宿儺「どけ!!!俺は主人公の相棒だぞ!!!」   作:バケギツネ

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玉折 -弍-

 

◇ side: シン理子

 

「終わったんだね。これで。」

 

 身体から力が抜けると共に、溢れるように言葉が流れる。先程までの激闘が嘘みたいに、渋谷の街は静かな夜を取り戻していた。

 

 ようやく終わったんだ。千年を掛けた、羂索との長い長い戦いが。

 

「夏油くん。えっと、元気だった?」

 

『ははっ、死人にかける言葉じゃないな。』

 

 尻もちをついて、傍の友達に声をかけると、懐かしい声色が返ってくる。こうして直接会って、話をできるのは10年ぶりだ。

 

『さて。この降霊も長くは持たない。今のうちにやれる事を済ませておこう。』

 

 夏油くんは周囲に漂う自分の呪霊を一瞥すると、その手を掲げる。周囲の大気が渦を巻いて、呪い達は吸い込まれていった。

 

 自分が成仏した後に、調伏していた呪霊が暴れ出すのを警戒したんだろう。こういう後始末を卒なくこなす辺りは、流石の手際だ。

 

『うずまき。』

 

 最後の極ノ番は上へと放たれ、一直線に登っていく。エネルギーは、被害のない夜空の真ん中で爆ぜていた。その波紋は、渋谷の夜を包んでいた重い雲を掻き分ける。薄っすらと、頼りなくも明るい光が、その隙間から差し始めた。

 

『っていうか君、理子ちゃん? で、合ってるよね? その姿は天元様との同化の影響かい?』

 

「うん。かなり逞しいビジュアルになったでしょ?」

 

 胸を張ってその場でくるりと反転し、セーラー服に包まれた、天元様スタイルを見せつける。

 

『...ああ。確かにかなりイメチェンしてるね。』

 

「あ、複雑そうな顔してる。私は結構、気に入ってるんだよ? 力と想いを託してくれた、恩人の姿なわけだし。」

 

『そうか。君らしいね。』

 

「それにさ。近くで見たら、結構可愛くない?」

 

『え?』

 

「ん?」

 

『とにかく、天元様にも感謝しないといけないね。彼だけじゃない。今回、協力してくれた皆んなにも。』

 

 そう言って夏油くんは、すっくんと九相図ブラザーズに視線を向ける。

 

「どうも。両面宿儺のすっくんです。善良な呪いの王です。」

 

『その相棒の兄者です!』

『さらにその兄様です!』

 

『????????』

 

 流し込まれた情報の洪水に、夏油くんの頭はクエスチョンマークで埋まっていた。

 

『えっと、彼らは、』

 

「うーーん。話すと長いから、今は割愛で。」

 

「『『ええ!?』』」

 

 抗議の声が3つ重なる。彼らには悪いけど、説明が本当にややこしいから、今は勘弁して欲しい。

 

 でも、感謝してるのは本当だ。彼らの存在なくして、この勝利は無かっただろうし。特に、脳を挿げ替えられていた夏油くんを改造し、降霊に適した形にしてくれたすっくん。彼には頭が上がらない。こうして夏油くんと再会できたのも、彼の術式があってこそだ。

 

『というか君、今は天元様の代わりなんだろう? 薨星宮を抜け出して、大丈夫なのかい?』

 

「うん。平気! ちょっと苦労したけど、五条くんの魅せてくれた結界術と、ちょっとした無理難題の縛りで、何とか!」

 

『無理難題の縛り...?』

 

「......あははー。」

 

 私が笑って誤魔化してると、夏油くんの目が細くなる。やっぱり彼は勘がいい。私がやった事も、概ねお見通しなんだろう。

 

『まさか君は、』

 

 言葉の続きを言わせる前に、口を開く。

 

「With great power comes great responsibility.」

 

 唱え続けていた言葉をもう一度。

 

「やっぱりね。私はこういう生き方がしたい。」

 

 遠くの空を見やる。夜がゆっくりと明け始め、ビルの隙間から朝の光が差し始めていた。その下で渋谷の街並みが照らされる。激しい戦跡の刻まれたこの街並みも、緩やかに再生していくだろう。いつかは。

 

「だからさ。止めないでよ。」

 

 あの日と同じように、笑顔を浮かべて。それがズルいと分かっていて。それでも私は夢を吐く。

 

「寧ろ応援してくれる? 私の夢を。」

 

『............』

 

 夏油くんはしばらく何も言わなかった。小さく息を吐いた後、相変わらずのヘンな前髪をワシャワシャして、私に向き合ってくれた。

 

『......ああ。君がそういうなら。』

 

「あれ? 止めてくれないんだ。」

 

『どうしたいんだよ君は。』

 

「いや、だって! すんなり受け入れられちゃうと、それはそれで寂しいっていうかぁ!」

 

『どうせ私が何を言っても、折れないだろう? 君は。』

 

「うん。」

 

 お見通しだ。余りにも。私ってそんなに分かりやすいだろうか。

 

『それに、』

 

「それに?」

 

『12年前に約束したはずだ。君がどんな選択をしようと、私“達”はそれを保証する。』

 

「憶えてて、くれたんだ。」

 

『忘れるわけないだろう。』

 

 迷いなく答えが返ってくる。当たり前みたいにそう振る舞う彼の態度に、私がどれだけ救われてるか。これもお見通しなんだろうか。

 

「何というか、夏油くんは相変わらずだね。あの頃からちっとも変わってない。」

 

『君にだけは言われたくない。相変わらず、やる事なす事が無茶苦茶で無鉄砲過ぎる。今回のやり方だって、私の降霊に拘りすぎだ。たまたま上手くいったからいいものを、』

 

「でも、信じてたから。夏油くんさえ来てくれれば、絶対、何とかしてくれるって。だって君は、私のヒーローなんだもん。」

 

 少し照れくさいけど。これが私の本音だ。

 

『・・・・・・すまなかった。』

 

「え? なに?」

 

 思わず聞き返す。びっくりした。彼が謝る要素あった? 今までで。

 

『今も、あの時も、君は私をこんなに信じてくれている。』

 

 どこか苦しげに夏油くんは言葉を続ける。

 

「もしかして、」

 

 12年前。地上での最後の記憶が蘇る。天元様との同化の直前。夏油くんとの別れ際に、私は1つ言葉を残した。

 

 「夏油くん......後は頼むよ。」

 

 そんな、願いとも呪いともつかない言葉も。彼はずっと憶えててくれたんだ。

 

『君が肯定した世界の美しさを守る。それが私の責任だと思ったんだ。なのに私は、何も成し得ないまま、』

 

「そんな事ない。」

 

 思わず強くなった語気と共に、首を横に振る。

 

「私は知ってる。夏油くんがどれだけ大変な思いをしてきたかも、どれだけの人を助けてきたかも。君の事はずっと見てたから。」

 

『......』

 

「あ、あの、誤解しないでね! ずっと見てたって言っても、ホントにずっとじゃないからね! お風呂とかトイレとかは、流石に見てない! プライバシーには配慮してたつもりだから! 夏油くんが、ボクサーパンツ派だって知っちゃったのも偶然だし、あ、えっと今の無し!」

 

『理子ちゃん。いい感じだったのに台無しだよ。』

 

「と、とにかく!」

 

 少し息を整えて、何とか話をシリアスへと引き戻す。

 

「夏油くんのお陰で、心から笑えるような居場所ができた。今回、君を助けようと動いたのは、そういう人達なんだよ。」

 

 彼のお陰で居場所ができた天星教の人達だけじゃない。伊地知さん曰く、『夏油さんの名前を出せば、高専の人間は皆、喜んで協力してくれると思います。彼ほど、現場の人間に慕われていた術師はいませんから。』との事だ。

 

 その言葉で、何だか私まで誇らしくなってしまった事を思い出す。

 

 彼のレンタル呪霊で、命を救われた術師は、それ程までに多いって事だ。勿論、それだけじゃない。アレだけ慕われていたのには、夏油くん本人の優しさとカリスマ性も、無関係じゃないと思う。

 

 幾ら実力と実績があっても、無条件で尊敬されるわけじゃない事は、夏油くんの親友が実証済みだ。

 

 “別の世界”じゃ、ヤバめのテロリストだったなんて、誰も信じないだろうな。

 

「つまりね。私が言いたいのは、君が残していったものは、確かにこの世界で廻ってる、ってこと。だから言わせない。君は何も成し得なかったなんて。たとえ君自身にも。」

 

『相変わらず、君は優しいね。』

 

「夏油くんは、厳しすぎるんだよ。自分に。」

 

『......そうかな?』

 

「そうそう。夏油くんはさ。もっと気楽でいいんだって!」

 

 やっぱりそうだ。お互いに何も変わってない。大切なものはずっとそのままになっている。

 

 “最後”にそれを実感できてよかった。

 

「じゃあ、話は終わり!」

 

 夏油くんの背中を叩く。パシッと小気味良い音が響いた。少しよろめいた後、顔を上げた彼の目には、飛び込んできたはずだ。

 

 彼を大切に思う6人の家族たちが。

 

『スグル。』

『傑ちゃん。』

『傑さん...!』

『傑さんっ!』

 

『『傑さん!!!!』』

 

 その中でも、特に小さな2つの影が飛び出して、夏油くんの胸にしがみついていた。

 

『美々子。菜々子。ただいま。約束を随分とすっぽかしてしまったね。』

 

『ほんとだよっ!バカっ!』

『待たせすぎだよ! 私たちっ、ずっと!』

 

 ポッカリと空いてしまった時間を、ゆっくりと埋めていくように、夏油くんは言葉を紡ぐ。2人を愛おしげに抱き寄せながら。 

 

 止まっていた彼らの時間は、今ようやく動き出したみたいだ。

 

「そろそろ行かないとな。」

 

 私はもう十分過ぎるくらいの時間を貰った。ずっと胸の奥につっかえていた言葉も全部吐き出せた。満足だ。

 

 だから、彼に残された最期の時間は、大切な家族や、親友の為に使ってあげて欲しい。

 

 これで私は返せるだろうか。夏油くん達に作ってしまった、山のような借りを。少しくらいは。

 

「さようなら。」

 

 ブンブンと手を振って、友達にお別れを告げた。

 

『っ、理子ちゃん!』

 

 夏油くんは振り返って、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 

「ふふっ、」

 

 天元様の力を得た私は、世界中のあらゆる場所を覗き見れる。けど、1つだけ見れない物もある。人の心だ。

 

 でも、夏油くんの目を見れば、言葉にせずとも彼の気持ちは伝わってくる。後はそれが、私の妄想じゃない事を祈るばかりだ。

 

「どういたしまして。夏油くん。」

 

 

 

 

 

 

 

◆ side:夏油傑

 

『さてと久しいね。家族の皆! ...... 再会できたばかりで悪いが、またすぐに行かないといけないんだ。だから手短に話すよ。まずは謝らせてくれ。すまなかった。君たちをこんな事にまで巻き込んで。』

 

 集まってくれた家族達の姿を見遣る。その見慣れた顔ぶれに、安心感と罪悪感が同時に湧いてきた。

 

『美々子、菜々子。』

 

 名を呼ぶと、胸元にしがみついていた小さな身体が、ぴくりと震える。

 

 2人がしてくれた事。2人の身に起こってしまった事。この身体が全て憶えていた。羂索を欺き、両面宿儺と接触し、その身体を斬り刻まれてまで、私の身体を取り返そうとしてくれた事を。

 

 どれだけ必死だったか。どれだけそれが無茶だったか。どれだけ2人が、私の事を想ってくれていたか。それを察するには十分だった。

 

『ラルゥ、利久、真奈美。』

 

 名を呼びながら、奥の3人に視線を移す。それと同時に胸の奥が軋んだ。

 

 3人は両の手脚を失っている。今、立っていられるのは、利久の術式で作った硝子の義手・義足で、それを補っているからだろう。

 

 彼らはそれだけの覚悟を持って、戦いを挑んでくれたのだ。常識的に考えて敵うはずもない圧倒的な格上。呪いの王に。

 

『ミゲル。』

 

 名前を告げられた最後の1人が、どこか照れ臭そうに肩をすくめる。

 

 ミゲルは、まあ、比較的軽症だ。身体中に傷を負っているものの、上手く致命傷を避けている辺りは、流石の腕前だろう。

 

 だが、彼ほどの男がこれだけの傷を負う時点で、この戦いの過酷さは雄弁に物語られる。

 

 ミゲルは慎重な男だ。無謀とは無縁で、勝ち目のない戦いには決して踏み込まない。そんな彼が、呪いの王との戦いに、自分から身を投じた。その意味くらいは、私にも分かる。

 

『私は、』

 

『オイオイ。自惚れるナ。』

 

 続けようとした言葉は、ミゲルの言葉に割り込まれる。そんな言葉は、ラルゥ、利久、真奈美と、さらに続いた。

 

『私達はみーんな、ちゃんと自分の意思を持ってるのよ。』

『今回とて、それに従い、行動を起こしたまでの事。』

『たとえ傑さんが相手でも、とやかく言われる筋合いはありません。』

 

 力強い言葉だった。家族からの予想外の剣幕に、思わず目を瞬かせてしまう。

 

『そうくるか。言うようになったじゃないか。』

 

 正直、不安だった。家族も天星教も、良くも悪くもその中心にいたのは私だったから。私はいなくなる事で、何かが崩れてしまうんじゃないか。そんな風に思っていた。

 

 でも、こうして皆の頼もしい姿を見せられて、それが杞憂だったと思い知らされる。

 

 家族達はもう、私の後ろをただ着いてくるわけじゃないんだ。自らの足でそれぞれの道を選び、歩いていける。それだけの成長を遂げているのだ。

 

 嬉しいような。少しだけ寂しいような。

 

 さて。そうなると、今の私にできる事なんて、高が知れている。

 

『みんな、聞いて欲しい。』

 

 ゆっくりと彼らを見渡す。先程よりもどこか精悍に感じられるその顔を、この瞳に焼き付けるように。

 

 私はただ、彼らの背を押すことにしよう。彼らがこの先、心の底から笑えるような、そんな未来に辿りつける事を願って。

 

 皆にはそれで十分だ。

 

『きっとこの先、色々な事が起こると思う。心から満たされるような幸せなことも。吐きそうになるほど辛いことも。当然だ。この世界は私たちの都合だけで動いてくれるわけじゃない。きっと、たくさん迷うだろう。時には間違える事もあるだろう。』

 

 私自身にとっても覚えがなかったわけじゃない。呪術師を続けるなら、誰しも一度は壁に突き当たる。それぞれの弱さ故に。

 

『だけどね、どんな事があっても、自分を呪ってはいけない。』

 

 言葉には自然と力がこもっていく。

 

『自己中心的。呪術師なんて、それくらいで丁度いいのさ。自己肯定ほど、生きていく上で大事な事もないだろう。』

 

 それは祈りにも似た約束だった。

 

『みんながこれから、どんな道へ進もうと、私はずっとみんなの人生を肯定し続ける。それだけは忘れないでくれ。』

 

 言い終えた瞬間、視界の端が白く霞んだ。意識がボヤける。身体の力が抜けていく。もう時間か。お迎えが来たのだろう。

 

 それでも、最後の力を振り絞って、もう一度だけ口を開く。

 

『大好きだよ、みんな。』

 

 別れの言葉は告げなかった。湿っぽい空気は好きじゃない。彼らには、まだまだこれから為せる事が沢山あるのだ。できるだけ早く立ち直り、また歩き出して欲しい。

 

 だから、間違っているだろうか。

 

 家族のみんなが、涙を流して私の死を悲しんでくれる事を、嬉しく思ってしまうのは。

 

 私が逝くまで涙を流さないようにと、気を張っていたんだろう。私の亡骸が力無く倒れた瞬間、堰を切ったようにして、みんなは一気に感情を爆発させていた。泣き声が重なり、私の名前を呼ぶ声が何度も響く。

 

 私がこうして見ているなんて、夢にも思っていないんだろう。

 

『まったく。そんな事で大丈夫なのかい?』

 

 誰にも聞こえない声で、私は呟く。

 

『詰めが甘いよ君たちは。ははっ、』

 

 思わず笑みが溢れてしまった。心の底から自然に込み上げてくるような、そんな笑顔が顔を包む。

 

 

 

 

 

『ありがとう理子ちゃん。君のお陰で、今度こそちゃんと死ねそうだ。呪術師としてでなく、1人の人間として。』

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょい待ち夏油くん! 最後にちょっと寄って欲しいとこがあるんだけど! すっくんも協力してくれるって!」

 

『ん? 寄って欲しいところ?』

 

「決まってるでしょ! それは、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ悟。いつまでいいようにされてるんだい?』

 

『......げ。』

 

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