――そして迎えた、四月。
真新しいブラウンのセーラー服に身を包み、鎖骨あたりまで伸びた流れるような黒髪を緩く編み込み、シニヨンにまとめ上げる。北宇治は校則が比較的緩いので、シニヨンも許されるのである。髪をおろしていた中学時代とは、まるで別人のようだ。これでこそ、高校デビューである。
高坂鈴奈は情熱に染まった紫の瞳をキラリと輝かせ、家を出た。その後に続いたのは、鈴奈とは対照的に、中学時代と同じく髪をおろした麗奈である。二人は自転車に乗って北宇治高校へ通うつもりだ。
「……このストレート髪質め」
「同じ親から生まれた双子ですけれども?」
鈴奈は不貞腐れたように、麗奈を軽く睨んだ。無論、麗奈はすまし顔である。
「鈴奈」
「何?」
「入るよね?吹部」
「もちろん。じゃなきゃ、立華の推薦蹴ってまで麗奈についてきた意味がなくなるし」
鈴奈が小さく笑って見せると、麗奈は意味ありげに首を縦に振った。
「まぁ、鈴奈ってマーチングにはさほど興味はなさそうだものね。座奏の方がしっくりくる気がする。でしょう?」
「それはどうも……」
高坂家から北宇治高校は、あまり近いとは言い難い。電車で通おうとすれば、いくつか駅を乗り過ごさなければいけない距離である。その分基礎体力はつくから良しとしよう。
「麗奈は言うまでもないよね。念願の昇さんに会えるもんね?」
「ちょっ……鈴奈!」
麗奈は恋する乙女である。彼女の片想い相手は、何を隠そう、あの滝であった。麗奈の北宇治高校への入学理由の一つに、滝を追いかけるため、がある。もちろん、学校側はそんなこと知らないので、「優秀な人材が来た」と喜んで麗奈に新入生代表挨拶を任せたのである。いいのか、北宇治。この子の入学理由は不純(またの名を純愛)だぞ。
「というか、鈴奈!昇さんって呼び方、学校でしちゃダメだからね!分かってるだろうけど……!」
「はいはい。じゃ、滝先生」
「もう!」
「いいじゃん。ドキドキ、キラキラの青春!私の青春は、きっとトロンボーンだけだろうだから」
「鈴奈にもそのうちできるよ。好きな人」
「この恋愛脳!」
そんなこんなで、二人は北宇治高校まで到着した。自転車を止めてから校門の前まで来ると、突然耳に音が飛び込んできた。
それは曲ではなかった。いや、曲ではあるのだが、磨かれ鍛えられてきた鈴奈の音感が「音が悪い」と叫んでいた。それぞれの楽器の主張が激しく、音楽としてまとまっていない。ピッチもぐちゃぐちゃだ。黒髪の女子生徒が指揮を振っていたが、演奏をしている生徒たちはあまり指揮を見ていなかった。こんなもの、鈴奈にとって曲ではなかった。
北宇治の吹奏楽部はこんなものなのか……。これは、府大会銅賞も必然的だ……。
鈴奈と麗奈は吹奏楽部の前で立ち止まり、音に耳を傾けた。
「なんて顔してるの」
「だって、この音……」
その時、ちょうど曲が終わった。すると、指揮をしていた生徒が両手を広げて叫んだ。
「みなさーん!部活見学はぜひ音楽室へ!我々吹奏楽部が歓迎いたしまーす!」
「麗奈、行こっか」
桜舞い散る中、二人は北宇治高校に入学した。