黒界異人伝・生命の戦争 〜転生20年目の冒険譚〜 作:白い花吹雪。
「はーあ…」
私は、ため息をついた。
龍神さんの言動は、間違いなく戦士達を怒らせた。
怒鳴られたりはしなかったけど、みんなから邪険な顔をされるようになってしまい、ハグルを出ざるを得なくなったのだ。
私はもう少し長くいたかったのだけど…そうもいかなくなってしまった。
当の彼自身は、戦士達に邪険な顔をされても平気な顔をしていた。
人の感情を読み取れないのか、単に神経が図太いのかわからないけど。
「なあ、アレイ…」
龍神さんは、どこか申し訳なさそうに言った。
「もしかして、俺…なんかまずいこと言ったか?」
「え…逆にわからないんですか?」
「ああ…自然に喋ってたつもりなんだが…」
彼の表情と口調からすると、悪気は本当にないのだろう。
「てか、アレイ…」
「?」
「あの戦士達と比べて思ったんだが、君いろいろと小さいんだな。まあ、まだ幼い娘…ってとこか」
「…っ」
正直、イラッとした。
私は、自分の体にコンプレックスを感じている。
それを男性に言われると、余計に腹が立つ。
「アレイ?どうした?」
俯いて黙った私に、彼は普通に話しかけてきた。
「…」
「ん?」
彼は、しばらくしてやっと気付いたようだった。
「…あ、もしかして怒っちまったか?ならごめんな」
「…はあ。いくら親しくなっても、言っていい事と悪い事っていうのがありますよ」
「んー…悪いが、そういうのはわからん」
「えぇ…」
呆れと驚きを感じた。
何?この人、人の気持ちがわからないの?
それとも、自分の言動で人が傷ついてもいいと思ってるの?
…やっぱり、殺人鬼なのね。
人の気持ちを考えないからこそ、平気で罪もない人を殺したりできるんだろう。
とことん素直だとも言えるけど…これでは、友達も作りづらいだろう。
彼は長い間孤独だったようだけど、その理由がわかったような気がする。
殺人鬼は平然と嘘をつけると聞く。
こういう時こそ嘘をつけばいいと思うのだけど。
さて、とりあえず町の酒場に来た。
酒場には、当たり前だけど、たくさんの戦士がいた。
戦士と言っても、いかにもな暴力的で近未来感あふれる…というかワイルドなスタイルの男性から、その辺の人と大して変わらないスタイルの人まで、いろいろいる。
前者のような格好は、人間界から来た人には「世紀末スタイル」なんて呼ばれていて、乗り物に乗って走り回ったり、暴力的だったりするイメージがあるらしい。
でも、彼らはそんな暴力的でもないし、乗り物に乗ったりもしていない。
彼らは戦士の中でも上位に位置する「狂戦士」か、それになろうとしている戦士で、基本的には暴力的どころかむしろ理性的で、優しい人々なのだ。
現に、ここにいる彼らは、気さくに私達に話しかけてきた。
「おう、嬢ちゃん!一人で酒飲みにきたのか?」
「いえ、私はあそこの彼と一緒に…」
「ん?ああー、そういう事か。おいあんた、くれぐれもこの子を酔い潰すなよな?」
「わかってる。心配しなさんな」
「そうかい。こんな可愛い子を酔い潰して手を出すなんて、男として最低だからな!」
「そんな事はしない」
さて、店の奥へ進み、マスターに声をかける。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「白ビールを一つ貰おうか」
「あいよ。お嬢さんは?」
「私は…ブルーリーカランをお願いします」
「ブルーリーカランね?オーケー」
マスターがお酒の用意を始めると、龍神さんが話しだした。
「ノンアルの飲むのか」
「朝から酔う訳にはいきませんからね」
「割と節度とか守るタイプなのか?」
「はい。あまり不摂生していると、仕事にも障りますからね」
「そうか…仕事、ねえ…」
龍神さんは、複雑な表情をした。
『社会に出られない…』
以前彼の過去を見た時に、見えた言葉。
この言葉の意味は、私にはわからない。
でも、彼が苦しんできたことはわかる。
「マスター、なんか美味い食べ物はあるか?」
「美味い…ねえ。まあ、ちょっとした珍味みたいなのならありますよ」
「どんなやつだ?」
「このあたりの固有の異形の干し肉です。
ビールのつまみには、なかなか悪くないすよ」
「よし。じゃ、それ頼む」
私は、彼の人生の全てを見た訳ではない。
でも、壮絶なものだった事は容易に想像できる。
子供の時からまわりと上手くやれず、親にも恵まれず、学校ではいじめられ、家では虐待され…
さぞ、辛かっただろう。
よく、自殺しなかったものだ。
仕事に就いても、コミュニケーションを上手く取れず、周囲に合わせる事もできず…
やがて彼は心を塞ぎ、仕事をやめてしまう。
そして口論の末に家族を全員殺し、心の奥底に眠っていた衝動に囚われて…
…可哀想な人だな、と思った。
初めて彼の過去を見たあの時、自然と彼に謝ってしまった。
直前に放った自分の言葉が、とてつもなく失礼なものに感じたからだ。
同時に、自分が本当に幸せな存在なのだと気付いた。
当たり前の生活を送っていくのが、どれだけ大変で、どれだけ幸福な事か。
それを、改めて思い知らされた気がした。
「はい、お待たせしました…」
「おっ、どうも」
「ありがとうございます」
ブルーリーカランは、ぶどうを使ったノンアルコールのワイン。
普通のワインとの違いは、ほぼアルコールが入っていない事だけなので、年齢問わず飲まれている。
私も、昔からよく飲んでいたりする。
「…」
飲み慣れたワインが、やけに深い味わいに感じられた。
そう言えば、このワインの名前はかつてこの世界で使われていた言葉の一つ、『ガロフ語』で名付けられているんだっけ。
意味は、確か、「悲しみの心」。
悲しみ…か。
今、私が心のどこかで感じている感情に、ちょっと近いかもしれない。
龍神さんは、殺人鬼だ。
当然、世間では恐ろしい怪物として知られている。
でも、その冷酷な顔の裏に、悲惨な過去があると思うと…
…でも、彼に出会えたのは、幸運だったのかもしれない。
彼についていけば、きっと様々な経験ができる。
多くの人と出会い、たくさんのドラマを知れる。
そして何より…
多少なりとも、彼の心を癒やしてあげられるかもしれない。
彼の冷淡さ、無機質さはきっと、遠い昔に心に負った深い傷から来ている。
ならば、それを癒やす事が出来れば…
本来の彼に、戻れるかもしれない。
この人の事を、もっと知りたい。
恐ろしい怪物を、怪物でなくする方法を探したい。
おつまみを片手にビールを飲む彼。
それを見ながらワインを飲み干すと、そんな気持ちが湧いてきた。