「ようこそ吹奏楽部へ!梨子、早く入部届!」
「ええっ、今ですか!?」
朝、指揮を振っていた黒髪の女子生徒が勢いよく立ち上がり、近くに座っていた生徒に指示をした。
「行こっか」
後ろで小さく声がし、続けて扉を閉める音が聞こえた。鈴奈がちらりと振り向くと、一瞬だけ、ふわふわの茶色の髪が見えた。
――「本気で全国行けると思ってたの?」
どこか空虚で幼なげな声が、頭をよぎった。しかし、鈴奈はすぐにその考えを否定した。彼女がこんな場所にいるわけがないのだ。いつまでもあの夏の日の言葉を引き摺ってはいられない……。
鈴奈が目線を元に戻すと、黒髪の生徒が目の前に立っていた。鈴奈と麗奈は驚いて思わず同時に瞬きをした。女子生徒の手には、二枚の紙が握られていた。仕事が早すぎる。
「二人のレディー!君たちがこの北宇治高校吹奏楽部の新入部員・第一号と第二号だよ!ウェルカム、大歓迎!」
「……これが入部届ですか?」
女子生徒は陽気であった。麗奈が紙を指さすと、女子生徒は、うんうん、と得意げに頷き、そのままそれを二人に渡した。
「ペンは持ってる?とりあえず、記入しといてー」
鈴奈と麗奈が入部届を書き終えたのを確認すると、前に立っていた生徒が回収していった。
「えーと……高坂麗奈さんと、高坂鈴奈さんね。それにしても、そっくりね!双子なの?」
「はい。一応、一卵性双生児です」
麗奈が答えると、彼女は、あ、と声を出した。
「入部届も書いてもらったし、自己紹介はしなくちゃね。私は部長の小笠原晴香。こんな役職だから、きっと関わることも多いんじゃないかな。で、さっきの子が副部長の……」
「田中あすか!担当は見ての通りユーフォ!生まれてこの方17年、ユーフォを愛する……」
「あすか、ストップ!」
部員たちがどっと笑った。やはり、女子生徒改め、あすかは陽気この上ない。普段からこのような性格なのだろうか、と鈴奈は考えた。思い起こせば、朝の演奏の時も、一人だけハイテンションであった。
「それじゃあ、手続きはここまでね。後は見学するなり、帰るなりしていいから」
「分かりました。見学していきます」
鈴奈が言うと、麗奈も頷いた。晴香はそれを見ると、部員たちに向き直り、指揮をするため手を構えた。
「それでは、チューニングの続きから行きます」
部員たちが楽器を構えた。金色、銀色、様々な楽器が蛍光灯の光に照らされ、一斉に煌めいた。すぅ、という行き場のないような音が沈黙を貫き、そして次の瞬間楽器の音となって鈴奈の耳にうねりながら入ってきた。
その音程の悪さ、各楽器の音量のバランスの悪さに、思わず鈴奈は眉を一瞬顰めた。視線を前に向けると、晴香が悲しそうな表情でひたすらに指揮を振っていた。
――京都府大会、銅賞。
そう打ち出された文字と、部員の集合写真が壁に飾られているのが目に入った。
所詮、去年府大会銅賞という弱小校である。チューニングすら合わないだろうということは鈴奈も承知済みだ。それを踏まえた上で、鈴奈は北宇治高校への進学を決めたのだから。しかし、いざ音を聞いてみると、あまりにも酷すぎた。新しい顧問となる滝も、相当苦戦するだろう……と鈴奈は心の中で小さく思った。