目が覚めるとがっこうぐらし!(実写版)の世界だった。 作:RNKI
るーちゃん
若狭悠里の妹。
原作では本編開始前に交通事故に遭い命を落としており、その後精神的に不安定となった若狭悠里の元に幻覚として現れる。
ーーやくそく....そう約束だ、圭ちゃん達を迎えに行くって約束したんだ。
心に灯った小さな光が私の中の闇を消していく。
全てを諦めて逃げ出そうとした私を叱っているのか、その光はとても眩しい。
原作、アニメ、実写版の知識を持つ人間は、この世界でたった1人だ。
もう何度目か分からないが、これは私にしか出来ない事だと言い聞かせててみる。
ーー...圭ちゃん、美紀ちゃん...
2人が来たらきっと事態は好転する、するに決まっている。
「....胡桃先輩、もう少ししたらショッピングモールに行くんです。先輩も一緒に行きましょう?」
「...うん」
諦めずにそう言えただけで、とりあえず及第点だろう。
胡桃先輩を連れて皆の元に戻ると、やはり全員が気まずそうな目で私達を見つめてきた。
この状態の胡桃先輩に対してどう接すれば良いのか、それはこうなる前の彼女を知っていれば知っている程分からないだろう。
私だってそうだ、胡桃先輩に話し掛けている様に見えても結局一方的に言葉を押し付けているだけに過ぎない。
結局私達は、どんな時も頼りになる恵飛須沢胡桃というイメージを壊したくないのだ。
「その...恵飛須沢さん?」
「っ...」
佐倉先生に呼びかけられても、胡桃先輩は私の袖を握って自身を隠すのみ。
「先輩、とりあえず座りましょうか」
対して私の言葉を受けると、特に嫌がる素振りは見せず素直に従ってくれる。
ーー...どうして私なんだろ。
真偽を確かめる術は、現状何処にも無い。
「...ねえ、春」
その一言で、胡桃先輩の手に力が入るのが分かった。
先程怒鳴られたからか、それともそれ以前の記憶があるからか、どちらにせよ真帆ちゃんに対しては嫌な意識を持っているらしい。
けれど、今の私に真帆ちゃんの言葉を無視する事なんて出来なかった。
というよりきっと、あと数秒無言の時間が長ければ私から話し掛けていた筈だ。
「その、真帆ちゃん....さっきは本当にごめんなさい」
「え?」
「あんな事言うつもりじゃなかった、言いたくなかった...」
「...実際本当の事なんだから、春が謝る必要無いでしょ」
違う。私が言いたいのはもっと先。
正しいかどうかじゃなくて、素直な気持ち。
「真帆ちゃんが...心配なの」
室内に息を呑む音が響いた。
「だからやっぱり...私、胡桃先輩とモールに行きたい」
この重たい空気に気が付いたのは、いつからだったか。
昨日?それとも一昨日?
ともかく日を追うごとに圭との会話は自然と減ってきて、今では太郎丸を通しての会話とか、事務的な会話しか出来なくなっていた。
カレンダーを見て日数を確認する作業、これで何度目だろう。
「...あのさ」
「...何?」
圭に対する返事は、想像よりも喉に突っかかって遅れてしまった。
「美紀って春と電話したんだよね?暴動が起きた日」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「...なんで起こしてくれなかったの?」
突然振られた数日前の話題、今更感が強いその話題だが圭の目は本気だった。
「圭寝てたでしょ、だから」
「本当は春と2人きりで話したかったから、とかじゃないよね」
「....え?」
意味の分からない質問、というより考えが飛んできた。
そこまで頭が回るわけないでしょ、と言いたい気持ちをグッと堪え、圭に向き直る。
「そんな訳ないって、それに春からの電話一瞬だったし」
「2人だけしか知らない事とか、あるんじゃないの」
「っ...そんなのある訳ないでしょ、何言ってるの?」
段々自分でも言葉尻が強くなっている事が理解出来たが、それを止められる余裕は無かった。
「...本当に助け、来るのかな」
「それは春が
「だって、疑いたくもなるよッ!美紀は何でそんなに落ち着いていられるの?!春が来ないかもしれないんだよ?!」
「それは来なかった時に考えれば良いじゃん、春が日にちまで教えてくれたんだよ」
「...だからッ!そういうので、美紀だけ春から何か聞いてるんじゃないかって!!」
文脈がぐちゃぐちゃで、圭が何を言いたいのかを完全に理解するまで時間が掛かってしまった。
その間無言であった事が影響してか、会話は途切れたまま自然消滅した。
つまり圭は私が落ち着いていられる理由が分からなくて、それを考えた結果あの電話に行き着いたらしい。
そんなのただの妄想で、実際には私と圭の考え方の違いでしかない。
でも、多分今の彼女にそれを伝えるのは不可能だ。
明らかに平常心を失っているし、恐らく疑心暗鬼にもなっている。
きっとこれからは、最低限の会話すら無くなってしまうのだろう。
誰が悪い訳でもない、強いて言えばこの現象を引き起こしたウイルスか何かのせいだ。
圭は私より感受性が豊かで、感情的になりやすいだけ。
そんな私と彼女でストレスの掛かり方が違うのは当然だった。
夕日が私と胡桃先輩を照らし、背後に暖かさを感じ始める。
このまま後何分かすればそれが暑さに変わり、きっと耐えられず日陰に移動するのだろう。
しかし、その想像は階段を登ってくる音が聞こえた事によってすぐに消え去った。
「2階のバリケード、大丈夫そうですか?」
3階に登ってきた佐倉先生に問いかけると、彼女は優しく微笑んだ。
「ええ、全部確認したわ」
南校舎2階の制圧は、想定の何倍も簡単に完了した。
と言っても私は胡桃先輩の側を離れられない為、殆ど片手しか使えなかったけど。
「なら良かったです、それでその...」
「鍵も見つけたわ、後でしっかり教えるわね」
「はいっ、ありがとうございます」
結果として、私の提案は1度目に比べて遥かに穏やかに受け入れられた。
というより真帆ちゃん以外は胡桃先輩の現状を目の当たりにして、考える余裕が無かったのかもしれない。
そしてその真帆ちゃんの口をずるい言い方で塞いでしまったのだから、こうなる事はある意味当然だった。
私と胡桃先輩の2人でショッピングモールに向かう、運転は私が行い佐倉先生から最低限の知識を貰う。
我ながら何とも酷い計画だが、これが私にとってベストな選択肢である以上もう迷っている時間は無い。
「じゃあ胡桃先輩、私は...
「春お姉ちゃんっ!」
唯一無二の呼び方をしてくれる少女によって、私の言葉は遮られた。
「るーちゃん、何かあった?」
「抱っこして」
ーー...え。
抱っこ、という可愛らしい単語を使うるーちゃんはめっちゃ可愛いかったが、今このタイミングでねだってくるのかと困惑してしまう。
るーちゃんからの抱っこなんて最近聞いて無かったから、てっきりもう卒業したものだと...いや、この状況だからか。
私は素直にそれを受け入れようとするが、そうなってくると片腕に身体を寄せる胡桃先輩に退いてもらう必要が出てくる。
「胡桃先輩、一旦腕から離れてもらっても良いですか?」
「...わかった」
「ありがとうございま...はえっ?!」
素直に腕から離れたかと思えば、そのまま私の背中に抱きついてきた。
ーーそういう意味じゃないんだけど...まあいいかな。
胡桃先輩もるーちゃんに対抗心を燃やしたのだろう、外面を見れば年の差は明らかだから何だか変な感じだ。
私は少しだけ腰を落とし、るーちゃんを受け止める為の体勢を作る。
「良いよ」
「むー...」
「るーちゃん?」
がそのるーちゃんは一向に抱っこされに来ず、ただ頬を膨らませているだけだった。
「...はなれて」
ーー離れて?
「私のお姉ちゃんから離れてっ!!」
「っ?!」
突然大声を出された為、私と胡桃先輩は揃って身体を反応させてしまう。
「き、急にどうしたの?」
「良いから離れて!私のお姉ちゃんだもん!!」
ーーもしかして...やきもち?
確かに気持ちは分からなくもないけど、相手が胡桃先輩なのが難しい所だ。
今の胡桃先輩がそれで簡単に離れてくれる訳ーー
「ご、ごめん」
「えっ?」
案外あっさり離れた事に対する驚きと、その言葉遣いで二重に驚いてしまう。
今の謝罪はこれまでの甘える様な声色ではなく、完全にいつもの胡桃先輩の声色だった。
ーー幼児退行しても元の性格は残ってるって事なのかな?
若干の違和感が残りつつも、そのまま私はるーちゃんを存分に甘やかし始めるのだった。
「...んん」
ミニクーパーSは、ドイツの自動車メーカーが展開している小型車である。
R53は2002年から...
「せ、先生?これ本当に運転に必要なんですか?もしかして半分趣味とか...」
「そそそそんな訳ないじゃない!これはあくまでも運転指導!その為には基礎から知っておかないとね!」
ーーあまりにも基礎過ぎませんか...?!
てっきりアクセルが右でブレーキが左で...みたいな話をされると思って教室に来てみれば、始まったのは歴史の授業だった。
けれど文句を言える立場でもないし、逆に佐倉先生が一対一で授業をしてくれるというのは原作ファンとして堪らないものがある。
「あはは...でもこういう授業みたいなの、凄い久しぶりな気がします」
「....そうね、天音さんは授業好きだった?」
「授業によりますけど、やっぱりたまに眠いなあとか思ったりしてました....けど今は、有難いです」
「有難い?」
「こうしてると、外の事考えなくて済みますから」
何気ない時間が、今が最悪な世界であるという事を忘れさせてくれる。
ある意味これの延長線上に学園生活部があるとして、もし私が原作知識を持っていないただの一生徒だったら躊躇なく参加していただろう。
それ程までに今の状況は苦しく、息が詰まりそうだった。
「...天音さん?」
突然無言になった私を心配してくれたのか、佐倉先生が板書を止めて席に寄ってきた。
そんな彼女の優しさが、余計に私の首を締め付ける。
「....ごめんなさい、我儘言って」
「そんな事...」
「胡桃先輩と2人でモールに行きたいとか、だから運転を教えて欲しいとか...」
後悔は無い、少なくとも原作の知識を持っている人に聞けばきっとこの選択をするはずだ。
でも、罪悪感はある。
客観的に見れば、私はただ自分本位で動いているだけ。
私と戦えない先輩でモールに行かせろ、お前の車を使うから運転を教えろ。
それを丁寧に、言葉で誤魔化したに過ぎないのだ。
ーーだから...
「生徒の自主性を重んじて、疑問に対して正解を教えるのが先生よ」
「えっ...?」
「昨日、言ってくれたでしょ?もっと私を頼ってって」
『先生、私先生の役に立ちたいんです』
『だからもっと私達を....私を頼ってください』
「...もっと先生を頼って?」
言葉が、何の抵抗も無く身体に入ってきた。
私は創作での佐倉慈しか知らない。
私の知る彼女は何処か頼りなく、いつも1人で苦しんでいた。
ーー私...ばかだ....っ
先生がこんなにも温かくて、優しくて、頼れる人だって。
「....さくら....せんせいっ....!」
今の今まで、気付けなかったのだから。
「まあ、昨日貴方に甘えちゃった私が言えた事じゃないんだけどね」
私は佐倉先生の一方向だけを見て理解した気になっていた。
大人としての、教師としての彼女が悪いものだって、勝手に決めつけていた。
結局私は、この世界を物語としてしか見ていなかったのだ。
此処は現実、みんな必死で生きている。
「そんな事....ないですっ」
こんな世界だから、私が何とかするんじゃない。
こんな世界だから、お互いに支え合うんだ。
「....あった」
校内から外へと繋がる非常階段。
実写版では美紀ちゃんが使用していたその階段から、私は駐車場を見下ろした。
夜の闇に包まれ、パッと見た限り彼らの姿は無い。
ただ一体も居ないなんて事はまずあり得ないので、それで緊張を解く事はしなかった。
「春、バリケードは?」
私の背後、非常階段と校内を繋ぐ扉を開けながら真帆ちゃんが声を掛けてきた。
「とりあえず私が階段を降りたらすぐに動かして欲しいかな」
「分かった」
真帆ちゃんはそう言うと、細長いバリケードに手を当てる。
するとその奥からバリケードを避けて姉さんが顔を覗かせてきた。
「春、気を付けてね」
「うん、任せて」
その返事と共に、私は階段を一歩ずつ降りていく。
今日はあくまでも車の位置と鍵が合うかを確かめるだけ、無理をするつもりはない。
階段から聞こえていた鈍い音が、遂に土と砂の音に変わった。
久しぶりに地に足が付いた、そんな感じ。
私は真帆ちゃんに向けて両手で丸を作ると、察してくれたのかすぐにバリケードを動かし始めた。
奥には姉さんと佐倉先生が居るが、この階段の幅を考えるとやはり1人で運ぶのが一番の様だ。
「....ゥゥゥゥゥ」
「?!」
私は持っていたシャベルを構え、声の方向に身体を向ける。
ーー....居た。
すんなりその姿を目視する事が出来、私はそのまま小走りで彼らに向かっていく。
迷うな、顔を見るな。
何も考えず、ただシャベルを振り上げる。
「はぁッ!!!!」
シャベルが頭部にめり込み、直後嫌な感触と血液が吹き出す。
そのまま力を込めて振り抜くと、彼らはすぐに倒れ動かなくなった。
ーーごめんなさい。
リュックを再度確認し、今日何度目かの深呼吸をする。
その日は朝から空気が張り詰めていて、心なしかそれぞれの声色も低く感じられた。
非常階段にバリケードを設置してから2日後、それは私と胡桃先輩がモールに向かうその日だった。
「帰ってくるのはいつ頃になりそう?」
私と共に物資の整理をしていた姉さんが、不安そうにそう尋ねてくる。
恐らく今日中にモールに到着する事は出来ない、となると...
「3日後くらいかな」
私はその言葉と共に立ち上がり、そのまま姉さんに向き直る。
「行ってきます」
「...気を付けてね」
優しく抱き寄せられ、同時に彼女の温もりが全身に伝わってくる。
ーーやっぱり、安心する...
この感覚は多分、もう姉さんでしか味わえないだろう。
そうして数秒抱き合っていると、下の方から階段を登る音が聞こえてきた。
名残惜しくも姉さんから離れた私は、今一度大きく深呼吸をした。
「天音さん、今なら大丈夫そうよ」
登ってきたのはやはり佐倉先生で、そう言いながら車の鍵を渡してくれた。
「ありがとうございます、胡桃先輩は...」
「由紀ちゃんが起こしに行ってくれてるわ、私達も行きましょう」
「それじゃあ、行ってきます」
その言葉と共に、春の背中が遠ざかっていく。
これから数日離れ離れ、もしかすると永遠かもしれないその別れ際はあまりにもあっさりしていた。
ーー美紀と圭か...
こんな世界になってから春が彼女らと電話している場面には何度か出会しているし、そもそも同級生なのである程度理解はしている。
2人が来れば人手が増える、特に美紀は戦闘員としての期待も出来ると言っていたが、同時にデメリットも連れてくるだろう。
圭に関してはこのメンバーに馴染めると思うが、美紀はきっと馴染めない。
私とは違う方向で尖っている彼女が来て孤立してしまったら、その責任を取るのは春になる。
ーーこれ以上春に負担を掛けられない...
「じゃあ...戻りましょうか」
佐倉先生の呼び掛けで、私以外の生存者は教室に入っていく。
そうして廊下には私だけが残った。
ーー分かってる、私も負担だって事くらい。
でも私は違う、恵飛須沢先輩とは違う。
私は春の願いを聞いた、つまり彼女から頼られているという事。
一方的な施しを受けているのではなく、互いに与え合う健全な関係なのだ。
これから先、春を支えられるのは秘密を共有した私しか居ない。
明日からはきっと、最悪な日々だ。
車を問題無く走らせられるか、しっかりとその感覚を掴めるか。
それだけを意識していたら、時計の長針が早くも一周しようとしていた。
ようやく周囲を見る余裕が出てきた私は、助手席に座る胡桃先輩に目を向ける。
てっきり車内でも私の腕にくっ付いてくるのかと思いきやそんな事は無く、ただ静かに窓の外を見つめていた。
胡桃先輩は今何を考えているのだろうか。
幼児退行中の心の動きなんて分からないけど、丈槍先輩の場合はある程度高校時代の記憶は持っている様だった。
彼女はクラスメイトや先生をしっかりと認識していたし、無意識にバリケードや彼らから避ける行動を取っていた、所謂都合の良い解釈をしたという所だろう。
しかし胡桃先輩は明らかに違った、まず私の側に居ないと過呼吸になってしまうくらいには不安定な状態になっていて、るーちゃんと多少張り合おうとするくらいには子供だ。
けれど最終的にはそれもるーちゃんに譲っていたり、今の様に運転を邪魔したりしないという少し大人な一面も持っている。
結局の所良く分からないがきっとこれも1人1人異なる、という言葉で片付く簡単な問題に違いない。
違いないのだが、それをすんなり受け入れられる程私の心は整理されていなかった。
胡桃先輩に伝えたのは、ただ一緒にショッピングモールに行くという事だけ。
これをどう捉えているのかは彼女自身しか分からない。
「胡桃先輩、飲み物飲みませんか?」
私に出来る事は、今の彼女を少しずつでも知っていく事だ。
「...のみたい」
「!」
今まで会話という会話が出来ていなかった私と胡桃先輩だが、遂に彼女の方からやりたい事を伝えてくれた。
「分かりました、一旦車止めますね」
食料や生活用品等は後部座席に置いてある為、それらを取るには一度車を止める必要がある。
私はなるべく時間を掛けながらブレーキを踏み、速度をなだらかに緩めていく。
そうして車が完全に停止したのを確認し、私は後ろを向いて座席の上に置いてあるバックを手に取った。
警戒の目を解いてバックにのみ意識を向けるが、もし今彼らに襲われたとしても車内なら然程の心配は要らないだろう。
ーーあった。
私は保冷されていた水を見つけ、そのまま胡桃先輩に手渡した。
「先輩、どうぞ」
「...ありがと」
「ふふっ、どういたしまして」
水をゆっくりと飲み始めた胡桃先輩を見つつも、そこまで時間に余裕がある訳では無いので私は車を進ませる。
原作では車等によって塞がれた道がいくつもあったが、今の所それには出会っていない。
しかしこれからも出会わないなんて事は流石に無い筈なので、スムーズに進める所はさっさと進んでしまいたいのだ。
ぶっ通しで運転出来る体力が不慣れな私には無く休憩は必須、今日中にモールに着くのはまず不可能で今夜は車内泊だろう。
帰りに関しては美紀ちゃんか圭ちゃんのどちらかが地図読み係になってくれるだろうし、そこまで心配はしていない。
ーーとにかく頑張らないと...
「....あの」
「はえっ?先輩?どうかしました?」
まさか胡桃先輩から話し掛けられるとは思わず、我ながら変な声を出してしまった。
昨日までは一言でも話してくれれば良い方だった先輩が、今日に限っては自分から話し掛けるまでになっている。
少しずつ良くなっているのかも、なんて楽観的な視点を持っても良いが恐らくこれが通常の彼女なのだ。
今までは私以外の人が居たから人見知りを発動していただけで、本当の姿に戻っただけ。
それでもともかく話し掛けられたのは嬉しいので、気分が上がったのを感じながら返事を待った。
「....はる」
「はい、春です」
出来るだけ優しく、彼女に寄り添う様に。
車の速度を落とし、胡桃先輩に向ける意識を大きくする。
「あたしの家...」
「ッ?!」
その一言で、穏やかだった心は一気に乱れてしまった。
胡桃先輩が自宅に寄る。
これ自体は原作にはあった話だが、アニメでは改変されて寄らなかった事になっている。
ただ問題なのは、今の胡桃先輩に寄らせるべきなのかという所。
下手をすると症状が悪化してしまう可能性すらあるのだから、嫌でも慎重になってしまう。
「...先輩のお家、この近くなんですか?」
「うん、帰りたい」
ーー帰りたい、か...
その言葉に何を返せば良いのか、すぐには判断出来なかった。
勿論胡桃先輩をそのまま家に返す訳にはいかない、これは絶対だ。
今回は無理だと断ってしまうのも一つの手だが、先輩が自宅を見て何かを思い出す可能性も捨て切れない。
そして何より今後の事も考えると、彼女からの信頼を失うのはまず避けなければならないのだ。
つまり出来る限り胡桃先輩の願いを叶えつつ、ある程度の所で抑える必要がある訳で。
それはほんの一瞬考えただけでも、相当に大変な道である事が理解出来た。
何か、自宅に帰るのではなく寄るだけなんだと出来るものがあれば...
ーー....学園生活部。
頭の中に浮かんだ唯一の答えは、私にとっては苦肉の策だった。
「...せ、先輩?私達学校で暮らしてるんですから、ちょっと寄るだけですよ?」
「学校?」
「部活動というか...とにかく、一緒に住んでるんですよ!私達!だからその、今帰る場所は学校なんです!」
自分でも呆れてしまう程に下手な嘘は、今の彼女に見破られてしまうだろうか。
胡桃先輩も何だか納得していない様子で、ペットボトルに口を付けた。
ーーどうしよう...
気が付くと日光の色は暖色に変わっていて、太陽の位置も下がってきている。
流石に車内泊は避けたいので、何とか安全に泊まれる家を探したいのだが....
ーー.....あっ。
「胡桃先輩、今日先輩の家にお泊まりしても良いですか?」
「えっ?....お泊まり?」
若干声色が高くなった所を見るに、やはりお泊まりという単語がテンションを上げてくれた様だ。
「はい、先輩さえ良ければ...」
「う、うん。お泊まりしようっ」
その言葉によって肩に乗っていた緊張という名の重荷が降り、先程までの息苦しさが嘘の様にスムーズな呼吸が出来た。
ーーな、何とか誤魔化せた...かな?
職員室の書類を整理し、血痕を少しずつ掃除していく。
まだ慣れない血の匂いは、この世界に染まりきっていない事の証でもあるので複雑な気分だ。
春がモールに向かってから数時間後、既に日は暮れていて私を照らす役目は室内の蛍光灯が果たしていた。
書類の整理なんて別に今すべき最優先事項ではない、けれどこうして何かをしていないと春の事を考えて不安になってしまうのだ。
「若狭さん、お疲れ様」
「先生、お疲れ様です」
バリケードの見回りを終えたらしい佐倉先生が、労いの言葉と共に職員室に入ってくる。
ちなみにるーちゃんは丈槍さんが面倒を見てくれていて、今の時間ならもう眠っている頃だろう。
そして高城さんは...
「あの、先生....相談しても良いですか」
「大丈夫よ、何かしら?」
「....高城さんについて、その」
高城真帆。春が連れてきた唯一の生存者で、互いの仲は良いらしい。
しかし問題なのは春との仲だけが良い事。
私達とは必要最低限の会話しかしてくれないし、基本的に単独行動だ。
「あまり上手く...過ごせていないと思って」
「...そう、ね」
佐倉先生も心当たりがあった様で、言いづらそうに目線を斜め下に逸らした。
「春とは上手く行ってるみたいなんですけど、私達には心を開いてくれないというか」
「天音さんと....」
「先生?」
依然として何かを考え込んでいる佐倉先生は、数秒経った後重たそうに口を開いた。
「...これは、証拠がある訳じゃないの」
「は、はい」
「若狭さん、実は高城さんは.....
いじめをしていたそうなの」
「....いじめ?」
「ええ、私も職員室で他の先生から聞いたり、生徒の子から少し話された程度なんだけど」
そこまで言われてもまだ、私は彼女が何を言いたいのか理解出来ていなかった。
いきなりいじめをしていたという話をされても、ただ嫌悪感を持つだけだ。
いや、もしかしてその事で...?
「だから接しずらいって事ですか?」
「...それも少しあるわ」
あまりにも素直な返答を受け、私は何故か怒りが湧いてきた。
「それって、先生達が何とかすれば良かったんじゃないですか?」
話が本筋からズレている事は分かっていたが、それでも本心には逆らえない。
八つ当たりにも似た言葉をぶつけ、私はそのまま佐倉先生の言葉を待った。
「言い訳になってしまうけど、私は教室を持つ教師じゃなかった。だからその噂の確かめようも無かったの...」
「...じゃあ、生徒の子から話されたっていうのは?」
「実は若狭さんに話したいのはそこなの、それが天音さんにも繋がるんだけど」
ーー春に繋がる?
「なら、聞かせてもらっても良いですか」
「...保健室ってたまに仮病の子も来るの、大抵は見ただけで分かるんだけど、中には教室から逃げて来る子も居て....例えば、丈槍さんとかもそうなの」
丈槍さんとは同級生だけれど、クラスが異なる為初めて会話をしたのはこんな事態になってから。
彼女がそういう人だったのは知らなかったが、今知りたいのはそこではない。
「それで、何があったんですか?」
「...原田さんっていう2年生の子が居て、度々私に相談しに来てくれてたの。それで話を聞いていく内に、その子が高城さんの幼馴染で今は仲間外れにされているのを知って....彼女自身はいじめって認めてなかったけど殆どいじめみたいなものだった」
「...それが春とどう繋がるんですか?」
「その原田さんがね、ある日庇ってくれる子が現れたって言うの」
「...まさか」
「そう、それが天音さん。原田さんが言うには私の身代わりになってくれたりもした....って」
その瞬間、私の心は憎しみに染まった。