目が覚めるとがっこうぐらし!(実写版)の世界だった。   作:RNKI

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第10話 さいかい

胡桃先輩の家にお泊まり。

その言葉に少しでも心が躍ってしまっている自分が正直恥ずかしかった。

お泊まりが決定してから数十分後、先輩の妙に的確な道案内もあり完全に日が落ちる前には目的の家に到着する事が出来た。

外見はごく一般的な2階建ての一軒家、駐車スペースもある。

本来そこにある筈の車が無い事に胸の痛みを感じつつ、佐倉先生の車を停めさせてもらった。

ごく一般的と言ったけれど胡桃先輩の家で気になる所が一つ、というより住宅街を指して言えるのだがとにかくソーラーパネルが多い。

理由は恐らく、ランダルの関係者とかウイルスの情報を知っている人達の家がこの辺りには多いからだろう。

地域的に推奨していた可能性も考えられるが、それを調べるには全てが遅かったのであまり深くは考えないようにする。

とりあえず家に入ったら電気と水道を確認、電気が付いたら家中のカーテンを閉めよう。

ーー....って、よく考えたら家の鍵閉まってるんじゃ...?

「...はる」

名前を呼ばれ玄関方向を見ると、そこにはシャベルを片手に誇らしそうな顔をした胡桃先輩と完璧に開いた家の扉があった。

ーー手際が良い...!後ドヤ顔可愛い...!

どうやら準備は万端だったらしい。

本当に幼児退行しているのか疑いたくなるくらいの手際の良さを見せつけられ、私は若干圧倒されながら室内に入っていく。

勿論中に人が居ないのだから電気は付いておらず、落ちかけている日の光も合わせて所々に影が出来ている。

ーーカーテンは...よし。

廊下の奥のリビングにカーテンの存在を確認し、そのまま履いていた靴を脱いで揃える。

「先輩あの、洗面所とかって」

「こっち」

胡桃先輩が指差したのは玄関から一番近くの部屋、中に入ってみると奥にお風呂も見えた。

私は洗面所の前に立ち、ゆっくりと蛇口を捻る。

すると特に変わり映えのしない水道水が蛇口から流れ出てきた。

ーー....うん、大丈夫そうかな。

後ろに立っている胡桃先輩が手を洗いたがっているのが伝わってきたので、私は素早く両手をキレイに洗っていく。

そうしてポケットのハンカチで手を拭きつつ、目的のリビングに足を踏み入れた。

本来こういうのは家主に案内されて向かうのが筋なのだろうが、今の状況でそれを気にする程の余裕を私は持っていない。

とは言っても人の家の物を勝手に動かすのは流石に気が引けるので、まずは窓から離れたキッチンで電気が付くかの確認をする事にした。

壁に設置されたボタンを押すと、特に問題なく電気が点灯する。

ーー良かった。

これなら今日一日過ごす事に問題は無さそうだ。

「はる、どうしたの?」

遅れてリビングにやってきた胡桃先輩が、私に駆け寄りながらそう尋ねてくる。

ここは素直に話すべきだろう。

「先輩、カーテンを閉めても良いですか?」

「...どうして?」

「実は最近怖い人が多くて、電気が付いてるのを見ると近づいてくるんです」

「そっか、じゃあ一緒に閉めよ?」

車の中で考えていた言い訳が上手く通った様で、先輩は特に疑う事も無く私の手を引いて歩き出す。

その姿が不意に妹のそれと重なったが、相手は年上なので何だか変な気分だった。

 

 

 

真っ暗な住宅街を歩く、1人の人間が居た。

その暗さが生存者の少なさと被害の大きさを表していると同時に、道の中央を歩くその人物はあまりに異質な存在だった。

ふとその人物が足を止め、前方の一軒家に目を向ける。

「....」

その一軒家からは僅かに光が漏れている、これだけなら電気を付けたままの家があったとも捉えられるが問題は僅かに漏れている点。

明確な意図を持ったその行為に勘付いたのか、人影は静止した。

「....ふっ」

 

 

 

ピンポーン、という聞こえる筈のないインターホンの音。

それを聞いた瞬間、全身に鳥肌と寒気を覚えた。

「く、胡桃先輩は後ろに!」

リビングでくつろいでいた私は慌てて立ち上がり、胡桃先輩を下がらせたまま玄関の様子を見た。

「.....」

数秒耳を凝らしても、扉を引っ掻く音や呻き声は聞こえてこない。

ーー彼らじゃない...となると、人...?!

カーテンで隠してもやっぱり光が漏れてた...?まずい、もし大人数で襲われたら抵抗出来る気がしない、どうしよう...

私は不安感からもう一度胡桃先輩に目を向けると、彼女はいつの間にか両手でシャベルを構えていた。

「...え?な、何してるんですか先輩?!」

「へっ、あ!」

慌てた様子でシャベルが手から離れ、宙を舞って床を滑っていく。

「...居るんだろう?少し話を聞いてくれないか?」

「ッ!!」

ーー女の人...だった。

玄関の方から聞こえてきたのは確かに女性の声だった。

その声色から敵意は感じないが、だからと言って油断出来る訳が無い。

「...胡桃先輩、私行ってきます」

胡桃先輩への報告と共に私は出来る限り足音を殺し、玄関前まで移動した。

ーー覗き穴...覗いた方が良いんだろうけど...

覗き穴に刃物を突き立てたりする人が居る、覗き穴を覗いた瞬間光が遮られるので外側からでもバレる。

そんな話を唐突に思い出してしまったせいで、覗くに覗けなかった。

この状況、どうするべきか。

このまま何もしなければ相手のペースになる事は間違いない、どのみちこちらからアクションを仕掛ける必要がある。

ならば、敢えて此処は相手の予想外を狙う。

「貴方の....名前はなんですか」

 

「....ふむ、名前か....小生の名はスミコだ」

 

ーー小生....スミ...コ?!スミコって?!

その特徴的な話し方と名前で、すぐに思い出す事が出来た。

彼女は原作のがっこうぐらし!に登場する聖イシドロスの生徒スミコ、作中では大学を気まぐれで去って以降行方不明扱い、その後生存が確認された所を見ると物凄いサバイバル能力を持っていたに違いない。

原作では数コマの出番しかなかったがキャラクターとしては超強烈、一人称が小生で酒豪のゴスロリ大学生だ。

まさかそんなスミコさんと初めて出会うのが胡桃先輩の家になるなんて。

「スミコさん、ですね」

まともな人かはともかく、ほぼ確実に信用しても良い人だ。

唯一の不安点は彼女がスミコさん本人ではない可能性くらいだけど...

私はその可能性を頭に入れつつ、玄関を開けてその彼女を正面に捉えた。

ーー....み、見事にゴスロリ、こりゃ本人だ。

何故か血痕一つ付いていない綺麗な衣服の彼女は何故か日が沈んでいるのに傘を差しているし、何故か手荷物の様な物を一切持っていない。この人本当に何者なんだ。

「おお、まさか美しい姫君が出迎えてくれるとは...」

「....とりあえず一旦中に入ってくれますか?いつまでも外で話すのは危ないので」

「こんな見るからに怪しい人間を住居に招き入れるなんて、少々警戒心が足りていないのではないかい?」

ーー自覚あるんですね...

「何となく大丈夫だと思っただけです、どうぞ」

「それでは遠慮なく、失礼するよ」

 

 

 

リビングの椅子に腰掛けたスミコさんは、私と胡桃先輩を交互に見た。

先輩には悪い事をしてしまったけれど、きっと本来の彼女なら困っている人を助ける筈だと結論付けて強引にその感情を押し退けた。

「それでその、どうしてこの家に?」

「ただ人類の叡智が眩しかっただけさ」

ーーやっぱり光が漏れてたんだ...1日くらいなら大丈夫だと思ったんだけど...

自身の詰めの甘さを反省しつつも、結果としてスミコさんと出会えた事は非常に価値があった。

「スミコさんは今までどうしていたんですか?」

「...我が学舎、大学での抗争に飽きて散策をしていた」

やっぱり、この世界でも大学内で争いが起きてるんだ。

私が価値があると感じた理由はわりかし単純で、聖イシドロス大学の存在を確認出来たから。

実写版世界で描かれていない脚本の先、それが原作をなぞっているのだと知れたのは非常に大きく、今後の行動の指標にもなる。

「して、次は其方の話を聞かせてもらえるかい?」

「あ、天音春です。高校2年生です」

「天音....春か、良い名だ」

「ありがとうございます....それで、こちらが恵飛須沢胡桃先輩です。同じ高校の3年生です」

「恵飛須沢....ふむ、どうして天音くんが?」

私は隣の胡桃先輩をチラリと見て、彼女の様子を伺う。

やはりスミコさんを警戒しているらしく、じっと目線を下げシャベルを抱えたまま動こうとしない。

ーー...素直に話すべきだよね。

「実は先輩、色々あって精神的にその...幼児退行みたいな感じになってしまって...」

「幼児退行...成程、どうりで家主が出てこない訳だ」

スミコさんが言っているのは先程の事だろう。

恐らく先に表札から恵飛須沢という情報を手にしていて、出迎えた私の名前が天音だった事が引っ掛かっていたのだ。

「...ところでそのシャベルは?」

「えと...先輩の形見みたいな物です」

ーーそういえば先輩、さっきシャベル構えてたっけ...

そうしてお互いの自己紹介が済み、無言の時間が訪れる。

スミコさんはリビングを確認する様に何度か目を左右に向けて、私に質問を投げかけてきた。

「どうやら君達は此処を城としている訳じゃなさそうだね」

「え、まあそうですね」

殆ど情報の無さそうなリビングの何処を見てそう判断したのかは分からないが、それが合っているのだから凄い観察力だ。

「聞かせてもらえるかい?」

「勿論です。実は私達巡ヶ丘高校で生活してて、今は出掛けている最中なんです」

「巡ヶ丘か....とすると表の車は?」

「うちの先生の車です、ショッピングモールに向かうつもりなんですが結構遠いので」

「わざわざ遠征するって事はただの物資集めでは無さそうだね」

「...友人が2人ショッピングモールに居て、助けに行く途中なんです」

「そうか、無事である事を祈っているよ」

「ありがとうございます」

私の返事を聞いたスミコさんは、少し考える仕草を見せた後に口を開いた。

「...一つ小生から提案があるのだが、よろしいかな?」

「は、はい」

突然の提案に面食らってしまったが、何とか返事を声に出す事は出来た。

「小生を此処に住ませては貰えないだろうか?」

「えっ?」

驚きの声を上げたのは、隣に座っていた胡桃先輩だった。

あまりに突拍子のないその提案は、まだ良いか悪いかを判断する以前の段階だ。

「理由を、聞かせてもらっても良いですか」

「小生は此処に辿り着くまでに、様々な土地を歩んできた。しかし一期一会以前の段階、何処へ行っても出会うのは彷徨える者達のみ」

「...」

「君達も理解出来るだろう、この世界における生者の価値を」

「つまり...自分自身の居場所を教える為って事ですか」

「そうなるね」

「で、でもそれならうちの学校で...」

「君達の乗ってきた車は4人用、信用の無い小生が入り込める余地は無い。それにわざわざ1人の為に往復するのもガソリンの無駄だろう?」

ぐうの音も出ない正論だった。

もしスミコさんを連れて行こうにも彼女が信用出来る人物だと知っているのは私だけで、それを証明する手段は無い。

第一圭ちゃんと美紀ちゃんの救出が最優先事項の今、極力時間を無駄にしたくない思いもある。

その点この提案なら私達はスミコさんの居場所を把握出来ているので、もしもの時には一方的に助けを求められる。

つまり現状私達にとって得しかない提案と言ってもいい。

ーー強いて言うなら胡桃先輩がどう思うかだけど。

自宅に見知らぬ人間が住むのを許可するというのは、パンデミックの前後に関わらず抵抗はあるものだ。

ーー今胡桃先輩に聞いても...いや。

どんな状態であっても胡桃先輩は胡桃先輩だ、それに今の家主は彼女なのだから仲間外れにする訳にはいかない。

「胡桃先輩、どうですか?」

ーーまあでも流石に嫌d

「いいよ」

「良いんですか?!?!」

「話が早いね恵飛須沢胡桃くん、感謝するよ」

「き、決まっちゃった...」

私が思ってるより胡桃先輩の幼児退行レベルが浅い?いやでも私以外には人見知りしてるし...どういう事なんだろ。

やはり明確に原作の由紀先輩とは異なる方向の幼児退行、学校に戻ったら胡桃先輩の状態をしっかりと確認する必要がありそうだ。

ーー...あ。

ふと壁に掛けられた時計に目を向けると、短針が8を指していた。

「すみません、車の荷物取ってきますね」

「良いのかい?小生が取って逃げ出す可能性だってあるだろう?」

「それを言ってくれるなら大丈夫ですね」

「ふふっ」

少し嬉しそうなスミコさんの笑みを横目に、私は玄関の鍵を解除し扉を開けた。

 

 

 

月明かりが照らす室内で、私は懸命に感情を抑えていた。

怒りと憎しみと悲しみと後悔と....一体この感情をどう処理しろと言うのだろう。

春がいじめを受けていたかもしれない、そんな事を聞いて黙っていられる訳がない。

それなのに佐倉先生は本当かどうか分からないから、と念を押してきたのでその不確定情報を与えたのは誰だと反抗したくなった。

怒りは6秒がピークとか聞いた事があったが、最早それの100倍はピークが持続している感じもする。

 

『原田さんが言うには私の身代わりになってくれたりもした....って』

 

「...高城真帆....ッ!」

ーー駄目、落ち着け、落ち着け....

自分で自分の身体を必死に抑える、なんて不気味な光景だろう。

しかしそうでもしなければ、今頃私は彼女を....

 

『行ってきます』

 

「....まだ」

まだ駄目だ、春が悲しむかもしれない。

私の最優先事項は義理の妹、冷静になれなくてもならなくては姉として顔向け出来ない。

そう結論付けた瞬間、私は窓を閉め忘れていた事に気が付いた。

涼しい夜風が私の頭を多少は冷やしていた様で、結果その効果は実感出来た。

春が2人の生存者と恵飛須沢さんを連れて無事に帰ってきてくれればそれだけで良い。

私が今考えるべきはその後の行動だ。

春が連れてくる予定の2人の生存者は、私も把握している。

祠堂圭と直樹美紀、クラスメイトで友人の彼女達なら春のいじめについて何か知っているかもしれない。

高城真帆に聞かれてもはぐらかされるだろうし、春は優しいからきっと高城真帆を庇う筈。

しかしあの2人、特に直樹美紀は私の知る限り論理的な人間だ。

彼女なら恐らく真実を教えてくれる、だから今は待つのが正しい選択。

ーー....でも、だったらどうして春は高城真帆を...

 

 

 

「....えーっと」

思わず口から溢れた困惑の言葉は、彼女達に届く前に消えてしまう。

ーーなんか帰ってきたら2人共仲良さそうなんですけど?

私が困惑した理由、それはスミコさんの隣に胡桃先輩が移動していて尚且つ先輩に緊張や警戒の色が見て取れないからだ。

「おや、遅いと思えば随分な荷物だね」

スミコさんはそう言いながら立ち上がると、私が前に抱えていたバックを持ち上げた。

「あ、ありがとうございます」

「住まわせて貰うのだから当然さ、中には何が入っているんだい?」

「えーと....水と食料と服と...まあその辺です」

「それは確かに大切だね、よいしょっ」

スミコさんはリビングの端の方にそのリュックを置くと、先程まで座っていた椅子に戻った。

「あの、一つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

「胡桃先輩と何かお話したりとかって」

「勿論させてもらったよ、家主に挨拶は必須だからね」

隣に居る胡桃先輩も、特に否定する事無く静かに座っている。

私も先程の位置、スミコさんの正面に座り直し一息つく。

「さて、改めて自己紹介をさせてもらってもいいかな?」

そしてそれを狙ったかの様に、スミコさんは口を開いた。

「どうしてですか?」

「完全な信用を勝ち取るには身の上話に限るだろう?」

「....成程」

「こほん。小生の名はスミコ、聖イシドロス大学の生徒だ。大学を出る前は穏健派という派閥の様なものに入っていた」

「穏健派、ですか?」

この辺りは原作通りなので私は把握しているのだが、彼女の言う信頼の為、そしてまだ知らない知識があるかもしれない点も踏まえて大人しく受け手側に回った。

「当初は皆混乱するばかりだったのだが...その内一部の生徒が仕切り始めてね、それが武闘派と呼ばれる者達。名前通りの武装集団さ」

「スミコさんは入らなかったんですか?」

「いや、最初は小生を含めた穏健派の者達も武闘派だった、というより元々は武闘派しか無かったと言う方が正しいか。だが次第に戦えない者達を追放する様になり、小生はその醜い光景に嫌気が差して大学の別区域で暮らす様になった」

「それが穏健派なんですね」

「どちらも名ばかりの派閥さ....全くね」

その複雑そうな表情から、私の中で一つの疑問が浮かび上がった。

「...あの、どうしてスミコさんは大学を出たんですか?」

これは原作でも語られていない、彼女という存在だからこそ答えられる質問だ。

「...本来はすぐ戻るつもりだったのさ」

「えっ?」

「予行練習と言った方が分かりやすいか、あの場は恐らく心地良いのだろうが小生には未来が見えなかった」

ーー....あっ。

思い出した、というよりようやく気が付いた。

本来スミコさんが大学を出るのは穏健派の人達と仲良くなった後、そしてそれはこのパンデミックが起きて暫く経ってからだ。

つまり本来彼女達と深める筈だった友情関係を深めず、此処に来てしまったという事。

ーーまずいかもしれないっ...どうしよう。

意図せず原作とは違う道のりを歩ませてしまったせいで、この先の展開が崩れてしまうかもしれない。

スミコさん自身は殆ど関わらないんだから大丈夫、と言えれば良かったけれど一つ何かが変わっただけでそれぞれの人生は大きく変わってしまう。

それは私が身を持って感じている事だった。

 

 

 

「お風呂っ、お風呂っ」

即興で使った謎の歌を歌いながら、私は洗面所に向かっていく。

自分でも気味が悪いくらいにテンションが高いのには、しっかりとした理由がある。

ーーなんてったって湯船だもーんっ!!!!

あの後スミコさんと胡桃先輩と共に家の設備を確認した結果、お風呂でお湯を沸かせる事が分かったのだ。

ここ数日のお風呂はシャワーだけで、暫く湯船に浸かっていない。

そんな最中舞い込んだ二度と無いチャンスに、私の心は躍っていたのだ。

ーーいつまでも悩んでちゃ仕方ないよね、お風呂〜っ!!!

何か忘れている様な気がしつつも、そのままの勢いで洗面所の扉を開く。

「お風呂〜!」

 

「へっ?」

 

「....あっ」

扉の先に居たのは、素肌を全て晒した状態の胡桃先輩。

肌は健康的な色合いで、ほのかに....

ーーああ、胡桃先輩が先にお風呂入るって事、すっかり忘れてたなあ。

....

...

..

 

「ごめんなさああああい!!!!」

幼児退行しているという事実も重なって、余計に犯罪めいた何かを感じてしまうのだった。

 

 

 

翌日、私が目を覚ますと既にスミコさんはリビングで寛いでいた。

改めて予測出来ない人だと感じつつ、胡桃先輩の起床に合わせて朝食をとった。

学校から持ってきていた缶詰やパンでも案外充実した食事になったが、それでも物足りなさは感じてしまった。

そうして朝食から少し経ち、今はモールへの出発準備をしている。

そこまで散らかさなかった事とスミコさんが残るという事もあり、掃除等にあまり時間は取られなかった。

「...そうだスミコさん、幾つか食料を置いていきましょうか?」

「いや、住まわせてもらうだけで充分さ」

「そうですか...冷蔵庫にもまだ使えそうな食品が残っていたので、後で確認してみてください」

「そうするよ」

スミコさんを置いていく事に罪悪感の様なものはあった。

と言っても彼女自身もし佐倉先生の車が5人用でもきっと同じ選択をする筈なので、あくまで私の一方的な感情なのだが。

「...それじゃあスミコさん、その」

荷物を全てまとめ終え、いよいよ出発の瞬間。

「ああ、色々と感謝するよ」

「こちらこそその、ありがとうございました」

「家を借りている側の人間がこういうのもおかしいが、何かあったら是非頼ってくれたまえ、必ず力になってみせよう」

「はいっ!....また会いましょう」

「ふふ、また、か....次に出会った時、君達が救助しに向かう2人も一緒だと助かるな」

「ッ〜!」

あまりにも温かい言葉を投げ掛けられ、私は思わず涙腺が緩んでしまう。

それを隠す様に頭を下げたが、きっとスミコさんにはバレバレだ。

「恵飛須沢くんも頑張りたまえ、再会を楽しみにしているよ」

「....はい」

「それでは、行ってきます」

 

 

 

物音一つしない静かなリビングで、スミコは笑みを浮かべた。

「春くん、君は正に苦労人...罪な人間とも言えるね」

何もかも見透かした様な瞳が、手にしているコーヒーを飲むと共に閉じられる。

「恵飛須沢くん以外にも何名かたらしているんだろう....いやはや、小生も付いていくべきだったか」

空になったマグカップを机に置き、スミコはゆっくりと立ち上がった。

「...さて、戻ろうか。我が学舎に」

 

 

 

ほんの少しずつ心音が大きく早くなっていく。

原因は既に分かりきっていたが、今更それ避ける事は出来ないししたくない。

ーー緊張...してるんだ....私....

リバーシティ・トロン。

5階建ての大きなショッピングモールで、原作においては学園生活部と美紀ちゃんが初めて出会った場所。

何度か美紀ちゃんや圭ちゃんと共に訪れた事があるので何となく内装の理解は出来ているが、それでも完璧には程遠い。

上手く彼らを避けながら胡桃先輩を連れて2人を助けられるか、その不安が全て緊張に変換されていた。

「...あった」

運転に集中しつつ周囲を確認していると、目的のショッピングモールが見えてきた。

今は大体13時過ぎだろうか、彼らの数が少なければ嬉しいのだが微妙な時間帯だ。

彼らは生前の記憶に沿って行動する為、この時間帯は人によっては昼休憩の可能性がある。

ーー集まってなきゃ良いけど...

このショッピングモールでの最優先事項は2人の救出、次いで食料や衣服等の確保だ。

原作、アニメでは夕方頃から彼らが大きく増えた印象があったので、それまでには全て終わらせておきたい。

まずはエスカレーターを登って2人の隠れてる部屋に行く、そして2人の様子次第で探索するかどうか決めよう。

「先輩、もう到着しますよ」

「うん」

胡桃先輩の精神状態も今の所問題無い、やはりシャベルを抱えているからだろうか。

学校に居た時と今で何が違うかを昨晩自分なりに考えた結果、そんな仮説が生まれていた。

学校では私が武器として使っていたが、もしかすると胡桃先輩に預けていた方が良かったのかもしれない。

ーー....私はバットもあるしこのままで良いかな。

「先輩、降りたらなるべく私から離れないでくださいね」

 

 

 

聞き慣れない音が聞こえた。

それは奴らの呻き声でも壁を引っ掻く音でも、太郎丸の歩き回る音でもない。

私は窓際につけた背を離し、何となく耳を澄ましてみた。

ーー....近付いてきてる?...何だろ....エンジン?

私は良い加減飽きてきた窓から見える景色よりも下、遥か遠くの地面に目を向ける。

「...赤い....車、車だ」

「....え?」

無気力に寝転がっていた圭が、私の声に久しぶりに反応した。

「ほら下のあれ、あの車って」

近付いてきた圭に車の位置を指し示すと、彼女は声にならない声を上げた。

「見た事あるよね?あの車」

「....う、うん。学校で」

「...春だ」

彼女は学校の車、それも佐倉先生の車に乗ってくると言っていた。

佐倉先生の車は校内でも有名な赤いミニクーパー、間違いない。

「....る...」

「圭?」

「は、る.....春!!」

「えっ?!圭!!!」

突然走り出した圭は、そのまま扉の前に置いてあった段ボールを乱暴に退かし始めた。

「は、春がっ!春がっ!」

「...ど、どうしたの?!」

「春っ!!春ッ!!」

「わんっ!わんっ!」

「うるさい!!!」

「っ....圭?!圭待って!!」

本能的に危険を察知し吠え始めた太郎丸に怒りを向けた圭は、そのまま扉を開けて走り去ってしまう。

ーーあんなに太郎丸を可愛がってた圭が....違う、それじゃない。今はえっと....あ、け、圭が出て行ったんだ....

私はそのあり得ない出来事の連続によって、頭と身体を動かせずにいた。

「わんっ!」

「?!」

そんな私の金縛りを解いてくれたのは、太郎丸だった。

ーーいつまでも座ってる場合じゃない、圭を探さないと。

「太郎丸、ありがとう」

私は太郎丸を軽く撫でてから、自分のバッグに出来る限りの食料と水を詰め込み始めた。

ーー焦るな、落ち着け、順番だ。

今焦って追いかけてたとしても、圭の足跡に反応した奴らが既に道を塞いでいる筈。

そして恐らくあの車は春の車、という事は遅かれ早かれ此処から出る必要がある。

つまり今は身支度が最優先、出来るだけ役に立てる様に荷物を整理した上でまとめるんだ。

今まで聞こえてこなかった時計の針の音と心臓の音が、明確に聞こえ始めた。

 

 

 

吹き抜けとなっている天井からの太陽光のみが室内を照らし、足元に少し気を回す程度には薄暗い。

地面には何処からか落ちてきたであろうガラスの破片と血痕、そしてピアノコンサートのチラシが散乱していた。

見る影も無くなった内装に胸の痛みを感じつつ、私と胡桃先輩はゆっくりとエスカレーターへ歩いていく。

目視出来る限りでは1階に5人、ただその数倍の数は内部に潜んでいるだろう。

「エスカレーター故障中みたいなので気を付けてください」

「うん」

原作でもあった言葉を誤魔化しに使いながら、2階に繋がるエスカレーターに足を掛ける。

数歩登ってみると明確に音が鳴ったが、これくらいの大きさなら走らなければ大丈夫な筈だ。

そうして階段を登りながら、私は2階の様子を確認する。

ーー...居ない。

想定していたより彼らの数が少ない様で、私は安堵の息を吐いた。

 

「いやああああああああああ!!!!!」

 

「?!?!」

「ッ?!」

突然モール内に響き渡った少女の悲鳴。

その声の主は、一瞬で理解出来た。

「...圭ちゃんだ」

ーーなんでいきなり...?もしかしてあの部屋に入られた?!

「ッ!!」

「へっ?く、胡桃先輩?!」

私が呟いた直後、隣に立っていた胡桃先輩が突然走り出した。

あまりにも予想外だった為、脚が追い掛けようと動き始めるまで数秒のタイムラグが生じてしまう。

「待ってっ」

既に3階に到着した胡桃先輩は、そのまま奥へと走って行ってしまう。

「胡桃せんぱっ....」

咄嗟に大声で引き留めようとしたが、寸前でそれを抑えた。

駄目だ、今声を出したら彼らを集めてしまう。

上階から聞こえた圭ちゃんの悲鳴に反応したのは恐らくその階の一つ下まで、1階の彼らに動きはない。

けれど私が此処で大声を上げてしまったら、その彼らまで引き寄せかねない。

これが一方通行ならそれでも叫んだのだが、私達は1階に降りなければならないので抑える他無かった。

「はぁ....はぁ....」

陸上部時代全く追い付かなかったその脚は全く健在らしく、私が完全に3階に上がりきった頃にはもう先輩の姿は無かった。

ーーやっぱり....速いな....

「春?!」

「ワン!」

「えっ?!わっ!!」

今度は私の背後、4階に繋がるエスカレーターの上部から名前を叫んだのは美紀ちゃんだった。

よく見ると腕に太郎丸を抱えている彼女は、慌ててエスカレーターを駆け降りるとそのまま私に飛び込んできた。

「春っ!春!!....良かった....」

「み、美紀ちゃんも無事で....圭ちゃんは?」

安堵し掛けた私に再び緊張感を呼び戻したのは、美紀ちゃんと太郎丸だけだったからだ。

てっきりあの部屋が破られたのかと思っていたが、2人がそれぞれ別々に行動しているという事はつまりそうでは無いという事。

「あっ、圭がその、急に部屋を飛び出しちゃって!」

ーー圭ちゃんが...?

「分かった、すぐに探そう!」

「う、うん」

慌てて私から離れた美紀ちゃんは、そのまま周囲を見渡して口を開いた。

「...圭の声が聞こえたのは下の階からだった、だから4階より下だと思って」

ーー私達は2階で上からの悲鳴を聞いてる、胡桃先輩は3階の奥に走って行った...

「3階で間違いないと思う、行こう!」

「分かった」

私の伸ばした手をしっかりと掴んだ美紀ちゃんは、やや息を切らしながらも再度走り出す。

恐らく彼女が持っているバッグのせいなのだが、今それを代わりに受け取る余裕は無かった。

「ッ!」

胡桃先輩が向かった方向に進むと、そこには既に彼らが集まり始めていた。

ーー数が多い...でも集まってるって事は絶対この先だ...!

「美紀ちゃんは少し下がってて、私がっ

「ワン!!」

「?!」

「太郎丸っ!!」

美紀ちゃんが抱えていた太郎丸が突然走り出し、彼らの中に入っていく。

ーーまずいまずいまずいまずいっ!

「くっ!」

私も後に続き、1番手前に立っていた奴にバットを振り抜く。

「っあああ!!!」

気分の悪い感触と共にそれは地面に倒れ、そのまま動かなくなった。

ーー次だ...!

「はああああ!!!!」

「ワンッ!!!」

「なっ?!」

彼らの群れに近付いた瞬間、その群れが一気に崩壊した。

一体何が起こったのか、中心に立っていた人物を見てすぐに理解出来た。

 

 

 

「....胡桃...先輩?」




ここ数ヶ月がっこうぐらし!の2次創作小説を書いている人が減ってしまっているのが悲しくもありつつ、ようやく二桁話数まで辿り着けました。
やはり仕方ない事なのですが、周囲の更新が滞るとモチベーションは若干ですが下がってしまいますね。
私としてはある程度の区切りまでは書いていくつもりではあるので、気長にお待ちいただければと思います。
これを読んでいるがっこうぐらし!ファンの方、もしくはそれ以外の方々も是非がっこうぐらし!の2次創作を書いてみてください、私が喜びますっ!!
そしてご感想については非常に励みになっています!気軽に送ってくださると私が喜びますっ!!
それでは、どうぞこれからもよろしくお願いします。

追記 今後の更新日時については活動報告を順次ご覧ください。
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