目が覚めるとがっこうぐらし!(実写版)の世界だった。   作:RNKI

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第11話 あやまち

夢を見た、ハッピーエンドの夢だった。

校舎の片隅、見慣れた教室に春が居て、それを見つけた瞬間何故かとても嬉しくなって。

それで春はずっと苦しそうだったから、私が手を引っ張りながら言ったんだ。

「もう、泣いても良いんだよ」って。

この夢は多分、私の願い。

私はこの世界で、春と2人きりで生きたいのかもしれない。

春が苦しんでるなら、きっと...

 

 

ーー...んん。

狭い、薄暗い。

目を覚ましても眩しさを感じず、私は直感的に夜なのだと判断した。

腕の中には太郎丸が眠っていて、果たして抱えたまま眠ったのか太郎丸が自ら入ってきたのか。

天井はここ数週間眺めていたそれとは少し異なっており、寝転がったまま辺りを見渡してみても周囲の風景に見覚えはない。

その見覚えのない部屋は圭と住んでいた部屋よりも更に倉庫感が増しており、辺りにはダンボールが積み重なっている。

ーー...何処だろう、此処。

春と合流した所までは覚えているが、その先が曖昧だ。

状況を把握する為思考を巡らせていると、僅かな月明かりによって出来た影が動いた気がした。

瞬時に気を張り詰めるが、聞こえてきた声によってそれもすぐに解けた。

「...どうして...っ、もう夜なのに...!」

聞こえてきた声は、間違いなく春のものだった。

ーー良かった...

私は安心感と共にその影を見つめるが、肝心の彼女は薄暗い中でも分かるくらいには焦りを表に出し、そして涙を流して震えていた。

「どうしよう...どうしよう...!」

ーーは、る...?

今まで見た事が無かった、天音春という人間の弱さ。

それを全面に出している彼女を見た瞬間、自然と私の身体は動いていた。

 

「っ?!み、美紀ちゃ?!」

 

春を背後から抱き締め、耳元にそっと囁く。

「大丈夫、安心して」

「えっ...?」

柔らかく美しい髪を撫で、背中を優しく摩る。

「私は春の味方だから」

私の言葉に反応して、身体を小刻みに動かす春。

腕の中の彼女は、とてもか弱いものに見えた。

ーー....

未だ目に涙を残し、困惑と安堵の混ざった表情で私を見上げてくるその姿に、身体の何処かが確かに痛んだ。

「....みき...ちゃん」

あまりにもか細いその声を聞いた瞬間、私の心に場違いな感情が生まれた。

 

ーー春...可愛い。

 

 

 

私が春と出会ったのは、高校入学初日。

あの圭が連れてきた子にしては少し大人しめで、まあ仲良くなれない事もないだろうというのが正直な第一印象だった。

その後暫くは圭を通しての会話が続き、きっと彼女も変わり映えしない友人の1人になるのだと思っていた。

転機は圭の誕生日プレゼントを買いにショッピングモール、今まさに私達が居るリバーシティトロンで待ち合わせた時の事。

初めての2人きりはろくに会話も出来ず、互いに気まずさを隠すばかり。

そんな私達の架け橋となったのは、春に誘われた本屋で見つけた小説だった。

思えば春の趣味なんて考えた事も無かった、というよりその思考に辿り着く程深く考えいなかったというのが正しいかもしれない。

我ながら冷めた人間だと感じるが、だからこそ逆に春との仲を深められたのだと、今では思えている。

春と小説という部分で共通点が出来た私はそれから、映画を観に行ったり、家に遊びにきてもらったり、気が付けば私の定めていた友人のラインを大きく超えていた。

きっと私は嬉しかったのだ、圭以外の本当の友人が出来た事が。

だからこそ、大切にしたかった。

1年生の終わり頃、春はクラス内のいじめに首を突っ込んだ。

誰もが見て見ぬふりをし、標的になる事を拒む。それがいじめが無くならない理由の一つ。

そんなリスクなんて知らないとばかりに進む春は、とても眩しかった。

眩し過ぎて、その背中を追えなかった。

だから春を助ける事も、彼女を否定する事もせず、何もしない選択肢を選んだのだ。

 

私には今もその後悔がある。

そして目の前には、光を失いかけた春が居る。

今度こそ私が春を助けたい。私が手を引っ張って、安心させてあげたい。

ーー此処に、私が居るって。

これは私にしか出来ない、私だけの特権。

何故なら私はこの狂った世界において滅多に存在しない、正常な人間だからだ。

パニック状態でも電話越しに春との情報共有をし、圭が出て行った時も冷静に取捨選択が出来ていた。

だからーー

 

『2人だけしか知らない事とか、あるんじゃないの』

『っ...そんなのある訳ないでしょ、何言ってるの?』

 

ふと、一度だけムキになってしまった事を思い出した。

あの時の怒りの原因はストレス?違う、ならもっと直接的な怒りになる筈。

 

....春との2人きりを、邪魔されたくなかった。

 

いや、そんな訳ない。

何故なら私は冷静で、正常な人間だから。

 

ー怯えてて、可愛い。

 

だから、春を助けられるのは私だけだ。

 

 

 

私達は、どうすればこの先も生きていけるだろう。

保健の教師として精神的な方面の知識もある程度持ち合わせているつもりだったが、私は恵飛須沢さんの異変に気付けなかった。

だからこそ私は今学校に残っている生徒達と向き合って、適切に対処していかなければならない。

そうして感じた事は、私を含め全員が日々精神を擦り減らしながら生活しているという事だった。

括りを変えてみれば同じ建物内に奴らが存在している、あのバリケードがいつ壊されるか分からないし、自分達が生きていける目処も立たない。

そして何より、天音さんと恵飛須沢さんが本当に帰ってこられるのか分からない。

そんな不安の渦中に置かれているこの状態が続くのは非常に良くないのだが、だからと言ってそれを回避する手段は存在しない。

考えても答えの見えない問題に嫌気が差し、私は椅子から立ち上がる。

ーー...これから、どうなるんだろう。

この先を想定出来ない今は、ただ天音さん達の帰りを...

 

『今は、有難いです』

『有難い?』

『こうしてると、外の事考えなくて済みますから』

 

瞬間浮かび上がったのは、天音さんに車の授業をした時の記憶。

あの時は私の愛車の話と久々に授業が出来るというワクワクから少々空回り気味だったが、それでも楽しいひと時だった。

そしてそれは天音さんも同じだったらしい。

ーー...外の事を、考えなくて済む。

そのあまりにも魅力的な要素を、生徒達に共有出来ないだろうか。

これが現実逃避になってしまうという事は重々承知している、しかし同時にそれをしなければ破滅の道を辿る事も目に見えている。

人間にとって大切なものは何も身体だけではない、心だって重要だ。

健康とはそれらの問題が無くなった時初めてそう呼べるのだろう。

「授業...してみようかな」

教えられる教科は限られているけれど、此処は学校だ。他科目の教科書だって沢山保管されている。

ーーあ、でも...

よく考えてみれば、丈槍さんの様に勉強が嫌いな子や若狭さんの妹さんも居る訳で。

これが授業だけだと逆効果になってしまう可能性もある。

ーー授業だけじゃなくて、もっと広い意味なら。

学校に所縁のある、誰もが楽しめそうな何か。

ーー例えば...

 

「部活動....とか」

 

 

 

ーー....良い匂い....はっ?!

私が慌てて飛び起きると、正面に座っていた美紀ちゃんが静かに微笑んだ。

月明かりに照らされた彼女はその表情も相まって、とても美しく見えた。

「あ、えと」

「具合は大丈夫そう?」

そう言われてすぐに、眠る直前の記憶が浮かび上がってきた。

「うん、もう平気だと思う」

ーーそれにしても...まさか同い年の友達に甘える事になるなんて...

恥ずかしさが段々浮き上がってくるが、それを気にしている場合ではない...幸せだったし...。

ともかく、今は胡桃先輩達と合流して脱出...が最優先なんだけど。

私が美紀ちゃんに寄り掛かった理由、それは彼らの動きにあった。

通常であれば彼らは夜になると生前の記憶を元に家に帰る、私はその読みで夜の内に物資を集めつつ合流しようと目論んだのだが、モール内の彼らは減るどころか寧ろ増えていた。

正直理由は分からない、けれどそれについて考えるのも悩むのも先程美紀ちゃんが終わらせてくれた。

「美紀ちゃん、2人と合流しよう」

「それは...でもどうやって?居場所は分かるの?」

「ううん、でも合流する方法ならあるよ」

「本当?」

「勿論、でもその為に必要な物があって...それに学校に持って帰りたい物もあるし...だから、美紀ちゃんに手伝って欲しいんだ」

 

 

 

「ごめんなさい先輩、私のせいで...」

ショッピングモール内の一店舗、そこに私と恵飛須沢先輩は身を隠した。

ーー...此処、あの時と同じお店だ...

振り向くと私と美紀が当時隠れた更衣室があり、少し懐かしい気分になった。

ようやく冷静さを取り戻し、周囲の状況を理解出来る程度にはなったけれど、関係ないと言わんばかりに恵飛須沢先輩はシャベルを抱えたまま依然として一言も話してくれない。

ーーやっぱり...怒ってるよね....

あの時恵飛須沢先輩が助けてくれなければ、私はきっと死んでいた。

そもそも私が部屋を飛び出したりしなければ、今頃合流出来ていた筈なのに。

まるで自分が自分じゃないみたいに、身体が勝手に動いてしまっていた。

その結果皆を巻き込んで、危険な目に遭わせている。先輩が怒るのも当然だろう。

後悔ばかりが押し寄せてきて、私の心を蝕んでいく。

ふと脳裏に先程の光景が浮かんだ。

 

『美紀ちゃん!』

『は、春!』

 

手を繋ぎ、半ば抱き合う様な形で離れていった2人。

美紀は春の役に立って、手を繋いで....

ーー....役に立たないと。

私は手当たり次第衣服を掴み、近くにあったカゴに入れていく。

これ以上春に迷惑は掛けられない、少しでも役に立たなければならない。

焦りによって手が空回るが、それでもひたすらに手を動かす。

 

「 」

 

「えっ?」

何処かから、微かに音が聞こえた。

それは、ワンフレーズで理解出来る程聴き馴染みのある歌。

私は一度手を止め、じっと耳を凝らした。

ーーこれって....美紀?!

 

We took each other's hand。

私の大好きなその歌が、モールに響いている。

そして私の好みを知っているのは、この世界で美紀しか存在しなかった。

 

 

 

「学園生活部...入る人〜!」

「...生活部ですか?」

「そう、これは合宿!みんなで学校に泊まっているの」

「合宿?」

「毎日此処で寝て、自分達でご飯作って、いろんな部活動をするの」

「...部活」

「どう?丈槍さん...由紀ちゃん、楽しいと思わない?」

 

最初は正直、ただの現実逃避だと思った。

けれど佐倉先生自身、落ち込んでいた私達を元気にしたいんだとも思った。

その学園生活部の提案に意欲を見せたのは、元気の無かった丈槍さんとるーちゃん。

高城...さんは黙って部屋に戻って、それから会話は無い。

 

「それでね、若狭さんに頼めないかなって」

「私が...部長に?」

 

学園生活部の部長。

春達が居ない今決めてしまって良いのかとも思ったが、自分自身が此処数日何も働けていない事、そして帰ってきた春に胸を張れる様になりたいという個人的な感情によって、結局私は部長を引き受けた。

部長になったからと言って別に何が変わるわけでもない。

 

ただ、ほんの少しだけ気持ちが晴れた気がした。

 

 

 

ーー集まってきた...

1階のピアノ上に設置したポータブルCDプレイヤーに引き寄せられる彼らを確認し、私は2階の対面に居る美紀ちゃんに手を振り合図を送った。

彼女は私の合図にすぐ気付き、近くのお店に入っていく。

「わんっ!」

「ちょっ、太郎丸!静かに!」

突然何かに反応した太郎丸が逃げ出さないように抱き締めながら、出来るだけ急いで地下に入っていく。

ーー...よし。

記憶通り、地下は食品売り場になっていた。

私は近くのカゴを取り、手早く食料を中に入れていく。

取るのは長持ちしそうな物だけ、そして数も最低限、これを意識すればすぐに1階に戻れるだろう。

今頃美紀ちゃんは2階で物資を集めてくれている筈だ。

私達の合流が遅れる、もしくはあの歌を聞いて1階に降りてきた圭ちゃんを見逃してしまうと、その時点で生還はかなり厳しくなってしまう。

だからこそ出来るだけスムーズに物資を集め、1階で待機する必要があるのだ。

そうして一心不乱に走り回る事数分、私は一度立ち止まって大きく深呼吸をした。

地下はやはり暗いが何も見えない程のものではない、この分なら彼らの接近にも気付ける。

そうしてまた歩き出したタイミングで、右足に何か固い物が触れた。

ーー...あっ、大和煮...

足元に目をやると、近くの棚から転がり落ちたらしい大和煮という缶詰があった。

「わん!」

「ふふっ、そっか、太郎丸も好きだったね」

アニメでの胡桃先輩と太郎丸の出会いは、この大和煮がきっかけだった。

そのシーンを思い出し、自然と笑みが溢れてしまった。

ーー...時間も無いし、これで十分かな。

私は幾つか缶詰をカゴに入れ、そのまま素早く地下から1階に戻った。

まだ歌声は途絶える事無く鳴り続けており、そこに群がる彼らの数も増えている。

私は柱に背中を預け、エスカレーターや上階を確認していく。

ーー圭....胡桃先輩....!

この歌は間違いなく届いている、だから...!

「あっ、春!!」

ーーッ?!?!

声の聞こえた方向、2階のエスカレーター前には荷物を抱えた圭ちゃんと胡桃先輩の姿があった。

ーー...よ、良かった...!

一瞬気が緩みそうになるが、何とかそれを堪え再度周囲を警戒をする。

私はピアノを視界に入れつつ、ゆっくりとエスカレーターに向かっていく。

 

が、その瞬間。

 

「きゃあああああああ!!!!!!」

 

悲鳴と共に、鈍い音が聞こえた。

 

 

 

「...なんで」

こんな事、絶対にあり得ない。

美紀ちゃんは、狙い澄ましたかの様にピアノの上に落下した。

彼女はそのまま微動だにせず、落ちた衝撃の大きさを物語っている。

それはあまりにも唐突で、あまりにも不自然で。

 

けれど何故か、起こるべくして起こったのだと悟った。

 

ずっと疑問だった、どうして噛まれる前に助けた筈の真帆ちゃんが噛まれていたのか。

どうして圭ちゃんが部屋を飛び出したのか、どうして夜間なのに彼らが動いているのか。

 

あくまでこれは仮説だ、けれどそうだとすれば多くの部分に納得出来る。

もし原作で起こった物事が、この世界でも無かった事にならない、無かった事に出来ないのなら。

必然的に直樹美紀がピアノの上で彼らに囲まれる、囲まれなくてはいけない。

美紀ちゃんが手すりから身を乗り出すなんてまず有り得ない、それにもし彼らが押したのだとしてもピンポイントにピアノの上に落下するなんて事があるだろうか。

ーー....やっぱり。

 

原作の強制力が、働いている。

 

そうとしか、考えられなかった。

 

「うああああああああ!!!!!」

「ッ?!」

聞き馴染みのある叫び声、直後に横切る少女の影。

その影が一瞬丈槍先輩に重なったが、すぐに正しい姿を認識した。

ーー胡桃先輩?!

無茶だ、原作でも姉さんの機転が無ければ助けられなかったのに、それを1人で助けるなんて。

しかしそれを胡桃先輩が知っている筈も無く、それを伝える術も無く、彼女の背中は遠ざかっていく。

ーー駄目....だ。

原作通り防犯ブザーを使えれば何とか出来る可能性もあるのだが、その防犯ブザーは恐らく美紀ちゃんが持っている。

私が地下で食料調達、美紀ちゃんが上階で物資調達と二手に別れた事が此処にきて悪手だったと分かり、思わず歯を軋ませる。

もう一度美紀ちゃんに視線を戻すと、まだ痛みが残っているのか蹲っている。

ーー今の美紀ちゃんに使ってもらうのは無理、ペンライトも何も無い....!

 

どうすれば、どうすれば、美紀ちゃんを助けられる?

 

彼らを全滅させる?いや、例え圭ちゃんが居ても絶対に無理だ。

なら美紀ちゃんに動いてもらう?いや、あの落下の衝撃を受けてすぐに動いて貰うのは不可能だ。

 

なら、なら。

 

 

 

ーー...何も、無い?

 

 

 

どうして?私には原作の知識がある、始まりから終わりまで全て知っている。

そして今、目の前で原作通りの事が起こっている。

それなのに、それなのに。

 

 

 

目の前の友人1人、私は満足に救えない。

 

 

きっと、私には最初から....

 

 

 

....!いや、違うッ!

それが諦めていい理由になっているのなら、私は此処に居ない。

物語の強制力がなんだ。そんなあるのかどうかも分からないものに怯えて行動しないなんて馬鹿げている、それにもし今まで物語の強制力が働いていたとしても、私はそれを全て打ち砕いているじゃないか。

だから今回だって、打ち砕けるに決まっている。

 

ーー美紀ちゃんを救えるのは私しか居ないッ!!

 

「圭ちゃん!太郎丸をお願い!」

「う、うん!」

私は圭ちゃんに太郎丸と手荷物を渡して全速力で走り出し、そのまま彼らが群がるピアノに突っ込んでいく。

瞬間、美紀ちゃんの怯えた顔がはっきりと見えた。

 

ーー私が、助けるんだ。

 

一歩一歩を地で感じるよりも早く足を動かす。

恐怖を抑え、極限まで減速率を低める。

 

私は美紀ちゃんが好き、不器用だけど優しいところが好き、いつもクールだけど、時々抜けている所が好き、顔が好き、声が好き。

 

ーー全部が、大好き。

 

そんな彼女が、こんな所で死んでしまって良い筈がない。

そんなの、私が許さない。

 

美紀ちゃんには、幸せになって欲しい。

 

いや、幸せにする。

 

私は必死に足を動かす。

 

「っああああああ!!!!!」

 

そして勢いを維持したまま、彼らを踏み抜いた。

 

 

 

夢を見ている様だった。

ピアノの上に飛び乗ってきた春は、その瞳に不安の欠片も感じさせず。

「美紀ちゃん、もう大丈夫だよ」

そう言って、私の手を取った。

 

 

 

「春、眠くない?」

助手席に座った圭ちゃんが問いかけてきた。

「大丈夫、圭ちゃんこそ地図読んでもらってごめんね」

「ううん...春の役に立てればそれで良いから...」

「...ありがとう、圭ちゃん」

私はバックミラー越しに後部座席を確認し、眠っている2人と太郎丸の姿に何度目かの安堵の息を吐いた。

結果から言えば、私達は全員無事にモールを脱出する事が出来た。

更に目標の一つとしていた物資の調達に関しても、美紀ちゃんの荷物を回収し、また圭ちゃんが独自に集めてくれたお陰で達成出来たと言える。

そして、収穫は物理的なものだけではなく。

ーー強制力...転生してる時点で何も言えないけど、現実味が無いな...

あくまでもまだ仮説に過ぎないが、がっこうぐらし!という作品の強制力、今回の一件でその効果を含め大体は把握する事が出来た。

まずこの強制力は、存在するキャラクターの生死に関わる大きな出来事や分岐点毎に発生する。

今回で言えば、圭ちゃんが1人で部屋を飛び出してしまった事と、美紀ちゃんがピアノ上で彼らに囲まれた事だ。

原作において圭ちゃんは、部屋から出た事が結果的に自身の死に繋がってしまった。

逆に美紀ちゃんは、ピアノの上に降りた所を丈槍先輩達に見つけて貰えた為生き残る事が出来た。

つまり強制されるのはシチュエーションだけであり、生死までは干渉されない。

これは私が真帆ちゃんと圭ちゃんを救えた事を鑑みても確かな事だろう。

一見すると厄介に感じられるが、これは寧ろ有難いのかもしれない。

何せ発生する事を知っていればそれ相応の対策を取る事が出来るし、物語上ある程度絞る事だって出来る、強制力が無かったら無かったでそれに越した事はない。

ただし生死に関わらない場面でも発生する可能性は頭に入れなくてはならない、あくまでも視野は広く、そして原作知識に頼り過ぎない様に。

ともあれ、私はこの移動時間で、次回強制力が働きそうな場面を幾つか考えていた。

ーーやっばり一番はあめのひかな...?でも此処は実写版の世界だし...

実写版においてあめのひは発生せず、代わりに保健室で佐倉先生は彼らに襲われてしまう。

共通するのはどちらも生徒を庇い、そして彼らになりながらも生徒に迷惑を掛けない様に尽くした点だ。

それだけ生徒想いの、自分の命を投げ打ってでも助けようとしてくれる優しい先生が死んでいい筈が無い。どちらが起こるにしても、別の何かが起こるにしても絶対に助けてみせる。

そう意思を固めた瞬間、僅かに視界が歪んだ気がした。

「っ...」

「...は、春?大丈夫?」

ーーや、ばい...かも...

咄嗟にブレーキを踏む事はせず、ゆっくりとスピードを落としていく。

そうして停車したのを確認して、私は座席に身体を預けた。

「ねえ、春?!」

「ご、ごめん、ちょっと眩暈がしただけ...」

流石に1人で色々やった反動が、今になって襲ってきたらしい。

ーーでも今で良かった...かも。

「大丈夫なの?私、運転変わるよ?」

「大丈夫...もうすぐ学校だから」

車外は既に若干明るくなってきていて、夜明けが近い事を教えてくれた。

あれからぶっ通しで車を走らせた事と、圭ちゃんの的確なナビゲーションによって想像より早く帰路を進めている今、私の休憩という余計な時間は取りたくないのだ。

学校にさえ帰れれば、安心して休める。

私は気合を入れ直し、アクセルを踏んだ。

「...春、どうしてそんなに...」

「....へっ?」

限りある意識を運転に向けていた為、圭ちゃんの言葉が聞き取れなかった。

一拍遅れて聞き返すが、彼女はすぐに笑みを浮かべると。

「なんでもない、それより少しでも危ないって思ったら教えてね、絶対休ませるから」

何事も無かったかの様に、話を戻すのだった。

 

 

 

私は、罪を犯した。

まさかこんな事になってしまうなんて、思わなかった。

たった1日、僅か1日。

丈槍さんは....

 

 

 

車を非常階段の下に停め、まずは私が外に出た。

バットを構え彼らを警戒し、その存在が無い事を確認して私は車の3人に声を掛ける。

「大丈夫だよ、この階段を登ったら安全だから...」

そう言いながら3階に目を向けると、やはり走行音で私達に気付いたのか、佐倉先生が扉を開けていた。

「あっ、先生!」

その姿を見て安心したのか、圭ちゃんが荷物を持ったまま勢い良く階段を駆け上がっていく。

「美紀ちゃんも、良いよ」

「....うん」

続いて美紀ちゃんが私を数秒見た後に、太郎丸を抱えて階段を登っていった。

私は現状の精一杯の集中力を使い、周囲の安全を確保しながら後部座席に向かう。

「先輩、手を」

そうして胡桃先輩は私の手を取り、ゆっくりと階段に足を運んだ。

どうやら2人は既に中に入ったらしく、私もほんの少しだけ肩の荷が降りた気がした。

手を繋いだまま隣で階段を登る胡桃先輩を見ながら、私は思わず呟いた。

「...本当に、ありがとうございました」

恐らく、この言葉は彼女には伝わらない。

それでも胡桃先輩が居てくれたからこそ、2人と太郎丸を救出する事が出来たのだ。

ーー...やっぱり、カッコいい。

「春!」

心配そうに私を呼ぶこの声。

私は顔を正面に戻すと、そこには不安と安堵の表情が混ざった顔でこちらを見つめる姉さんが居た。

「...ただいま、姉さん」

「...お帰りなさい」

限界に近い足を一歩動かし、校内に足を踏み入れる。

そこには佐倉先生と姉さんは勿論、るーちゃんや真帆ちゃんの姿もあった。

「....で....」

ーーん...?

遠くから、丈槍先輩の声が聞こえた。

一瞬るーちゃんと遊んでいるのかと思ったが、その本人は此処に居る。

 

『 』

 

嫌な予感がした。

私は疲れを無視して、そのまま声の方向へ歩き出す。

「あ、天音さん?」

段々と早足に、そして駆け足に。

目前に迫ったその教室の扉を開け、中を確認する。

 

そこには、丈槍先輩ただ1人。

 

「へっ、ちょ、ちょっと!授業中だよ?!」

 

ピンと張り詰めていた意識の糸が、簡単に千切れた。

 

「春っ!!」

 

 

 

「少し、熱があったみたい」

「そう、ですか...」

教室に戻ってきた佐倉先生は開口一番そう話した。

あの時慌てて春を追いかけて正解だった、勿論倒れるなんて想像すらしていなかったのだが。

春は隣の部屋で寝かされている、発熱の原因は恐らく疲労からだろう。

私は小さく息を吐く。

同じクラスの圭と美紀、2人も疲れている筈なので、本来なら此処はさっさと切り上げて睡眠を取るのが正しい選択だ。

がしかし、私にはどうしても聞かなければならない事があった。

「佐倉先生...あれ、なんなんですか」

春を抱えたまま教室を覗いたあの瞬間、私は絶句した。

誰も居ない教室で、笑顔で会話をする丈槍由紀先輩。

部屋に閉じ籠っていたのは私の責任だが、それでも生存者同士知る権利はある筈だ。

佐倉先生は私の問いかけを、静かに飲み込んだ。

「...丈槍さんは....学校が無くなる前の世界を....生きてるみたいなの」

「それって...」

真っ先に反応したのは美紀だった。

要するに、丈槍先輩も壊れてしまったという事なのだろう。

「恵飛須沢先輩と丈槍先輩...2人はどうするんですか」

「え?恵飛須沢先輩?」

私と佐倉先生の会話に割り込んできた圭は、動揺を口にした。

「恵飛須沢先輩も、同じなんだよ」

「ッ?!」

「モールで気付かなかったって事は、春は相当上手く隠したんだろうね」

ーー...どうせバレるのに、恵飛須沢先輩にも無駄な力を使うから倒れたんだよ...

「ちょっと、そんな言い方...!」

「若狭先輩だって分かるでしょう、春にどれだけの負担を掛けたか」

「それは...でもっ」

「だから私達でやれる事はやるべきなんです、これ以上春を苦しませない為に」

こう言っておけば、彼女達は何も反論出来ないだろう。

春を苦しめたくないのは事実だが、そこに居るのは私1人でいい。

 

『その代わり、私の言う事はちゃんと聞きなさい』

 

ーーあの約束、破るなんて許さないからね、春?

 

 

 

苦しむ声を聞かずに寝られるのは、果たして何日振りだろうか。

事態としては好転していないものの、隣で眠る圭は久々に安心した様子だった。

私は目を凝らし、壁掛け時計の針を確認する。

ーー0時57分...

私は一呼吸置いた後、圭を起こさないよう慎重に立ち上がり扉に近付いていく。

呼び出したこちら側が待ち合わせに遅れるわけにはいかない、少なくとも彼女より先に到着しなければ。

そんな思いを抱きながら、私は廊下を渡り階段を登る。

足音が反射するが、現状私以外の音は聞こえてこない。

ーーもう到着してるか、或いは...

私は屋上の扉を開き、畑を避けて中央に立つ。

気持ち良い夜風が私を包み、目を瞑るだけで眠れてしまいそうだ。

「....やっぱり」

人の気配というのは何となく感じ取れるもの。

それがモールでの生活、彼らの接近をほぼ毎分警戒していた私はその部分が研ぎ澄まされているのかもしれない。

「...もう、居るんですよね?」

私のその問いかけに応じる様に、彼女は足音を立てて私の背後に現れた。

「でも、本当に来るとは思いませんでした、正直半信半疑でしたし...」

 

 

 

「恵飛須沢胡桃先輩」

 

月明かりに照らされ、彼女の表情が映し出される。

 

 

 

「幼児退行って、嘘ですよね?」

 

 

 

「....」

彼女は、私が本能的に恐怖を感じる程、無感情だった。




活動報告を毎月末に書いています、生存確認として使っていただければ幸いです。(10月分も更新します、是非読んで頂けると嬉しいです)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=308530
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