05話表
アイとのヒカルの付き合いはワークショップが終わってからも続いた。
最初はアイの芋娘としての感性の改善から入った。
ワークショップを通してアイはアイというパーソナリティを磨くことでより幅広い仕事をこなせるようになった。もっとも目立ってOKな役以外仕事ができないという問題点を直すことはできなかった。途中から金田一さんもその辺を割り切ったらしく、アイの所属する事務所にもそのように育成すると一言入れたほどだ。
ちなみにアイは千秋楽直前に1幕だけ代打としてクリスティーヌを演じることはできた。映像作品としては残らず代役とはいえ、舞台デビューという実績を得ることはできた。
その後アイはアイドルとして着実に知名度を稼いでいるがトップアイドルというにはほど遠い。対するカミキヒカルはというと
「助演男優賞おめでと」
「ありがとう。直接祝ってくれてうれしいよ」
ヒカルは別件で出演した映画が評価され助演男優賞をもらうことができた。ちなみに主演女優賞は同じ作品の姫川愛梨。何とも縁がある話だ。
そして彼女と出会った時のように、次は自分が目の前の少女を磨いている。時間が流れれば立場も変わるものだと感じていた。
「どうしたの?」
「いや、いろいろあったなって」
最初はどうしようもない恰好をしていたアイだが、別に高いものを着せるわけではないが、せめて色合いやデザイン。持ち物も含めたコーディネートを教えた。
化粧やケアについてできる人を紹介し、普段食べるものもアイドルならどうすべきか。そして食べるときのマナーなど、ひとつづつ教えていった。
なによりアイにプライベートでもある程度見られているという意識させ、演技、彼女の言葉でいえば嘘を日常から意識するようにした。
そして磨かれたアイは、なにかきっかけがあればトップアイドルと呼んでもふさわしいポテンシャルを持つに至った。
「そうだね。で、今日わざわざ個室の部屋でってお願いしたのは相談したいことがあったんだ」
「まあ、私でよければなんなりと。お姫様」
ヒカルはいつものように軽く流すが、アイが机の上に置いたものを見ると完全に動きがとまる。
棒状の検査キット。
これ見よがしに自己主張が激しい赤いライン。
ヒカルも普通に生きる男性なのだから、それがどんなものかは何となく知っている。
「もしかして」
「うん。出来ちゃったみたい」
アイは満面の笑みを浮かべて答える
妊娠検査薬
もっとも最初はキスをしてみれば愛がわかるか?
では抱き合ってみれば?
と、エスカレートし一回だけだが肌を重ねるに至った。確率としてはおかしいが無い話ではない。
「おめでとう。いや。ありがとうと言うべきか?」
「こちらこそありがと。家族ができるよ」
ヒカルはなんとか絞り出した言葉に、アイは嬉しそうにこたえる。家族がほしい。そうすれば愛を手に入れることができるのではないか? そんなことを考えているのはまるわかりだ。
「じゃあアイドルは引退? あと男は18才まで結婚できないから、しばらくシングルマザーにしてしまうことになるけど」
「え? やめないよアイドル」
「じゃあ、おろすのか?」
「もちろん産むつもりだよ? ヒカルはおろしてほしい?」
そこまで言われると、ヒカルはアイが何をしたいのか理解することができた。
「わかった。協力するよ。まずは社長に相談しないとね」
「うん!」
そういうと、いままでにない笑顔で頷くアイの姿があった。
***
そこからが大変だった。
アイの身元引受人にして雇用主の苺プロの社長への説明だ。
手ぶらで説得できるものではないので、準備と根回しに2日だけもらうことにして、アイ経由でアポをとりつけた。
場所は苺プロのオフィス。
アイが妊娠の話を切り出した時、一瞬カッとなったのだろう襟首をつかまれ殴られそうになった。しかし社長は歯を食いしばって握ったこぶしをおろす姿に、義理とはいえ父親の姿と社会人として求められる姿を見せつけられる結果となった。
社長は手を離すと、大きく息を吐き応接用のソファーに座る。
「とりあえず座れ。殴り倒したいのは別として、話を聞かせろ」
「うん」
アイは何食わぬ顔で座り、ヒカルも申し訳なさそうに座る。
「とりあえずどうしたい?」
「うん。生むつもりだよ」
「だよな…………」
社長は頭を抱えながら、つぶやく。彼もアイの理解者なのだろう。もし生む気がなければ、さっさと行動し最悪病院から呼び出して、その場で同意書を書かせるぐらいのことはしかねないのだ。それをわざわざ男をつれて話にくるということは、そういうことなのだと理解したのだ。
「たしかカミキヒカル。役者やモデルをやってる。君は未成年だったと記憶しているが?」
「はい」
「そっちの親御さんは?」
「ご存じで?」
「そりゃあ、この業界にそれなりやってくなら知らないといけない名前だ。君からすれば祖父の代からの大手広告代理店の重役一家。下手をすれば日本のメディアというもの商業的につくった一族だ。血縁を含む関係は財界・芸能界の各所に伸びている。そんな一族に睨まれればウチみたいな弱小事務所は簡単に吹き飛ぶ」
社長のいうとおり、カミキヒカルの親、正確には祖父の代からの親族は大手広告代理店の重役をつとめ、各業界に絶大な影響力がある。コンプライアンス云々 コネが云々なんて生易しいことつかわずとも、ひとこと言うだけで忖度し、波及した結果立場を失った存在などいくらでもいるのだ。
「反対されませんでした。いくつか私に条件を出されましたが。アイさんに対するモノはありません。それとは別にこちらを」
そういうといくつかのレポートやパンフレット、なにかのコピーなどがまとめられた紙束を社長とアイにて渡した。社長は目をとおすと、ぽつりと漏らす。
「手回しのいいことで」
それは都内を含む数か所の長期間滞在できる産院。あとアイが戦線離脱する期間、B小町メンバーへの斡旋可能な仕事の一覧。そして資産証明。
「え? 千、万……5千万???」
「ええ。いま動かせる金額だけですが」
「え? 私の給料は…………。どうやって? 社長! どうやったらこんなに溜まるの?」
「そりゃーこいつはそれなりにデカい事務所に所属してるし、何年も前から稼いでるだろ。それだけじゃあ説明がつかん資金だが…………」
少々話題から的外れな内容ではあったが、まだ15才になるかならないかの年齢の子供の稼ぎ出せる金額ではない。いや、できなくはないがほんの一握りだろう。
「ああ、あと何かと入用でしょうから」
「ほえー」
そういうとヒカルは封筒をアイにわたす。中は万札が一束入っていた。
「で? この資産証明はなんだ?」
「アイの出産費用。必要であればベビーシッターなどの育児費用もっともそっちは贈与税を考慮してですが。もし必要であれば会社に増資という形などで事業費用に回すとか。こちらはあくまで節税してアイに間接的につかえるお金を増やす目的ですが」
なぜなら、そんなお金を用意する必要さえなく、一言つぶやけばいいのだ。「ヒカルが未成年でありながら、年上のアイに迫られた」と。そうなれば事実かどうかは関係ない。ヒカルも未成年でありアイより年下なのだ。どうにでも脚色できてしまうのだ。
金銭に対する嗅覚を持つ社長は、一瞬ヒカルの親から流れてきたお金かと予想した。しかしレポートの内容をみるかぎり、仕事の仲介はあれどそれもヒカルの親族名義ではなく、2・3クッション踏んでのものだからアイ……ひいては苺プロとヒカルの関係は隠された形になっていることから、お金の件もヒカルの一存の可能性が高いと予想するのだった。
へたすればこの仕事の仲介さえ、ヒカルの親族ではなくヒカル本人のコネクションの可能性さえあるのだ。
「もちろん18になったらアイさんと結婚し責任をとりたいと考えています。しかし今生まれてくる子供たちには間に合わない。ですのでいまできることを」
社長はアイの顔をみるも、アイも頷いている。
「お前のことだから、出産を隠してアイドルを続けるっていいそうだが、その認識でいいか?」
「うん。子供も欲しい。アイドルも続けたい」
「ヒカルさん あんたとは一蓮托生だ。もし途中で逃げ出すようならどこまでも追っかけて張ったおす」
「よろしくお願いします」
社長のはったおす発言に、ヒカルは頭を深々とさげるのだった。
「あと出産費用や育児費用はうけとるが、事業費用はいらん。大人をなめるな」
「では、アイに対して変額個人年金保険などで節税しつつ少しでも残せるようにしましょうか」
「とりあえず細かいことはあとで調整するか…………ってアイ。お前何見てるんだ?」
「ん? パンフ。私ここがいいなー」
社長とヒカルが話している間、アイは産院のパンフをみていたようだ。
「どこでも大丈夫ですよ。都内であればその手の情報統制が効く病院ですし、地方では関係者に芸能関係がいないか、それこそ見つかりずらいほど地方かのどれかとなってます。そして病院の医師ないし設備もそれなり以上を選んでます」
ヒカルの言葉にアイは自分が見ていたパンフをみんなに見せる。
それは宮崎の地方にある病院。自然に囲まれ空気も良く、夜空も美しいなどのコメントがはいっている。なおただの田舎という事実なのだが、それはさておきアイはなんとなく気に入ったようだ。
しかし社長は渋い顔をする。きっと旅費などについて考えているのだろう。
「社長。出産関連とは別枠で一本用意しますね。私のかわりに現地に行ってもらうなど必要でしょうし」
「弱小事務所ってつれえなあ…………だがその分アイにつかってやってくれ。長期入院で個室となるとそれなりの金額になるだろ」
社長とヒカルはすこしだけ距離が縮まったのだが、原因のアイは楽しそうにパンフレットをみているのだった。
***
さて、アイと社長との相談がひと段落し方針がきまった後、アイと社長は準備をはじめるのだったが、ヒカルもヒカルで劇団ララライの代表である金田一にアポをとるのだった。
「わざわざこの店の個室を指定してくるってことは、事務所でも話せないってことだな」
「事務所だと団員や関係者に聞かれる可能性がありましたので」
金田一とヒカルは、都内のカフェにある個室でわざわざ時間をずらして合流していた。この店は入口が2つあること。そして電気的にも音響的にもクリーンな部屋があるため、様々な業界の人が利用する知る人ぞ知る店だったりする。
「以前ワークショップに参加していたB小町のアイ。彼女と子供ができました。最終的には結婚することになりますが」
ヒカルの直球の言葉に、金田一はコーヒーを一口のんでから答える。
「いつかはと思ったが、正直はやりすぎだ馬鹿者」
金田一はすくっと立ち上がるとまっすぐゲンコツをヒカルの頭に落とした。それなりに厳しいことを言われる覚悟だったが、まさか物理が飛んでくるとはヒカルもおもってなかった。
「どうせ、あっちの社長は殴らなかっただろうから、少なくとも父親変わりとして俺がやるべきことだ」
そういうと、椅子に座り残ったコーヒーを飲み干す。
その姿に、ヒカルは深々と頭を再度さげるのだった。
「まあ、その様子なら反省すべきことは反省したんだろ? それだけなら、こんな場所はつかわないよな」
「はい。一つはご報告と一つお願いがあります」
「報告ってのは予想つくが、そっちから言ってみろ」
そういうと金田一は先ほどまでの雰囲気とはうってかわって話のわかる上司のような柔らかい雰囲気をだす。対してヒカルは鞄から封書を一つだす。
そこには退団届と記載されていた。
「長らくお世話になりました。正直今の私があるのは金田一さんをはじめララライの仲間たちのおかげとおもってます。しかしこの不祥事への責任として…………」
「で? 本当の理由は?」
金田一は、ヒカルの言葉を遮り質問する。もっともらしい理由だが、金田一はヒカルの理解者であると考えていた。ゆえに、今の話は建前でしかないと気が付くことができた。
「将来 芸能関係の会社を新たに立ち上げることとなりました。そのため偏差値もそれなりの高校を目指すこととなり、芸能科ではないことから、活動を一部縮小することとなりました。もちろん役者をやめるわけではありませんが」
「それがお前の親が出した条件か?」
「はい。アイのためにも生まれてくる子供のためにも、少しでも早く立場を固める必要があるので」
ヒカルの言葉に金田一は大きくため息をつく。
まだ16にすらなっていない子供がする覚悟ではない。
「退団の件はわかった。いい学校に入るってのは悪いことじゃない。将来芸能の会社を立ち上げるというなら、仕事のやり取りもあるだろう。それも含めて協力しよう。お前の演技はまだまだ伸びる。俺のかかわらない作品にどんどんでて磨け。こっちも可能な範囲で依頼するからな。とはいえ少し先の話だ。次の公演の配役はきまってるんだ。そっち可能か?」
「可能です。引き続きよろしくお願いします」
ヒカルは深々と頭を下げる。
金田一としても出会いと別れはいつかあること。ひときわ目をかけ、ララライを背負っていくとおもっていた役者の巣立ちとおもえば、寂しくもあり、うれしくもあった。そして純粋にもったいないという気持ちにさせられるのだった。
「で、もう一つのお願いというのは?」
「アイとの件、できれば内密にお願いします」
「そんなこったろうとおもったよ」
金田一は軽くため息をつきながら頭をかく。
「男どもには気が付かれてないとおもうぞ。お前が良く隠してたからな。ただ女性陣はな……。とりあえず伝えておく」
「あの……女性陣にもばれてはいないと思っていたんですが」
「女を甘く見るな。お前を見てじゃなくアイをみて気が付いたらしい。本当は男連中にもそのへんの機微に気が付けるようになれば、一皮むけるんだがな…………」
金田一はどんでもない暴露話をする。アイにしろヒカルにしろ隠していたし、ワークショップではそんな雰囲気はみせないように心がけていた。それでもアイの変化の端々できがつ女性陣の観察眼には恐れ入るのだった。
「まあ、その辺はいっておく。お前もタイミングみてお礼を言っておけ」
「ありがとうございます」
そういうとヒカルはようやく人心地ついたように、飲み物に手を付けるのだった。
05話裏
アイの妊娠をきっかけに、各所に報告、調整は思いのほかスムーズにすすんだ。
いや、状況から考えてもっと揉めてもおかしくない。
しかし、まるで誰もがしょうがないと、あきれ、納得し、親身になり、協力的に物事がすすむのだった。
ヒカルの生みの親への報告にしたってそうだ。
教育的指導の一つはあるとおもってた。最悪スポンサーや各種業界人に圧力を掛けてアイの出産を止めるとさえ考えられた。
だが結果は、将来自分の手足となるべく会社を任せるため当初予定していた芸能学校ではなく、かなり偏差値の高い高校および大学に進学することが指定された。たったそれだけである。
未成年の子供が、おなじ未成年…………ぎりぎり婚姻年齢の女の子を妊娠させたのだ。普通に考えてこんな程度のことで済むはずはない。
また社長からは後日内緒の話としていたが、神木の家から詫びがはいったそうだ。
実質放任どころか売〇の斡旋もどきまで過去にしていた家の行動とは思えい。
しかし、こんなことが続けば嫌でも推測が頭をよぎる。
「アイとの子供が生まれるという一点において、ナニカに守られている」
普通ならありえない作り話と笑うところだが、なんども死と生を繰り返す自分の存在こそがフィクションの権化なのだから笑い飛ばすことはできない。
結果、あの疫病神のヒントの通りなのだろう。
それを裏付ける調査結果も上がってきて読んでみれば納得する部分が多い。
どちらにしろ数か月後にはわかることだ。