見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「ぐっ、この・・・・・・!」
振り切れない。そう判断したシオンは思考を完全に切り替えた。上等だ、打たれ強さを前面に出して殴り勝ってやる。腹を括って撃ち合いに応じるが、やはり瞬間火力では劣ってしまっているようだ。こちらの頼みの綱はマシンガンか。継続火力を押し付けなければ勝機は薄い。
可能な限り丁寧に回避し、避けられない攻撃は装甲で受けなければならない。撃ち合いと言っても、何も考えず足を止めて撃っているわけではないのだ。接近戦でも機動力で翻弄するキャンドルリングに対して、どうしても受け身に回ってしまう。
何よりも致命的なのは、先の攻防でチェーンソーを失ってしまったこと。シオンの戦術はチェーンソーの直撃を狙う所から逆算して組み立てられており、その柱が無くなった以上著しく不利である。
「おらぁっ、来い!」
しかし、シオンはフレディを煽りながら撃ち合いを続けた。距離を取ろうにも機動力に劣っている故詰められる。ここで撃ち合うのが最も勝ちの目がある選択だ。その為には、フレディをこの場に引き留め続けなければならない。
二連グレネードを辛うじて避けたが、拡散バズーカの面攻撃は避け切れずトラルテクトリに衝撃が走る。タイミングが絶妙だ。アセンを変更してからそこまで時間は経っていないというのに、それを感じさせない見事な練度である。
AP差は縮まらずスタッガーも間近、にっちもさっちもいかない状況にシオンは歯噛みした。まさかこれもフレディの戦術の内なのだろうか?いや、ありえない。武装の喪失は偶発的なものだ。狙って起こすにはハイリスク過ぎた。
シオンの胸中に迷いが生まれる。もしこの状況がフレディの思惑通りだとしたら・・・・・・。切り替えたはずの思考が揺らぎ、それはACの操縦に影響していく。腹を括ったはずのシオンは、しかし迷いの中で攻撃の精度が落ちていた。その隙をフレディが見逃すはずも無い。
『温いぞ!』
クイックブーストの移動先に置くように拡散バズーカが発射され、その内数発が直撃する。削れるAPに蓄積する衝撃。徐々に差が開き、迷いと焦りが増えていく。悪循環だ。
「なっさけねぇなぁ、クソッ!」
己の不甲斐なさを振り切るように叫び、シオンは遮二無二突っ込んでいく。今までの彼は、追い詰められた状況を思考と閃きで潜り抜けてきた。戦闘シミュレーター漬けの日常で蓄積した経験を活かし、考え続けることで生き延びてきたのだ。
だが。前提が覆されてしまえばそれも意味を為さない。戦術の軸であるチェーンソーを失ったシオンは、自身が思っている以上に取れる手段が少なかった。アセンを変更したフレディに慣れていないというのもあるが、あまりにも精彩を欠いている。
『どうした、その程度か!』
フレディにとっても、シオンがここまで脆いとは想定外だった。彼女が幾度も死線を潜ってきたのは知っている。そして、別組織の者達と協力してあのレイヴンを落としたということも。だというのに戦況はフレディの圧倒的優勢。自身のアセン変更や互いの近接兵装の欠落が重なると、これ程までに容易く進められるのか。
「まだだ、まだ終われねえ・・・・・・!」
絞り出すようなシオンの声も結果が伴わない。足掻くことも出来ず、じわじわと削られるAPはやがて0になってしまった。呆気無い決着に勝者であるはずのフレディは渋い表情を浮かべる。先日の乱戦では勝利を収めたものの、自分の実力は未だシオンに劣っていると思っているのだ。それなのに、こんな・・・・・・。
「ちっくしょう!」
悔しげなシオンの叫びが聞こえる。苛立ちに満ちたそれにフレディは懸念を覚えた。ただ一度のミスで調子を崩し、戦場に散っていった者達を知っている。まさかシオンも・・・・・・不安に駆られた瞬間、再び通信から声が聞こえてくる。
「もう一回だ、もう一回!あーもう、やっぱり事前に対策してねえと駄目だな!フレディさん、次は勝つぞ!」
からっとした物言い。あまりにもあっさりとした態度に、疑問が口から零れた。
『・・・・・・俺が言うのもなんだが。ショックだったりしないのか?』
「あー?んー、まぁ確かにショックだよ。ここまでやってきたってのに、まさかバカみたいな弱みが残ってたのにはさ。でもまぁ、良かった。実戦じゃなくてシミュレーターで知れたからな。だったら改善のやり様がある。付き合ってくれるか、フレディさん」
前向きな言葉は、しかし虚勢を張っているわけでもなさそうだ。しかし切り替えが早過ぎる。シオンが何を思っているのか、フレディには理解出来なかった。
シオンは知っている。死ぬ時は、どうしようもなくあっさり死ぬと。少女の肉体となる前に、一度目の死で思い知っていた。だからこそ前を向く。戦闘シミュレーターでの敗北は願ったりだ。先に繋げることが出来るのだから。
死にたくないからこそ備える。体力の限界までシミュレーションを繰り返し、休息している時でさえ思考を回し戦術を練る。シオンは自身のことを臆病だと思っているが、その勤勉さは異常な程だ。見た目や戦果だけでなく、そのストイックな振る舞いもルビコニアン達を惹き付ける一因だろう。
『・・・・・・いいだろう。気の済むまで付き合ってやる。今のを勝利とは数えたくないからな』
本来、フレディにとってシオンの胸の内は関係無い。やる気があるなら結構なことだ。ひたすら戦い続け、成長する糧にしてやる。ただ、それはそれとして羨ましくもあった。長く苦悩し続け迷ってきた自分には、シオンの前向きさは眩し過ぎる。
「よっしゃ!それじゃ、とことん付き合ってもらうぜ!」
威勢のいい返答にやや呆れつつ、フレディは再度模擬戦の設定をする。シミュレーターから降りるのはかなり先になりそうだ。
「・・・・・・」
日課のリハビリと訓練を終え、疲労を癒す為に自室に戻ったインデックス・ダナム。その表情はいつにも増して険しい。全身に溜まった疲労はいつものことであり、不快感を覚えることは無い。彼の険しさの理由は別にあった。
コーラルは一種のエネルギー生命体である。その上、コーラル内に生じる変異波形は人間と同じだけの知性や人格を有しているらしい。以前ガリア多重ダムを救ったレイヴンは、その変異波形と交信することが出来る、と。
「むぅ・・・・・・」
更に。コーラルは集積する毎に増殖の速度を増し、全宇宙を汚染する「破綻」が訪れるらしい。「アイビスの火」は「破綻」を防ぐために行われたことだったのである。ダナムは、今まで信じてきた正義がガラガラと音を立て崩れていくような気分を覚えていた。
かつて「アイビスの火」を起こした技研をダナムは心の底から憎んでいる。尽きぬコーラルを弄び、あまつさえ手に負えず焼き尽くした大罪人共。ルビコンの恵みを喪わせた衒学者共。長い時が経った今も到底許せはしない。
それなのに、目の前に突きつけられた情報はそれを否定してくる。全ての前提が覆ってしまったのだ。
「・・・・・・ぐ」
吐き気のような感覚をなんとか飲み込む。かつて彼は様々な星系を渡り歩く職工だった。腕を買われた彼は多くの同僚と共にルビコン入りし、グリッドと呼ばれるメガストラクチャー・・・・・・超巨大人工物の建造に携わることになる。
仕事は順調に進み、数年後。全てが焼き払われた。苦心して建造したグリッドも、気のいい同僚達も、何もかも。「アイビスの火」が全てを灰にしてしまったのだ。辛うじて生き残ったダナムは、同じく生き残った少数のルビコニアンと共に地獄の日々を生きた。彼も灰かぶりなのである。
更なる時が経ち、ルビコン解放戦線の存在を知った。コーラルとの共生に惑星封鎖の打破を力強く演説するドルマヤンに、彼は心酔する。そうだ、我々はルビコニアンだ。ルビコンはルビコニアンの家である。必ず、全てを取り戻さなくてはならない。
帥父ドルマヤンの思想に共鳴した彼は解放戦線に入り、徐々に頭角を現した。忍耐強い人柄と誰よりも清廉な振る舞い、そして同胞の士気を高める才能。ゲリラ指導者としての立場を確立させていき、今に至る。
「帥父は・・・・・・知っていたのだろうか」
呻くように呟き、瞑目するダナム。この情報はつい先ほど送られてきたものだ。サム・ドルマヤンからではなく、ミドル・フラットウェルから。各組織のトップ層が参加した「話し合い」で共有された情報は、解放戦線内でも一部の人間にしか伝えられていない。
落ち着いたら連絡してくれ。フラットウェルから添えられたメッセージも頭に入ってこなかった。己の人生が否定されたような、価値観が粉砕されてしまったような感覚は心身を苛んでいく。到底落ち着けるような状況ではない。いっそ叫び出したい気分だが、ダナムはなんとか堪え両拳を強く握った。
「・・・・・・分からん。何も」
己の頭がいいとは思っていない。だから、この思考が間違っている可能性はある。それでも彼は虚空に問わずにはいられなかった。最初から知っていたのではないか。ルビコン解放戦線を結成したのには、別の理由があるのではないか。背信的な思考が止まらない。
戦い続けてきた。ルビコニアンの居場所を守る為に。その全てが無駄だったとは思わない。だが、何故今になってこのような・・・・・・解放戦線の理念を強く信じていたからこそ、ダナムの精神は酷く動揺していた。
部屋の中でただ一人、声にもならない呻き声を上げる。やるべきことは変わらない。ルビコンを侵略し、ルビコニアンを虐げる奴らを撃退する。我らの営みを守り、平和を勝ち取るのだ。分かっている。分かっていても、思考は定まらない。
コーラルとは何か。技研とはなんだったのか。そして、コーラルに生じる意志とはなんなのか。生きる為に他の命を喰らうのは生物として当然だ。ルビコニアンがコーラルを利用した点には、罪悪感を抱いていなかった。
しかし。それでも。情報も感情もぐちゃぐちゃになりながら、ダナムは目を開いた。今の自分に出来ることは何か。惑うことか?疑うことか?いや、違う。戦士として再び戦場に立つ為に、努力し続けることだ。惑うにしても、疑うにしても、全てはその後でいい。
「灰かぶりて、我らあり」
そうだ。ルビコニアンが「アイビスの火」を乗り越え、今も生き続けているという事実は変わらない。灰に埋もれたまま終わらず、立ち上がり前に進んでいるその歩みは、誰も否定出来ないのだから。
ダナムは深呼吸を繰り返し、疑問や動揺を胸の奥に押し込める。崩れそうになる心を強引に継ぎ接ぎして、目の前のタブレットを操作した。解放戦線の指導者達のみが使用出来る秘匿回線、通信の相手はミドル・フラットウェル。全身の力を意図的に緩めながら、回線を接続した。
コーラルしんじつ、解放戦線の根幹を崩しかねない問題なんですよね。企業側は仮に知っても「自分達が適切な運用をすれば大丈夫」と考えて大失敗しそうですけど。