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それは本当に、突然のことだった。
あの日から檻の中に入れられて……何日だろう? もう数えてないから分からないや。
「……ええ、ハイ。こちらが、ラクーン種の少女ですが……」
「ふむ、なら買い取ろう」
「パニックと病を抱えていますが、よろしいので?」
「問題ない。それぐらい、後でどうとでもできる」
そう言って私のことを見てくる黒い服の男。値踏みするように、それでいて冷めてるような目でこちらを見てきて、ゾッとする。
「……分かりました、それでは……」
奴隷商の人が檻から私を出して首輪に繋いだ。
それから男の人が奴隷紋をつけていったことを覚えている。奴隷紋の登録はいつも痛くてイヤだった。
……この人が最後の飼い主になるかもしれない。どうせ、私はもう長くないから。
それから飼い主の人は二人の男の人の下へ私を連れてきた。
「君にはこれから魔物達と戦ってもらう」
「え……!?」
飼い主の人が盾を持ってる人と何かを話した後、私にそう言ってきた。魔物は怖い生き物だということを私は知っていた。だから、それと戦えって言われて怖くなった。
「ラフタリアはどう? 戦う?」
「え……?」
その後に、飼い主の人と他二人の人が話して、茶髪の人が私に聞いた。
「結局、どうするかはラフタリアが決めた方が良いと思うんだ。それで、どうしたい?」
「……私が、決めていいの……?」
ちょっとした後にそう聞いた。今まで私が見てきた人は、私の気持ちなんて関係なく酷いことばかりしてきたから。
「うん、勿論」
私の言葉に茶髪の人は頷いてそう答える。未だに戸惑ってたけど、私は恐る恐る答えた。
「…………戦いたくない、です…………」
「…………そっか」
目の前の人は特に表情を変えない。一瞬、ぶたれるのではないかと思ったが、特にそんなことはなかった。
それから私は茶髪の人達の名前も教えてもらった後に武器屋に連れて行ってもらった。
そこでナイフを買ってもらって、その後に新しい服に着替えさせてもらった。でもその後に、お腹が鳴った。
私は怒られると思って横に首を振った。
「あはは……そんな首振らなくても……お腹空いたんでしょ?」
怒られることは無かった。それどころか笑っているようだった。怒ってないの?
そのまま私は別のお店に連れて行かれた。そこはご飯を売っているお店で、町で見た覚えがあった。定食屋さんだ。
「えっと、俺はとりあえず一番安いやつで。この子にはあそこの席の子供が食べてるやつ」
「え!?」
他の席に座っている子が食べてるものを羨ましいなあと思っていた物を盾の人……改めてナオフミ様は注文してくれた。私は耳を疑う。
「なん、で?」
「ん?」
「なん、で、食べさせてくれるの?」
そんなこと、奴隷になってから誰もしてくれたことがなかった。
「何でって、食べたそうにしてたからさ。お腹空いてるんでしょ?」
「でも……」
「他の人の奴隷だった時に、ちゃんとしたもの食べさせてもらえなかったの?」
茶髪の人、改めてソウゴ様からの問いに私は黙るしかなかった。実際そうだったからだ。食事なんて、あっても臭くて不味い泥水みたいなスープだった。
「別にそんなに不安がらなくてもいいよ。食べたいんだったら食べれば良いじゃん。ラフタリアの満足いくまでさ」
ソウゴ様はそう言ってくれた。
「お待たせしました」
私の目の前に旗のついた豪華なご飯が運ばれてきた。羨ましいと思っていたものが目の前にある。
でも、優しいことを言われても、私が食べようとした瞬間に床にぶちまけて、呆然とした私を笑おうとしてるんじゃないかって疑う。
「大丈夫? 食べないの?」
「え? あ、えっと……」
ナオフミ様が首を傾げながら聞いてきた。
「あー……もしかしてスプーンの使い方とか分からない? じゃあ……」
ナオフミ様はお皿に手をかけて引き寄せる。今度こそ床にぶちまけるのではないかと一瞬身構えるがそんなことはなく、フォークでご飯を切り分けた。
「はい、あーん」
フォークに突き刺しているご飯を私の方に向けてくる。
「え……あ……あーん……」
恐る恐る私は口を開けて、そのままご飯を食べた。
「美味しい?」
「うん!」
「そっか、良かった」
ご飯の美味しさに感動して、思わず元気に返事してしまった。喜ぶ私に酷いことをするつもりかと思ったけど、ナオフミ様は微笑んでそう言うだけだった。
その後も私はご飯を食べ続けて、そのまま完食した。
美味しさに涙が出そうだったし、何より、ご飯についていた旗が好きだった。村に戻れたようで、失われた旗が戻ったような気がしたからだ。
それから私は外へ連れ出された。ソウゴ様達が魔物を狩る中で、私はナオフミ様が盾の勇者であること、そして、波と戦うことを知った。
そう、盾の勇者……リファナちゃんが憧れていた人だったのだ。
それから私はお風呂で身をきれいにしてもらったり、お薬を飲んだり、苦いそれを飲んだご褒美にまたお子様ランチを食べさせてもらった。
そして夜に眠った時、いつも私を苛んでいた悪夢は、今日は違っていた。
『ラフタリア』
お父さんとお母さんが崖の上に立っていた。
「お父さん! お母さん!」
私は二人めがけて走り出した。もう会えないということは分かっていても、ずっと会いたかった。例え夢だとしても。
ダメだと思っていても、目から涙が溢れ出てくる。
『大丈夫、大丈夫よ、ラフタリア』
『泣いちゃダメだよ、強くなるんだ』
「で、も」
泣き続ける私を、お父さんとお母さんは宥めてくれる。
『私達は、お前のことを見守っている。いつでも』
『ええ。だから、幸せになって』
「…………」
『大丈夫。その人達がいるなら————』
そこで目は覚めた。驚いたことに、ナオフミ様が私のことを抱きかかえていた。
その後も、私が欲しそうにしてたボールをソウゴ様が買ってくれた。
もう分かる。この人達は悪い人じゃない。私のことをいたずらに傷つけることをせず、ご飯を与えて、薬を飲ませてくれて、欲しいって思ってるものを与えてくれる。……ウォズ様は何だか怖い感じはするけど。
今日も、ナオフミ様達は戦いから帰ると私が欲しがっていた屋台の食べ物を買ってくれたし、買ってもらったボールで一緒に遊んだり、晩御飯を食べた後、長くなっていた髪の毛を切ってくれた。
その翌日、私はおねしょをしてしまった。でも怒るようなことは無かった。
この短い間だけで、色んなものを貰ったと思う。美味しいご飯や、優しさを貰った。
ふと思った。ナオフミ様の、勇者様達の力になりたいと。
戦うことはきっと怖い。刃物を持つだけでも怖かったから、もっと怖いのかもしれない。それこそ、いつか来る波だって。
でも、頑張りたい。役に立ちたい。強くなりたい。優しくしてもらったから、それを返したい。
だから、やらなきゃ。
◇
ラフタリアが加入して4日目。
俺、岩谷尚文はソウゴ達と共にレベル上げに外へ出ている。
道中、やっぱりバルーンと遭遇した。というわけでささっと……。
「……ナオフミ様」
「ん?」
「……私、戦います」
「え?」
ラフタリアが突然そんなことを言い出した。
「……何で急に」
「…………まだ、短い間ですけど、私はナオフミ様達に沢山優しくしてもらいました。だから、少しでも力になりたいって思ったんです。……やらせてください」
「………………」
こちらを真っ直ぐと見つめるラフタリア。どうすればいいかと思い、俺はソウゴを見る。
「良いんじゃない? それが、ラフタリアのやりたいことなら」
ソウゴがそう言った。
「じゃ、ちょうどバルーンがいるから、まずはそれから行こう。尚文、サポートしてあげて」
「お、おう」
それから俺とラフタリアはバルーンの前に立つ。ラフタリアは買った短剣を構えていた。何気に、初めて前線に立つ。とりあえず……。
「俺がバルーンを引き寄せる。それで合図を出したら、バルーンを倒してくれ」
「はい」
ラフタリアが返事した後、茂みからバルーンが三体ほど出現する。俺はラフタリアが攻撃されないよう注意し、バルーンを身体に噛み付かせた。歯が突き立てられているが、痛くはない。
「っ、ナオフミ様!」
「大丈夫大丈夫! バルーンくらいなら痛くない! とりあえず倒してみるんだ!」
「……はい!」
ラフタリアは勢いよくバルーンを武器で突き刺す。小気味良い音を立てながら、バルーンは破裂していった。
「ふう……」
バルーンを倒したラフタリアは息を吐く。
「よくやったな、ラフタリア。偉いぞ」
俺はラフタリアの頭を撫でる。
「じゃ、そんな感じで今日は行こうか。戦うなら場数は踏んだ方が良さそうだしね。ラフタリアが攻撃で、尚文がサポート。俺はウォズと万が一に備えて側で待機しとくから」
ソウゴが今日の方針を定める。それからは俺が魔物を引き付け、それをラフタリアが倒していくというやり方で進んでいった。
しばらくして、ウサギ型の魔物のウサピルと遭遇する。ウサピルが俺に噛み付いてきたが、当然痛くないのでそのまま抑え込めた。
ウサピルを目前にして、ラフタリアの表情が強張る。その後、息を吸って深呼吸し、目を閉じる。
目を開けると、意を決した表情でナイフを構えた。
「やああああっ!」
思い切りウサピルを突き刺す。ナイフを引き抜くと血が吹き、ウサピルは事切れる。
ラフタリアは汗をかき、息を吐きながら肩を上下に揺らしていた。事切れたウサピルを見て、眉を顰めて口をきゅっと結んでいた。
それからもラフタリアは魔物を狩って行った。かなりやる気を出していたのか、一度俺が魔物を押さえつける前に攻めようとしたこともあった。
そのまま夜になったので、俺たちは森の広い場所で薪に火をつけて、倒して解体したウサピルの肉と、採取した薬草で食べれるやつを鍋で煮た料理を作った。残った肉は焼き肉にした。
「美味しい!」
料理をガツガツと食べていたラフタリアは目を輝かせて美味しそうに食べていた。ウォズは側で「結構いけるね」と食べていた。
「そう? ならよかった」
「うっまぁ。でも、焼き肉だとタレも欲しくなるよねぇ」
「あー分かる。焼き肉にタレはマストだもんな」
ソウゴが言ったことにうんうんと俺は頷く。しかし残念ながら、ここには焼き肉のタレはない。作ることができればな。
それにしても、今日はまさかラフタリアが自分で戦うと言い出すとは思わなかったな。
……俺としては、少々思うところはある。ナイフを持つのさえ怯えていたあの子が、俺たちが優しく接したことで、力になりたいと戦うことを決めてしまった。
何というかこう、上手く言えないが複雑な気持ちになる。優しく接さなければよかったのかと聞かれれば、それは違うってなるし。
とはいえ、決めたのは本人だ。それはそれでちゃんと尊重はしたい。
だからこそ、俺も余計しっかりしなければならないと思った。ラフタリアを守るんだ。盾として、大人として。負け職と言われ、攻撃ができないような盾の俺でも、出来ることをしないと。
その思いとともに、ご飯を口に頬張った。