黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
「…そりゃ、どういうことだ」
「そのままです。あなたのその刀で、私の命を終わらせてください」
「…」
「なぜ黙るんですか?あなたは殺人鬼…人の心を持たず、機械のように他者を傷つけ、殺して生きる、上位の殺人者でしょう?」
それは確かにそうだ。俺は上位の殺人者だし、傍から見れば機械のように冷酷だろう。だが、人の心が全くないかと言われれば否だ。
好きでこうなった訳では無いし、何より俺とて元々は人間だったのだから。
「確かにそうだが、しかし…」
「もしかして、私を殺せないと言うんですか?」
その顔は、妙に悲しそうだった。
「なんで、そんな悲しそうな顔をする?」
「私は、もうずっと前から死にたいと思っていました。でも、自殺する勇気はどうしても出なかった。だから、自分を殺してくれる人を探し続けていました。そして今日、ようやくあなたに…現役の殺人鬼に、出会うことが出来ました」
自殺する勇気がないのに、殺してもらう勇気はあるのか。不思議なものだ。
「普通の殺人者じゃダメだったのか?」
「ダメでした。むしろ誰に当たっても、自殺を引き止められるんです…不思議なことに」
そりゃそうだろう。殺人者は人殺しだが、自殺願望のある奴を殺すのはまた別の話だ。
「でも、より上位の…より冷酷で、残忍な殺人鬼なら、きっと私を殺してくれる。そう思ったんです」
「筋は通ってるな。だが…」
「なんですか?やっぱり私を殺してくれないんですか?」
なぜ死にたいと言うんだ?何があったんだ?とも思わなくはない。だがこの状況でそれを言うのは、馬鹿のやることだ。
「いや、別に殺せなくはない。場所的にちょっと良くないけどな」
「確かに、ここでは皆さんに迷惑がかかりますね。なら、どこか人気のない場所であれば、殺してくれるんですね?」
「そうだな…」
ルメは笑った。
だが、その笑顔にはどこか悲しみが紛れているように感じられた。
「だが、その前に1つだけ聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「君を殺すのは簡単だ。だが、その後…どうするつもりだ?」
「…えっ?」
「死んだ後、どうするつもりでいるんだ?」
「死んだ後…?」
「ああ。俺は死んだことはないから、死後のことはわからん。だが、死んだって魂が消えるわけじゃないだろう。そうなったら、君はどうするつもりでいるんだ?」
ルメは、困ったようだった。
「そんなの…わかりません。なるようになるでしょう」
「なら、死んだあと自分はどこに行くんだと思う?」
「それもわかりません。天国か地獄か、はたまた別のどこかか…」
「わかんない…か。しっくりこないな」
「どういう意味でしょう」
「死ぬ楽しみを見つけるためのヒントを出してるつもりなんだがな」
「あなたは、それを知っているんですか?」
「いや。けど、これから死ぬって奴にはそれを知ってほしいとは思う」
「それなら、死んでからたっぷり見てきます。そして、いつか生まれ変わるときにその思い出を持ち帰ってきます」
「生まれ変われるのか」
「たぶん。レークの水兵の魂はユキさんの元に集まって生まれ変わる…って聞いたことがあります。だから、私もいずれ生まれ変わると思います」
「ユキにそんな力もあったとはな。で、死んだら具体的にどうするんだ?」
「そうですね…それなら、誰かいい恋人を作ろうと思います。私、生きてる時は誰も恋人とかできなかったので。そして…その人と幸せになります。それでもし、生きていた時より幸せになれたら、自殺が正しかったってことです」
「なれなかったら?」
「その時は、私の自殺が間違っていたということでしょう」
「ずいぶん楽観的だな」
「だって私はどうせなにをやってもダメだし、誰の役にも立てません。何もかもが嫌いだし、嫌です。自分のことですらも」
「…そうか。わかるよ、その気持ち」
「何もかもが嫌だ…って気持ちがですか?」
「君が思ってること全部かな。俺だって千数百年前…人間だった時は、幾度となくそんな気持ちを抱いた」
「それで自殺しなかったんですか。強いですね」
「単に臆病だっただけだ」
「それなら、私のほうがよっぽど臆病です。死にたいって思ってるのに、自分では死ねなくて、人に殺してもらうことしかできない」
「そんなことないさ。だって、君は現にこうして、俺に色々話せてるじゃないか」
「首切り役を頼む人に、説明をしないわけないじゃないですか」
「そうかもな。そうだ、自殺しようとしたことはあるんだよな?」
「はい、何度も。首を吊ろうとしたり、飛び降りようとしたり。銃を頭に突きつけたこともあります。でも、どれも上手くいかなかった。死ぬ勇気が…あと一歩の勇気が、どうしても湧かなかったんです」
「なら、疑問に思ったことないか?なんで死ぬのが怖いのか、自殺するのが怖いのかって」
「それは…生物として当然の本能だからではないでしょうか。人間、いや野生動物だって、死ぬことは恐れますよね」
「確かにな。だが、俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「では、一体?」
「俺、昔からなんとなく思ってるんだが…たぶん、本当に怖いのは死ぬことじゃないんだ。その後が問題なんだよ」
「その後…?」
「普通に死ぬのはまだいいとする。問題は、自殺だ。自殺した後、何が待っているのか?その疑問の答えは、誰もが…漠然とだが知っているんじゃないかな。そしてそれは、普通に生きているより遥かに恐ろしく、辛い。だからこそ、自殺することを怖いと思うんだと、俺は思う」
「…確かにそうかもしれません。私、たまに勇気が出て、本当に死ぬまであとちょっとの所まで行けるんですけど、そういう時って、なぜか決まって涙が出てくるんです。悲しいわけじゃないのに」
「それはやっぱり、恐怖…もっと言えば、未練や葛藤があるからだと思うぜ。死ぬんなら、それだけを考えて、他の全てを投げ出してからにしよう」
「そうしたつもりです。…と言っても、結局普通に働いてるし、身辺整理とかもしてないんですけどね」
「まあそう簡単に出来るもんじゃないよな。…俺に君を引き止める資格はないし、そんなことをするつもりもない。だが、心で死にたいと思っていても体がそれを拒否するってことは、まだ君は死ぬべきじゃないんだと思うぞ」
「だとしたら、私はどうすれば」
「生きるんだ。死ぬべき時が来たら、その時は嫌でも死ぬさ。その時までは、何とか生きてみようぜ?死ぬのはいつでも出来る。でも生きるのは今しか出来ないんだ、精一杯楽しもうじゃんか。せっかく長い命を持つ異人として生まれたんだ、苦しくても何でも、バカ正直に生きてみてもいいと思うが?」
「なぜですか?」
「それは…まあ、なんだ。この世に生まれたから…かな。そこんとこは、正解が何であるかは俺にもわからない。だが少なくとも、君はまだ死ぬべき時ではないということと、死んだところで何も良いことは起こらない、ということは断言する」
「…」
「どうだ?それでもまだ、死にたいなんて言うか?」
「…ひどい人」
「なに?」
「あなたはひどい人です。こんな私を、こんなろくでもない水兵を…頼み込んだのに殺さない。それだけじゃなく、生きろなんて言う」
「俺、そんなこと言ったか?」
「結果的にそう言ったも同然でしょう。…でも、あなたのおかげでちょっとだけ考えが変わりました。死ぬのはいつでも出来る。なら、もう少しだけ…もう少しだけ生きて、苦しもうと思います」
「それがいい。人間、苦しんでなんぼだ」
「やっぱりひどい人ですね。あと、私は人間じゃなくて水兵です」
「細かいことはいいんだよ。それに、こんな可愛い娘に死なれたら、俺達の仕事の喜びが1つ減っちまうしな」
「どういう意味ですか、それ」
「さあてなあ」
「…やっぱり、殺人者って最低な異人ですね」
「最低で結構」
「開き直ってるんですか?」
「そうだな」
「真面目に答えてください」
「真面目だよ。俺達は最低で、クズな奴の集まりなんだからな」
「…ふふっ」
「どうした?」
「あなたはひどい人です。でも、同時にとても優しい人です」
「んなこたあねえぜ。俺は人殺しの怪人だ」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、私、生きようって思えました。普通の水兵として、生きようって気になれました」
「ああ、頼むぜ。辛いからって、命を捨てるなんてことはしないでくれ…かつて命を捨てようとした者としての願いだ」
ルメは、最後にうっすら笑った。
これで、もう大丈夫だろう。
どんなに辛くとも、自死だけはしてはいけない。それは、種族問わず不変の理だ。
古い考えに囚われるわけではないが…自ら命を断つような真似は、何があってもすべきではない。
さっきも言った通り、俺にこの子を引き止める資格はない。だが、黙って見ていることもできなかった。
だから、こうした。
これで、よかった。
まあ、殺人者である俺には似つかわしくないことだが。