目が覚めるとがっこうぐらし!(実写版)の世界だった。   作:RNKI

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ーキャラクター紹介ー
丈槍由紀
巡ヶ丘学院高校の3年生(原作開始時)。
原作、実写版ともに幼児退行してしまう。
が、この世界では...?


第8話 うそ

生徒の為に命を懸ける。

それが教師としての責任であって、大きく見れば大人としての責任。

そう思って今日まで生きてきた。

でも、自分でも薄々気付いている。

ーー死にたくない...

昨日、私が屋上の扉を開けていれば何人かの生徒は助かったかもしれない、今よりもっと楽になったかもしれない。

けれど私は、開けてという言葉に従わず扉を閉め続けた。

死の危険があったから。

3階の制圧も強行はしなかった、恵飛須沢さんを1人で助けに向かわせた。

自分が、死にたくなかったから。

この学校に居る大人は私だけなのに、生徒達の拠り所は教師である私だけなのに。

そのどちらにもなれない私は、今現在突きつけられている問題に対しても明確な答えを出せずにいる。

ああ、本当にーー

「...先生、ちょっと良いですか?」

 

 

 

60%程あるスマホの電源を切り、光が漏れている教室の扉を開ける。

室内には真帆ちゃんと胡桃先輩、そして姉さんと佐倉先生がそれぞれ無言で立っていた。

「ごめんなさい、電話長くなって」

「いや、友達と話せるのが最後だったんだろ?寧ろ謝るのはこっちの方だよ」

そう、私は2人に嘘をついた。

充電はまだ残っていて、後数時間は余裕で通話出来るくらいだった。

私が嘘をついた理由、それは。

「真帆ちゃんの事ですよね?」

「...ええ」

シャワーを浴びるという事は素肌を晒すという事でもあって。

普段上着で腕を隠していた真帆ちゃんも、それは同様だったのだ。

ーー...また、失敗した...

傷の事をしっかり覚えていれば、前もって対策出来ていたのに。

浮かれていた自分に腹が立つが、今はこの状況を何とかするのが先だ。

「それで、話してくれるんだよな?」

真帆ちゃんが話す条件は私もその場に同席する事。

電話を掛ける直前に傷がバレたというので、美紀ちゃん達には動揺が少し伝わってしまったかもしれない。

「....昨日の放課後、私は奴らに噛まれた」

直後に聞こえた息を飲む音は、恐らく姉さんのものだ。

「どうして....隠していたの?」

「言わなかっただけです」

「お前...!」

「胡桃先輩っ!わ、私から話しても良いですか?!」

流れが悪くなるのを感じ取り、私は会話を遮る形で強引に割り込んだ。

「天音さんが話せるなら、お願い」

「はい、私達が1階の部屋に居た時、真帆ちゃんの体調が悪くなって」

「...ちょっと待てよ、じゃあなんで」

ーーなんで彼らになってないんだ。

その疑問に対して、変に誤魔化す必要は無かった。

「私が助けようとしたんです、それで他の3人にはもし助けられなかった時の為に先に合流して貰おうと」

「だから急に電話してきたのか...それでどうなったんだ?」

「真帆ちゃんが発熱していたのでとりあえず水道水を飲ませました、その後は色々あって....気が付いたら治ってたというか...」

嘘は言っていない、実際真帆ちゃんは発熱していて私は水を飲ませた。

そしてこの世界では養護教諭、保健の先生である佐倉先生にしてみればこれは自然な行為の筈だ。

「...確かに水を飲ませるのは大切だけど...本当にそれだけなの?」

「はい、私はそのまま寝たので」

私の言葉を補足する様に、真帆ちゃんが彼女視点の話をする。

「これで大丈夫ですか、恵飛須沢先輩」

「っ...」

わざと名前を強調したその言い方に、胡桃先輩の歯が軋んだ。

ーー早く2人をどうにかしないと...

真帆ちゃんと胡桃先輩の関係は早いうちに回復させておきたいのだが、まるでそれを拒むかの様に2人を対立させる出来事が何度も起きてしまう。

「皆さんの言いたい事は分かってます、私がいつ奴らの仲間になるか分からなくて怖いんでしょう?」

「高城さん...」

「別に良いですよ、2階を制圧出来たら私だけ2階で眠っても」

もし2階で彼らの仲間になっても階段を登る事は難しい、そういう所まで考えた上での発言だろう。

ーーでも、それじゃ駄目...

「なら私も真帆ちゃんと一緒に寝るよ」

「はぁ?」

「春?!」

「だって真帆ちゃんは何も悪い事してない...それに、黙ってた私も同罪だから」

 

 

 

「...先生、ちょっと良いですか?」

ノックと共に聞こえてきた声は、天音さんのものだった。

「大丈夫よ」

私の返事を受け中に入ってきた天音さんは、室内を数回見渡すと近くの壁に寄り掛かろうとした。

「そこのベッドに座って、足辛いでしょ?」

「...ありがとうございます」

昼に探索、夜にバリケードの制作をした彼女が疲れない筈もない。

「それでどうしたの?何かあった?」

「いえ、ただ先生と話したかったんです」

その返事に少し驚く。

てっきり先程の会話の続き、高城さんの感染について言いたい事があるのだろうと仮定していたがそれは外れたらしい。

高城さんの件は結局保留、特性すら分からないものに対してどうこう判断出来なかったのだ。

だが皆の心の中にはきっと、もしいきなり高城さんが彼らの仲間になったらどうしよう、という不安もあるだろう。

私はまた、選べなかった。

「先生は助け、来ると思いますか」

助け、それはきっと自衛隊や海外の軍隊を指している。

「正直すぐには来ないと思うわ...でもこの状況で何もしないなんてあり得ない、きっと何か対策を考えてくれている筈よ」

「そうですよね、ありがとうございます」

質問の意図を不安と解釈した私は、精一杯の本音と慰めの言葉を掛けた。

これから此処で長い月日を過ごすのはほぼ確実、その中で私は教師として生徒を導いていく義務がある。

そう頭では分かっていても、身体は動いてくれなかった。

「...先生?」

呼び掛けに応じて顔を上げると、不安そうにこちらを覗き込む天音さんの姿があった。

「何でもないわ、ちょっと考え事をしてただけだから」

その言葉で話題を流そうとするが、一貫して彼女は表情を変えずにいる。

「先生、私先生の役に立ちたいんです」

ーー....え。

「ど、どうしたの?急に」

「だからもっと私達を....私を頼ってください」

彼女の言葉は酷く残酷で、魅力的な言葉だった。

生徒を頼る、それはつまり教師ではない私を曝け出すという事。

そんなのーー

「出来ないわ」

「どうしてですか?」

「.....」

この質問に答える事自体、自分を曝け出す事になってしまう。

教師が不安を口にすれば、それを頼りにしている生徒も不安になる。

これは私が耐えなければならない重圧、誰かに背負ってもらう事なんて出来る訳がない。

「本当は怖いんですよね?」

「!」

「自分が先生だからって、大人だからって」

 

「違う!!!!」

 

「ッ?!」

咄嗟に口を押さえたが、時既に遅し。

「あ、ご、ごめんなさい!その、私!」

生徒に怒鳴ってしまった、弱い所を見せてしまった。

天音さんの親切心を、無碍にしてしまった。

「...先生、私に話してくれませんか?」

ああ、そんな甘い言葉を囁かれたら。

「でも...私は先生だから...!」

誤魔化せなくなってしまう。

「先生とか関係ないです!私は...佐倉慈の力になりたいッ!!」

ーーあ

 

 

 

「....怖いの...死ぬのが怖くて、不安で...!」

「...やっと、正直に話してくれましたね」

「だって、私がこんな事言ったら...」

「皆ならきっと受け入れてくれると思いますけど...」

「そんなの分からないじゃないっ、天音さんだけよ...!」

「....なら、2人だけの秘密って事にしましょう?」

「えっ?」

「だから私にだけは、ありのままの佐倉先生でいてください」

「...本当に?」

「自分の言葉には責任を持ちます、信じてください」

その真っ直ぐな瞳は、まるでこの先の未来を見通しているかの様で。

私の中にネガティブな感情の一切は存在しなかった。

「その....ありがとう、天音さん」

「えへへ、何でも言ってくださいよ」

ーー何でも...

「早速良いかしら?」

「はい、何でしょう?」

 

「...私の頭を、撫でて欲しいの」

「へ」

 

 

 

ーーた、大変だった...

ご褒美なのか罰なのか、推しであり教師でもある年上の人の頭を撫でるという行為は、私に謎の罪悪感を与えていた。

しかし何はともあれ佐倉先生の悩みは一旦解決、このまま何事もなく生きて欲しい。

原作における佐倉先生は全てを1人で抱え込もうとしていて、その上教師というものに縛られていた様にも見えた。

私はこの世界にも緊急避難マニュアルが存在するかどうか確かめる為に彼女の部屋に行ったのだが、現状心当たりは無いらしい。

ただしまだ忘れているだけの可能性もあるので、とりあえず職員室の制圧が大事になってくる筈だ。

「....んん」

考えがひと段落ついた所で、溜まっていた眠気が一気に襲ってきた。

探索とバリケード作成、それに胡桃先輩との言い合いや美紀ちゃん達との電話もあって、今振り返ってみるととても濃い1日だったと感じられる。

ーーそりゃ疲れるのも当然か...

そうして昨晩と同じ教室の前に到着し、扉を静かに開ける。

真帆ちゃんがもし眠っていた場合の配慮だったが、室内に目を向けてすぐにそれが杞憂だと気付いた。

「遅い」

「ごめん、ちょっと先生と話してて」

ジト目でこちらを見つめていた真帆ちゃんは、私の姿を確認するとすぐに毛布に包まった。

「先に寝てても良かったのに」

もう一セットの毛布を手に、それを自分に掛けながら話を振る。

「....馬鹿ね」

「え、なんで急に悪口?」

「自分に向けて言ったのよ、あんた自意識過剰なんじゃない?」

「うぐ」

そんな会話を続けながら、私は隣に寝ている真帆ちゃんを見つめる。

反対側を向いている様で、長く綺麗な黒髪しか見えなかった。

「私さ、あんたが来るまで考えてたの...璃子の事」

「...うん」

精一杯感情を殺したつもりが、沈み込んだ返事になってしまった。

「そしたらようやく実感湧いてきた、ああ、もう居ないんだって」

真帆ちゃんと原田さんは幼馴染同士、きっと色々な感情が渦巻いているのだろう。

「それで...それで...」

彼女は大きく息を吸うと、寝返りを打つ要領で振り向いてきた。

「....死にたくないって、思った」

その瞳は、暗闇でも分かる程度には水分を含んでいる。

「私もアイツらの仲間になるのかな...璃子みたいに」

「っ...」

「恵飛須沢先輩から聞いた、3人共噛まれてたって」

私が居ない間、美紀ちゃん達と電話している間に様々な会話を交わしたのだろう。

あの場、噛まれた跡を説明する場ではあんなに気丈に振る舞っていた真帆ちゃん。

それも多分、佐倉先生と同じく自分というものを壊さない為に嘘をついていたのだ。

「...やっぱり、進行してるのかな...っ」

誤魔化しの効かない涙声。

佐倉先生と同じ様に、真帆ちゃんも誰かに頼りたかったに違いない。

そして、それが私しか居ないのなら。

 

「そんな事ないよ、絶対」

原作知識を使ってでも、彼女を安心させたい。

 

「なんで...言い切れるのよ」

「....実は私、この現象に心当たりがあるの」

「心当たり...?」

「水を飲ませたのはそれのお陰なんだ、自信は無かったけど...」

身体を動かして、真帆ちゃんに近付いていく。

「助かった時、やっぱりそうなんだって思った....そんな私だから言い切れるの」

「だったらさっき...」

そこまで言って、彼女は何かを察した様に口を閉じた。

「本当は嘘をつき続けるつもりだったんだ...でも、やっぱり真帆ちゃんの方が大事だから」

私の言葉が室内に響いた直後、真帆ちゃんはまたしても反対側を向いてしまった。

「...我ながら愛されてるわね、私」

「言ったでしょ、好きだって」

「....ずっと聞きたかったんだけど、なんであんたは私の事...」

好きなのか。

「最初は興味があったというか....どうして幼馴染をいじめたりするんだろうって、正直苦手だなって思ってたし、きっと分かり合えないとも思ってた」

「それじゃあ」

「そんな真帆ちゃんが原田さんを庇ったり、私達に迷惑を掛けない様にしてる所を見て....ああ、やっぱそうなんだなーって」

「...何それ、全然分かんないんだけど」

「うん、結局分からないんだ。でも、そういうものじゃない?」

「そういうもの....そうかもね」

ドラマ版における彼女も、正直よく分からない人物だった。

主要人物4人の中で唯一内心の説明がされていない、つまり完璧に理解する事が出来ないキャラクター。

だからこそ逆に、その未知の魅力に惹かれたのかもしれない。

思えば誰かを好きになった時に、理由なんて付いていただろうか。

顔や声だけではない、もっと深くの何か。

言葉に出来ないそれは、少なくとも悪いものではないだろう。

 

 

 

「胡桃先輩、この傷ですよ」

「春....?!それって...」

腹部から滝の様に流れ続ける血液は、一瞬にして私の足を沈ませた。

「何が守るですか、何が危険な目に合わせたくないですか」

「ッ!」

 

「ウソツキ」

 

「ッ?!?!?!」

ソファーから飛び起き、真っ先に心臓に手を当てる。

全身の血流が分かる程に激しく鼓動を続けるそれは、昨日よりも更に大きかった。

ーー...またか...

昨日は先輩の夢、今日は春の夢。

最悪な目覚めが2日続いた事もあり、眠気を感じつつも二度寝する気にはなれなかった。

「ッ!」

あたしは掛けておいたシャベルを手に取り、何度もソファーに叩きつける。

春は今日以降も高城と一緒に寝るのだろうか?

もし高城が奴らになったら、春が感染してしまったら。

春達の部屋から呻き声が聞こえ絶望し、そのまま無心でシャベルを振り下ろす未来。

その未来に進んでいないかの確認を毎朝するなんて、到底考えられない。

ーーでも、それが今日だったら...?

あたしは振り下ろす手を止め、シャベルを持ったまま廊下に出る。

何故ソファーを叩いていたかは分からないしどうでもいい、それより春が大事だ。

寝不足のせいかいつもより日差しが眩しく感じられ、目を細めながら春の部屋に近付いていく。

一歩毎に脚が重くなる、身体中が何かを拒絶する。

そんな筈は無い、昨日まで普通だったんだから。

 

「....ウゥ...」

「?!」

 

全速力で春達の部屋の前まで走り、扉を強引にこじ開ける。

 

 

「.....んん」

ただの寝言、そんな分かりきった事実。

「はぁ....っ...はぁ....っ!」

それなのに、あたしは息が全く吸えなくなっていた。

身体が呼吸を拒む様な感覚の中、何とか扉を閉めて中に入る。

ーー春....はる....っ!

あたしは寝ている春に抱き着いて、そのまま脚を絡ませた。

顔を首元に埋め、より深くへと沈めていく。

するとどうしてか、いとも簡単に呼吸をする事が出来た。

でも、もし。

もし春がいなくなってしまったら。

 

 

ーーあ。

 

 

 

はる

 

 

 

「...あんた」

「違います、断じて違います」

起きたら胡桃先輩が私に抱き着いていた。

ーーなんで???

一体何がどうしてこうなったのかは分からないが、とりあえず真帆ちゃんが誤解している所を見るに私達が眠っている時に胡桃先輩は来た様だ。

私は一旦身体から胡桃先輩を剥がし、使っていた毛布を彼女に掛けた。

「恵飛須沢先輩、シャベルまで持ってきてるし」

「え?」

「ほら、そこ」

指し示された方向には確かにシャベルがあったが、特に立て掛けてある訳でもなく床に放置されている。

そこに若干の違和感を覚えたものの、特に気に留めないでおこうと処理した直後。

「ん...」

胡桃先輩が小さく声を上げた。

そうして身体を動かし始めたので、恐らくもうすぐ起きる筈だ。

「全く...」

真帆ちゃんが小さく悪態を吐きつつも、部屋のカーテンを開けてくれる。

カーテンに遮られていた太陽光が胡桃先輩の顔に当たり、顔を顰めた後に目を開けた。

「....あれ」

「おはようございます」

「....はる?」

「?」

私を呼ぶ声はいつものそれとは違い、酷く弱々しい。

一瞬朝が弱いタイプなのかとも思ったが、それはすぐに候補から除外された。

「はあっ....っ....」

ハイライトの無い瞳、途端に乱れ始める呼吸。

明らかに何かがーー

「はるッ!!」

「っ?!」

いきなり飛びつかれ、私は地面に激突する。

「ど、どうしたんですか?先輩」

「はるっ!はるっ!!」

「...待って、なんか変じゃない?」

私の胸にぐりぐりと顔を埋める彼女に、るーちゃんの影が重なった。

ーー...いや、まさか。

「...どこにも、いかないで...」

その一言を聞いた直後、私と真帆ちゃんはほぼ同時に息を呑んだ。

 

 

 

依然私に抱き着いたままの胡桃先輩を見て、佐倉先生はゆっくりと立ち上がった。

「今は落ち着いてる所を見るに...やっぱり天音さんから離れると過呼吸になってしまうみたいね」

あの後佐倉先生に状況を報告すると、すぐに胡桃先輩の検査が始まった。

そして無理矢理私から先輩を離したり色々試した結果、先程の結論が出たらしい。

「厄介な事になったわね」

「真帆ちゃん...」

「...見せたいものがあるの、ちょっと隣の部屋に来てくれる?」

「あ、はい...胡桃先輩、行きましょう?」

私の言葉に小さく頷く彼女は、まるで何歳も年下の少女の様だった。

佐倉先生の後を追って立ち上がり、胡桃先輩に注意しながら隣の部屋に歩いていく。

私の前には真帆ちゃんが居るのだが、表情を固くしたまま考え込んでいる為話しかける事は出来なかった。

ーー...隣は先輩の寝室だった筈...

扉を開けた佐倉先生が、壁のスイッチを押して電気を点灯させる。

そうしてそのまま中央に歩いていき、ソファーの方を指差した。

ーー.....ッ?!

「恵飛須沢さんはソファーで寝ていたんだけど...」

ソファーには毛布が掛かっているのでそれは間違いない。

けれど、それ以外の部分が私の頭を混乱させた。

「...羽毛が」

表面が乱雑に引き裂かれ、内部の羽毛が外へと漏れ出している。

裂かれた表面の穴は多少の違いはあれど概ね同じ大きさで、その心当たりはもう一つしかなかった。

「これを、胡桃先輩がやったって事ですか?」

「そうなるわね...聞けるなら恵飛須沢さんに聞きたいけど」

「...あの、やっぱり先輩は」

「まだ分からないけど、恐らく精神的なダメージで子供に戻ってしまったみたいね」

「....幼児退行ですか?」

がっこうぐらしという作品において、非常に重要な意味を持つその言葉。

幼児退行とは主人公、丈槍由紀がパンデミックによるストレスと学園生活部というある種の現実逃避を行った結果なってしまったもの。

ーーそれがなんで胡桃先輩に...

「それって何とかなるんですか?」

「...防衛機制って習ったでしょ?心的外傷...とにかくこの環境が耐えられなくなって自分を守る為にこうなっているの、だから一番は...」

「安全な世界になる事...」

「....そんなの、無理じゃないですか」

真帆ちゃんの言う通りだった。

がっこうぐらし世界では3年経っても彼らは存在していたし、各地の傷も癒えていない。

それらを知らない彼女にとっては、更に絵空事の様に感じられるのだろう。

「図書室に心理学系の本があるわ、先生もそれで何とかーー

「その図書室まではどうやって向かうんですか?探索の要だった恵飛須沢先輩はこんな風になって、その依存先が春なんですよっ?!」

「ひっ!!」

胡桃先輩が小さく悲鳴を上げた。

「ッ!あんたが!!あんたのせいで...!!」

「真帆ちゃん辞めて!先輩は今...!」

「....私より先輩を優先するんだ」

「え...?」

ボソッと何かを呟いた真帆ちゃんは、そのまま早足で教室を後にしてしまった。

残されたのは、私と佐倉先生のみ。

ーーこのままだとまた背負わせちゃう...

「とりあえず2階を制圧しましょう?胡桃先輩が寝てる時なら私も動けると思うので」

「...ごめんなさい」

「謝らないでくださいっ、先生が居なかったらきっともっと大変な事になってたと思いますし...」

胡桃先輩が動けないこの状況、戦闘要員は私しか居ない。

そして私不在の中で冷静に物事を判断してくれるのは、きっと佐倉先生だ。

正直自分を頼って欲しいと言った側からこんな事になって申し訳ないが、これ以外に道は無かった。

「先生、姉さん達にこの事を伝えてくれませんか?」

「え、ええ勿論よ」

「お願いします、私はもう少し胡桃先輩の様子を見てみるので」

そうして話を切り上げ、私は目線を胡桃先輩に向ける。

「本当にごめんなさい...」

その言葉と共に佐倉先生の足音が遠いていくのを耳で感じながら、私はゆっくりと扉を閉めた。

「座りましょう?」

「...うん」

頷いたのを確認してから膝を折り、胡桃先輩とタイミングを合わせて床に座り込む。

すると先輩は一度私から離れ、今度は正面から膝上に乗りかかる形で抱き着いてきた。

「わっ」

私は若干動揺したものの、すぐに気持ちを切り替えて彼女の頭を撫で始めた。

私の中にはもう、今朝まで感じていた不純な気持ちの一切が存在しない。

それはきっと胡桃先輩の状況を理解した上で、"それどころじゃない"と判断しているからだ。

「ごめんなさい、大変な事ばかり押し付けちゃって」

果たしてこの言葉は、今の彼女に届いているだろうか。

「....ゆっくり、休んでください」

精神的な分野に乏しい私は、ただ言葉を投げかける事しか出来なかった。

 

 

 

規則正しい寝息が聞こえて数分が経ち、私は静かに胡桃先輩に毛布を掛けた。

ーー良かった、やっぱり寝てる間は離れても大丈夫そう。

これで何とか私も探索に参加する事が出来る。

現状このメンバーで探索に迎えないのはるーちゃんと丈槍先輩、もしかすると姉さんも入るかもしれない。

胡桃先輩が抜けてしまった以上制圧は私の仕事になる訳で、それは効率が遥かに落ちる事を意味していた。

ーー何とかしないと...

「....天音さん?」

私がこれからについて思考を巡らしていると、扉の向こうから遠慮がちな佐倉先生の声が聞こえてきた。

「すみません、今胡桃先輩寝てるので廊下出ますね」

そう断りを入れて、なるべく物音を立てずに教室の扉を開ける。

すると教室から離れた位置に佐倉先生の姿が見えたので、私は扉を慎重に閉めてそちらに向かう。

きっと胡桃先輩を起こさない様に気を遣ってくれたのだろう。

「先生、それでどうなりましたか?」

「若狭さん達に恵飛須沢さんの事を伝えたの、それで一度しっかり話し合った方が良いって」

「...あの、真帆ちゃんは...」

「高城さんも居るわ、向こうの教室よ」

指の先の教室は一番端、胡桃先輩が眠っている事まで想定してくれていたのだから、やっぱり佐倉先生は頼りになる。

そうして私達がその教室に近付くと、丁度姉さんが教室から顔を出してきた。

姉さんは私達を視認して少しホッとした表情を見せた後、再度教室内に入っていく。

次いで私達も中に入るとそこには胡桃先輩以外の全員、るーちゃんの姿もあった。

彼女達はそれぞれ中央に置かれた椅子に座っており、その前には長机が2個並んでいる。

「春、恵飛須沢さんは大丈夫?」

「さっき寝た所、多分暫くは起きないと思う」

すれ違い様に会話を交わし、私は残った2席の内1つに着席した。

そうして隣に佐倉先生が座ったのを皮切りに、若干空気が変わったのを感じた。

沈黙が場を支配し切る前に口を開いたのは、私の正面に座っている真帆ちゃんだった。

「佐倉先生、それで何を話すんですか?」

「これからの事...2階のバリケードが完成してからの事よ」

「完成したら次は1階じゃないんですか?」

姉さんに疑問を投げかけられた佐倉先生は、自身の髪を軽く触ってそのまま膝の上に両手を置いた。

「...今私達の中で戦える人は天音さんだけ、だからあまり無理は出来ないの」

「なら、どうするんですか?」

「...時間は掛かるけど、私達も戦える様になって...」

ーー....いや、駄目だ。

この状態から戦える様になるまでに何日掛かるか。

佐倉先生と姉さん、丈槍先輩はまず厳しいだろう。

となると消去法で真帆ちゃんになるのだが、昨日の彼女を見る限り噛まれた時のトラウマを呼び起こしてしまう可能性がある。

そして何より、2人の救助に向かえなくなってしまう。

胡桃先輩が無事でいてくれれば、そんなたらればを考えてしまう程にはまずい状況だった。

ーーせめてもう1人、戦える人が居たら...

美紀ちゃんと圭ちゃんには1ヶ月以内と伝えている以上、どうしようもーー

 

.....あ。

 

「佐倉先生、前に話した事って覚えてますか?モールに生存者が2人居るっていう話なんですけど」

「ええ、でも車は....あっ」

「バリケードさえ作ってしまえば2階は安全です、車の鍵を取って救助に行きませんか?」

「ちょ、ちょっと春、それの何処が解決法な訳?」

「その2人は真帆ちゃんも知ってる子だよ、美紀ちゃんと圭ちゃん」

「えっ?!」

「っ!!」

真帆ちゃんは驚きつつも、少しだけ口角を上げた。

「そっか、美紀と圭が...」

「モールには食料もありますし...どうですか?佐倉先生」

私が佐倉先生に話を振ると、彼女は幾ばくかの無言の後にこちらへ顔を向けた。

「...出来る事ならそうしたいわ...でも前言った通り、先生の車は4人乗りなの」

その言葉を受けた私達は、一瞬の思考を経て佐倉先生の挙げるその問題点に気付いた。

「恵飛須沢さん、ですか」

姉さんの言葉に佐倉先生は静かに頷いた。

まず大前提として美紀ちゃんと圭ちゃんを車に乗せなければならないので、4人でモールに向かう事は出来ない。

2人で向かうとしても、内1人は車の持ち主で普段から運転している佐倉先生で確定。

そしてもう1人は現状唯一の戦闘員である私....なのだが、そうなると胡桃先輩と一時的に離れ離れになってしまう。

ーー....どうしよう。

正直、解決策が全く浮かんでこない。

私が運転を担当するか、もしくは1人ずつ救助するか、別の車を探してみるか。

どれも問題がある上に、そもそも胡桃先輩を連れて行く事自体がリスクなのだ。

ーーそうだ、ワンワンワン放送局の車!...いや、そもそもこの世界に居るのか分からないし、居たとしても場所が分からない...

「そんなの春が行かなければ済む話じゃないですか?」

「....で、でも2人には私が行くって」

「私は2人と知り合いよ、だから私が行けば良いじゃない」

「っ...」

真帆ちゃんの正論によって、私は次第に追い詰められていく。

確かに佐倉先生と真帆ちゃんが行くのが現実的だ。

けれど、今の私にはそれがとても恐ろしかった。

もし私の居ない所で彼らに襲われてしまったら、そう考えるだけでどうしようもない不安感を覚えてしまう。

2人が戦えない以上絶対に無いとは言い切れず、寧ろその確率は高いだろう。

その点私はあのモールに行った経験があるし、多少は彼らとも戦う事が出来る。

ーー私の我儘だけど...それでも。

「...やっぱり、行きたいです」

「はぁ...だからあんたが行ったら恵飛須沢先輩が...」

「私と胡桃先輩の2人で行かせてくれませんか」

そんな私の言葉によって、場の空気は一変した。

「な、何言ってるの春!」

「2人でなんて危険よっ!それに車の運転だって!」

「佐倉先生、運転の仕方を教えてくれませんか?」

ここで引く訳にはいかない、我儘を言った以上突き通すのみだ。

「春、あんたいい加減にしなさいよ!」

その為には。

ーー...ごめん、真帆ちゃん....

「真帆ちゃん、もしアイツらに会ったら戦える?」

「えっ、それは...」

「噛まれた時の事を思い出したらきっとそれどころじゃなくなる、私は真帆ちゃんが一番危ないと思う」

「...それって、私が一番役立たずって事?」

「...戦闘面に関してはってだけだよ」

そう言い切って一息吐くと、由紀先輩の不安そうな顔が目に入った。

ーーッ...わ、私今...!

何の躊躇いもなく、真帆ちゃんに酷い事を...

普段なら頭にすら浮かばない筈の言葉、それを無意識に出してしまうなんて。

激しい後悔の念に襲われ謝罪の言葉を出そうとした瞬間、何処かから声が聞こえてきた。

ーー叫び声...?違う....

「ねえ、何か声聞こえない?」

「...胡桃先輩、かも」

そう呟きながら、私は音を立てて椅子から立ち上がった。

「真帆?」

「ごめんなさい、行ってきますね」

教室を出る際に口と身体を同時に動かした為声がぶれてしまうが、それでもかろうじて聞こえる筈だ。

目的の部屋に近付くにつれ、完全にその声の主は確定していった。

 

 

 

「はるっ...!はるっ!!」

 

ーー...ははは。

扉の先には、泣きながら私の名前を呼ぶ胡桃先輩の姿があった。

何という変わり果てた姿だろうか。

恵飛須沢胡桃というイメージは破壊され、残ったのはか弱い少女の心のみ。

 

「どうしてこうなったんですかね!ほんと!」

「はるぅ....はる...!」

 

考えるのが嫌になった。

全てがどうでも良い出来事に感じてしまって、全てを放り投げたくなってしまって。

私はゆっくりと彼女に近付き、そのままギュッと抱き締めた。

 

ーーもう、いいや。

 

 

 

『大丈夫、私が今まで圭ちゃんとの約束破った事あった?』

 

やく...そく...




先日由紀ちゃんのお誕生日がありましたね、出来ればそこに間に合わせたかったのですが...
ともかくおめでとうございます!さどる先生のイラストも可愛かった!
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