目が覚めるとがっこうぐらし!(実写版)の世界だった。 作:RNKI
若狭悠里
巡ヶ丘学院高校の3年生(原作開始時)。
愛称はりーさんで、園芸部に所属していた。
実写版では既に他界している佐倉慈と会話する描写が何度かある。
「よし、今のうちに...!」
同級生の恵飛須沢さんが声を抑えながら合図をし、それを視認した私達は一斉に教室に入っていく。
が、直後に目にしたものによって私の足は止められてしまう。
「ッ!!」
散乱した私物、倒れた机と椅子、赤黒く染まった血痕。
一気に襲ってくる吐き気を何とか堪えつつ、私は扉に一番近い机に手を掛けるのだった。
「結局2段が限界だったな...」
「そうね...破られなければいいんだけど」
ソファーとローテーブルが並べられた比較的綺麗な部屋で、私達は睡眠を取る事になった。
るーちゃんは先に眠っており、もう1人の同級生である丈槍さんも眠そうな顔を見せている。
そして佐倉先生は先程隣の部屋に向かった為、現状話し相手は恵飛須沢さんだけになるだろう。
私達は中央階段から端までの1区画を制圧し、そこにある机と椅子でバリケードを作成した。
しかし紐やロープ等が見つからず、何より数が足りなかった事もありバリケードは2段に留まった。
るーちゃんでも簡単に飛び越えられるそれは、現状あるだけマシというだけの小さな安心感しか与えてくれない。
もし睡眠中にバリケードが破られ奴らがそのまま室内に入ってきたら、そう考えるだけで心臓の鼓動が一気に早くなる。
考えたくない物事を思い浮かべてしまうのは私の悪い癖だ、確か一度春にも叱られた事があった。
「あの...若狭さん、だよな?」
私と対面の廊下側の壁に背中を付けている恵飛須沢さんが、遠慮気味に話し掛けてきた。
廊下側に背中を預けるなんて、少なくとも今の私には絶対に出来ないだろう。
「ええ、若狭悠里よ」
「あたしは恵飛須沢胡桃、部活は陸上部で...えと」
わざわざ部活の情報を付け足すという事はつまり。
「...春の事?」
十中八九春関係だ。
恵飛須沢さんについては前々から春を通じて一方的に知ってはいたが、こうして会話を交わすのは初めてだ。
「そ、そう。春の姉だってめぐねえ...佐倉先生から聞いてびっくりしたよ」
「無理もないわ、元々知ってる人も少なかったし自分から言う機会も殆ど無かったから」
「そっか...それでさっき、春から電話が掛かってきたんだけど」
ここで言うさっきは、まず間違いなく校内に入ってから掛かってきた2度目の電話の事だ。
「春の知り合いを助けに行ったのよね?」
「ああ、けどあたしが着いた時にはもう....駄目、で」
表情を歪め言葉を一瞬詰まらせたのは、恐らくその瞬間を思い出してしまったからだろう。
「その事を話したらすぐに電話が切れて....多分相当ショックを受けてると思うんだ」
「....春」
こんな時、姉として側に居てあげられない自分が心底憎かった。
「だからその....もし春と合流出来たら、暫く危ない事はさせない方が良いんじゃないかって」
息を止め、バットを強く握り直す。
何度目かの緊張と緩和、その都度疲労が溜まる感覚があったが、それでもまだ行動に支障を与える程では無かった。
3階の制圧を始めてから数十分、既に胡桃先輩は数体の彼らを殺めている。
警戒しながら教室内を確認し居るなら排除、居ないなら次の教室へ。
それを数回続けているのだから、胡桃先輩の疲労は確実に私以上だ。
ーーだからどうか、居ませんように...
最後の教室である3-Aの扉に近付いて、扉の窓から中を確認する。
後ろからやってきた胡桃先輩も一緒になって数十秒、私達はアイコンタクトを取って扉を開けた。
「....居ませんね」
「ああ、これで3階はOKだな...」
流石に疲れたのか、比較的綺麗な机の上に座って休憩を始める胡桃先輩。
私もそれに倣ってリュックとバットを置き、近くの机に腰掛けた。
「...私も戦えれば良かったんですけど」
別に彼らと戦いたい訳では無いのだが、それでも任せっきりは申し訳なくなってしまう。
「見つけたのがあたしだったんだから仕方ないだろ、それに...」
「....何ですか?」
「え?あ、何でもない」
ーー何でもないって言われたら余計気になる...
一体私に何を言おうとしたのかを考えながら、私は置いていたバットを握り直す。
「後は1階の購買だけですよね?一旦戻りますか?」
「いや、せっかくリュックも持ってきたんだからこのまま行こう」
「分かりました」
購買の位置は中央階段を降りて右奥、昇降口とは逆方向なので彼らの数はそこまで多くない筈だ。
とはいえ1階、彼らが1人も居ないなんて事はまず有り得ない。
「もう少し休んでいくか?」
「へっ?い、いえ、大丈夫です」
突然優しさを向けられた私は、情けない声と共に何とか返事をする。
それを聞いた胡桃先輩が机から降りたのを確認した後、私も彼女に続いて地に足を付ける。
それにしてもあれ程ナチャラルに私を気遣ってくれるなんて、流石胡桃先輩だ。
ーー男女両方から告白される人は伊達じゃないって感じ。
「...何か変な事考えてないか?」
「...いいえ、何も」
まだ彼らと直接出会っていないからか、それとも無意識に気が抜けていたからか。
どちらにしてもこれは良くない思考だと反省しつつ、私達は階段を降りていった。
「璃子、何処行っちゃったんだろうね」
「なんで私に聞くのよ、帰ったんじゃないの?」
ハンカチを置いて隣に立った美紀からそう聞かれ、私は曖昧に反発する。
「でも鞄はあったよ」
「...何?何が言いたいわけ?」
「別に...友情って難しいなって思って」
「は?」
遠回しにいじめを指摘してくる美紀に対して若干の苛つきを感じ始めた私は、思わずそれを声に出してしまう。
「昔はいつも2人で居たよね、真帆と璃子って。お姉ちゃんと妹って感じで....羨ましかったんだよね、幼馴染って良いなあって」
その瞬間、私の脳内には2人の同級生の名前が浮かび上がった。
ーー圭か天音か....いや。
「....美紀にも居るじゃん」
「真帆にもね」
「居ないわよ」
「....まあ、ただのお節介だから」
それだけ言って立ち去ろうとする美紀がどうにも気に食わず、私は気に入らない人間の名前を口にした。
「天音から移されたの?そのお節介」
「...何それ、春は今関係無くない?」
天音の名前を出した途端、先程までの落ち着いた彼女からは一変し焦り混じりの声色になる。
「私には関係あるの、いじめ辞めろって直接言いに来てウザかったし」
「それはっ」
「指摘出来ない、次は自分が標的になるかもしれない...美紀もそう思ってるんでしょ?」
いじめの対象はその時によって変化する、ただ一つ変わらないのはそれを形成する中心人物だけだ。
私は変わらない、いじめの対象にはならない。
「...前まではそうだったかも、でも今は....真帆の言う通り、私は春のお陰で変わった」
「だから、"私達の関係が羨ましい"から"羨ましかった"になった、違う?」
「それ、圭にも失礼だから....じゃあね」
話を切り上げ足早にトイレから出ていく美紀を鏡で視認し、小さく溜息を吐く。
天音春という存在のせいで、最近は事ある毎に行動が制限されてしまう。
ーー正義感とか...ダサ。
ジワジワと全身の痛みを感じ始めた私は、嫌々起床という選択を取った。
ーー...何の夢よ、ほんと。
どうしてこのタイミングで昨日の昼の出来事を思い出したのだろう。
今となっては馬鹿に思える自分自身を俯瞰して反省させようとでもしているのなら、効果は覿面と言っていい。
静かに身体を起こしながら壁掛け時計に目をやると、睡眠からおよそ1時間が経過している事に気が付く。
ーー天音は別の部屋か...
流石に1時間もあれば帰ってきているだろうと思い、私はゆっくりと立ち上がる。
そうして部屋から出ようと扉に手を掛け、数秒躊躇した。
自業自得とはいえ、私は生存者の中で浮いている。
天音以外の誰かと出会ったら、きっと気まずい空気を作るだろう。
私は深く深呼吸をして、扉を開けるのだった。
2人分の足音がやや反響して私の耳に入ってくる。
その音を彼らが拾わない様に祈りながら、私達は1階に到着した。
ーーあっ...
正面にある防火扉を視認した瞬間、微かに蘇る実写版の記憶。
「この防火扉、帰りに閉めていきませんか?」
「ああ、そうしよう」
無事胡桃先輩の同意を得て、そのまま廊下を右に曲がっていく。
屈んだ姿勢のまま音を殺して慎重に、丁寧に足を運ぶ。
喉音さえ億劫になる緊張感に、自然と冷や汗をかいてしまった。
先導する胡桃先輩からは、その背中を見る限り恐怖は感じ取れない。
ーーやっぱり凄いな、胡桃先輩。
やってきた曲がり角を左に曲がり、この1年で慣れ親しんだ購買に入っていく。
中はやや荒れているが、それでも教室よりはマシの状態だった。
「...よし、居ないな」
彼らの姿が無い事を確認した胡桃先輩は、空いた片手で購買の扉を閉めた。
「はぁ...」
緊張からの解放によって溜まっていた息を吐き出し、そのまま額の汗を拭って髪を整える。
「バット置いたらどうだ?詰める時邪魔だろ?」
「あ、はい」
言われるがままバットを倒れない壁の角に置き、購買の棚に目を向ける。
ーー相変わらず充実してるな〜、流石巡ヶ丘。
このパンデミックを想定しただけの事はあって、他の高校には絶対無いような物まで売られていた。
私はリュックを背中から手に移動させ、手当たり次第に食料等を詰め込んでいく。
替えの制服にシャンプーリンス等々、後はロープに食器類。
優先順位を付けながら物資の取捨をしていると、少し遠くにいる胡桃先輩から声を掛けられた。
「これだけあればまあ、1ヶ月くらいは保ちそうだな」
「そうですね、流石に全部は持って行けないですけど」
この分だと人数を増やして3、4回は往復する必要がありそうだ。
「....春は、高城の事どう思ってるんだ?」
私はその言葉に手を止めて胡桃先輩の方を向く。
ーーやっぱり高城さんの話になるよね...
今朝の衝突から明らかに機嫌が悪かった彼女にとって、高城さんはどうにかしたい存在なのだろう。
さてこの場合、私はどう答えるのが正解か。
胡桃先輩に同意するか、高城さんを守るか。
どっちにしても悪い事が起きそう、というか絶対起きる。
ーーかといって誤魔化すのは嫌いだろうし...
しかし今絶対に避けるべきは、胡桃先輩が高城さんを敵対視してしまう事。
つまり此処で高城さんを下げる選択肢は選べない。
「どう、ですか?好きですよ」
「っ...でもアイツと仲良くないんだろ?」
「あはは、何とか好かれる様に頑張ってるんですけどね」
ーーやっぱりまだ口移しの件が残ってるのかなあ...
ゆっくりと近付いてくる胡桃先輩の気配を感じ、一度合流するのかと思い立ち上がる。
その瞬間、胡桃先輩がいきなり走り出した。
「くるみせんぱ...ぐッ?!」
突然シャベルで身体を押され、そのまま壁に張り付けられる。
背中に伝わる振動で声を詰まらせた私は、急いで顔を上げた。
「答えろ、春」
「せ、せんぱい...?!」
パニックで頭が回らない私な対して、底冷えする様な一言を発した胡桃先輩。
ーーなんで先輩が...?私が何かやらかした?!
内なる疑問の答えは、意外にもすぐ彼女の口から聞く事が出来た。
「高城とはどういう関係だ?何でアイツの事ばっかり庇うんだ?」
「....か、かばう?そんなつもッ!」
「がッ!!」
更にシャベルを押しつけられ、一瞬呼吸が出来なくなる。
まずい、今の胡桃先輩は冷静じゃない。
でもどうして今このタイミングで...?!
とにかく何とかこの状況をーー
「春っ!!」
「?!」
突然購買の扉が開かれ、それと同時に名前を呼ばれる。
この声は...
「たか...ろっ...!」
「恵飛須沢先輩、何してるんですか」
「お前には関係無いッ!」
「いッ!!」
胡桃先輩の力みがシャベルに伝わり、私の腹部を圧迫する。
歯を食いしばる程の痛みが私を襲い、自然と呼吸は乱れてしまった。
「っ!ご、ごめ」
「邪魔ッ!!」
胡桃先輩が私に気を取られたその隙に、高城さんがタックルを決める。
そうして張り付けの状態から解放された私の手を、彼女は素早く怪我をしていない左手で取った。
「くっ...!」
「こっち!」
「えっ...?!」
まだ中途半端にしか入らない足を強引に動かしながら、私は自身の腕に着いていく。
ーー....胡桃先輩は?!
胡桃先輩が心配になるも背後を見る余裕はなく、唐突にやってきた曲がり角に両足をバタつかせる。
「足気を付けて!」
先程降りてきた階段とは別の階段に到着した私達は、立ち止まる事無く段差を駆け上がっていった。
「はぁ...っ!はぁ...っ!」
昨日2人で眠った仮の寝室にほぼ投げ込まれた私は、床に倒れ込んで全身で呼吸を行う。
腹部は未だに痛みを持ち続け、息は唖然として上がったまま。
私はその原因を探りながら、楽な体勢を取った。
ーー...息出来ないまま走っちゃったからかな...
上半身を圧迫され、満足に息が出来なかったあの状況。
そこから急に全力疾走、それもフォームがボロボロならばこの息切れも当然だ。
「....春、大丈夫だった?」
「はぁ....う、うん...」
自分では笑顔を作ったつもりだったが、高城さんの表情からして苦笑いだった様だ。
「何があったの?恵飛須沢先輩が春を襲うなんて」
漸く呼吸が整ってきたタイミングで投げかけられた質問に対して、私は嘘を吐く余裕はなかった。
「多分、朝の事だと思う。私が高城さんと一緒に居たから...それで」
「あんたと恵飛須沢先輩は仲良かった筈でしょ?」
「....いつもの先輩じゃなかった」
あんな様子の胡桃先輩は原作を含めて見た事がない。
少なくとも知り合いに危害を加える様な人じゃない、ましてやあのシャベルを使うなんて。
「とにかく、この事は報告するわ」
「えっ、でもあれはっ!」
「大好きな後輩を自らの手で傷付けた、これは変わらない」
駄目だ、それだけは絶対駄目だ。
もし報告されてしまったら、胡桃先輩に対する皆の扱いは大きく変わってしまう。
そうして胡桃先輩も傷付いて、学園生活部すら生まれなくなるかもしれない。
「お願いっ!この事は内緒にしてっ!!」
「はぁ?!」
「馬鹿なお願いだって事は分かってる、でも私は胡桃先輩が心配なの...!」
何という甘い人間なのだろう。
恐らくこれを社会で見れば優しいとか、性格が良いとか、その辺りの言葉で括られる筈だ。
しかしこの状況において、この決断は何のメリットも生まない。
危険分子を放置して、更に庇おうとするなんて。
馬鹿だ、大馬鹿だ、最悪だ。
言葉の限りを尽くして罵ってやりたいくらいの愚行。
けれど私は、この愚行に命を救われている。
アイツらに噛まれた死を待つのみの人間、そんなの普通は見捨てるのが正解だ。
しかもそれが学校のいじめっ子で、仲の悪かった人間。
『死なせない、私が助けるから』
『私は高城さんの事好きだよ、美人だし』
100人中100人が見捨てるであろう選択肢を、彼女は選ばなかった。
その命の恩人の願いを無碍にするなんて。
「....そこまで言うなら、分かったわ」
ーーそんなの、出来る訳無いじゃん。
「本当?!」
先程まで苦しそうに呼吸するのが精一杯だった癖に、私に向ける笑顔はこんなにも綺麗だ。
ーー...ズルい。
「その代わり、私の言う事はちゃんと聞きなさい」
「う、うん!ありがと、高城さん!!」
「...早速だけど、下の名前で呼んでくれる?」
「へっ?!」
こんな危なっかしい人間、放っておける筈がない。
恵飛須沢先輩も若狭先輩も、彼女のこの部分に惹かれてしまったのだろう。
でも、私は2人とは違う。
「....ま、真帆ちゃん」
「ッ....!」
ーー春は私が守る、アイツらからも...2人からも...
私は正常だ。
重い身体を動かして、何とか階段を登り切る。
「はぁ...」
それぞれの手に持ったシャベルとバットを床に刺し、そのまま体重を少し預ける。
垂れた血液が、数秒で血溜まりに変化した。
ーー....最低だ...
あたしは本当になんて事をしてしまったのだろう。
よりにもよって春に八つ当たりして、傷付けてしまうなんて。
この後、春に合わせる顔が無い。
寧ろあたしなんてーー
「先輩?...胡桃先輩?!」
「?!」
声の主は、その呼び方と声質から一瞬で特定出来た。
「血だらけじゃないですか?!怪我は?!」
「え、ああ...大丈夫...だけど」
ーーあたしの事、心配してくれる...?
「良かったぁ...でも、何があったんですか?」
「その...2階の奴らを一掃したんだけど...」
「...へ?」
「罪滅ぼしっていうか、とにかく自分が許せなくて、あたし!」
「何してるんですかッ!!!」
先程まであたしを心配していた彼女の感情が、一瞬にして怒りに変化する。
また、迷惑を掛けてしまった。
これで今度こそ愛想を尽かされて、あたしは。
「ご、ごめ
「何かあったら、どうするつもりだったんですか?!?」
...え」
「どうして無理するんですか!!全部1人でやろうとするんですか!!」
「....そんなに私、頼りないですか?」
「なっ、ち、ちが!」
「私が着いて行く事に反対したのも、私に怒ったのも全部!」
「違うッ!!」
物事は上手く進まない。
春の為を思ってやった行動が、全て裏目に出てしまう。
春が心配だったから反対した、春が心配だったから高城の事を聞いた。
春が心配だったから、春が心配だったから。
ーーなんで...なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで「け、喧嘩はやめてっ!!」
突然あたしと春の間に割り込んできた、自分より少し小さな人影。
「...丈槍先輩?」
「もう....やめてよぉ...」
その言葉と共に泣き出してしまった彼女に対して、あたしは何も出来なかった。
「先輩、ごめんなさい...」
自然と両肩を持つ形で、私は丈槍先輩に謝罪する。
それに対して首をブンブンと横に振った彼女は、すぐ側の教室の扉に手を掛けてそのままスライドさせた。
「違うの...っ....るーちゃんが」
扉の先に居たのは、目を真っ赤にしたるーちゃんだった。
「お姉ちゃん!」
「るーちゃん?!」
その言葉と共にこちらに抱き着いてくるるーちゃん。
「ご、ごめんね!怖かったよね....!私!!」
そうして私は、ようやく丈槍先輩の行動の意図を理解する事が出来た。
「丈槍先輩、ありがとうございました」
「...どうして?」
「丈槍先輩のお陰で頭が冷えました、それにるーちゃんの事も」
丈槍先輩がるーちゃんと呼んでいる所を見るに、2人はある程度仲が深まっているらしい。
ーーそれに...
1人で突っ走るのが胡桃先輩だと分かっていたのに、それでも感情は私を支配してしまった。
その状態の私を止まるには、最早家族レベルの人間しか居ないのだ。
「...わたし、なんにも出来ないから....みんなの話、全然わかんなくて」
俯いたままそう呟く彼女の姿からは、自責の思いばかりが伝わってくる。
モールの2人を助けたいばかりに先走って傷付けてしまった。
窪田先輩達の時は原作知識で疑われたくないから先に行かせて、今回は自分が頼られないから怒ってしまう。
皆を助けたいと言っておきながら、自分を第一に行動していた。
そんな醜い私の本性から目を逸らしたい自分が居る事が更に嫌で、気持ち悪くて。
ーー....でも、それでもまだ丈槍先輩は。
「そんな事無いです...先輩は凄い人です」
「嘘だよ、だって...だって」
「先輩は優しくて、周りが見えていて、一番大変な時に助けてくれる。そんな気がするんです」
「....え?」
「私の勘、結構当たりますから...ね、るーちゃん?」
「お姉ちゃん....」
「よく映す価値なしになってる」
「え、るーちゃん???」
「...っ、あはははは!!」
「丈槍先輩まで?!私結構良い事言ったのに!」
「自信満々なのに、毎回外してる」
「ちょっ、るーちゃん?!?!」
今の私に出来るのは、こうやって先輩を笑顔にする事だけだ。
でも、私に出来る事があるのなら、それだけで。
バリケードの最上段を結び終え、何度か左右に引っ張って強度を確認する。
「よしっ」
これで3階のバリケードは全て完成、2階の方も片側の渡り廊下のバリケードが完成している。
そして中央階段は胡桃先輩が防火扉を閉めてくれたらしく、後は北校舎に向かって右側の階段とその側にある渡り廊下のみとなった。
「春、そっちは大丈夫そう?」
バリケード全体のバランスを見ていると、背後から姉さんに話し掛けられた。
「丁度今完成した所」
「良かった...佐倉先生に報告してくるわね」
「うん」
互いに最低限の会話を交わし、私はまたバリケードに目を向ける。
そうして左から順に強度の確認を行い、机と椅子のズレを修正していく。
その全てを終えた頃には、窓から見える空に光は殆ど無かった。
ーー...我ながら完璧だ。
自分の作業を終えた為、私も佐倉先生の元に足を運ぶ。
目的地は3年生の教室、記憶が正しければこの先学園生活部の部室になる場所だ。
ーー...学園生活部、出来れば良いな。
そう思いながら教室の扉を開けると、既に私以外の全員が揃っていた。
「春、お疲れ様」
「ありがと姉さん、佐倉先生終わりました」
「分かったわ、これで一先ず3階は完成ね」
「2階の方も何とかなりそうだし...」
私は会話を聞きながら、自分の立ち位置を探して教室内を少し歩く。
「春、此処」
そんな私に助け舟を出したのは、ジト目でこちらを見つめる真帆ちゃんだった。
「慌ただしいわね」
「ごめんごめん」
真帆ちゃんの隣に立ち、改めて佐倉先生に目を向ける。
彼女は全員の目線が揃ったのを確認した後、再度口を開いた。
「皆お腹空いたでしょ?この後ご飯を食べようと思うんだけど、その前に」
「ホント?!めぐねえ大好きー!!」
「もう丈槍さん!めぐねえじゃなくて佐倉先生!」
ーーてえてえ...
「その前に、何ですか?」
「あ、ええ、その前にシャワーを浴びるのはどうかしら?購買から変えの制服も取ってきてくれたみたいだし」
その一言から約1秒後、この場の全員の口角が確かに上がった。
「やったー!!!」
「そっか!そういえば3階にシャワー室なんてあったな!」
「るーちゃん、一緒に入りましょう?」
「はぁ、やっとこのベタベタから解放される...」
皆それぞれ言葉遣いに差はあれど喜びは一入の様だ、ちなみにそういう私もめちゃくちゃ嬉しい。
「春、あたしらも一緒に入るか!」
「へ?」
ーーアタシラモイッショニ?
その言葉を意味を理解した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
一緒にって...一緒に??
「まさか、照れてるの?春」
「い、いやぁ?!べべべ別に!!!」
真帆さん余計な事を言わないでください。
「そういや合宿の時も気付いたらお風呂あがってた様な...」
ーー合宿...
陸上部の合宿の時、私だけ一足先にお風呂に入ったんです...恥ずかしいから!
「ふふっ、つまりこの中で春とお風呂に入った事があるのは私だけね」
「姉さんお願いだから張り合わないでっ...!」
南校舎3階の制圧、学校全体で見ればあまりにも小さな一歩だが、明確で分かりやすい安全地帯が出来たのは大きいのかもしれない。
その証拠に騒動が起こってから僅か1日と少しで、皆が笑顔で会話出来ている。
ーーこの笑顔がもっと見たい。
私のせいで亡くなってしまった、傷付けてしまった先輩達が居る。
それでもこの先の困難を乗り越える手助けと、原作キャラクターの救済をする為にも私は生きなければいけない。
これは私にしか出来ない事、私がやるべき事。
原作知識があるのなら、その全てを活かすのみ。
だって、運命は変えられるのだから。
床に置いていたスマホが振動し、私は慌ててそれを手に取る。
画面に映った名前は、天音春だった。
「圭!春から電話だよ!」
「えっ?ほんとに?!」
私達はすぐに固まり、その電話に応答した。
「もしもし、春?」
「良かった、まだ繋がって...!圭ちゃんは?」
電話から聞こえてくる春の声は、何やら少し震えている様子だった。
「あ、私も居るよ!太郎丸...犬は寝てるけど」
「そっか...そっちは大丈夫?」
春の疑問を受けて、私は一度室内を見渡す。
食料の段ボールが十数箱、そのうち幾つかは扉の前に設置しており恐らく彼らは入ってこられない。
奥には小さいが洗面所とトイレもあって、此処でなら暫くは生きていけそうだと再確認する。
「うん、食料も水もあるから暫くは大丈夫、春の方は?」
「今日は南校舎の3階を制圧出来たよ、2階も明日には何とかなりそう。あ、後シャワーも使えるよ!」
「シャワー?!」
その言葉に反応したのは、私の隣で通話を聞いていた圭だった。
「うん、電気と水道も生きてるから...ほら、うちって校内で発電してるでしょ?」
「....ああ、学校案内に書いてた」
「だからこっちは多分安全、1年くらいは過ごせそう」
ーー1年...
1年後、まだこの騒動は続いているだろうか。
それとも国内の警察とか、海外からの支援で既に対応が始まっているだろうか。
どちらにせよ、安全に過ごせる時間は長ければ長い程良い。
「...早く春に会いたいな」
「...ビデオ通話してみる?」
ボソッと呟いた圭の一言は、スマホが拾って春の耳に届いたらしい。
何故なら彼女から帰ってきた声色がとても優しく、何より私達が求めていたものだったからだ。
「う、うん」
私はビデオのボタンを押し、春側の対応を待つ。
するとたった数秒で、画面上に春の顔が映し出された。
「....!」
「春!」
声にならない言葉と共に、全身から喜びが溢れてくる。
友人の顔を見られる事がこんなにも嬉しいなんて。
「えへへ、何かちょっと恥ずかしいかも」
「春、顔赤くなってるよ?」
「なっ、圭ちゃん!そんな事言うと恥ずかしいから切っちゃうよ!」
「図星なんだね、春」
「ぐぐっ...そういう2人だって嬉しそうじゃん!」
「....そ、そりゃあ嬉しいよ、久しぶりの春だもん」
「私も嬉しい、こうやって春の顔が見られて」
「っ〜!!!!」
「あ、また赤くなった!」
「可愛いよ、春」
「うっ、うぅ〜...もう!!」
「...ごめん、もうそろそろ充電が...」
「や、やだっ!」
「圭...」
申し訳なさそうに項垂れた春は、小さく息を吐いて真剣な面持ちを見せた。
「多分明日にはスマホも使えなくなると思う、連絡取れるのはこれが最後かも」
「そんな...」
圭は相当のショックを受けたのか、両手で顔を覆ってしまった。
此処は私が春と話すしかない。
勿論私だって辛いが、ある程度状況を理解出来ている分まだ冷静なつもりだ。
「分かった、今の内に色々話し合っておこう?」
「そうだね...私達はとりあえず2階を制圧して職員室に向かうつもり、佐倉先生の車の鍵、そこにあるみたいで」
「私達は暫く此処から動かないつもり...何日って決めた方が良いよね」
「そうしよ、カレンダーはある?」
私は室内を見渡し、すぐに壁掛けカレンダーを発見する。
「あった、今日が6月5日だから...」
「7月までには絶対助けに行く、早くて20日くらいかも」
「...待ってる」
私の言葉に大きく頷いた春は、半分見切れている圭に目を向けた。
「圭ちゃん、待っててくれる?」
「...でも、もし春に何かあったら...」
「大丈夫、私が今まで圭ちゃんとの約束破った事あった?」
「....無い」
「だから信じて、辛いと思うけど...
でも、生きていればきっと良い事があるから」
ーー生きていれば...きっと...
「...それじゃあ、またね」
「うん、またね」
「絶対...絶対だからね!」
私と圭の返事を聞いて嬉しそうに微笑む春に若干の違和感を感じながらも、そのまま通話は終了するのだった。
約束を信じて、私達はただ待つのみ。
「頑張ろう?圭」
「頑張ろうね、美紀」
隣に座っている圭はやはり悲しそうだが、それでもそれを受け入れている様だ。
それにしても、あの違和感は一体何だったのだろう。
第一声の声の震えも同様の疑問を誘うが、何かを隠してる雰囲気では無かった。
ーー大した事無ければ良いけど...
「...高城、その傷何だよ」
「高城さん、正直に答えて欲しいの...」
無機質なシャワーの音が、室内に響いていた。
現状話数を重ねる毎に文字数が増えてきているんですが、これを分割して投稿頻度を上げた方が良いのではと思ったり。
私1人ではどうにも判断出来なさそうなので、ご意見等があれば是非よろしくお願いします。アンケート機能を使うかもしれません。