目にも明らかな程顔色を変えた私に、クリア様が問いかけてきた。
「大和…?どういう事だ?」
「当時はまだ、父上がご存命だったのです。私は、《教育係》の任には就いてはいなかった…」
ご隠居様が私を『咎めない』と仰られたのは、私が《教育係》であり《使用人》の子供に過ぎなかったから…
「そういう事じゃ。いくら私と言えども、《使用人》ですらない者を咎められぬからのう。だが、今の高木は父親の跡を継いでおる」
もしや、今更になって責任を問われるというのか?
いや、まさかな…ご隠居様程の御方ともなれば、一度不問にした事を覆したりは出来ないだろう。
そのような事すれば、ご自分の立場が危うくなるのは目に見えている。
「ご隠居様、その論理は通用しませんよ?大和の家系は、先祖代々から美空家にお仕えする《使用人》。高木家の長男として産まれた以上、跡を継いでいようとなかろうと《使用人》である事に変わりはないはず…」
言われてみれば、確かにクリア様の仰られた通りだ。
私の家系から長男として産まれて、美空家にお仕えしなかったという前例はない。
「若造が、何を言いたいのじゃ。発言には、気を付けるがいい。お主が私の機嫌を損ねれば、迷惑を被るのは親父殿である事を忘れるでないぞ?」
人はなぜ、思い通りにならなければ脅そうとするのか…
最早何度目になるか分からないご隠居様の脅迫を、クリア様は涼しい表情で受け流していた。
「僕は《使用人》ではありませんので、多少の失礼は大目に見て頂けませんかね?ご隠居様もこんな『若造』ごときの発言1つで、親父の病院に何かすれば威厳丸潰れですよ?」
脅迫に対して脅迫で返すなんて、本当に何を考えているんだ…この人は…
「……お祖父様、もう止めませんか?このような事は、はっきり申し上げて時代遅れです。俺は家督と共に、この家の因習まで受け継ぐつもりはありません。これ以上、続けるなら…」
一旦お言葉を区切った朔也様が、襖へ視線を巡らせられた。
そしてゆっくりと振り返り、クリア様と私を見られた事で《合図》だと判断した。
「朔也、何を企んでおる!」
「……企んでおられたのは、お祖父様でしょう?閉め切った襖の向こうで待機させて無駄に体力を使わせるより、手っ取り早くこちらの2人と手合わせをさせませんか?」
ーーガタッ…ガタンッ…!ざわざわ…!!
襖の向こうが、一気に騒がしくなっていく。
「お主、先程と言っておる事が違うではないか。 そちらの戦力たった2人で、どう太刀打ちすると言うのじゃ?この人数に…」
ご隠居様の言葉に応じて、襖が音も無く開かれた。
その向こうにいたのは、どれも屈強な男達…軽く見積もっても、30人はいる。
「……勘違いを、なさらないで下さい。誰が、今この場所で闘わせると言いましたか?それにしても……よくも、まぁ…無駄に鍛え上げた連中を、これ程かき集められましたね」
立ち上がられた朔也様が、非常にゆっくりとした動作でその《連中》の方へ歩いていく。
遅れて私と楓も、朔也様の後を追いかけた。
クリア様の隣を通り過ぎようとされた時、朔也様の左手首をクリア様が掴まれた。
「朔也様、お待ち下さい。はぁ…大和達が異論を唱えられないのをいい事に、また無茶をなさって…こちらに、お座り下さい」
そう言って立ち上がり、掴んだままの朔也様の腕を引き自分が座っていた場所に座らせた。
「……襖を、閉めようとしただけなのに…」
どこか面白く無さそうな朔也様の髪の毛を、クリア様がそっと撫でる。
「何も、ご自分でなさらなくても…そういう事は、僕か大和に命令して下さいよ」
『命令して』とか言いながらも、目線は私に行けと仰られている。
今度はこちらがつきそうになった溜め息を、何とか堪えて開かれた襖の方へ視線を向ける。
すると、困惑している30人近くの視線が一気に私へと向けられた。
まぁ…襖を開けた時点で闘う気満々だったんだろうし、その気持ちの持って行きようが分からないのも無理はない。
極力目を合わせないようにして、襖を閉めた。
「……お祖父様、あの者達を解散させて下さい。この場は、食事をする場所…俺が言った『手合わせ』とは、ルールに基づいてやる事です」
それは、つまり競技として勝負しろと…?
先程から微動だにせず言葉を発しなかったご隠居様が、立ち上がり外廊下へ歩き出された。
敷居を跨ぐ寸前で立ち止まり、振り返らず命令を下される。
「ここは、もうよい。次の指示を下すまで、本来の仕事に戻れ」
その命令に従い、大人数の足音が遠ざかって行った。
念の為に襖を開けて、誰もいなくなったのを確認する。
「……これは…俺の申し出を受け入れて頂けたと、考えてよろしいのでしょうか?」
「思い上がるでないわ!!私の気も知らずに、何が『ルールに基づいて』じゃ!早くせねば、隆臣の奴が…」