黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
城の入口の跳ね橋はかかったままになっていた。
長らく水が入っていない堀の中には余す所なく雪が積もり、その上にまだらに落葉や枝が乗っていた。
「もう長いこと放置されてる、って感じね」
門をくぐった先は中庭だった。
それなりの広さがあり、恐らく昔は水が通っていただろう噴水や通水路、枯れ果ててもなお、きれいに整備されていた痕跡が残る植え込みが、かつての繁栄を今に伝えているかのようだ。
同時に、それらは今の寂しさと悲しさも物語っている。
「寂しい場所ですね…」
この城は、元々ヤーロ一族という騎士の一族の城だったという。
俺の知る所ではないが、当時は結構名のある一族だったらしい。
それがなぜ没落したのか。今となっては、誰も知らない。
しかし、今確かだと言えるのは、現在この城にいるのは、この世界で最も邪悪な存在の端くれであるという事だろう。
自己養護する訳では無いが、殺人鬼など、奴らに比べれば可愛い存在だ。
生者をとり殺して仲間にする訳でもないし、何の理由も無しに殺しをしてる訳でもないのだから。
…まあ、生きる為に人を殺してる、という意味なら、重なる所はあるが。
「いかにも出そうな雰囲気ね。実際出るんだけど」
朔矢はああ言っているが、恐らくメインターゲット以外の敵は出てこないだろう。
なぜなら吸血鬼の匂いはするにせよ、他のアンデッドの気配や匂いは一切感じないからだ。
「このどこかに、負の吸血鬼が…」
アレイはゆっくりと、しかしかなり急いでいる様子で歩いていく。
やがて、食器や本棚、テーブル、椅子などが置かれた部屋が現れた。
広さは、10畳くらいか。
「結構広い部屋ね…」
一応本棚の中やら食器やらを調べてみたが、怪しいものはない。
ただし、古ぼけた木製の棚の上に一枚の写真が立てかけられていた。
それは、五人の人間?異人?が写り込んだ、恐らく家族写真…だったのだが、そのうち四人の顔が削り取られていた。
「何これ…怖い…」
唯一顔が削られていない金髪の少女は、満面の笑みを浮かべて写っていた。
「この娘…ひょっとして…」
朔矢がこちらを見てきた。
俺は大きく頷いた。
「ああ、恐らくな…」
この娘は、十中八九この城に元からいた負の吸血鬼、ニリだろう。
そして、これに写っているのは奴のかつての家族。
「どうして、家族の顔が削ってあるんでしょう?」
「さあね」
もしかしなくても、ニリは元々この城の一族だったのだろう。
そして、ある時何らかの理由で負の吸血鬼となった。
家族はみんな死に、ニリだけが残された。
かつての家族を思い出し、今の孤独を実感させられないために、こんな事をしたのかもしれない。
さて、城に到着してからここまでの様子を見ている者がいる事に、俺は気づいていた。
だから、
「はっ!」
俺達の後ろをこっそり飛んでいた蝙蝠に電撃を浴びせて撃墜し、言った。
「そろそろ出てこい。
せっかくこっちから会いに来てやったんだ、歓迎くらいしてくれてもいいだろ」
すると目の前の空間が揺らぎ、女の吸血鬼が現れた。
それは、間違いなく今見た写真に写っていた娘と同じものだった。
金髪、赤目、左頬のほくろ。
そしてその黒い翼は、以前遭遇したメグのそれよりも大きく、表面が滑らかで、美しいものだった。
「あなたは…」
奴は、俺の顔をまじまじと見てきた。
「見かけない顔ね。新人の吸血鬼狩りかしら?」
「その逆だ。…俺はな、今いる奴らで最古参の吸血鬼狩りだよ」
すると、奴は不快な笑みを浮かべた。
「最古参の…ねえ。それは、素敵なお客さんだわ。
彼も、きっと喜んでくれる。ねえ?」
そして、"それ"が姿を現した。
かつて守人であり、そして吸血鬼狩りであった、最上位の負の吸血鬼が。
◇
虚空から現れた吸血鬼。
それは黒髪に黒い瞳をした男だった。
…この出で立ち、見覚えがある。
間違いない。あの日、私を襲ってきた吸血鬼だ。
彼は龍神さんを刺すような目で見た。
「聞いた?彼、最古参の吸血鬼狩りらしいわよ」
「ああ、聞いた。…最古参、とはどういうことだ」
「まんまだよ。俺は正真正銘、この世界で最古参の吸血鬼狩りだ」
「最古参…か」
男はため息をつき、一度目を閉じ、そしてまた開いた。
「そうか、もう一介の新入りが最古参を名乗れる程に時間が経っていたのか。
…お前、一体何年吸血鬼狩りをやってる」
「ざっと1400年…だな」
「そうか。ニリ、時間の流れは早いものだな」
「そうね。…それより、せっかくのお客さんなんだし、お持て成しして差しあげなきゃね」
「そうだな。…ん?」
彼は、私を見てきた。
私は、敢えて黙った。
「よく見れば。そうか、わざわざ来てくれたのか…」
「あら、この子と知り合いなの?」
「ああ。忘れもしない、15年前に取り逃がした獲物だからな」
男の左目には、縦一直線に切り傷の跡がある。
そして右翼は、途中から切り落とされている。
「てことは、この子があなたを再起不能にした水兵?」
「そうだ。…本当に、よく戻ってきてくれた。
お前のおかげで、俺は左目を失った。そして、翼も…」
ここで、朔矢さんが割り込む。
「そんなのいいから、フルスの人間から奪ったモノを出しなさい」
「いいわよ。これよね」
女の吸血鬼…ニリが取り出したのは、紛れもなく赤のスカイストーンだった。
それは、今は弱々しい光を放っていた。
「…!」
「それをよこしなさい」
「わかってる。でもね、簡単には渡せないの」
「でしょうね。まあ、いいわよ。
…元々、あんた達を始末して奪うつもりだったし」
「あーいえ、違うのよ。私はあなた達とやり合うつもりはない」
「は?」
「私は正直、こんなものどうでもいいのよ。ただ、彼が…ね?」
きょとんとする朔矢さんを尻目に、男が喋る。
「お前らにこれが必要なのはわかってる。
これが欲しいなら、その娘をこっちに渡せ」
すると、龍神さんと朔矢さんが私の前に立ちはだかった。
「おっと、そうは行かないね」
「この子に何の用があるのかしら。
あたし達が変わりに付き合ってやるから、言いなさい?」
男は舌打ちをして、
「お前らに用はない」
と言った。
「どのみち彼女の身柄は渡さん。何の用があるのか、言うだけ言ってみろ」
「…いいだろう。
俺はかつて、大陸の各地を飛び回って獲物を狩り集めていた。…15年前のことだ。俺は、夕暮れにある森に一人でいた娘を狙った。
瑠璃色の瞳と金髪を持つ幼い娘。特徴的な格好で、水兵だとわかった。
水兵は滅多に町の外に現れない。子供とはいえ、珍しい獲物が取れると思った。
だが、その娘は妙な魔法道具を持っていた。
鎌を持った女の魔力魂を呼び出して、俺の目と翼を斬ってくれた」
彼は、あの髪飾りを魔法道具だと思っているらしい。厳密には、ちょっと違うのだけど。
「その日以来、俺は左目の視力を失い、羽ばたけなくなった。飛ぶこと自体は出来るが、もうかつてのように素早く飛び回る事は出来ない。
だが、もうそれなりに成長したようだからな、今こそリターンマッチと行こう」
男は、殺意に満ちた目で私を見てきた。
「さあ、石が欲しくばその娘を差し出せ。
一対一で決着をつける。話は、その後だ」
龍神さん達は反応に困っているようだった。
でも、私は言った。
「…わかった。
龍神さん、朔矢さん。行かせて下さい。
これは私と彼の問題。解決は、私がしなければ」
私が一方前に踏み出すと、男…
負の吸血鬼グラス・ベクセリアは、にやりと笑った。
「ほう…精神的にも成長したみたいだな。
いい覚悟だ。ここで、終わらせよう」