黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
町になっている所を抜けると、何もない地下トンネルのような道が続くようになる。
これがヒットムアンダー、このジーク大陸の地下世界…。
私は今まで来たことがなかった。
でも、なんだか落ち着く場所だ。
殺人者や異形が集まる、という話にも納得出来るかも知れない。
「もうすぐでゲートだ」
アンダー内の都市などに出られる出口に近い通路には、その都市の人が滞在するゲートが存在する。
普通は通してもらえるけど、殺人者などがいると通してもらえないと聞く。
「大丈夫なんですか?」
「ああ。君がいれば大丈夫だ」
という事は、レークの水兵がゲートを監視しているのか。
ゲートにつくと、なるほど。見覚えのある人がいた。
「ニルパさん、お久しぶりです」
この人は、ニルパ・ヴィルさん。
レークの中では珍しい黄色帯(運輸業)の水兵。
「アレイ?久しぶり!」
大剣や槍を扱う事もあるけど、メイン武器はシャベルという珍しい戦闘スタイルの水兵。
[今昔]の異能を持ち、ものを過去あるいは未来の姿に変える事が出来る。
「知り合いか?」
「はい。ニルパさんといいます。私達の町と外部の間での荷物や人の移動を担っている、大切な仕事をしている人です」
ニルパさんは、龍神さんの方を見た。
「あなたは…前あたし達を助けてくれた人だったね。
あの時は本当にありがとうね」
「礼をされるような事はしちゃいない。俺は、自分の正義に従ったまでだ」
「…へーえ。さすがは殺人者、って感じだね。
あたし、ずっと殺人者なんて頭おかしい奴しかいないと思ってたんだ。でも、今回の件で考えが変わったよ。殺人者にも、あなたみたいな人がいるんだね」
「そういう事だ。あんたは知らないかもしれんが、俺だって元々は普通の人間だったんだからな?」
「え、そうなの?始めから殺人者だったんだと思ってた!
てかさ、殺人者ってただの怖い異人だと思ってたけど…もしかして、間違いだった?」
「ちょ、ニルパさん!」
彼並びに殺人者の過去を知ってしまった私からすれば、今のニルパさんのような人はあまり良くないと思う。
この人、素直なのはいいんだけど、たまに空気を読んでほしいと思う事があるのよね。
しかし、龍神さんは違った。
「そうだよな。いや…間違いではない。ただ、全部がそうじゃないって事だけは覚えててくれ」
「わかってる。この前の件で、よくわかったつもりだよ。
町の子達はまだちょっとアレだけど…あたしは、もう殺人者への偏見は持ってない。もちろん、あなたを町に入れる事も嫌じゃないよ」
「それならよかった。あ、ここ通してくれるか?」
「もちろん。ただ、この先は反社會の連中がうようよいるから、くれぐれもアレイを守ってあげてね」
「任せとけ」
ゲートをくぐってしばらく進むと、突然地面から手が出てきた。
「きゃっ!」
「うぉっ!?」
私達が驚いている間にそれは動き、手の主が姿を現した。
それは、爪と瞳が紫色の異人だった。
「…おっと、見かけない顔だな。ここを通りたいのか?」
「なんだ、通行料を取りに来たか?」
「いいや、そういう訳じゃない。
ただ、その娘さんの身柄が欲しくてね」
私は身構えた。
「ほう?そりゃまた、なんでだ?」
「俺は魔人って種族の者でね…地上に上がりたいんだ。でも、俺達は日光は嫌いなんだよ。だから、地上の奴を捕まえて子供を作って、少しずつ地上に進出していこうと思っててね」
「なら、なぜこの子を狙う?」
「そうだな…強いて言うなら、かわいいからさ。俺達の間にも女はいるが…地上の女でないと意味がない。
それにこの子は…名前忘れたけど、珍しい種族の子だろ?なら、色々と価値もある」
その言い方からすると、恐らくは他の、良からぬ意味合いもあるのだろう。
私は口は開かなかったけど、警戒を解く事はなかった。
「あいにくだが、この子は渡せないね。
そうだ、一応言っておくが、俺は殺人鬼だぜ」
すると、向こうは急に態度をガラリと変えた。
「な、なんだ、そうか!なら早く言ってくれ。
地上に上がる前に殺されちゃたまんねえからな、ここは素直にずらかるよ!」
そう言って、男はまた潜っていった。
「今の、何だったんでしょう?」
「魔人…ここよりもっと下に広がる世界に住んでる連中だ。
目がない奴もいるんだが、今のはあったな。
…まあ、悪い連中じゃないんだが、ここだと殺人者とかとつるんで人身売買とかしてるのかもしれんな」
だから私に価値がある、とか言ってたのか。
もし、私が実際に人身売買がされてる現場を見たら、飛び込んで業者を氷漬けにした上、捕まってる人達を開放するだろう。
まあ、まさか龍神さんはそんな事、したことないとは思うけど。
そうしているうちに、地上へ出た。
そこは、なんだか見覚えのある国だった。
「あれ?ここは…」
「キトマ王国だ」
「ですよね!来たことあります」
ここはジークでも珍しい、海辺の王国。
レークから陸伝いに海を泳いでくればすぐの所なので、私達も度々くる所なのだ。
「ここなんですか?」
「ああ。ジヌドには花摩流の支部しかない。本部は、ここにある」
「でも、反社會の建物なんて見たことないんですが…」
「そりゃそうだろうさ。地下にあるからな」
「え?」
彼は私の手を引き、歩き出した。
「こっちだ」
やがて、彼は小さな灰色の建物の前で止まった。
「ここだ。ここが花摩流の本部だ」
「ここの地下にあるんですね?」
「そうだ。行くぞ」
恐る恐る扉を開くと、上へ続く階段と下へ続く階段があった。
その階段を降りた先の廊下を進むと部屋があった。
龍神さんはその扉の前で叫んだ。
「おーい、久しぶりだな」
すると、扉の向こうから小さめの声が聞こえた。
「…龍神?何しに来たの?」
「ちょっと遊びに来たんだ。入るぞ?」
「はあ…いいわ、入ってきなさい」
その声は、なんか聞き覚えのある声だった。
部屋の中にいたのは…
「あ、
なんと、朔矢さんだった。
前と同じように、黒い網タイツに黒いスカート、首元に青い蝶の装飾があるへそ出しの服を着ている。
…こうして見ると、結構いいスタイルしてる。
「…しばらくね。2人とも、まず座って」
白いソファに座った。
意外と質素な所で、無駄なものは何一つない。
朔矢さんは、立ち上がってこう言った。
「ちょっと待ってね、飲み物を持ってくる。
あ、アレイ、紅茶とレモネードだったらどっちがいい?」
「あ、私は紅茶でお願いします」
「わかった。龍神は麦茶でいい?」
「ああ」
そして、朔矢さんは台所へ向かった。
「あの…花摩流組の組長って、もしかして…」
「ん?朔矢だぜ?」
やっぱりそうだった。
ちょっと意外だけど、まあ不思議な事ではないか。
朔矢さんは殺人鬼、彼と同じ存在なのだ。
殺人者の中では、人目置かれている存在であるに違いない。
「…そうでしょうね。そう言えば、朔矢さんと龍神さんって仲いいんですか?」
「どっちかと言えばいいな。俺達は、ある意味で似た者同士だからな」
「どういう事です?」
ここで、朔矢さんが戻ってきた。
「あたしは6歳の時、親に捨てられてね。生きるために闘技場の剣闘奴になったの。
それで16歳の時にバイトを始めたんだけど、どうも色々あって上手くいかなくてね。社会と自分に絶望して、殺人者に昇華したの」
何も持ってきていない上、唐突に早口で喋りだした。
「そうですか。ところで…」
「昇華した、って言ってもいきなり殺人鬼になった訳じゃないわよ。あたしは、最初は反社会人だったの。
それで、この組に入って、売春とか暗殺とかやって生きてきたの。そんで気づいたら、組長になってたわ」
「あの、朔矢さん…」
「組長にはなったけど、別にやってることは対して変わってないのよね。
今でも暗殺はやってるし、別の姿に化けて表の闘技場に出たり傭兵やったりする事もある。まともな方法で稼いでないのも昔と変わってないわね」
「…」
ダメだ、話を聞いてくれない。
すると、龍神さんが口を出した。
「朔矢、朔矢」
「…あっ!ごめんね。それで?何の話?」
「あ、あの…飲み物、は…」
「…あっ!ごめん、すぐ用意するから!」
そして、朔矢さんはまた台所へ戻っていった。
「龍神さん…」
私は、今ので一つ疑問が湧いた。
「朔矢さんって、もしかして…」
「気づいたか?あいつは、ああいう特性持ちなんだ」
異人・魔人
ノワールの地下深くに存在する「地の底」という世界に独自の社会を形成して暮らす異人の一種。
魔力を体に宿している点は術士と同じだが、術士とは違い人間と体の構造が大きく異なる。
光の薄い世界で暮らしているためか強い光に弱い事が多いが、一方で光への耐性をつけ、地上への進出を考える者も存在している。
上位種族に魔神が存在する。
・甘燗朔矢
年齢は不詳。ただし恐らくは20代。
基本的には「旋刃盤」という珍しい武器を扱うが、実際はほとんどの種類の武器を扱える。
「変身」の異能を持ち、その本来の姿・名前は共に謎。
術の適正属性は光と風。種族は殺人鬼。
無口で淡白な反応を見せる事が多いが、実は仲間思いで心優しい性格であったりする。
有名なダンサーの下に人間として生まれたが、6歳の時に妹と共に捨てられる。
その後は妹が行方不明になったり、生きるために闘技場の剣闘奴になったりと悲惨な経験をし続けたが、16歳の時に闘技場を脱走し、働き始める。
しかし、ミスや物忘れが異様に多く、集中できず、待つことや自身の欲求を制御することが難しい「ADHD」(注意欠如・多動症)、文字の読み書きが極端にできない「LD」(学習障害)という生まれつきの特性を持っていたために、どこへ行ってもまともに働く事が出来なかった。
自身を受け入れず、どうあっても普通に生かそうとしない社会に絶望した彼女は、やがて生きながらにして反社会人となり、当時最大級の勢力を誇っていた反社會・花摩流組の一員として、偽名を騙って暴れるようになった。
花摩流の組長となり、「可憐な悪魔」として大陸中に悪名を轟かせる殺人鬼となった、かつての一流ダンサーの娘は今、何を思うのか…