宿儺「どけ!!!俺は主人公の相棒だぞ!!!」 作:バケギツネ
◆
『うおおおおおおおおお!!!!!』
虎杖悠仁は止まらない。
黒い雷を纏ったその一撃一撃が、確実に真人を追い詰めていく。
改造人間を出すことも、身代わりを用意することも許さない。ただひたすらに、グチャグチャになるまで叩き潰そうと彼は拳を振るう。何百回でも、何千回でも。
『はははっ、もっと!!もっとだ!!はははははは!!』
だが真人は、その危機的な状況とは裏腹に、不気味な笑みを浮かべていた。
『ああ、なんて新鮮なインスピレーション.....これが...死か!』
人間は逆境の中で成長する。
タチの悪いことに、人から生まれた真人もそれは同じだった。彼の才能は今際の際で開花する。
『今ならできるよね。』
真人は口内に出現させた手で、掌印を組む。
『領域展開、』
虎杖悠仁が宿儺との交渉をしない以上、真人も方針を変えざるを得ない。
奴を限界まで追い詰め.....最悪一度殺してでも、縛りのきっかけを作る。
出現した無数の腕が、結界を形作っていった。その中に虎杖悠仁は包まれ、閉じ込められる。
『これって....火山頭の時の、クソ!!』
領域の中では真人の放つ必殺の一撃、無為転変は必中となる。領域内のものは全て、文字通り真人の掌の上。
一度、漏瑚の領域を体験している虎杖は、その危険性を、身をもって知っていた。
『はい、おしまい。』
真人は、虎杖悠仁の魂を侵す。その過程で、違和感に気付いた。
『どうなってるんだ.....?こいつの魂。』
虎杖悠仁の魂は、常人とは異なる不可解な形をしていた。言うならばそれは、魂の三重構造。
幾人もの魂をいじってきた真人といえど、こんなものを見るのは初めてのことだった。
虎杖悠仁自身の魂、その内側にもう一つ魂がある。恐らく、これは両面宿儺のものだろう。
ならば、その宿儺の魂のさらに内側にあるこの邪悪な魂は、一体......
『試しに、覗いてみるか。』
自分の好奇心に勝てなかった真人は、虎杖悠仁の魂の最奥に飛び込んだ。そこに広がっていたのは、骨と血の池だけの殺風景な空間。
【俺の元まで辿り着くか。】
響いたのは、身体が芯から凍るような冷たい声。真人は、声の方を仰ぎ見る。
骨でできた不気味なオブジェの上に、“ソイツ”は鎮座していた。白い和服に身を包んだ、顔に紋様のある男。その圧倒的な存在感に真人は確信する。
間違いない.......この男こそが、呪いの王。
正真正銘、両面宿儺。
【お前はなかなか趣味がいい。余興としてはなかなか面白いものを見せてもらった。】
こうして直接会えたのなら、丁度いい。真人は宿儺に対し、交渉を持ちかける。
『そりゃあ、どうも。呪いの王に褒めてもらえるなんて、光栄だよ。実は、キミに話が.....
ザパァッッッ!!!!
真人は身体を袈裟斬りにされていた。
【だがお前のせいで、俺の計画は水泡に帰した。貴様のような路傍の石ころ風情が、この俺をつまづかせるだと...?実に不愉快だ。分を弁えろ。】
理由はわからない。だが、真人は本能的に理解する。自分は呪いの王の逆鱗に触れてしまったのだ。
彼はすぐさま、両面宿儺の生得領域から撤退する。
【逃げるか。まあ良い。】
虎杖悠仁という檻が強化されたことですっくんは顕現できなくなった。そのせいで、宿儺のやろうとしていたことは、不可能になっている。
少なくとも、今のところは。
【あのツギハギの呪霊、生かしてやったのは正解かもしれんな。あれはいい起爆剤になる。】
真人がこの場で祓われたとしても、それはそれで構わない。彼にとっては、他人がいくら死のうとどうでもいいのだ。
。
すっくんさえ、生きていれば。
天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが生きる指針。それが真なる呪いの王の生き様だった。
◆
『はあ、はあ、あれが呪いの王.....』
真人は確信する。奴さえ、奴さえ完全復活すれば、時代は呪いのものになると。
『それより、どこだ?ここ。』
無為転変が虎杖悠仁に効かないと分かった今、長居は無用。真人は奴の魂から脱出した......
はずだった。
しかし彼がいるのは、現実の世界ではなく見覚えのない場所だった。
『ここは生得領域....?それにしては妙に生活感があるというか.....』
畳にちゃぶ台...?本棚....?…Yogibo?
「......よお、真人。」
怒り、憎しみ、悲しみ、様々な感情がごちゃ混ぜになったような、そんな声が真人の背後で響いた。
『ん?誰だよお前....』
真人は振り返る。そこにいたジャージ姿の男は......顔に紋様があって.......
『宿儺.....!?』
「死ね。」
ジャージ姿の宿儺、すっくんのパンチが真人を吹っ飛ばす。
『ああ....くっ....とにかく....脱出を.....』
2人目の宿儺が出現するいう異常事態、真人は混乱する頭を整理して、再度生得領域からの脱出を試みる。
が、できない。
原因はおそらく、目の前のジャージ宿儺....!
『お前.....何をしたぁ!?』
なによりも自由だと、そう本人は自負していた真人の魂を、どういう訳かすっくんの生得領域が閉じ込める。
そしてその行動は、真人の矜持を傷つけていた。
『ふざけるな....俺の魂は....俺だけのものだ!!!』
真人には、誇りがあった。自身の術式への、誇り。魂の形を変えられるのは自分だけ。その自分こそがこの世界で最も自由な存在あるという、誇り。
『お前は.....なんなんだああああああ!!!!』
「黙れ。」
すっくんの拳が再び真人を吹き飛ばす。
『あ、ああ.....くっそ.....くっそおお!!!』
真人は生まれて初めて覚えた『恐怖』を抱えて、命からがら、すっくんの生得領域を突破した。
◆
『ハァ、ハァ、クッソ...何だったんだあいつ....』
『らああああ!!!』
現実世界に戻ってきた真人を出迎えたのは、虎杖悠仁の追撃。
『ぐあ.............』
悠仁の拳が真人の顔面を撃ち抜いた。立て続けに致命的な一撃を喰らい続けた真人には......
もはや自身の術式を使用する力さえ、残っていなかった。
◆
『ありがとう、すっくん!!』
領域展開、それは必殺の大技。
それを出したはずの真人が、なぜかボロボロになっている。領域もいつの間にか消えていた。
虎杖は確信する。自分の相棒が助けてくれたのだと。
『真人おおおおお!!!!!』
虎杖は打撃のラッシュで真人の魂の残量を確実に削っていく。
『殺す!!!!』
真人にとどめを刺そうと虎杖が拳を振り上げた、その時だった。
『霜凪』
突如発生した冷気が虎杖悠仁を氷漬けにする。
『クッソ、なんだ......これ.........』
その氷結は強固だった。虎杖悠仁のパワーをもってしても、破ることができない程に。
『御無礼をお許しください。』
虎杖悠仁の前に現れたのは、僅かに赤の入った白髪をおかっぱにした......
『女....?いや、男か....?』
その人物はあろうことか、自身が凍らせた虎杖の前に恭しく膝まづく。
『お久しうございます。宿儺様。』
虎杖悠仁は混乱する。
『........?』
(宿儺様...?ああ、すっくんのことか。様?すっくんの関係者...?じゃあいい奴か!!すっくんの関係者なら!!でも俺、こうして凍らされてるし......クッソ!今はすっくんと話せねえし....確認の仕様がねえ!!)
『計画に備え、準備は進めております。ご安心を。』
『?』
(計画? 一体何の?)
虎杖が混乱している間に、おかっぱ頭は完全に気絶している真人を担ぐ。
『この呪霊は回収して行きます。“奴”の計画に必須とのことなので。』
おかっぱ頭はそのまま、その場を去っていった。
『待て!!そのツギハギは置いてけ!!そいつは祓う!!祓わないと、ダメなんだ!!!!』
『チッ、器ごときが.....』
『すっくんと一緒に、順平と約束したんだ!!俺たちが、必ず祓うって!!!』
おかっぱ頭は、虎杖を無視して歩き出す。
『真人!!!真人ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
その背中が見えなくなっても、彼は怨敵の名を叫び続けた。やがて心身共に疲労がピークに達した彼は、その場で気を失う。
◆
『真人ぉぉぉ!!!!!』
『落ち着いてください。虎杖くん。』
目を覚ました虎杖は、目の前にある金髪にグラサンの男の顔に気づく。
『..........ナナミン......?』
身体を起こして、辺りを見回す。彼が目を覚ましたのは、高専の医務室だった。虎杖悠仁は記憶を探る。確か自分は...........
『そうだナナミン、真人は!?』
『私が到着した時には、氷漬けのキミしかいませんでした......ああ、事件の報告なら結構です。おおむねの事情は把握しています。』
『そっか..........真人は、逃げたんだな.......絶対祓うって、約束したのに......』
『虎杖くん.......』
七海建人は虎杖に対して、深々と頭を下げる。
『ちょ、ナナミン....!?』
慌てる虎杖をよそに七海は話を続けた。
『申し訳ない.........!過ぎたものを、背負わせてしまいました.......今回のことは全て、私の責任です...!!!』
◆
七海建人にとって、虎杖悠仁は『子供』だった。
まだ、人や世界を疑うほど捻くれきってはいない、そんな純真な子供。
もちろんその強さを否定するつもりはない。一級術師である自分に引けを取らない程、彼は強い。
だが、それ故に不安定なのだ。
急激に成長したその力に、心の成長が追いつけていない。
今回の呪霊は、狡猾すぎる。彼が相対すべきではない。そう判断したからこそ、彼を任務の中枢からは遠ざけた。
そうして....勝手に守った気になっていた....
『私は、大人としての責任を果たせなかった......申し訳、ありませんでした...........!』
『......いいんだ、ナナミン。今回自分がやったことを、俺は忘れない....でも、それでくよくよ悩んだりはしない!!ちゃんと前に進むよ。すっくんと一緒に。』
『......そうですか。』
そこでようやく、虎杖はあることに気づく。
『そうだ、ナナミン!!すっくんはどうなった!?なんか、急にすっくんが消えて.....』
「悠仁。俺なら問題ない。」
◇
おっす.....俺、すっくん........
「悠仁。俺なら問題ない。」
俺はいつものように、悠仁の顔に口を生やして話しかける。
『うおお!!すっくん!!無事でよかったーー!!』
わはははは、悠仁め。そんなに嬉しいか?ってこら、撫でるんじゃない。痛い痛い!!俺の目に悠仁の指が入ってる!!
.....さて、今の俺についてだ。
悠仁が寝ている間にも色々試してみた。何とか、顕現できないものかと。
駄目だった。
やはりこうして、口と目を生やすのが限度。俺はもう、悠仁の身体を動かすことはできないだろう。
「そうだ、ナナミン。」
彼に言わなければならないことがある。
「すまなかった。貴方の、言う通りだった......」
『....説明は、具体的にお願いします。』
「.............無理だったんだ。人と呪いが分かり合うのは。」
『.......その件ですか。』
人間と呪いは根本的に違う。
そう、どこまでいっても呪いは呪いなんだ。
真人も。俺も。
『それはこっちのセリフだよ。今のキミは、一体何者なんだい?』
『お前は.....なんなんだああああああ!!!!』
仮面の呪詛師も、真人の奴も、そんなことを言っていたっけ。お前は何なんだ、か。本当に、何なんだろうな.....
ふと考えてしまう。
俺が....両面宿儺がいなかったら、この世界はもっと平和だったんじゃないかって。俺のせいで、人が死ぬんじゃないかって。
ボパッッッッッ!!!
人が吹っ飛ぶ時の嫌な手応え、血の暖かさ、断末魔、全部、全部覚えてる。
『きゃああああああああああ!!』
『殺さないでぇ!!お願いします!!』
『何で....何でだよ!!!!』
『死にたくないよぉぉ!!!!!』
『ぎゃああっっ.......』
『いやああああああああああ!!!!』
『人殺しぃぃぃ!!!!!』
そうか........よく分かった。
俺は.......
「俺は、人殺しの呪いだ。」
『.........なるほど。』
ナナミンは少し俺を見つめた後、背を向ける。
『貴方の言うように、人と呪いが分かり合うのは常識的に考えて、不可能でしょう。』
「....ああ。」
『しかし貴方は常識なんてものでは測れない、のでは?』
「ならば、俺もお前に一つ、忠告しておこう。常識だと?そんなもので俺を測れると思うな。俺は誰がどう言おうと、悠仁の相棒だ。」
あの時の俺は、そんな啖呵をきったんだっけ。何も、知らなかったくせに.....
「あれは.....その.....」
『貴方に一つ、伝言を預かっています。あの時体育館にいた、生徒の1人からです。』
「....!!」
嫌でも思い出す、あの時の惨状........怖い....が、俺にはどんな呪いの言葉も受け止める責任がある。
「......そうか.......聞かせてくれ。」
『“助けてくれてありがとう”、そう言っていました。』
え...?
『“ごめんなさい”とも言っていました。あの時は混乱していて、酷いことを言ってしまったと。』
なんで........
『確かに貴方は人を殺したかもしれません。奪った命と向き合うのも、大切なことでしょう。しかし、救った命からも目を逸らさないでください。』
「あ、ああああ、あああああああ.......」
視界がぼやける。順平のお母様が死んで以来、ずっと堪えていた涙が溢れ出した。
クッソ...止まれ。
何泣いてるんだ....
俺には.....そんな資格なんて.........
『両面宿儺。改めて、聞かせてください。貴方は、何なのですか?』
ナナミンのその問いは、どこか暖かかった。
俺の答えは、そうだな。そんなの、決まりきっている。
いつもの、あれだ。
「俺は......両面宿儺...!!呪いの王にして......悠仁の相棒....またの名を....すっくんだ......!!!」
顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺はそう宣言する。
一応、呪いの王なんだがな。
こんなんじゃ、威厳もクソもあったもんじゃない....でも、これが今の俺なんだ...!!
『ならば。こんなところで、立ち止まっている場合ではありませんよ。貴方達を必要とする人はこれから大勢現れる。2人はもう、呪術師なんですから。』
ナナミンは出口の方へと歩き出す。
「待ってくれ。」
俺は思わず、彼を呼び止めた。
『どうしました?』
ナナミンは足を止めて、こちらを振り返ってくれる。
「ナナミンは、脱サラ呪術師、だったな?」
『.....まあ、そうなります。』
「どうして、呪術師に戻ったんだ?」
◆
七海建人は、自らの過去を思い返す。
呪術師はクソ。高専を出たばかりの彼はそう思っていた。
他人のために命を投げ出す覚悟を時として仲間に要求する、そういう仕事だったから。
だから逃げた。
七海には理想や大義が無かったわけじゃない。ただ、彼はそれを貫ける程、強くは無かった。
それでもいいと、思ってた。
なのに.....
『ありがとう!また来てくださいね!!!』
その言葉のせいで、彼は.........
◇
『.....生きがいを見つけたから、でしょうか。』
「.........そうか。」
生きがい、か。
『貴方たちは見つけられそうですか?』
「ああ。」
『おう!』
俺たちの返事は、即答だった。
「俺はそもそも、この世界にいるべきじゃない存在だ。ここへ呼ばれた意味が何なのか、それは分からない。」
『正しい死に様、自分なりに色々考えてみたけど、やっぱり、そんなの分かりゃしない。』
「『ならせめて分かるまで。』」
俺たちの声が重なる。
「もっと、人を助けられるようになるまで、」
『アイツを殺すまで』
『「もう、俺たちは負けない」』
この日俺達はようやく、2人で1人の呪術師になった。
◇
『ミミズ人間4、まもなく上映です〜。』
俺と悠仁は、都心から少し外れたところにある寂れた映画館に足を運んでいた。
チケットを2人分買って。
『人、俺たち以外にいないな。』
「まあ、マイナーB級映画だからな。」
まもなく、映画が始まった。
「...........................」
『............................』
「...........................」
『............................』
「...........................」
『............................』
「...........................」
『............................』
「..........悠仁、もう出よう。」
『え、もう!?すっくん、B級映画好きだったろ?面白いって言ってたじゃん!!』
「..........................」
「ツッコミどころだらけの作品というのも、悪くない!下手なギャグ漫画よりも笑えたぞ!!」
『そう!そうなんですよ!!B級映画は、1人で見るものじゃないんです!!友達とツッコミ入れながら見るのが、一番面白いんですよ!!』
チケットを買うだけ買って空けている、隣の席に目を向ける。そこに、俺の友はいない。だからだろうか.......
「今は、全然面白くない.....」
『そっか。』
俺たちは2人分のチケットを握りしめたまま席を立ち、スクリーンに背を向ける。
向かう先の出口からは、仄かに光が漏れ出ていた。