黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
転移した先は、森の中の町だった。
メドルアより遥かに雪が多く積もっていて、しかもかなり寒い。
でも、道の積雪は歩けない程ではなかった。
「除雪はちゃんとされてるんだな」
龍神さんは、雪の道を踏みしめながら言った。
「そうですね。あっ…」
私は彼の言葉に共感しつつ、目の前の光景に目を奪われた。
それは町の明かりだった…
でも、すごく綺麗だった。
薄暗い中に浮かび上がる、数多の明かり。
それは、生きた人々が暮らしている証拠。
そして、生きた文明が存在している証拠。
「綺麗…」
私がそうつぶやくと、彼もそれを見て、「おぉ…」と唸った。
ポームは不思議な魔力により、一年中雪に覆われていると聞く。
雪の中にある町というのは、何とも風情がある。
「夜景ってのは、どうしてこうも綺麗なんだろうなあ…」
彼の気持ちはわかる。
でも、その答えはわからない。
ただ、確かな事がひとつある。
それは、この眺めは見る人の心を動かす、ということだ。
雪道を往き、町へ入った。
深い雪に閉ざされた、常冬の森の奥。
そこにあるのは、俗世間から隠れるようにして生きる人々の暮らし。
厳しい環境の中で生きる人々は、どんな種族よりも強く、逞しいと思う。
そして、この町にしかいない存在もいる。
それは、永い時を生きる人間たちだ。
この町は、古くから一人の伯爵婦人に治められている。
でも、その人は人間ではなく、高位の魔人。
彼女は定期的に町から一人ずつ人間を城に呼び、その血を吸って眷属とする。
眷属となった人間は、主と共に末永い時を生きる事になり、この雪に閉ざされた町を見守り続ける。
そうした背景もあって、この町には、他では味わえない不思議な空気が漂っている。
とりあえず、酒場などで町の人達の話を聞いてみた。
「西の丘の上にあるアリス伯爵様のお城には、呼ばれた者だけが入れる。一度は行ってみたいものだ」とか、「アリス様の眷属になれば、不老不死になれる。この町から離れられなくはなるけど、大した事じゃない」とか、「もうそろそろ、アリス様が次の女をお城に呼ばれるはず。次こそは必ず、私が行ってやるわ」と、彼女ないし彼女の眷属となる事を快く思っている人が多かった。
肝心の眷属となった人達は、みな口を揃えて「アリス様のおかげで、今を生きられている」と感謝の言葉を述べていた。
でもその一方で、「終わりのない命に、何の価値があるだろうか。アリス様は確かに良い方だ。でも、俺はあくまでも人間として終わりたいね」とか、「そろそろ、次にお城へ行く人が選ばれる。でも、私は怖い。お城には行きたくない。せっかくここまで人間として生きてきたのに、異人の眷属になんかなりたくない」と、逆の事を言う人も少数ながらいた。
永遠の命。
賛否両論あるだろうけど、私は別に欲しくはない。
私という存在は、幸福を掴むために生まれてきたのであって、永遠の生を謳歌するために生まれてきたのではないと思うから。
町の西の小高い丘は、登るのはさして難しくない。
頂上には、伯爵婦人のおわす古城がそびえている。
その入り口となっている立派な紫の大扉は、触ることすら躊躇するほど美しい。
取っ手に手をかけると、自然と体が動いて扉を開けた。
一定間隔できれいに並べられた、白い火が灯る松明。
そして、真っ直ぐに敷かれた豪華な赤いカーペット。
まさしく、主の城に相応しいデザインだ。
「よくぞ来て下さいました」
声の主の姿は見えないけど、どこにいるのかはなんとなくわかった。
真っ直ぐ奥へ進み、玉座の前で止まる。
すると、玉座に腰掛けた彼女がその姿を表す。
紫の長髪、紫の瞳。
暗い青のローブを着た、ただならぬ雰囲気を醸し出す女性の異人。
彼女がこの城の主にしてこの町の統治者、アリス伯爵婦人だ。
「アリス伯爵婦人、お初にお目にかかります。
レークより参りました、水兵のアレイ・スターリィと申します」
私は一步前に出て名乗り、礼をした。
この人は、正の吸血鬼の上位種族で、騎士と同様に礼儀を重んじる
だからこそ、礼儀正しくしなければならない。
「そうですか。そちらの方は?」
「冥月龍神…殺人鬼だ。アリス伯爵、会うのは初めてだな」
彼としては礼儀正しいつもりなのかもしれないけど、私からするとちょっと横柄な挨拶の仕方だ。
でも、彼女はそれに腹を立てたりはしなかった。
「わかりました。私はこの城の主と、ポームの統治をしております、
彼女が礼をしたので、私達も礼をした。
「アレイさん。あなたは、生の始祖の末裔ですね?」
「はい。でも、なぜそれを?」
「あなたのその顔立ちに、彼女の面影があるのです。
美しい方ですわ…あの方も幼き日より綺麗な方でしたが、あなたは彼女に負けず美しい」
この人…私の祖先と、シエラと面識があるのか。
「彼女に会った事があるのですか?」
「ええ。彼女に初めて会ったのは、町の近くの森でした。
しかし、私は彼女を…」
アリス三世は、少しばかり辛そうな顔をした。
言われなくともわかる。
彼女は、シエラを殺そうとしたのだ。
「私は、一目で彼女が今回の忌み子であると見抜きました。そして、祖母アリス一世の代より伝わる話を思い出しました。
この子と同じ、暗く沈んだ目をした人間の青年。それはある日ポームの近くの森で倒れていた。そしてアリス一世は、彼を助けた。しかしその青年は、後に世界を恐怖と絶望に包む恐ろしい存在となった。
…故に、私は彼女を殺そうとしたのです。
でも、出来なかった。怖かったのです…その行いが、私自身に跳ね返るのが」
「そして…?」
「私は彼女を追い出しました。でもその時、次に彼女に会う時、私は彼女に跪くことになるのだろうと思いました。そして、それは的中したのです」
ここで、私は切り込んだ。
「やはり、あなたが三聖女に雷神の護りを与えたのですね?」
「はい。
私は3つのスカイストーンの力を使い、尚佗の電撃に耐えるための護りを作り出し、彼女達に与えました」
「なら、今一度その護りを私達にお与え下さい!」
私は、3つのスカイストーンを取り出して言った。
「もちろんです。あなた方が来ることは、わかっておりましたゆえ」
まあ、不思議ではないか。
予知したのか、情報を仕入れたのかわからないけど、高位の魔人ともなればそのくらいは簡単に出来るのだろう。
「ところで、メドルアの方で何やら騒ぎがあったようですが…あなた方が解決したのですか?」
「…えっ?」
これには驚いた。
まだ、沈静して間もない事のはずなのに…
なんで知ってるのだろう?
「我が町には、何も娯楽がないものでして。
つい、外部の情報を集めてしまうのです」
「それで、俺達が来ることも知ってた…って訳か」
アリス三世は、龍神さんを物珍しそうに見た。
「そうそう…忘れておりましたが、あなたにお客様がいらしております」
「客?」
「ええ。何でも、昔からのあなたのご友人だとか…」
「…誰だろう?」
「とりあえず、会いに行ってあげなさい。左手の階段を登った先の部屋で待機してもらっていますので」
向かおうとした時、アリス三世はこうも行ってきた。
「申し訳ありませんが、ご友人共々、しばしこの城に居座って頂けないでしょうか。…あなた方の事で、確認したい事がありまして。
当分は城内でご自由にして頂いて結構ですので」
「…わかった」
「それからもう一つ。
まああなた方なら大丈夫かとは思いますが、この城には危険な場所もございます。くれぐれもお気をつけ下さい。…ここは、高位の吸血鬼の城ですのでね」
アリス三世は、そう言ってにんまりと笑った。
彼女は私達の血を吸う事はない。
それはわかってる。
でも、その口から覗く牙には、少し恐怖を感じた。
異人・黒い吸血鬼
読みは「ノワール・ヴァンプ」。
ごく限られた数しか存在しない非常に希少な魔人系の上位種族で、そのほとんどは数千年から数十万年の年月を生きる偉大な正の吸血鬼。
牙を持たず髪で吸血する者、吸血した相手を眷属に変える能力を有する者、そもそも血を吸わないものなど、その実態は多種多様。
総じて礼儀を重んじ、荘厳な雰囲気をまとう。