黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
船の主たる吸血鬼の肉体が消えると同時に、船に宿る邪悪な力が消えてゆく…
楓姫の呪いが解け、縛られていた魂が空に登ってゆくのがわかる。
偶然か、丁度夜が明けて日が登り始めた。
海上から眺める日の出は、心が震えるほど美しいものだった。
「終わったな…」
「ええ。船に縛られた者達はみな、解放されました。カランも、これで安らかに眠れるでしょう」
それで気になった…。
「アレイ、カランの涙石は?」
涙石は、優しくも寂しげな光を放っていた。
見ていると、その光は緩やかに弱くなっていき、そして消えた。
「消えた…?」
「石に宿った力が失われ、普通の涙石に戻ったんです。
…カランの魂が、無事に成仏出来た証拠ですよ」
「それはよかった。で…」
残りの二人の方を見てみる。
キャルシィは、先程まで母がいた所にひざまずき、何とも言えない表情を浮かべていた。
「…」
「長…」
哀愁を感じさせるその背に、ラニイが声をかける。
「…ラニイ」
「はい…」
「今、さざ波の笛、持ってる?」
「ええ、持っていますが…」
「じゃ、奏でてくれる?潮風の唄…」
「わかりました…」
ラニイは、巻貝で作ったらしい、白い笛を取り出した。
その笛から奏でられたのは、優しくもどこか切なげな、独特の音色だった。
夜通し起きていた事もあり、聴いていると眠くなりそうだ。
ラニイが笛を吹いている間、アレイは目を細め、うっとりと聴き入っていた。
そしてキャルシィは、胸に手を当てて静かに聴いていた。
曲が終わると、キャルシィはアレイに例のロケットを出すよう言った。
ロケットの魔法は、すでに消えていた。
蓋を開くと、中には美しい青色の球体が入っていた。
「わあ、綺麗…」
「これが、潮の心…なのですか…?」
「ええ、間違いない」
それは、キャルシィが手に取った途端、きらりと光った。
「今のは…?」
「主の手に戻れた事を喜んでくれているのよ。
この石には、意志があるの」
「そうなんですか…?」
「ええ…」
キャルシィはそれを握りしめ、左手を海に向かってかざした。
すると海水が部分的に盛り上がって柱のようになり、キャルシィが手を払うと、同じ方向に向かって崩れた。
「すごい…!長、これでやっと…」
「やっと力を取り戻したわ。かつてと同じ、水の力を…」
と、船が突然大きく揺れた。
「な、なんだ?高波か?」
「いえ、そうじゃありません!
この船が、もう間もなく沈むんです!」
アレイが切羽詰まった声を上げた。
「え、沈むって…?」
「この船は、楓姫の呪いによって動いていたもの…呪いが解ければ、再び海に沈む
「マジか…!じゃ、早いとこ脱出しないと!」
「そうね。長、飛び込みましょう!」
ラニイは素潜りを提案したが、キャルシィは、
「いえ、今回は別の方法を使いましょう」
と言い出した。
「別の方法…?」
「今回はお客さんもいる事だし、ちょっと変わったやり方で町に帰りましょう?」
「…?」
困惑する俺達を尻目に、キャルシィは手を上げて叫んだ。
「海術 [長の号令]!」
それを聞いて、アレイとラニイはあっ、そういう事か、という顔をした。
「号令…ってことは!」
「いいわねえ…
一体何の話をしてるんだ?
そう思った直後、何かが海から現れた音がした。
海面を見ると、数人の海人が顔を出していた。
「来た来た!」
「アレイ、これはひょっとして…」
「ご覧の通りです!海人を呼んで、私達をニームまで運んでいってもらうんですよ!」
アレイは、眩しいくらいの笑顔で答えてきた。
「そうか…」
海人の一種である水兵が、海人をタクシー代わりにするわけか…。
なんだろう、なんか知らんが複雑な気持ちだ。
「キャルシィ殿!おられますか!」
一人の海人の声に反応してキャルシィが顔を出すと、海人達は何やら盛り上がった。
「おお!あれがニームの水兵長か!いやー、お美しい方だ!」
「綺麗な人ね…もしかして、水兵ってみんなあんななの?羨ましいー!」
「マジか…本当に水兵の長だったのか!おいお前ら、これは貴重な体験だぞ!水兵の長に呼ばれるなんて、滅多にない事だ!」
さらに奴らは、俺に気づくとまた騒ぎ出した。
「ちょっと待って…あれ、陸の異人じゃない!?」
「うわ、すげぇ!オレ初めて見た!」
「なんて種族なんだろう…てか水兵長と一緒にいるって、もしかしたら結構な大物かもしれないぞ!」
「…」
キャルシィの方を見て言った。
「あいつらは?」
「彼らは水守人っていう種族よ。私達とは色々と縁のある種族でね…私達と同じくらい泳ぎが上手いから、海を移動する時は、彼らに手伝ってもらう事もあるの」
「じゃ、俺を見て興奮してるのは何でだ?」
「それは、単純に陸の異人を見る機会がないからよ。
水兵とは馴染みのある種族だけど、私達はあくまでも海人…彼らの仲間だからね」
「へえ…」
キャルシィは身を乗り出して言った。
「朝早くから集まってくれてありがとうね。この船はもう沈むわ、私達をニームまで運んでもらえるかしら」
「喜んで!」
「はい、もちろん!ついでにそこの彼の話も聞かせて下さいな!」
「ええ、お安い御用よ」
ここでアレイが顔を出す。
「皆さん!もう、時間がないんです!
今から飛び込むので、準備をお願いします!」
「あ、レークの水兵さん!わかった、任せて!」
水守人達は両手を頭の高さで広げ、水色の平べったい結界を作り出した。
「じゃ、行きましょう!」
「え、おい、ちょ!」
キャルシィ達が海に飛び込み、アレイが俺を引っ張って飛び込んだ。
海にドボン…
とはならず、水守人達が俺達をしっかりキャッチしてくれた。
「すげぇ…全く痛みがない…」
「彼らは独自の結界を広げますからね、落ちた時の衝撃は全くないんです」
「へえ…そうなのか」
と、俺達を抱える青髪の水守人が悲鳴を上げた。
「ごめん、ちょっと重い…
ねえミク、彼を運んであげてくれない?」
「わかった!」
そうして、アレイは青髪の水守人が運び、俺はこのミクという白髪の水守人に運ばれる事になった。
「では、行きましょう!」
水守人達は俺達を一人ずつ乗せ、海に漕ぎ出した。
やはりというか、海に潜っても息が出来る。
水兵の力によるものか、水守人の力によるものかはわからんが。
「あっ…船が…」
ラニイが後ろを見てつぶやく。
振り向くと、船が先端を上にして沈んでいく所だった。
「危なかったわね…」
「あの船は本来、役目を終えた船…
あるべき姿に戻る、ただそれだけの事です」
「…」
と、キャルシィを乗せている奴が喋りだした。
「キャルシィ殿、今回は全速力でニームに向かえばよいでしょうか?」
「いえ、むしろゆっくり目に行ってもらって構わないわよ。
それに、あなた達彼の話を聞きたいんでしょ?」
「はっ…それは…」
「別にいいわよ。彼は私達から見ても特異な異人だしね」
「キャルシィ殿がそう仰るとは…彼は一体何者なのです?」
「彼は殺人鬼よ…でも、正しい心を持ってるわ。
私達を襲わないばかりか、むしろ助けてくれるの。
今だって、幽霊船の呪霊退治を手伝ってくれた所なのよ」
「左様ですか…」
キャルシィは表情を微動だにさせていないが、心の中では色々と思う所があるだろう。
こんな事を言える立場じゃないが、偉いもんだ。
さすがは水兵の長といったところか。
「ねえ…」
俺を乗せてる水守人…ミクに声をかけられた。
「ん?」
「あなた、殺人鬼って本当?」
「ああ、本当だよ」
「なんで水兵さんを襲わないの?」
「襲う理由がないし、それに…アレイと一緒に旅をしてるしな」
「え、アレイって…あのレークの水兵さんと?」
「そうだ。彼女は特別な水兵だしな」
「へえ…」
ミクは、何やら感心したようだった。
「どうかしたか?」
「いや、殺人鬼にも私達と同じような感情があるんだなって思って…」
「そりゃ、あるさ。まあ確かに、他の種族より弱かったりなかったりする感情はあるけどな」
「ふーん…」
ミクは一度言葉を切り、改めて言った。
「あなた、本当はそんな悪い人じゃないんじゃない?」
「なんでそう思う?」
「殺人鬼は元々人間だった人が多いって聞くんだけど…あなたは、きっと始めから異常な人だった訳じゃないよね。あなたの心に何か、深い傷がついてるもの」
「心に傷?」
「あ、ごめんね。私達、髪を結びつけた相手の心を覗く事が出来るの」
え?と思って気づいた。
いつの間にか、ミクの髪が俺の足に絡みついていた。
「ありゃ…いつの間に」
「あなたが私の上に乗った時に絡めたんだ。
それで、その心の傷の原因は何なの?」
「…」
思い当たる節はありすぎるほどある。
「ごめん、言いたくないなら言わなくてもいいよ。
もしかしたら、私は知らないほうがいいのかも知れないし」
「賢明な判断だ」
自分で言うのもなんだが、まともな奴が容易くまさぐっていい事情ではない。
アレイあたりの能力を使って追体験でもしようものなら、普通の奴は正気を保っていられまい。
「…そう。でも、私にはなんとなくわかるよ。あなたが、本当はすごくやさしい人だってこと」
「そうだろうか」
「うん。自覚してないかも知れないけど…あなたは、本当はとても良い人。
ただ、周りのせいでおかしくなっただけ。
殺人鬼になったのも、望んでじゃなかったでしょ?」
この子、純粋だな。
純粋な娘を汚してしまうのは気が引けるが…
それくらいは素直に答えてやろう。
「ああ、そうだ。俺は好きでこうなったんじゃない」
ミクは無言で頷き、それ以上は喋らなかった。
異人・水守人
比較的寒冷な海域に多く棲息する海人の一種。
おもに水深5m〜300mの海に棲息している。
陸の者に対して友好的で、難破・転覆した船を見かけると駆けつけて乗組員を助けたり、海水浴場などで溺れた者を助けたりする他、船と並走したり港にやってくることもあるため知名度は高い。
名前に守人とあるが、陸の異人である守人(防人の上位種族で、ノワールでは最も一般的な異人の一つ)とは別系統の種族。
遺伝子的には水兵に近く、水兵の祖先とも言われている。
なお水兵と異なり地上での生活は出来ないが、短時間(10分程度)であれば陸上でも活動が可能で、水の魔力を得ればより長期間の活動が可能になる。