見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
『ザイレム制御システム、上級管理権限移行。オーナー、シンダー・カーラ』
無機質な機械音声が聞こえてくると同時、RaDの技術者達から歓声が上がる。洋上都市ザイレムの中枢部。制御システム掌握の為奮闘していた彼らの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「よくやってくれたねぇ、お前達。強引な手が取れない中、見事なもんだよ」
彼らを指揮し、自身も制御システムの掌握を担っていたシンダー・カーラも笑顔を見せる。彼女も含め、RaDの技術者達は最近不眠不休の日々を過ごしていた。理由は一つ、どの勢力にも気取られぬようにザイレムを支配する為である。
表立って行動出来るのであれば、如何に技研の制御システムだろうと容易く掌握することが可能だ。それをしなかったのは、「オーバーシアー」の目的を遂行する能力を保持したかったから。カーラはまだ、使命の成就を切り捨ててはいない。
ルビコン解放戦線にも、レッドガンにも、そしてCパルス変異波形にも。決してバレてはならない綱渡り。唯一ハンドラー・ウォルターには伝えているが、情報が漏れることは無いだろう。恐らく、彼はまだ迷っている。己の進むべき道を、己の意志で決めかねている。
上等だ、汚れ仕事は嫌いじゃない。盛り上がっている技術者達を横目に、カーラは笑みを深くする。もしも何もかもが悲惨な結末に終わり、どうしようもなくなった時。第二のアイビスの火を起こすのはこの私だ。そうでなくてはならない。
既に集積されたコーラルはルビコンの各地に渡り始め、尋常な手段では着火も難しい。だが、手段さえ問わなければやりようはある。非人道的で、狂っていて、誰も救われない手段。カーラは大体の図を頭に描いていた。
『ボス。喜ぶのはいいが、最低限の人数を残し撤収すべきだ。こちらの動きがいつ漏れるか分からない』
「はっ、チャティの言う通りだね。余韻に浸るのはねぐらに帰ってからにしようか。お前達、撤収の準備だ!」
シンダー・カーラの号令一下、喜びに満ちていた技術者達が再び動き出す。ここにいるのは元技研のメンバーが大半を占めるが、RaDで拾った流れの技術屋も何人かいた。誰も彼もコーラル中毒者であり、しかし腕は確かだ。
「さて、ようやくだ。長いような短いような、複雑な気分さね」
今から数年前。技研のメンバー達とRaDに入り込み、およそ半年程で実権を握った。ドーザーとしての隠れ蓑を利用し、コーラルを監視する為の情報網を構築。ハンドラー・ウォルターが「密航」してくるまで、下地を整えていたのである。
ようやくここまでこぎつけられた。潜伏期間の一割にも満たない時間で、我ながらよくやったものだ。RaDに入り込んでからは、相応に楽しい日々だったと思っている。彼女曰く、笑みの絶えない職場だ。しかし、だからといって躊躇する気は無い。敵も、味方も、友も、同志も。自分自身を焼くことすら、カーラは厭わないだろう。
信頼出来る古馴染みを少数残し、彼女達は迅速に撤収を始める。他組織の目を掻い潜り、決して勘付かれないように。オーバーシアー・・・・・・監視者の名の元、カーラは安全弁を手に入れた。全てを焼き尽くす、最終手段を。
全く、酷い有様だ。己の状態を分析しつつ、メッサムはゆっくりと息を吐く。目の前の画面には複数のMTが残骸となっているのが映っていた。戦闘シミュレーター内とはいえ、一応は戦果と言える。しかし、
「やれやれ。未だ道半ば、か」
大きな溜め息を吐き、戦闘シミュレーターを終了させるメッサム。既にポッド内で静養する期間は終わり、普段は車椅子に乗って生活しつつ戦闘用のリハビリに励んでいた。が、リハビリ自体は決して順調ではない。むしろ、次々と問題が頻出している状況だ。
本来、彼は四脚MTを駆り戦場で戦い続けてきた。その技量は解放戦線の中でも上から数えた方が早いだろう。だというのに、先の戦闘シミュレーターではMT部隊を相手にするのが精一杯。半数程をどうにか撃破した所で、自身が撃破されてしまっている。
更に、メッサム自身の消耗も激しい。短時間の戦闘で息は上がり、視界の霞みと共に全身が悲鳴を上げている。肉体の損傷を補っている義体が拒否反応を起こしているのだ。
「ふぅー・・・・・・」
自力でシミュレーターを降り、横の車椅子へと腰を下ろす。日常生活ならば補助が無くてもどうにかなる。だが、戦闘はそうもいかない。肉体と精神が極限まで追い詰められるのが戦場だ。それ用に作られた義体ならまだしも、今の義体では無理がある。
ならば別の義体を用意すればいい。言葉で言えば簡単でも、現実は厳しかった。解放戦線の勝利によって接収された企業の拠点からは、確かに性能の高い義体が見つかっている。しかし、その全てが強化人間用のもの。強化手術を受けていないメッサムでは絶対に適合しない。
新たな義体があればと切望もしているが、考えても仕方の無いことだ。手元にあるもので何とかするしかない。今までもそうやって戦ってきたのだから。企業の圧倒的戦力を前に少しでも抗う為に、鍛錬を繰り返してきた。ジャガーノート等の急造兵器を作り出し、懸命に生き抜いてきたのである。
「・・・・・・ジャガーノート。そうか・・・・・・いや、しかし・・・・・・」
メッサムの表情が変わる。不意に思い浮かんだ考えは荒唐無稽なものだ。しかし、思案する価値はある。少なくとも、鬱々と現状を嘆いているよりは余程マシだ。と、
「何か、思いついたのか」
後ろからの声に振り向くと、そこに立っていたのはリング・フレディ。彼は今日は休養日のはずだ。何故シミュレーター室に。
「おぉ、フレディ。休みだというのにシミュレーターか?精が出るな」
「・・・・・・少し、頼まれてな。おい、何を躊躇している。早く出てこい」
怜悧な顔立ちに複雑そうな表情を浮かべたフレディは、シミュレーター室の入り口へと目を向ける。そこには誰もいない。が、メッサムは気配を感じていた。彼もそちらに視線を向けて十数秒後、見慣れた二人が顔を覗かせる。
「ツィイーにアーシルじゃないか。どうしたんだ、そんな隠れるような・・・・・・?」
「こいつらはお前の助けになりたいようだ。だというのに、自分達では逆に迷惑じゃないかとくだらない悩みを打ち明けてきてな。面倒だ、当人同士で話し合ってくれ」
「ちょっ、話さないでって言ったじゃん!」
慌てた様子のツィイーがフレディに駆け寄り、口を塞ごうとバタバタ手を伸ばす。敬語が無くなる程動揺しているようだ。その後ろから気まずそうな表情のアーシルも姿を現し、メッサムの目の前まで歩いてきた。
「まぁ、うん。リング・フレディの言った通りなんだ、メッサム。俺達は君の力になりたい。だけど、出来ることも思いつかなくて・・・・・・最近君と仲のいいフレディに泣きついてしまった」
「別に仲がいいわけじゃない。利害が一致しただけだ。全く、友達ごっこは他所でやってほしい」
「ご、ごっこじゃないです!私達とメッサムはかけがえのない親友なんだから!」
一気に賑やかになったシミュレーター室。メッサムは目を丸くした後、嬉しげな笑みを浮かべた。どうやら、自分が思っている以上にメッサムという人間は愛されているらしい。それはかけがえの無い財産だ。喧々諤々と言葉を交わしている三人に向けて声をかける。
「丁度良かった。ちと考えが思いついてな、相談相手が欲しかったんだ。協力してくれないか?」
「ようこそ、私達の巣へ。歓迎します、ハンドラー・ウォルター。スッラ。そして、C4-621とCパルス変異波形エア」
ブランチの臨時拠点。ウォルター自身が用意した地下施設は、彼が確認した時から酷く様変わりしていた。物理的にも電子的にも、かなりの防備が施されている。機材も倍以上に増えているようで、入り口近くには追いやられたであろう保存食の箱が積み上げられていた。
「・・・・・・。随分と、改修したようだな」
「えぇ。幸い、貴方から資材や費用は頂いていたので。情報収集の代価とは聞いていますが、改めて感謝を」
「かのブランチにただ働きさせるわけにもいくまい。それで、他のメンバーはどこにいる?」
「案内しましょう。こちらです」
拠点入り口で出迎えた女性・・・・・・レイヴンのオペレーターは、にこやかに微笑み踵を返す。彼女の背にウォルター、621と車椅子を押すスッラが続いた。ウォルターは意識して厳めしい表情を浮かべ、621はいつもの無表情。スッラもいつも通り粘性の笑みを口元にたたえている。肉眼では見えないが、エアの意識も621周辺を漂っていた。
ウォルター達がブランチの拠点を訪れている理由。それは、彼らから強く要請されたからだ。来たるべき企業勢力の再侵攻。その前に、一度生身で会って話したいと。不可解な要請である。通信では会話の内容が漏れるリスクがあるにしても、高度に秘匿化された専用回線を用いれば問題は無いはず。だというのに、何故?
ウォルターは思案に暮れた。危険過ぎる。ブランチのメンバーを疑いたくは無いが、これは罠なのではないか。そうでなければ説明が付かないのだ。直接会う必要など、他にあるとは思えない。
【大丈夫。きっと心配はいらないよ。だから、ウォルター。一緒に行こう】
621の言葉はどこまでも無垢である。他人を疑う気持ちなど露ほども湧かないのだろう。その言葉に引きずられ、こんな場所まで来てしまった。ウォルターに言わせてみればそれは「甘さ」だが、護衛として連れてきたスッラからは笑われてしまっている。
『信頼していない、とは言ったが。相変わらず極端なものだ。ハンドラーの名がすたるぞ』
そんな言葉を甘受しつつ、彼は最大限の警戒と緊張を以てこの場に訪れていた。周囲に視線を走らせ気配を探るが、特に異常は感じ取れない。やがてレイヴンのオペレーターがとある扉の前に立ち、十数秒の操作の後ウォルター達に振り向いた。
「お待たせしました。では、こちらです」
厳重なセキュリティーがかかっていた扉が開き、中の様子が露わになる。落ち着いた色合いの調度品で飾られた部屋は、応接室の類だろうか。臨時の拠点には似つかわしくない、高級感と厳粛さが感じられる内装だ。
その部屋には既に三名の人物が控えていた。一人はキング。一人はシャルトルーズ。そして、もう一人は。
「・・・・・・」
無言のまま、壁に背をもたれさせている男。その鋭い瞳は真っすぐに車椅子の621へと向けられている。本物と偽物。二羽の渡り鴉は、初めて直接邂逅した。
ブランチって結局何なんでしょうね。拙作では、ルビコン解放の為にあえて汚れ役を引き受けた存在となっています。自由の為に戦うのがレイヴンですから。