黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
ということで、ヤーロの古城へ向かう事にしたのだが、その前にしなければならない事があった。
それは、食糧の補充だ。
ヤーロの古城は、半径14キロはある広大なヤトラ樹海の中にある。
樹海と言うだけあってかなり複雑な構造になっており、さながら自然の迷路のようだと云う。
しかも、今は尚佗のせいで飛ぶ事が出来ない。
なので、まずたどり着くまでがえらく大変なのだ。
もちろん遭難するようなつもりはないが、それでも迷う可能性は十分にある。
という訳で、食糧を補充しておいたほうがいいと判断した訳だ。
フルスの市場へやってきた。
「わあ…陸の町の市場なんて久しぶりです!」
アレイは無邪気にはしゃいでいた。
「ずいぶんはしゃぐわね」
「だって、レークとは品揃えが全然違いますもの!あ、アボカドだ!」
アレイは、八百屋の屋台に並ぶ野菜を嬉しそうに見ていた。
それを見た店主が、気さくに話しかけた。
「お、お嬢ちゃん、アボカド好きなのかい?」
「はい。でも、あまり食べられないんです。
私の町では、野菜はあまり出回らないので」
「そうなのか?…あ、なるほど。水兵さんか。そりゃあ無理もないかもな」
アレイはアボカドが好きなのか。
俺は野菜全般が嫌いだから、気持ちはわからん。
「私、子供の時から野菜が好きだったんです。…私、今は水兵ですけど、もともと人間だったんですよ。
だから、町であまり野菜が食べられないのが残念で…」
「そっか。じゃ、ここで食べていけばいい。この市場には、野菜を使った料理出してる所もあるしな」
「ありがとうございます」
結局、ここではいくつか普通の果物とドライフルーツを買った。
その後、肉屋やらパン屋やらをまわってそれなりの量の食糧を買い漁った。
市場を見て楽しんでいたアレイだったが、朔矢が屋台のスイーツだの何だのに次から次へと興味を向けていたのには少し引き気味だった。
まあ、仕方あるまい。
これも、あいつの特性なのだ。
古城へ行く、という話をした途端に朔矢も一緒に行くと言ったのを聞いてアレイが驚いていたが、当然の事ではある。
朔矢とて吸血鬼狩りだ、獲物の話を聞いたら黙ってはおられまい。
ところで、このあたりには、とある吸血鬼にまつわる伝説がある。
…いや、伝説ではない。史実だ。
市場のはずれに、薬を売っている屋台があった。
店主は、おそらく祈祷師系の種族…の老婆。
その前を通りがかった時、アレイが声をかけられた。「そこのお嬢さんや」
「はい?」
「お前さんかね?皇魔女陛下を助けてくれた水兵さんは」
「ええ。でも私だけじゃありません、このお二人とノグレの司祭さんもです」
「そうかい…ありがとうのう。
ところでお前さん方、次はどこへ行くつもりじゃ?」
「ヤトラ樹海の中にある古城に行こうと思っています」
すると、老婆の顔ががらりと変わった。
「なんじゃと…あそこへ行きなさるのか!」
「はい…」
「そうか…ならば、せめて無事を祈りますわい」
老婆の反応を見て、アレイも気になったようだ。
「何か、ご存知なのですか?」
「知ってるも何も、あそこに行くのは死ににいくようなもんじゃ。
わしの子供の頃から、あそこには恐ろしい話があったからのう…」
「恐ろしい話…?」
「うむ。まず、お嬢さん。吸血鬼狩りは知っとるか?」
「はい」
「そうか。では、説明は不要じゃな。
今から何千年も昔の話じゃ。このあたりの町や集落は度々、負の吸血鬼に襲われておった。
それは一人の女の吸血鬼じゃった…それはそれはもう、驚く程にきれいな女でのう。多くの男達が、あやつが人間だったらな…とぼやいておった。
ある時、北の町から若い男が来た。
奴は、黒い髪と黒い瞳を持った守人じゃった。向こうでは有名な吸血鬼狩りでの…守人じゃが、殺人者のように強く、冷酷なことで知られておった。
故に、この国の人々が近隣の集落を代表して、奴に吸血鬼討伐を頼み込んだんじゃ。
奴は、食糧と武器だけを持ってヤトラ樹海の中へ消えた。そしてそれっきり、帰ってくることはなかったんじゃ」
「それって…」
「皆が、奴は死んだと思っておった。しかしのう、後にある者が森の中で見たんじゃ」
「何を…?」
「二人の吸血鬼じゃ…。
大きな羽を持った、若い男女であったらしい。
そやつらは獲物を仕留めた後、接吻し合って空に消えて行ったそうな」
「…!」
老婆はため息をついて続ける。
「奴らが夫婦であったのか、違ったのかはわからぬ。
だが、これだけは確かじゃ。
あの日、森へ入っていった吸血鬼狩りは、自身が吸血鬼となる結果に終わった…。
これが、この国に古くから伝わる伝説じゃ」
今の老婆の話は、ほぼ全て事実だ。
話に出てきた男は、本名をグラスといい、かつて吸血鬼狩り組織・カタルシスの団長だった。
奴は守人でありながら、殺人鬼も驚くほどの凄腕の吸血鬼狩りで、多くの吸血鬼狩りの憧れの対象だった。
そして、この町の近くの樹海の奥深くにある古城に住む負の吸血鬼の存在を知り、単身討伐へ向かった。
しかし、そこで奴は吸血鬼狩りとして最大の禁忌を侵す事となる。
奴はあろうことか、古城に住まう負の吸血鬼ニリに恋をしたのだ。
ニリと永遠に共にありたいと思ったグラスは、自らニリに首筋を噛ませ、負の吸血鬼となった。
これ以降、ヤトラの樹海は二人の負の吸血鬼が住まう樹海として恐れられるようになったのだ。
「という事は、ヤーロの古城には二人の吸血鬼がいるって事ですか…?」
「うむ。今まで奴らに挑んだ者はみな、死体となって帰ってきた。
わしらも、もうほぼ諦めておったんじゃがの…
まさか、こんな形で希望が湧き出てくるとは思わなかったわい」
「…?」
「とぼけんでもええ。お前さんら、吸血鬼狩りじゃろう?」
「…なんでそれを?」
俺は、老婆を見つめた。
「長生きすれば、そういう事もわかるもんじゃ。
わしは、今まで何人もの吸血鬼狩りを見てきた。
奴らはみな、どこか暗い目をしておった…お前さん方もそうじゃ。殺人鬼である事を差し引いても、十分すぎる程暗い目をしておる」
こっちの正体まで悟るとは…
この婆さん、なかなかだな。
「…婆さん、あんた何者?
なんで、あたし達の正体がわかるのよ」
朔矢が、不機嫌そうに言った。
「わしか?わしは
陰陽師…か。
祈祷師系の最上位種族にして、かつてのアレイの先祖の同族。
こんな所で会えるとは思わなかったな。
「陰陽師…!?」
アレイが反応し、高い声をあげた。
「うむ、どうしたんじゃ?」
「私、祖先が陰陽師なんです。シエラ・メティルと名乗っていたんですが…」
すると、今度は老婆が驚いた。
「なに…するとお前さんは生き残った妹…星羅こころの妹か!?」
「はい。…もしかして、私の祖先をご存知なのですか?」
「知っとるも何も、あやつはわしの教え子の一人じゃて」
なんとまあ、シエラの恩師ときたか。
「では、彼女がどんな人だったか覚えてらっしゃいますか?」
「もちろんじゃ。あやつは、見た目には他の者とさして変わらぬ術士であった。しかし、他の誰よりも優秀で、心優しい娘であった。…まさか、後にあんな事になろうとは思わんかったがのう」
「…そう、でしたか」
アレイは、どこか意味深に言った。
「ま、まずさっさと吸血鬼をシバきに行きましょ。ほら」
朔矢に突っつかれたので、話はここまでにしてヤーロの古城へ向かう。