【クリアside】
朔也様と桐生君が部屋へ入室されたのを見届けた後、僕は大和を連れて道場へと足を向ける。
無言のまま歩く道すがら部屋周辺の人払いをして、道場に着くまでに通常の3倍の時間を要した。
道場の扉を開けると、夏特有の蒸し暑さが全身に纏(まつ)わり付く。
「用件は、手短にお願いします」
大和の丁寧な口調の裏側に、苛立ちが見え隠れしている。
「話が短くなるか長くなるかは、お前次第なんだけどね」
茶化すような僕の言葉で、大和の眉間の皺が深くなった。
これでいい…コイツの場合、正攻法で行っても、本音を話す事はない。
本音を聞き出す為には、怒りで正常な判断が出来なくさせればいい。
「何故、私『次第』なのですか?」
「分からないの?本当は、自覚してるよね?自覚なしで、あんな風に他人を睨み付けられる訳ないもんねぇ」
わざとゆっくりとした口調で問い質したら、ばつが悪そうに視線を逸らして俯いた。
今更やった事を悔やんでも、僕がその場にいた以上見て見ぬふりは出来ない。
「自覚は、してます。ですが…間違った事をしたとは、思っておりません」
開き直った大和に対して、思わず溢れそうになった溜め息を何とか飲み込んだ。
「思ってなくても、やり方を間違ってるんだよ。朔也様を心配するあまり、自分でも気付かない内に行動が過激になってきてる。このままじゃ、いつか大切な朔也様の心を傷付けてしまう結果になる」
驚きで目を見開いた大和は、全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
ショックを受けるとは分かっていたけど、さすがにちょっと可哀想になってきた…
「……………私は、朔也様の御為(おんため)に…」
「…………ッ……」
聞こえるか聞こえないかの小声で呟かれた独り言に何かを言おうとした僕は、涙を流す大和を目の当たりにして口を閉じた。
何も言わずに大和の隣に座り、その頭を泣き止むまで撫で続けていた。
「………クリア様…私は、どうすればよかったのですか?」
『どうすれば』…?いや…どうするも何も…
「大切に思うんだったら、朔也様が選ばれた《友達》も大切にしてあげないとね。桐生君を信じて、任せてみようよ。2人ではどうしようもなくなったら、僕達が手を差し伸べればいいんだよ」
「………はい」
返事をして頬に流れた涙を手で拭おうとする大和にハンカチを手渡し、もう一度だけ頭を撫でて僕は道場を後にした。
ーーーー1983年7月17日・日曜日…
ーー午後4時00分…
昨日からのいざこざが嘘だったかのように、平和な数時間が過ぎていった。
いや…本来は、この数時間が当たり前の日常でなければいけないんだ。
中庭を眺めながらこれから先の対処法を考える僕の耳に、襖が開く音とこちらに近付いてくる足音が聞こえた。
ゆっくりと振り返って、近付いてきた人物をその目で確かめる。
「……クリア、車を出してくれないか?」
朔也様の頼みに、僕が断る理由などあるはずがない。
「いいですよ。桐生君が、お帰りになるんですね。裏門の所に車を着けますから、準備が出来たらお越し下さい」
「……分かった…」
部屋に戻って行く朔也様の後ろ姿を見送って、駐車場へと向かって歩き出した。
靴を履いて裏口の扉を開けると、門前に大和が立っているのが見えた。
道場で泣いていた時から6時間以上経っているから、当然涙の跡なんてどこにもない。
「お待ちしておりました」
「僕が車を出すって、よく分かったねぇ。違う人間が来たら、どうするつもりだったのさ?」
空気が重苦しくなるのを避ける為に、わざと茶化して大和の前を通り抜ける。
気分を害した風もなく僕の後を付いてくる大和に若干の違和感を覚えながらも、駐車場に着いて車の鍵をポケットから取り出した。
「私も、ご一緒させて頂けませんか?」
『ご一緒』も何も…桐生君を、送っていくだけなんだけど…
「別に、いいけどさ…またあんな態度とったら、朔也様が見ていてもお前をひっぱたくからね」
「………はい…」
返事をするまでに少し間が空いたのが気になるけど、『ひっぱたく』と宣言されても付いてくるなら好きにすればいい。
大和を助手席に乗せて、屋敷の裏門前に車を停車させた。
それと同時に裏口の扉が開き、朔也様と桐生君が姿を見せる。
「ジャストタイミング♪ほら!桐生君の鞄を持ってあげて、車に案内して来てよ」
ーーーガチャッ…
ーーバタン…!
指示された通りに鞄を受け取ろうとする大和に、驚きながらも遠慮がちに鞄を渡した桐生君が何度もお礼を言っている。
運転席からは何も聞こえなくても、表情と口の動きを見れば何を言っているかは手に取るように分かる。
ーーーガチャッ…
後部座席の扉が開いて、最初に朔也様が乗り…促されてから、桐生君がその隣に乗り込んだ。
「クリアさん、すみません。車まで、出して頂いて…」