02話表
カミキヒカルが中学生となりしばらくが経過した。身長も伸び持前の甘いマスクも、中性的な独特の色気をはらむ風貌に磨きがかかっていた。そんなカミキヒカルの日常は、学校に通うことを最小限に、演出家 金田一敏郎率いる劇団ララライに所属し演技を学びつつテレビCMやモデル、ドラマ、映画など多岐にわたって精力的に活躍をしていた。
花のある新進気鋭の若手俳優。
姫川愛梨とはあれ以降仕事でしかあっていない。もちろん出産のために休暇に入ったのだから当たり前といえば当たり前だ。
もっともヒカルにとって気になることは、いろいろお世話になった姫川の旦那である上原 清十郎が、同じ劇団ララライに今も所属していることだろうか?
役者としては二流。その姿勢などに多々問題を抱えているが、それでもムードメーカーとして、そして脇役として重宝されているそんな役者だ。もっとも悪く言えば替えの効く役者ということであり、彼の最大の功績は姫川を落として結婚したこととさえ言われる程度だ。
とはいえ、ヒカルは上原 清十郎のことを嫌っているということはなく、まあ年の離れた同僚という感じで適度な距離を維持している。なぜなら内心まして姫川との付き合いを明かすことなどできるはずもないのだから。
そんなある日、金田一がララライのメンバーを会議室に集めていた。
「次の舞台が決まった」
そういうと資料が確認に配られる。
舞台シュタインズ・ゲート
ゲームからアニメに展開されたものの舞台化である。昨今2.5次元や実写化というジャンルが形成されるほど、アニメや漫画・ゲームを原作とする舞台は思いのほか多い。評価に関してはピンキリではあるもののある程度の集客も見込め、なにより大手出版社やテレビ局がバックにつく場合も多いため、劇団側としては悪くない条件の仕事である。
ただし
「アニメ原作か…………」
と、上原が空気も読めずに言葉にする。ある意味で空気を読んだ結果ともいえるのだが、この手の舞台を毛嫌いとする舞台役者は一定数存在する。それは舞台芸術がいわば世界的にも評価される古典芸能という自負と、アニメやゲームは子供のものという偏見に起因するものだったりする。
「いつも言っていることだが、うちは劇団としてはまだまだ弱小だ。仕事を選べる立場ではない。どうしても無理なら受け付けるが?」
演出は金田一と決まっており、メインの役どころはこの後オーディションとはいえ、エキストラやサブはララライのメンバーからという比較的良い条件なのだ。
「あのー私、すでに役に名前がはいってるんですが」
「あ、おれも」
メインキャストに数名名前が入っていることに気が付いた面々が声を上げる。
「それは、事前に俺が推薦してスポンサー側がOKしたやつだ。たとえば橋田。お前は体形がほぼ原作通りと原作者が太鼓判おしてたぞ」
「うす」
金田一が言う通り、橋田の演じるダルというキャラは、イメージイラストを見る限り、まんま橋田だった。大柄を通り越してデブキャラの劇団員は数がかぎられている故の抜擢だ。
ほかも様々な理由で数名のメンバーにOKがでたのだろう。もちろんメインキャラはオーディションとなるのだが…………
「漆原るか? 女?」
「そうだが?」
カミキヒカルの言葉に、周りが確認する。漆原るかのイメージイラストはどう見ても女の子。巫女服をきた少女みたいな男の子。趣味が料理というぐらいだから、なおの事、女の子にしか見えないのだが…………男らしい。
「女性のほうが良いのでは?」
カミキヒカルは率直な感想を述べるのだが、金田一は何を言っているんだ? と言いたげな様子だ。
「もし一年後ならお前をつかわん。ちょうど成長期がはじまりかけている今のお前だから抜擢した」
「まさか」
「少し前にお前が女装したときの写真を持っていったら一発OKがでたぞ」
「ああああああああ!!」
先月。舞台で失敗をした時の罰として、迷惑をかけた女優の要望で一度だけ女装でモデルをするという企画があった。金田一はその時の写真を今回のキャスティングチームに渡したところ、どうみても女性にしか見えない男。しかも美少年が美少女になっているという状況が評価されてしまったのだ。
そして周りも、あの時のことは覚えていたらしく。じゃあ大丈夫だね。かわいかったよね。と無責任に声をかけるのだった。
「どうせ今しかできない役だ。いい経験と思ってやれ」
金田一のこの言葉にヒカルも頷くしかなかった。
さて、実際のところ今回の舞台は普通の舞台ではない。なぜなら前半は同じだが、後半が6種類のエンディングということ。その中にはヒカルが演じる漆原るかのルートもある。そして千秋楽は投票で決まるというのだ。
「本編のトゥルーエンディングが千秋楽と決まったわけではない。もし覆せれば」
まあ、実際演技だけで投票が決まるわけではない。原作のトゥルーエンドがある以上、それがもっとも人気がでる可能性が高いのだ。しかし、それでも競争要素があると、こだわってしまうのは役者の性というものなのだろう。
「それにしても、なかなか難しい」
なによりこの作品において漆原るかとは、キャラクタのビジュアル的には意外性の塊だが、シナリオにおける立ち位置はアクセント。特にヒロインとともに平和な世界線における象徴のような存在なだけに、後半になればなるほど影が薄くなる。
もちろん、このシュタインズ・ゲートという作品の中心は過去へ戻ることによるやり直しである。しかし、るかルートは、主人公との共通の友人であるヒロインの死の先にあるのだ。
「〇〇〇だ。そしてヒカルまだ話は終わってないぞ」
気が付けばララライの団員達が、ヒカルに視線を向けている。どうやら金田一の説明の途中なのに役作りに没頭してしまったようだ。
「あ…………すいません」
「メインキャスト募集のためのオーディションがあるので、実際のスタートはもう少し先になる。それまでにしっかり役作りをすること。あと原作ゲームやアニメも提供されているのでしっかり目を通しておくこと。以上だ」
そういうと、金田一は〆るのだった。
***
結果から言えば、それなりの成功となった。橋田さんをはじめ男性陣は「本人だろ」という評価に、良くも悪くも俳優としてはうれしいところ。しいて問題があるとすれば、その男という括りに、るか(ヒカル)がカウントされていたのかがわからないことだろうか?
あと千秋楽はヒカルが演じた「るか」のルートは選ばれなかったことが心残りではあった。
もちろん相応の苦労もあった。そもそも劇において男が女を演じることは多い。しかしそれは長年の稽古によって積み上げ磨かれた技である。
今回のようにスポットでやるものはめずらしい。
それでも、持ち前の考察からの演技力……ではなく、ララライの女性メンバーによる徹底的な指導の下で組み上げられた女子力を身に着けることができたのだった。いわゆる男の視点からみたかわいい女性と女性からみたかわいい女性のブレンドである。
その成果として
ヒカルの役は舞台では女の子にしか見えなかった。愛らしく、どこからみても気弱な美少女。成長期に入りかけだがまだ声変わりしていないヒカルの声はそのまま、中性的な魅力となってキャラをたたせた。節々にみせる男ならではの仕草に、女性的な演技。なにより男であることに悩む序盤。女となって、親友の女の子の死を受け入れるという主人公と共犯関係の末に結ばれる姿は、本当に男の役者がやっているのか? と一部界隈で話題になったほどだ。
しかし…………
「ねえ。金田一さん」
「どうした? ヒカル」
「なんでまた女性役なんですか?」
そう。次の舞台もヒカルは女性役でオファーが入っていたのだ。
「いや、アクションの入ったヤツだからお前が最適とおもってな?」
「いやいや。アクションできる女性いるでしょ。普通に」
「なんだ、嫌なのか? お前の事務所の方はOKだしてたぞ? なんならモデルでもとか話が」
金田一の言葉に、ヒカルはマネージャーの方をみると、マネージャーはそっぽを向いてしまう。
そんなやり取りが待っているとは、ヒカルも予想はできなかった。
とはいえ舞台は千秋楽を迎え、行きつけの店を貸し切りとして、関係者が一堂に会する宴会が開催されていた。
「おう。カミキおつかれ。食ってるか?」
関係者に挨拶周りをし、やっと食事にありつこうとしたところ、主催の金田一に声をかけられたのだった。
「金田一さんお疲れさまでした。挨拶周りもおわったので、これから食べるところです」
「おまえはまだまだ成長期だ。しっかり食って成長しろよ。役者ってのは目立ってなんぼ。良くも悪くも身長というものはわかりやすい。お前ぐらいの時はしっかりくって、栄養をため込むんだぞ」
成長しなければ、今回のようにまた中性的な役とか女性の役がまわってくると、言外にいわれているようにおもったヒカルは悪くはない。
「なら、ときどき焼肉にでも連れて行ってくださいよ」
「おう。今回はいい演技だったから、タイミングをみて連れてってやる」
そんな風に軽口を叩いてると、水割りを片手に一人の男が近づいてきた。
「よう金田一ちゃん 今回もよかったね」
「鏑木ちゃんか。 今回も助かったよ」
金田一は 鏑木の持つグラスに軽く乾杯をすると一口飲む。
「ああ、紹介するよこの子はカミキヒカル。うちの次回あたり主演ができそうなぐらい育ったガキだ。で、こっちは鏑木勝也。プロデューサーだ」
「カミキヒカルです。よろしくお願いします」
「鏑木だ。よろしく。君の名前は最近よく聞くようになったよ。あとカミキというとあの人の血縁者かい?」
「ええ。息子の一人です」
ヒカルは顔色一つかえず誰もが好感を持つ柔らかい笑みで鏑木に一礼する。
あの人
つまりカミキヒカルの血縁上の父親を知っているのだろう。
「じゃあ、君に仕事を回すのは難しいかな?」
「いえ。学業に支障のない範囲ならいくらでもお受けします。どのような仕事もすべては芸の肥やしとなりますので」
「ははは。なかなかいうね。金田一ちゃんしつけ過ぎじゃないか?」
ヒカルの返しがなかなか気に入ったのだろう。鏑木は金田一の肩を小突く。それに対し「こいつは半分勝手に育ったんだよ。俺のせいじゃない」と笑いながら金田一も返す。二人の仲の良さがよくわかる。
「カミキ君。仕事の件は後程連絡するよ。それよりも金田一に話したいことがあってね」
そういうと鏑木は懐から写真を一枚取り出す。
「なんだ? アイドルか?」
「ああ。苺プロのB小町というアイドルグループのアイくんだ。今度お前のところのワークショップに参加させたい」
とくに隠し事ということではないのだろう。金田一は受け取った写真をヒカルにも見せる。
そこには輝くような笑顔の美少女が小さなライブハウスで歌っている姿が映っていた。なるほどアイドルというのは納得だ。
「ファッション雑誌の仲介で知り合ってね、他にもちょこちょこ世話をしている子だ」
「この一枚じゃあわからないが、何があるんだ?」
「まあ原石ってところだ。いまはただの田舎から出てきたばかりの芋娘だがね」
「磨くのは事務所の仕事だろ」
金田一は鏑木の言葉にしかめっ面をしながら、違うだろという。しかし鏑木はそう言われることをわかっていたのか、肩をすくめながら答える。
「普通はそうなんだがね。事務所は弱小。それに彼女の才能はどちらかといえば、こっち側だ」
「なんだ演劇畑の血が騒いだか?」
「いまさらそんなことじゃない。どちらかと言えば勿体ないという欲のほうだね」
金田一の話っぷりから、もしかしたら鏑木は以前この劇団に所属かその前身の関係者だったのかもしれない。
「まあ、いいだろう貸1だ」
「次のアレ回しただろ? どんだけこっちの貸が溜まってるとおもってるんだ」
「まあ3・4か月先ならこっちも受け入れ体制はとれるから、それまでに調整だ」
「ああ。頼むよ」
そういうと鏑木は離れていくのだった。
「なんだヒカル。気に入ったのか?」
気が付けばアイドルの写真とやらがヒカルの手に残されていた。鏑木は回収しなかったのもあるが、なんとなく受け取ってから返すタイミングを逸してしまったのだ。
「まあ、お前がもってろ。同世代だろうからワークショップに参加すればお前が面倒みることになる」
「はい」
こうしてヒカルの手にはアイドル アイの写真が一枚のこるのだった。
02話裏
姫川さんが産休に入った頃。若手俳優兼モデルとしてある程度の立場を手に入れることができた。
しかし、気が付けば仕事のほとんどが過去に経験のないものとなっていた。これは姫川さんの引き立てと、今生での評価の反映ともとれる。
さて話は少しかわるが、子役も含む俳優やモデルとしてはそれほど高くはないが、数をこなせばそれなりの金額となる。実家を出て学校と劇団の練習場所がに近いアパートで、週3回家政婦さんが来てくれるという疑似的な一人暮らしているとはいえ、学費・家・家政婦を含む生活費は、カミキの家から出ているため、自由となる金額は多い。
そこで中東での戦争直前から、海外ハイテク株を限界いっぱいまでレバレッジをかけて購入。終結後一回利確し、一度底値になった9月頃に買い戻し、年明けごろに再度利確ということを代理人を経由して続けていた。
なぜこんな金策をしているかというと、何事も資本が必要だからだ。
幸いループしているためか世界経済は大きく変わらない。前回最後に記憶した流れと今生の株価や為替の流れははほぼ同じだった。くわえてスポーツくじの当り番号も変わらないので種銭をそっちで集め、値動きを知る株に投資する。今生を生きる人にいろいろと申し訳ないが、計画のためにはしょうがないと割り切る。
それはさておき、鏑木と再会することができた。
過去にこんな形であったことは無かったのだが、まさかアイをララライに紹介するタイミングに出会えるとは思わなかった。
このあたりからも、少しずつ変わっていることが確認できる。
それはさておき、アイの写真を手にしたとき泣きそうなほど歓喜に包まれていた。だけど必死に表情を繕い普通の反応を演じた。接点がないはずのアイの写真を喜ぶ姿など違和感しかないだろう。なにより、アイとの関係は出来る限り隠さなければいけないのだ。変なところで変は印象を残すわけにはいかない。
しかし、興味深そうに見ているように外野には見えたらしく、写真をそのまま受け取ることになった。
ああ。アイにまた会える。
今生では君を傷つけるだろう。でも君を必ず誕生日の翌日に連れていく。
この写真に改めて誓う。
そして…………もう時間がないことをあらためて自覚した。例の件についても調査をすすめないといけないが、個人でどうこうできるレベルをとうに超えてしまっていた。いっそ専門の調査会社を使うか。