですね。朔也様、桐生君…僕の話を聞いてくれて、ありがとうございました。お食事も終わったみたいですし、そろそろお部屋に戻って寝る準備をなさって下さい」
明日の朝は、ご隠居様との朝食が待っている。
その時に寝不足では、使わなきゃいけない頭も働かない。
「……分かった。桐生、俺の部屋で一緒に寝よう」
ーー4時間後…
ーー1983年7月17日(日曜日)・午前1時30分…
誰もが、寝静まっている時間…
僕は、道場にいた。
ここに来れば、嫌でも思い出す昔の光景…
周囲からの期待に押し潰されそうになって、一度は逃げ出したこの場所に…今、僕は自分の意思で立っている。
こんなどうしようもない僕に、期待してくれた人達がいた。
守ってあげられなかった人が、確かにここにいた…
後悔をするのは、今日が最後だ。
取り返せない事を嘆くより、彼等が命を賭けて守り抜いた…大切な《朔也様》を、今度は僕が必ず守り抜いてみせる。
そう誓うと、心の中にいる彼等が笑ってくれた気がした…
「もっと、強くなりたいな…」
呟いた言葉は独り言で、誰に聞かれる事なく消えるはずだった。
「あなた様でも、まだ強さを求めるのですね」
返ってきた言葉に驚いて振り返ると、道場の入口に大和が立っていた。
「お…まえ、どうして…」
昼間ならともかく、もうすぐ丑三つ時になろうかという時間だ。
いくら大人びて見えても、大和はまだ中学3年生。
普通、眠くなる時間なんじゃないの…?
「見廻りです。こんな時間に道場の明かりがついていたら、誰だって不審に思いますよ」
「あー…、そういう事ね…」
最近色んな事があって忘れがちだったけど、大和は朔也様の《教育係》だ。
使用人の中で、それなりの地位がある。
本人ですら、まだ義務教育も終わってないのに…
あの《事件》の時に大和の父親が急逝してしまった為、当時7歳だった子供にその役目が引き継がれた。
《教育係》はこの屋敷で、高木家にのみ引き継がれてきた特別な役職。
例え跡継ぎがまだ年端のいかない子供であっても、他の者に代理をさせられない程のものだ。
何も知らない内に父親が亡くなっただけでなく、今まで大人がやっていた仕事をやらされて…
『父親と、同じようにやれ』と言われ続けて、早8年経った…
そして…かつて僕の心が壊れて、暴走してしまった頃と同じ年齢になった。
大和にだけは、僕のようになってほしくない。
「何を、考えているのですか?」
「え…?あぁ…いや、その……」
誤魔化そうとした自分に気付いて、言葉に詰まった。
暑さからなのか、緊張からなのか…こめかみから、汗が一筋流れていく。
「ハッキリと、言いなさい」
これじゃ、どっちが年上なのか分かんないなぁ…
「お前が、羨ましかったんだよ」