「『ヨワシフライ定食』と『麻婆丼〜カプサイジ5辛〜』お待ち!」
「おお、なんて美味そうなんだ!」
「ここの料理は絶品なんだよ」
開いたヨワシをこんがりキツネ色になるまで揚げ、特製タルタルソースで食べる『ヨワシフライ定食』。麻婆豆腐にお好みでカプサイジの歯を混ぜ、白米に乗せた『カプサイジの麻婆丼』。
どちらも店の看板メニューだ。
少年の名前はジキ。
母と2人で経営する料理処『はなまる』の一人息子だ。父親は10年前に料理修行に出て以来戻らず、ジキは5歳の時から店を手伝うことになった。
定期的に便箋が届くので、父親は死んでいないらしい。
「今日のヨワシフライは最高だな! 作ったのはミツハさんか?」
「残念、俺でした!」
客が大層ご機嫌な様子である。
ちなみにミツハは母の名前だ。
すると、ミツハが厨房から困った様子で顔を出した。
「この子、毎日料理を腕を上げてるの。私が引退する日も遠くないかしらねぇ」
「あったりめぇよ! 母ちゃんも親父も超える料理人になって、『はなまる』を継ぐことが俺の夢なんだから」
「そんなに料理が上手なら『ディッシュ学園』に入学しないのか?」
「…………」
ジキは客の言葉に黙る。
だが、客商売で大事なものは笑顔だ。ジキは満面の笑みで答える。
「俺がいなくなったら『はなまる』が回らなくなるっしょ! 母ちゃんが倒れても困るし、俺はこの店が好きなんすよ!」
「そうか……悪いことを聞いてしまったね。君のように優秀な料理人が埋もれてしまうことは、料理界の損失だと思ってね。すまない」
「いやいや、お客さんが謝ることないっすよ!」
「…………」
仕方ないことである。
実際、ミツハは女一つでジキを育て、かなり無理をして倒れた経験がある。ジキも、嫁子どもを放ったらかしにして旅をする父親に文句の一つくらい言ってやりたいが、それで店を離れたら本末転倒だ。
だから、ジキは家族を守るために夢を諦めた。
だが、その日の夜。
明日の仕込みをするジキをミツハが呼び止めた。
「ジキ、学校に行きな」
「え?」
ジキは皿を落としかける。
あのミツハの口からそんな言葉が出るなんて、驚きの方が優っていたからだ。
「な、なに言ってんだよ!? それでまた倒れたらどうする? 今度は親父も俺もいないんだぞ!?」
「古い友人に手伝ってもらうよ。まあ、アンタは戦力外通告ってところかね。学園に手続きはしてあるから、さっさと支度して出て行っておくれ」
「……っ!?」
ミツハの表情はとても冷たかった。
いつもの優しい顔ではなく、カエンジシが我が子のシシコを谷から突き落とすような、そんな冷徹な眼差しであった。
「母ちゃんがそんな風に思ってたなんて知らなかった。いいぜ、出て行ってやるよ。そんで最強の料理人になって、その戦力外通告とやらを撤廃させてやる!」
「期待しないでおいてやるさ」
そうと決まれば明日の朝一に出て行ってやる。
ジキは不貞腐れながら支度をし、胸の内側が煮え切らないまま夜を過ごした。
翌日。
ミツハが起きないうちに出て行こうと、ジキはこっそりと足音を立てずに厨房を横切り──、見つけた。
『これ食べて行きなさい』とメモが貼られたおにぎりと、風呂敷に包まれた箱と書き置き。ジキは書き置きに目を通す。
『ジキへ。
私たちのわがままに付き合わせ、夢を諦めさせてごめんね。
アンタは世界を見てきなさい。
私のことなんて気にせず夢を叶えてきなさい。
あと餞別として、私が学生時代から使っていた『キリキザンの包丁』をあげる。本当はね、今度の誕生日にプレゼントしようと思ってたんだけど、前倒しになっちゃった。
どうか怪我や病気に気を付けて。
いつも見守ってるよ。行ってらっしゃい。
母より』
ジキはおにぎりへかぶり付く。
「なんだよ、珍しく塩っぱいじゃんか」
鼻をすすり、ジキはミツハの寝室の方角を見た。
「──いってきます」