明日からは毎日1話投稿となります。
3万文字ちょっとのショートショートです。
01話表
美しい女性が自分の上で踊っている。
宝石のような煌きを放つシャンデリアに照らされ、肌触りのよいシルクのシーツが体を包む。
ここは都内の高級ホテル。シンプルではあるが重厚感がある家具、窓から広がる眺めは絵画のような美しい。都会の喧騒が遠く、互いの息遣いだけが聞こえる場所で、男女が情事にふけっている。
ああ、今、僕が死んだんだな。
カミキヒカルはそう思いながら、美しい女性、女優の姫川愛梨の体を貪っている。
腕の中の姫川愛梨は舞踏のように優雅に揺れ、その美しさは彼女の出演する作品のどれよりも美しかく、女性らしいほっそりとした姿に似つかわしくなく燃えるように熱かった。
しかしカミキヒカルはその口で姫川を喜ばせる言葉を紡ぐも、相対するように頭はどこまでも冷めていく。
まるで他人事だ。そう気が付いたとき、いままでの自分というものがどうしようもなく壊れたことを自覚することができた。
「あら。起きたのね」
いつの間に眠ってしまったのだろう。日が昇り始めた窓から薄い光が差し込んできた頃、目が覚めたカミキヒカルに姫川は声をかけてきた。
カミキヒカルがベットから声の方に目を向けると、そこにはシャワーでも浴びてきたのだろうか? 濡れた髪をまとめベージュのガウンに身を包んだ姫川がミネラルウォーターを片手に丁度部屋にはいってくるとことだった。
「はい。おはようございます」
カミキヒカルは笑みをうかべながら姫川に挨拶をする。
姫川は、おはよといってテーブルに置かれていたコップにミネラルウォーターを入れ手渡すと、ヒカルは一気に飲み干した。ミネラルウォーターが喉を通り全身の隅々までいきわたるのを感じる。
「私は午後から仕事だからそんなに一緒できないけど、眠ければチェックアウトまで寝ててもいいのよ」
「いえ、俺もシャワー浴びてきます」
そういうとヒカルは浴室に向かうのだった。
できるだけ自然に、内心を気付かれないように部屋をでる。
しかし温かいシャワーを浴びれば昨日のことが思い出される。
父親の命令で1日彼女のデートに付き合い、夜を過ごした。ただし自分は11才という点だとうか?
言葉にすればたった一行の出来事なのだが、カミキヒカルの心情としてはいままで縋り付いていた世界が壊れて、新しく組みあがる程度に大きな出来事であった。もともと認知こそされているが妾の子であるヒカルが、父親からどのように思われていたのか。嫌でもわからせられた日であり、無いとわかっていた家族の愛情が、予想通り無かったことを叩きつけられた日であったのだ。
「かくして僕は死に、俺になりました…………と」
シャワーの音にかき消された言葉には哀愁もなく、ただ淡々と事実を告げる裁判官のような声色だった。
しかし浴室から出れば、そこは現実が広がっている。
昨晩あんなに乱れていた姫川は大女優として化粧を施し、品の良いスーツに身を包んでいた。
「あれ? 先に?」
ヒカルが声をかけると、姫川は今までとは違う女優の笑みを浮かべながら答える。
「ええ。さっきも言ったけど午後から仕事なの。ゆっくりモーニングに行けたらよかったのだけど、移動を考えるとそうも言ってられないのよね。フロントにそれを渡すだけでいいわ」
そういうと姫川は美しく細い指に無造作に持ったキーをヒカルに手渡す。
ヒカルはキーを受け取りながら、スーツがしわにならぬよう自然と腕を姫川の腰に回す。姫川は予想していなかったのだろうか、すこし驚く仕草をするも、そのまま軽くヒカルの頬に手を添えてキスをする。
「よかったわよ。次の仕事が終わるまでばっちりと充電できたわ」
「それは良かった」
「欲を言えばもう少し技が欲しいところだけど、若さと体の相性で合格点。なんだか光源氏の気分ね。すれてない男の子を自分の好みに育てるような」
そういうと姫川はもう一度ヒカルの唇に軽いキスをする。
大人の既婚女性と11歳の自分がこんなことをしている。あまりにもあんまりな関係だ。だけどそのことを悔やむ僕は死に、俺となった。
「じゃあ、仕事がひと段落したらまた呼んでください。ああどうせなら一緒の仕事したいな」
その言葉がよほど意外だったのだろう。姫川は驚いた顔をするが、すぐ先ほどまでの顔に戻る。
「ええ。今の君ならいいわね」
そういうと荷物を手に部屋を出ていくのだった。
その閉じるドアをみながら。
「仕事してる大人の女性ってタフだよな」
そういうとヒカルはタオルを放り投げ、ベットに倒れこむのだった。
***
姫川愛梨とカミキヒカルの付き合いは公私ともにその後しばらく続いた。
ある時は彼女のCMの脇役。またある時はモデルをする際の相方。ドラマではデキる女性と話のキーマンとなる少年。
大御所がお気に入りの新人を引き回すことはよくあることだ。しかしそれが許されるのは最初の内だけ。使えないと判断されれば、大御所のメンツのためにも、自然と表に出てくることができなくなる。いわば大御所の人気取りのアイテムとなりさがるのだ。
その点、カミキヒカルも姫川愛梨のお気に入りということで二度三度と仕事をこなす中、ルックスに加え演技の上手さ、物腰の柔らかさ、そして裏方も含めて非常に礼儀正しく気配りのできるコミュ力の高さが評価されるようになっていた。
この業界、顔やルックス、逆に演技だけの存在は掃いて捨てるほどいる。突き抜けていれば成功することもあるが、大抵の場合は、成功に至る前に潰される。対してカミキヒカルに敵は驚くほど少ない。不愉快になるような印象を与えず、現場に溶け込みながらいざ演技となれば、求められたパフォーマンス以上をしっかり発揮する。
それらは姫川による教育の賜物と考えられていた。制作スタッフ。俳優。スポンサー。様々な相手への付き合い方も含めて理想ともいえる立ち振る舞えを教え込んでいる。さすが大女優。新人育成にさえ抜かりはないという評価だ。
その成果は様々な場所で発揮された。
たとえば、おいしそうに食べる姿。食べ方の美しさ。聞き上手。子供とはいえ最上のルックスとそれを魅せるテクニック。なにより子供らしからぬ場の空気をめる嗅覚。気が付けば様々な現場で、仕事だけではなく、ただ飯を対価に目上の人たちの愚痴大会のマスコットとして参加するほどのコネを獲得するに至った。
もちろん姫川とヒカルの逢瀬のことは誰にもばれておらず、体を重ねることもしばしばあった。
その日も二人はとあるホテルで逢瀬を楽しみ、ベットで横になりながら寛いでいる。火照った体を覆うものは肌触りのよいシーツ一枚。ゆっくりと時間がたつのを楽しんでいる。
ひと段落したとき、ヒカルは姫川に以前からの疑問をなげかけるのだった。
「ねえ、愛梨さん。なんであの時OKしてくれたんですか?」
「どうしたの? 急に」
「ほら、俺って正直いえば演技は勉強中。せいぜい顔だけじゃないですか。なんでいろいろ教えてくれたり仕事に引っ張ってくれたりしたのかなって」
「そうね~。出会った日の最初の感じのままだったら、翌朝バイバイして終わりだったかしら?」
ベッドサイドに置かれたポーチに手を伸ばすとタバコを取り出し咥える。すかさずヒカルは反射のようにライターを取って火をつける。
ゆっくりと紫煙を登らせるが、何を思ったのかすぐにヒカルが差し出した灰皿でもみ消しながら姫川は答える。
「でも、一通りおわってみれば別人みたいに変わってた。その時思ったのよ。この子を育ててみたいってね」
そういうと、姫川はヒカルの目をゆっくり見つめる。もちろん旦那の浮気や仕事のストレスがあったとは言え、11才だったヒカルに手を出したということは、そういう性癖だったのは言うまでもない。その上で一晩で大きく変わったカミキヒカルという原石を自分好みに磨いてみたいと考えたのだ。
しかし、ヒカルとしては下世話な言い方だが一皮向けたことで変わったということは理解できたが、大女優のお眼鏡にかなうほどとは思えなかったのだ。
「そんなもんでしょうか?」
「ええ。タバコの火一つ、つけることができないぐらい気の利かない小僧が、今ではいっちょ前にテーブルマナーから、会話を楽しませるために勉強して、パートナーを気遣うぐらいまで成長したのだもの」
そういうと姫川はいままでもことを思い出す。
CMの時はその輝くような演技を。モデルの時は被写体となる心構えを。ドラマの時は求められる演技を。カメラ、舞台の違いからどう見られるのかといった技術的なこと。
なにより私生活におけるマナーをはじめとした教養。小さなことは街でエスコートするとき、どのような立ち位置にすべきか。どのような予定や予約を準備しておくか。ファッション。化粧。ランチやディナーなど店にあわせた立ち振る舞い。最後に会話をつづけるためにどのようなことを事前に学んでおくべきかなどなど、それらをできる限り叩き込んだのだ。
そして11歳という若さもあってまるで水を吸うスポンジのように様々なことを吸収したカミキヒカルは、姫川の手で、美しい青年へと開花していく。
まさしく光源氏の心境ともいうものだろうか。そんな楽しさを最近感じていたのだ。
「旦那は不倫にいそしんで、私は仕事に追われもうどうでもいいやと思った時、あなたのお父さんの誘いにのったけど。思いのほか良い気分転換になったわ」
「それは良かった」
姫川から父親のことがでたため、内心をかき乱されたヒカルだが、そんなことをおくびにも出さずに会話を続ける。どんなときも相手を楽しませるためのテクニック。まさしく姫川による教育の賜物だった。
「でも、こんな関係もそろそろ終わりかもしれないわね」
「えっ?」
しかし、姫川の次の言葉にはさしもの演技の顔も一瞬剥がれ落ちてしまった。
「デキたみたいなのよね」
「デキって。旦那さんのですよね」
「…………」
さすがにヒカルもバカではない。
もちろん旦那さんの可能性はそれなりにあるのだろう。しかし、ヤルことをしっかりやっていたのだから、ヒカルの可能性も十分にあるのだ。
だからこそ、姫川は誰がと明言しない。
「検査もしたわけじゃないし、勘違いかもしれない。正直いえばどっちの子かもわからない。でも私の子だもの、あなたにどうこうさせる気はないわ」
そういうと、姫川はやわらかく笑いヒカルを抱きしめる。
「でも、こんなことは今日までね。明日からは姫川さんと呼びなさい」
「はい」
「そして生まれてくる子を、あなたは知らない。ああ、でも、もし将来どこかで縁があれば少しだけ優しくしてあげてね」
「わかりました」
姫川の言葉にヒカルは答える。
ただ気が付けば涙が流れていた。なぜ、涙が流れたのかその理由もわからず、ただただ流れていた。
「きっとあなたはこれからいろんな出会いをするのでしょうね。私みたいな悪い女につかまっちゃだめよ」
「どうせなら……」
ヒカルは何かを言おうとしたが、口を噤んでしまう。姫川もそのことについて何も聞かない。
ただ、その翌日二人は別々の時間にホテルを出て、それ以降 今まで通り姫川のお気に入りとして仕事や現場の付き合いで会うことはあっても、プライベートで過ごすことは無かったという事実だけが残った。
01話裏
アイが死んだ。
ドームライブを成功させた帰り道。タクシーでの移動中に発生した事故。後の報道で分かったのは信号無視してきた乗用車との追突事故。
アイに過失なんて全くない。どうしようもないもらい事故。世間ではそう報道していたが、信号無視をしたドライバーはやはりアイツだった。
「いつまで間違った条件を繰り返してるんだい。あなたが間違う限り、彼女は二十才の誕生日を超えられないのに」
そして嫌なことに、あいつのいうことは事実となった。
興信所を雇ったり、伝手をつかって警備や安全確保に動いても覆すことができなかったアイの死。なにより自分はなにもできず、守り切れなかった事実。
これまで5回。アイの死にふれたことになる。
もちろんすべての死に立ち会えたわけではない。後から知り、事情を調べたものばかりだ。しかし直接間接含めてすべてアイツが関係していた。そして日付も共通していた。
アイは二十才の誕生日に亡くなっている。
正確には一回目は誕生日当日の朝。それ以降はすべてドームライブ後から0時までの間であった。
この違いはなんだ?
「いつまで間違った条件を繰り返してるんだい。あなたが間違う限り、彼女は二十才の誕生日を超えられないのに」
思い出せ。
あいつは何を知っていた?
あの老婆はなんと言っていた?
「これは千年ごとに行われる儀式。でもあなたは間違えた。だから罰として儀式を引き継いでいる」
儀式とはなんだ?
何を間違えた?
俺はいつ間違えた?
あの老婆は相応に苛立っていた。年齢を考えればヒステリックにさえ感じたが、もしあの言葉が正しいなら都合三回、そして去年の時点で失敗が確定していたことになる。最初も含めれば30年近くの時間をかけて失敗しつづけたというならば、怒りたくもなるだろう。
アイのいない世界に俺は生きる価値を見出せない。
だから考えろ。
「神の器にそそぐ魂は、別にあなたである必要はない。やさしい私だから、あなたの罰にも付き合ってあげてるけど、そろそろなんとかしてくれないかい?」
つまり
カミキヒカルとして繰り返がはじまった原因は、星野愛久愛海が何か失敗した罰。
「いつまで間違った条件を繰り返してるんだい。あなたが間違う限り、彼女は二十才の誕生日を超えられないのに」
そして、カミキヒカルが間違えたからアイは二十才の誕生日を超えることができない。
なによりこんな超常現象がかかわる儀式とは?
器?
まずあの言葉が正しいならアイは二十才の誕生日を超える条件が存在する。その条件の一つは、俺が間違えないこと。
最初のカミキヒカルは失敗しなかった。でも
器という言葉が正しければ、
***
さて、今生も姫川さんと再会した。
相手は自分のことを知らないが、自分は相手のことを知っている。
何度も繰り返せば、いくらでも経験のあることだ。
最初は驚いた。
次は都合がよいと感じた。
しかし回を重ねるごとに空しく、そして寂しいと感じるようになった。
今を覚えているのは自分だけ。
どこまでいっても続く孤独。どれほど積み上げても、次には忘れさられる。
そんな中でもアイの輝きだけが唯一の救いだった。あの輝きをみることで昔を思い出すことができる。
とはいえ、今生においてやることはすでに決めている。
理由はわからないがこの異常事態を引き起こしている存在は、限りなく1週目に近い状況を望んでいること。
そしてその状況にかぎりアイが20才の誕生日を超える可能性があること。
じゃあなぜ一週目にアイは死んだのか。
いくつか思いついたが、それを裏付ける根拠はなにもない。
どちらにしろ最初の状況を再現するにのは金と力、ありていに立場が必要だ。
だからこそ、藁にもすがるつもりで姫川さんに声をかけた。そのおかげで多くの仕事とコネを得ることができた。しかし、いままでと違う彼女の一面を垣間見ることができた。こんなに世話好きとはおもわなかった。
芸能界という特殊ともいえる世界で、いかに生き残るか。技術はもちろんのこと、各種知識。人間関係の構築方法。それこそ大女優のノウハウだけでなく、大女優だからこそ理解していても実践できないナレッジまで叩き込んでくれた。
でも彼女との関係も終わりとなる。
もちろん彼女と関係を深めることで、
こんなクズとわかっていながらも、彼女は彼女らしい付き合いをしてくれた。
少なくとも今生における俺を形作ってくれたのは姫川さんなのだから。彼女のこれからの幸せを願わんばかりだ。