鈴奈と麗奈は大吉山北中学校に入学し、迷わず吹奏楽部に入部した。それと同時に、鈴奈はトロンボーン、麗奈はトランペットを父に買ってもらった。
大吉山北中学校吹奏楽部は、コンクールの強豪校というわけではないものの、部員はみんなやる気があり、スローガンとして「全国大会出場」を掲げて日々活動していた。先輩後輩の仲もそれなりに良く、鈴奈はそんな部の雰囲気が楽しかった。鈴奈は、持ち前の社交性と滝に鍛えられた演奏技術で、部活の中でもそれなりの地位を確立していた。
そこで出会ったのが佐々木梓だった。
彼女はトロンボーンの神童だった。幼少期から滝に師事し、自分の楽器まで買った鈴奈よりもはるか上をいく天才だった。鈴奈がどれだけ頑張っても、梓を超えることはできなかった。周りの部員たちが、梓の方がトロンボーンの代表として相応しいと感じていたことを、鈴奈は薄々気づいていた。
だが、その程度で挫ける高坂鈴奈ではなかった。毎週のように楽器を持ち帰り、暇さえあれば練習に没頭した。すでに教職についていた滝にも、父の伝手でたまに家に来てもらい、もっと上手くなろうと希望を持ち続けた。
鈴奈が影で練習をしていることに、部員たちのほとんどは気づかなかった。同じ学年でユーフォニアム担当の黄前久美子を除いてだ。久美子とは、トロンボーンとユーフォニアムという間柄、曲の合わせ練習などでよく顔を合わせていた。どうしてか、久美子は鈴奈が練習を続けていることを知っていた。あの何かを見透かすような瞳が、鈴奈は少し怖かった。
鈴奈にとって中学最後の年――中三の、初夏のことだった。
「トロンボーン、主席は佐々木さんです」
コンクールの課題曲と自由曲の初合奏の時だった。一つずつパートの主席を発表し、顧問は満面の笑みで「みなさん、コンクールに向けて頑張っていきましょう!」と言った。
梓には、最後まで勝てなかった。
きっと、梓は知らないだろう。鈴奈の練習量を。鈴奈が何度も繰り返し練習したメロディーを、平然とこなしてみせる梓に、鈴奈がどんな感情を抱いていたかを。
悔しくて、悔しくてたまらなかった。当然のようにトランペットの主席に選ばれた麗奈と、肩を並べられる存在に自分はなれなかった。主席として、パートの代表として吹ける梓が羨ましかった。それでも鈴奈は諦めなかった。梓を超えたい。悔しさは、決意に変わっていった。
そして迎えた、最後のコンクール。結果は「府大会ダメ金」だった。
上の大会に進んで、もっともっと実力をつけたかった。あの夏、鈴奈は、確かに本気だった。
「高坂さん。あなたに、立華高校からの推薦が届きました」
部活を引退した秋、吹奏楽部の顧問から伝えられたのは、鈴奈の心を揺るがす一言だった。
「鈴奈!」
数日後、廊下で呼び止めてきたのは梓だった。
「私ね、立華に行くことにしたよ!推薦もらえたからさ〜。ね、鈴奈はどこの高校に行くかってもう決めた?」
「私……まだ、何も」
何もかもが上手くいかなかった。梓と同じ高校に行ったとしたら、また勝てないかもしれない。だから、自暴自棄になっていたのかもしれない。
「鈴奈、私と北宇治に行かない?」
「北宇治……?」
志望校を決定しなければいけなくなってきた頃、麗奈が意を決したように言った。
「滝先生が、今度赴任するところ」
「十年前の強豪校でしょ」
「それでも!……私、北宇治に行きたい。もっと欲を言えば、鈴奈と一緒に。滝先生となら、きっと何か変わるから!」
「……」
結局、鈴奈は北宇治高校への進学を決めた。正直、トロンボーンが落ち着いて吹けるところなら、どこでも良かった。吹奏楽に打ち込めるなら、それで良かった。