03話表
劇団ララライは新進気鋭の劇団と、世間では評価されはじめている。芸学校のサークル活動に端を発していることもあり、横のつながりが強く仲が良い。悪く言えば排他的だ。しかし芸能界はそれで成り立つにはごく一部の大手なり、突出した才能と評価なりが必要となる。
そこで考えられたのがワークショップである。
それなりに体系立て演技というものを学び実践する劇団。そして演出家 金田一の積み上げたもののさわりの部分を教えるというものだ。裏を返せば育成代行であり、コネの拡大である。もちろんワークショップへの参加料もバカにはならない収入だ。たとえば鏑木など外で活躍する元メンバーはこのワークショップを使い新しい人脈や人材を育成する。そして仕事や人材を劇団にもたらしてくれる。そんな持ちつもたれつの場である。
今回のワークショップに参加したのは以前話があったアイドルのアイ。それと声優と新人モデルだった。まだアイドルや声優が演技を学ぶというのはわかるが、モデル? となったが、聞けばバラエティ方面に売り出したいらしくその下準備といったものらしい。
「ようこそ。劇団ララライへ。私は代表の金田一です」
金田一がワークショップの内容を伝えていく。
ワークショップ参加者は、はじめから演技指導に入るとおもっているようだが、初日は業界の基本。いわゆる業界で生きるための心得的なものとなっている。
演技力は重要な要素だが、演技をする前段階に、社会人の基礎ともいわれる挨拶・身なり・コミュニケーションなんてのもから入る。なんともアレな話だが一周まわって気持ちよく仕事をするには必要ということで案外好評だったりする。
そのような業界人というか社会人勉強の基礎が終わり、休憩をはさんで本日最後のコマである。
「さて、うちのワークショップはそれなりに好評である理由でもあるのだが」
そういうと3人にそれぞれ台本が渡される。
「ファントム?」
アイは台本のタイトルをなんとなく口にする。
舞台ファントムの台本である。
「一応守秘義務などは事前に事務所から聞いているとおもうが、ワークショップ参加者は現在劇団ララライがかかわっている舞台への参加券も含まれている。もちろん無条件で参加できるダブルキャストではないが、不慮の事故が発生した時、君たちの出来次第で代理として舞台に立つことができる」
金田一の言葉に、参加者の目が変わる。わかりやすく仕事、そして実績につながるとわかるとやる気も違ってくるというものだ。
「さて、今日残りの時間は各役に対する相方を務めるとうちの連中とのコミュニケーションと台読みだ。コミュニケーションを通じて役への理解をふかめてほしい。そして次回までに台本の赤丸がついたページを可能な限り覚えてきてほしい。そこを中心に指導を進めていく」
そして金田一の合図にあわせてヒカルはアイの席に近づき挨拶をする。
「カミキヒカルです。しばらくパートナーとしてよろしくお願いします」
「B小町のアイです。よろしく」
これが、カミキヒカルとアイの出会いであった。
***
二人が最初に交わしたのは簡単な自己紹介。ヒカルがリードするようにどんな仕事してきたのか。どんなものが好きなのか。他愛のない話から仕事のスタンスまで、交互に言葉を重ねる。それぞれが何ができるかという理解のために、アイには持ち歌の触りの部分をダンス込みで歌い。ヒカルはソロの
「じゃあお互いを知ることの続きだけど、先ほどのパフォーマンスを見ての印象をつたえるね」
「うん。私は後でいいんだよね」
ヒカルはアイの回答に頷きながら話題をつなげていく。
「まず、さすがアイドルといったところかな。アイさんのパフォーマンス中の笑顔は目が離せなかった。またダンスの合間に魅せる仕草というのかな、見ていて美しい、かわいい、と感じたよ。いろんな君を見たいと思わせる魅力、オーラともいうかな? そんなものを感じられた。それは演劇にも通じるものだし、君の魅力であり武器なんだね」
ヒカルの手放しともいえる賞賛にアイは照れながら嬉しそうにうなずく。
「じゃあここからは、ちょっと厳しいことをいうね」
「えー」
「いま着ている服もそうだけど、絶妙にサイズが君にあってない。色や素材も絶妙にバラバラ。首元が結構すりきれてる。ちゃんと洗濯してるっぽいからギリ問題ないけど。もう少し身なりをしっかりしたほうがいいかな。ほら金田一さんがワークショップでいってたでしょ」
「たしか言ってた」
「うん。本番だけできればいいって人も少なからずいるけど、多くの人は普段から見てる。おなじ仕事をするなら、だらしない人より清潔感があって一緒にいて気分の良い人がいいというのは人情だよ。こう言ってはなんだけど、アイさんはすごく顔がいい。体のサイズにあったものを、デザインをそろえて着るだけで十二分なんだ」
うんうん。とアイも納得しながらワークショップで取っていたメモを見返してる。素直で真面目な子なのだろう。あと名前を何度も間違えるところや、教養を含めてあらゆる基礎が足りていないのもわかったが、これはあえて伝えはしなかった。
たしかに鏑木さんが田舎から出てきたばかりの芋娘といったのはなんとなくわかる。
なにより
「ああ。愛してほしいんだね」
ぽつりとつぶやいたヒカルの言葉に、いままでの営業スマイルが消えて素顔を一瞬のぞかせる。
「え?」
「ま、とりあえずお互い自己紹介が終わったわけで、こっちの話をしようか」
ヒカルは台本を持ち上げて見せる。アイもうなずくと受け取った台本を広げる。
「まず、アイさんはファントムというよりオペラ座の怪人って知ってますか?」
ヒカルの質問にアイは、首を横にふる。
「オペラ座の怪人は、もともとはフランスの小説とパリ国立オペラでの史実を混ぜて作られた愛憎劇。有名どころだとアンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカルかな。映画や劇、日本語翻訳された作品あるから、機会があればみてみよう」
ヒカルの説明をアイは頷きながらメモしている。仕事に対するスタンスは真面目。
「で。私とあなたはどの役なの?」
「アイさんはクリスティーヌ。若く美しいソプラノ歌手。この劇における主役の一人。君が愛憎の中心となる。そして僕は」
──ファントム。君に恋焦がれる怪人さ
***
閑話
「金田一さん。よくオペラ座の怪人の上演権おりましたね。日本だと劇団詩季の独占だったような」
「よく覚えてるな。ヒカル」
次の舞台がファントムと決まった時、ヒカルは金田一に何気なく質問していた。
「今回ちょっとでかい話でな。映画があってその公開にあわせて演劇版をって形だ。あちらさんみたいにロングランできず、数回だけ。しかも演劇単体では映像作品としての販売はなく、あくまで映画版の円盤特典としての映像化が許可されるという制限付きだ」
「有名作品にかかわれるって良さあるけど、ずいぶんと制限厳しくないですか?」
「まあ、バーターってわけじゃないが、うちからも映画の方もに配役される。メインどころは配給会社の推しがでてくるが、サブキャストやエキストラはうちがメインだ。もちろん話題作りとして映画と同じメンバーも一部参加する予定だがな」
なるほどとヒカルも納得する。
演劇は一つの文化として認知されているものの、それだけで食べていけるかといえば別だ。観客というパイは演劇と映画では雲泥の差だ。それらをうまく紐づけたのだから、以前、鏑木が大きい貸しといっていたのはまさしくその通りなのだろう。
「ああ、だから私がファントムなんですね」
「気を悪くしたか?」
「いえ」
ヒカルはこれでまだ未成年だ。いろいろと忙しく、時間の制限もおおい。
加えて映画で主役をできるかといわれれば演技だけなら問題ないだろうが、やはり知名度という面ではあと一歩たりない。ゆえに今回の采配なのだろ。
映画ではちょい役で名前を出し、ある意味自由にできる舞台のほうで主役を張る。映画同時公開の公演ゆえ、普段演劇を見ない層が見に来る可能性もある。
金田一はそんな層にヒカルの演技を見せつけろといっているのだ。
「わかりました。全力をつくします」
「ああ、とりあえず映画版のクリステーヌは 姫川愛梨だ。彼女は舞台の方には来れない。舞台のクリスティーヌは三坂になる」
ヒカルは金田一の言葉に静かにうなずくのだった
03話裏
アイと
歓喜のあまり手をとり、涙を流しそうになる。
もちろんそんな不自然なことができるわけもなく、初めて会ったカミキヒカルという仮面をつくり乗り越える。人一倍嘘というものに敏感なアイのことだ。生半可は仮面ではだめだ。それこそもう一人の人格をつくるように、嘘に真実をおりまぜ、より強固な仮面を作り上げる。
なにより、この後のことを考えると嫌われるわけにもいかない。
そうなると姫川さんに調……いや仕込まれたことがベースとなってくる。正直ここに生きてくるとはおもわなかった。
それはさておきアイとの初めての顔合わせだ自体はうまくいった。
相変わらずこのころのアイは、仕事の時間以外は無頓着。長くアイのことを見ていたが、アイドルという仕事を通して、自分の居場所をさがしている。これを言語化するなら
──愛して
一般的な子供ならば親や周りから愛され、それを当然と思って育つ。だから周りから愛されることにも抵抗せず愛を受け入れ、そして相手を愛すことで自分の居場所をつくることができる。
しかし愛を知らない子は存外に多い。
何度目かの生でホスト狂いのソープ嬢と縁ができた。彼女はホストにやさしくされ、愛してると言われ自分の居場所を手に入れた。しかし、それは自分がお金を稼いでくるから愛してくれると思っていたらしい。そのホストは引退を機に、女の子と結婚。その時女の子に収入が減ってもいいから昼職に転職しないか? と進めたそうだ。
反応を予想するなら将来設計を見据えた相談ぐらいに捉えられることだが、お金を稼ぐことが自分の居場所=愛されるとおもっていた彼女は錯乱したという。収入が減っていいということは、自分が捨てられるのではないか……と。
大分記憶が薄れてしまったが雨宮五郎もそうだったのだろう。その反動で女遊びが酷かった。
ララライどころか芸能界にも似たような存在は多い。こういってはなんだが、姫川さんの旦那である上原 清十郎の女癖の悪さもその辺に起因するらしい。
まずはアイなのだが、まず最低限の服装と、スキンケアと髪の手入れあたりから仕込むか。
まさか本番じゃないからとワークショップにスッピンでくるとはおもわなかったぞ…………。