見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
朝、解放戦線の拠点。朝食を済ませたシオンはシミュレーター室に直行し、いつも通りに鍛錬を重ねようとしていた。
「よーし、今日もやるか」
リング・フレディとの模擬戦は大敗だったにも関わらず、彼の表情に陰りは無い。むしろ、戦場で致命的な状況になる前に欠点に気付けて良かったとさえ思っていた。欠点が浮き彫りになったのならば補うだけだ。そしてそれは、経験を積むことでしか成し遂げられない。
一度死亡し少女の肉体になってから、シオンは様々な戦場で様々な経験をしてきた。通常の鍛錬よりも実戦の方がより成長出来る、という考えに異論は無い。だが、肝心の実戦で生き残るには努力と試行錯誤を重ねるしかないのだ。
かつての自分は才も無く、その上怠惰だった。最新世代の強化人間である少女の肉体。二度目の生を得たからこそ、シオンは良く分かっている。死ねば終わりだ。どれだけ優れた才能があろうとも、全てを蹂躙出来る実力があろうとも。本来、死ねば全てが終わりなのだ。
だからこそ、シオンは暇さえあればシミュレーターに籠り続けている。生存の可能性を1%でも引き上げる為に。ルビコンの争乱を、生き残る為に。と、
「ありゃ?」
戦闘シミュレーターを起動しようとした直前で通信が入った。回線は解放戦線保有のものだが、相手を示す表記にはレッドガン。イグアスならば交流会共用の回線を使ってくるはず。一体誰かと相手を確認すると、そこには予想外の名前が表示されていた。
G3、五花海。以前、捕虜を救出する為に汚染市街に突入した時銃火を交えたレッドガンメンバーだ。高度を取られ頭を抑えられた挙句、無様に削り続けられた苦い記憶を思い出す。何故彼が自分に通信を?シオンは疑問に思いつつも、とりあえず通信を許可した。
『おや、素直に出てくれるとはありがたい。初めまして・・・・・・ではないですね。その節はどうも。G3、五花海と申します』
「ど、どうも。確かに、あんたとは汚染市街以来だけど・・・・・・なんの用っすか?」
『おっと、そんなに警戒する必要はありません。ここはオープン回線。通信ログも残りますし、下手なことは言えませんから』
胡散臭い声色は汚染市街で戦った時から変わっていない。無意識に警戒心を強めてしまうような、それなのに親しげな雰囲気は五花海独特のものだ。油断せずに気を引き締めているシオンに、彼は上機嫌な様子で言葉を重ねていく。
『ふぅむ、やはり信用出来ませんか。既に我らは盟約を結んだ仲、私としては仲良くしたい所なのですが』
「別にそんな訳じゃないんですけど、まぁ。以前の戦いでは翻弄されたんで、苦手意識は持ってるかもしれないっすね」
『ははは、かのルビコンの天使からそう言われるとは。誉め言葉として受け取っておきましょう』
「ルビコンの天使、だぁ?」
奇妙な物言いに思わず声が漏れる。自身が偶像化されているのは察していたが、そんな大仰な名前まで付けられていることは知らなかった。しかも、レッドガンの方まで伝播しているとは。露骨に嫌そうな表情を浮かべたシオンに、五花海は言葉を続ける。
『おや、ご自覚でない?貴女の勇名はルビコン全土に轟いていますよ。何せV.Ⅱスネイルを討ち、帥淑フラットウェルの窮地を救った英雄だ。ルビコンが遣わした天使のようだと伺っています。いやぁ、その若さで見事なものです』
シオンの戦果を過大に評価しているのはわざとだろう。レッドガンと解放戦線は先の戦闘の情報共有を行っており、そしてその情報をG3の地位にある者が知らないとも思えない。つまりはおだてているのか。
「変に持ち上げないでくれ。俺自身は大した実力じゃない。ま、運が良かっただけですって。そんなことは五花海さんだって知ってるだろ?」
『いいえ、それは違う。貴女への評価は適切ですとも。ルビコニアンに対する影響を考えれば天使扱いも妥当というものです。貴女こそが救世主。貴女こそが、ルビコンに降りかかった苦難を打ち払った者。そのような風評は、レッドガンの拠点にいても聞こえてきます』
「・・・・・・そりゃ、どうも」
返答に窮したのか、露骨に顔をしかめるシオン。その雰囲気を感じ取って五花海は内心呟いた。やはり、腹芸が出来るタイプではない。ACの技量においては既に上回られているだろうが、いくらでもやり様はある、と。
彼がシオンに連絡を取ったのは、その人柄を見定める為だ。生まれも育ちも分からない実力者は不確定要素にしかならない。敵のままならば戦場で遭遇した時の方策を練れば良かったが、今やシオンが所属する解放戦線は同盟相手である。故に探らなくてはならないのだ。
「で、結局なんの用なんです?まさか、俺を褒める為ってことは無いだろうし」
『えぇ、勿論。主題は別にあります。が、多少世間話も楽しみたいというのが本音ですね。同盟を結んだ以上、共に戦う可能性がある相手を知りたいと思うのは当然でしょう?一度戦場で相まみえただけで全てを見抜ける程、私の目は鋭くないのですよ』
流暢に語る五花海。シオンにとって、彼は油断ならない難敵である。汚染市街での戦闘でいいように翻弄された苦い経験は、今でも記憶に新しい。恐らく駆け引きが得意なのだろう。戦場だけでなく、こういう場でも。警戒するに越したことは無い。
「へぇ・・・・・・別に、イグアスさん辺りにでも聞けばいいんじゃないか?何度も一緒に戦闘シミュレーターやってるし」
『そう出来れば良かったんですか。G5は頑なな所があるでしょう?私が貴女のことを聞き出そうとしても教えてくれないんですよ。残念無念』
「・・・・・・そうかい」
肩を竦めている様子が透けて見えるようだ。五花海の交友関係は知らないが、イグアスがシオンの情報を伝えなかったのは純粋にありがたい。あるいは彼の心遣いだろうか。五花海の性格的に、仲間内で警戒されていてもおかしくなかった。
「まぁ、うん。別に世間話したっていいけどさ、先に主題を教えてくれよ。どうも気になっちまうから」
意図的に敬語を崩し五花海に訊ねる。戦場ならばともかく、言葉での心理戦、頭脳戦は苦手だとシオン自身は思っていた。出来る事なら早く話を終わらせたい。
『そうですか。出来れば多少なりとも打ち解けてから提案したかったのですが・・・・・・仕方無い。なに、簡単な話ですよ。私の後輩のリハビリに付き合ってほしいのです』
「リハビリ?」
『えぇ。G4、ヴォルタ。壁越えを試みた際に重傷を負った彼が、最近AC操縦のリハビリに努めていましてね。是非、貴女の助力を仰ぎたい』
予想外の提案。シオンが思案する間も無く、五花海は言葉を募らせていく。
『何故貴女に協力してもらいたいのか。その理由は、G4と貴女は銃火を交えた経験が無いからです。レッドガンメンバーは既に数え切れない程G4と戦っている。つまり、ある程度動きが予測出来てしまう。シミュレーターに登録されているACも同じです。これでは、リハビリとして効果が薄い』
内容としては理論的だ。だが、何かが匂う。謀略、策略の気配。ミドル・フラットウェルの徹底的な綿密さやオーネスト・ブルートゥの狂気的なものとは違う、無数の糸が絡んでくるかのような気配だ。
『そこで、貴女に協力頂きたいのですよ。最近になって急に頭角を現した貴女に。無論、報酬はお支払いしましょう。G4のリハビリを抜きにして、私が貴女の鍛錬に付き合ってもいい。どうか引き受けてくれませんか、シオン?』
「・・・・・・。ちょっと考えさせてくれ。俺の一存でも決められないしな」
『勿論。情勢が動くのはもう暫し先になりそうだ、お待ちしていますよ』
どこまでも胡散臭い。本当に裏があるのか、逆に怪しくなる程に。あえてそう振る舞っているのだろうか。どちらにせよ難儀な相手である。シオンは眉間を揉みながら、ふと気になったことを訊ねた。
「善処するよ。でも、あれじゃないか?その条件なら、俺よりもレイヴンさんの方が向いてる気がするけど。あぁでも駄目か、一度多重ダムで戦ってたな、確か」
『あぁ・・・・・・そう言えば貴女は独立傭兵レイヴンと知己でしたか。交流会、あれは実に素晴らしい試みです。ですが・・・・・・』
五花海が通信を繋げてから初めて言い淀む。声から感じ取れる雰囲気が変わったことにシオンは気付いた。思案というよりも、危機感を覚えているような。戸惑うシオンに気付いたのか、五花海は声の調子をすぐに戻してしまう。
『おっと。申し訳ありません、独立傭兵レイヴンには少々思う所がありまして』
「思う所・・・・・・?因縁でもあるのか?」
『因縁などと、そんな。ただ、まぁ・・・・・・私は小胆なので、あれ程の怪物を見ると情けなく震えてしまう。それだけの話です』
自虐するような言葉だが、どこかシオンを煽るような口調でもある。本心が読めない。五花海との会話は、まるで網で風を捕えようとしているかのようだ。通信が切れてからも、シオンは暫く考え込む。彼の本当の目的はなんなのか。分からないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
「おぅ、爺。思ってたよりも元気そうじゃねえか」
「そういう坊やも健勝そうで何よりだ。さて、旧交を暖めたくもあるが・・・・・・まずは挨拶をしなければな。案内してくれるかね?」
「へっ。いいぜ、ついてきな。お望み通り『歩く地獄』に会わせてやるよ」
レッドガン拠点の内、主要施設の一つ。愛機であるデッドスレッドごと施設に「収容」されたコールドコールは、G5イグアスの背を眺めつつゆっくりと歩を進めていた。その足取りは年齢を鑑みても矍鑠としている。つばの広い帽子を被り、古いガンマン映画の登場人物のような佇まいは洒落っ気すら感じさせた。
「さて。しかしまぁ、このような老体があのレッドガンの役に立てるかどうか。不安で震えあがってしまうよ」
「吹くんじゃねえ。ここまで一人で乗り込んできておいて、ビビるようなタマかよ。狸爺が」
いつも通り荒々しい口調のイグアスだが、彼を知る者からすればやや上機嫌に見えるだろう。当然気付いているコールドコールだが、口に出すような無粋はしない。拠点内の設備を抜け目無く確認しつつ、悠然とした態度を崩さなかった。
果たして、どのような思惑があるのか。イグアスの心境はある程度察している。しかし、かのレッドガン総長、ミシガンにはコールドコールの推測が及ばない。裏社会の殺し屋、企業の暗部を知り抜いている仕事人をどのように扱うのか。恐怖以上に愉しさを感じつつ、彼の思考は冴え渡っていた。
現状、ルビコンを取り巻く環境は落ち着いている。解放戦線とレッドガン、そしてハンドラー・ウォルターを主とする独立傭兵達の勢力間同盟は、ルビコン内部で争う理由を取り除いた。風の噂によれば、アーキバスの残存勢力も解放戦線に降伏したらしい。
さて。そのような情勢で、殺し屋である己に何を求めるのか。暗殺か、粛清か、それとも・・・・・・・。思案に耽っているとイグアスが足を止める。シンプルながら重厚な扉の前に立ち、こちらをちらりと確認した。
「ここだ。覚悟はいいかよ、爺」
「そう案ずることは無いさ、イグアス坊や。とにもかくにも、歩く地獄とご対面といこうか」
飄々としたコールドコールの様子に僅かに口角を上げたイグアスは、ノックもせずに扉を開ける。そして、
「確認もせずに入室とはいい身分だなG5!そのスカスカな頭にマナーを叩き込んでおけ!」
雷鳴のような怒声と共に、扉の前に立っていたミシガンがイグアスの頭部に拳骨を落とした。
五花海の格を高くし過ぎたかもしれないけど後悔はしてません。本編での出番は1ミッションのみなのに無限に味がする。