見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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104.意思の表象

ウォルター達とブランチ。両勢力の邂逅を、エアは緊張で意識を張り詰めさせながら見守っていた。彼女に生身は無く、現状に介入することはほぼ出来ない。精々が合成音声を通じて意見を述べる程度だろう。

 

果たして、ブランチのメンバーが何を考えているのか。エアは情報収集の際、ブランチとは幾度も連絡を取り合っている。情報の精査及び最適化の為に。その時には不信感や違和感を感じなかったが・・・・・・。

 

「どうぞ、座ってください。あぁ、C4-621はこちらに。車椅子用のスペースを確保していますので」

 

黒く光沢を放つテーブルを境に、621とスッラ以外の者はソファに腰を下ろした。スッラは律儀に護衛役を全うしているのか、621の車椅子、その背後に佇んでいる。レイヴンのオペレーターはこれ以上無理に着席を勧めず、部屋の隅にあるティーセットを運んできた。古式ゆかしい、値の張りそうな品だ。

 

彼女がお茶の準備を進める中、誰も口を開かない。キングは面白げな様子でウォルター達を眺め、シャルトルースは品定めするように目を細めている。レイヴンは腕組みをしたまま、真っすぐに621を見つめていた。

 

対するウォルターは厳めしい表情でブランチメンバーの反応を伺っている。621はいつも通りの無表情、スッラは怜悧な視線で全体を見渡しているようだ。かちゃかちゃと茶器が音を立て、無言の圧に拍車をかけている。

 

【・・・・・・貴方が、本物のレイヴンなんだよね】

 

沈黙を破ったのは621。車椅子に備え付けられたスピーカーから、彼女の声が発せられる。レイヴンは僅かに頷き、低い声で答えた。

 

「あぁ」

 

【そっか。ごめんなさい。勝手に、貴方の名前を使ってしまって。この名前には、重要な意味があるんでしょう?】

 

「・・・・・・」

 

「まぁ、そういうことだ。今回お前さん達を呼んだ理由が、レイヴンの名に関することでな。繰り返しの中で知っているんだろう、お前は」

 

沈黙するレイヴンの代わりにキングが口を開く。彼の視線もまた、621に向けられた。人数分のティーカップがテーブルに並べられ、レイヴンのオペレーターもソファへと腰を下ろす。豊潤な香りが漂う中、今度はシャルトルーズが621に話しかけた。

 

「あんたから送られてきたデータの中に、私達ブランチのものもあった。レイヴンと言う名前が襲名制だっていう情報もね。どこで知ったかは、まぁこの際どうでもいいの。問題は、あんたがその名を使って有名人になったこと。軽い名前じゃないんだよ、それは」

 

他の三人と違い、シャルトルーズは見定めるような様子を隠そうともしていない。獲物を観察する猛禽のような瞳だ。

 

【ごめんなさい。私には、謝るしか出来ない】

 

「いや、待て。レイヴンのライセンスを利用したのは俺の判断だ。621に責任を求めるのは筋が違う」

 

頭を下げる621を庇い、ウォルターが声を上げる。密航時見つけたACの残骸、そこから抜き取れたライセンスを偽造したのは自分だ。ならば、この問題の直接的原因は自分にこそある。

 

「最早そういう問題ではないのです。ルビコンでの戦いを経て、彼女がレイヴンとして認められ、知れ渡っている。そこの少女がレイヴンの名に相応しい者か否か。私達は、それを見極めなければなりません」

 

静かに告げ、自分で淹れた紅茶に口をつけるオペレーター。どうやらこれは道理の話では無いようだ。ブランチは621に何を求めているのか。ウォルターは平静を装い考えるが、良案は浮かんでこない。と、今まで一言しか発していなかったレイヴンが口を開いた。

 

「レイヴンとは、自由なる意思の表象。お前は何を選び、なんの為に戦おうとしている。なんの為に、その翼で飛ぼうとしている。答えろ」

 

低く、かすれた声。彼の視線には殺気に似た何かが籠っているように見えた。それを正面から受け止めてる621は、決して目を逸らさない。ブランチメンバー全員に注視される中、彼女はなんの駆け引きもせず、嘘偽り無い答えを告げる。

 

【ウォルターを助けたい。ルビコンを救いたい。みんなで生き残って、見たことも無い明日を見てみたい。だから、私は戦っている。これまでも、これからも。全部全部、絶対に諦めたくないから】

 

「その為に、何もかも巻き込んだとしてもか」

 

【私が護る。ウォルターも、エアも、あなた達も、他のみんなも。全員私が巻き込んだから。だから、私が護る。戦って、勝つ。私には、それしか出来なかった】

 

無表情なままの621が意志を滲ませる。枯れ木のように痩せ細った肉体からは、想像も出来ない気迫が部屋に充満した。百戦錬磨のブランチを正面から呑み込まんとする程だ。だが、誰も621から目を逸らさない。彼女の視線と同じように。

 

「凄烈で、自己犠牲的な言葉。それが、貴女の理由なのですね」

 

【うん。でも、今は少しだけ変わっているかもしれない。一緒に戦ってくれる人達が、沢山出来たから。私に手を伸ばしてくれた人達が、いっぱいいてくれるから。だから、これは自己犠牲じゃないよ。私が護るみんなが、きっと私を護ってくれる】

 

ある種傲慢に言い切った621は、ウォルター、エア、スッラへと順々に視線を向けた。無機質に見える瞳にはしかし、無垢な信頼が込められている。疑いや悪意など欠片も存在していない。自分の言った通りにきっとなる。彼女はそう信じていた。

 

視線を向けられた三者の反応は様々だ。ウォルターは眉間を押さえ、スッラは笑みを浮かべて鼻を鳴らす。エアは酷く感激していたが、肉体が無い為誰にも気付かれなかった。そして、ブランチのメンバー達は・・・・・・。

 

「・・・・・・。あんた、本物の馬鹿なんだね。繰り返しの件を信じるなら、相応の経験をしているはずなのに・・・・・・見た目通りのお子様じゃないか」

 

「情報のやり取りである程度は分かっていたことだろう。それで、どうするレイヴン?今回の件はお前に一任しているが・・・・・・」

 

呆れた様子のシャルトルーズに、冷静なままレイヴンを見やるキング。レイヴンは621を見つめ続けたままだ。視線の鋭さは先ほどと変わらない。しかし、殺気にも似た雰囲気は幾分か和らいでいた。

 

「それが、お前の選択か」

 

【そうだよ。私が、私自身で選び取った。多分、もう二度とこんなチャンスは無い。繰り返しは今回で終わらせる。だから、この先も協力して。お願い、ブランチのみんな】

 

無垢な視線がブランチメンバーにも向けられる。だが、無垢なだけではない。幼さに見合わない覚悟が、その瞳には秘められていた。

 

「いいだろう。お前がどこまで飛べるのか、どこに行き着くのか。見届けよう」

 

静かな口調で答えたレイヴンは、確認を取る様にキング、シャルトルーズ、オペレーターを順に見やる。他ならぬ彼が決めたのならば、三人に異存は無かった。全員の総意としてキングがウォルターへと告げる。

 

「我らブランチはC4-621・・・・・・いや、レイヴンに引き続き協力しよう。構わないな、ハンドラー・ウォルター」

 

「こちらとしては問題無いが・・・・・・」

 

ウォルターとしては、今の対話は理解しかねるものだ。621とブランチの間にあるものは理でも利でもない。情か、あるいは別の何かか。少なくとも、ウォルターには何故彼らが納得したのか分からなかった。

 

「不安だとは思いますが、我々は裏切りません。少なくとも、ルビコン3が危機を脱するまでは。警戒を解いてほしいとは言えませんが、今後も上手く利用して頂ければ」

 

オペレーターの言葉に頷きつつも思考を回す。果たして、本当に621に協力してくれるのか。本当に裏切りの可能性は無いのか。彼らの判断が理解出来ないからこそ、懸命に考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビコニアンの少女、ミシェラは教師の言葉を聞きながらシンプルなタブレットを操作していた。今は算数の時間。単純な足し算引き算を、彼女はうんうん頭を悩ませながら解いていく。周囲には、同じく算数を学んでいる子供達が座席に座っていた。

 

子供達の間を優しげな目つきで見て回るのは、教師役であるルビコニアンの女性。20年以上前から、幼い子供達の教育者として教鞭を振るっている。彼女の他にも教育係は存在しており、ルビコン各地で出来得る限りの教育を行っていた。

 

子は宝だ。長く戦乱に苛まれているルビコンでもそれは変わらない。。学び、育て、次世代に託す。何千年と続いてきた人類の営みは、辺境の惑星にも根付いている。

 

「先生。ここ、えっと、こうすればいいですか?」

 

自分の計算に不安を感じたミシェラは、手を上げて教師に訊ねる。ここ最近の彼女は非常に勤勉で、勉強に熱が入っているように見えた。少し前までは注意力散漫というか、夢見がちな所がある子だったのだが・・・・・・。

 

子供の成長は早いから。先入観から教師はそう思い込んでいる。しかし、実際は違っていた。ミシェラは戦いたかった。戦士になりたかった。誰もを救える力が欲しかった。だからこそシオンに憧れ、崇拝している。

 

努力しなくてはいけない。いずれ戦場に立つ為に、今から頑張らないと。シオン様も言っていた。よく食べ、よく寝て、勉強しなさいって。ミシェラを突き動かしているのはシオンの言葉だ。シオン自身が自己嫌悪を抱く程の欺瞞の言葉を、彼女はひたむきに信じていた。

 

教師からのアドバイスを聞き、必死で考えながら計算問題を解いていく。その懸命さに教師は笑みを零すが、ミシェラの真意を見抜けてはいない。ルビコンの為に戦いたいと望む子供は今までにも沢山いた。しかし、ミシェラのように内に秘める子供は極少数である。

 

教師に落ち度があったわけでもない。ミシェラは元々戦いに向くような性格とはかけ離れている。彼女の心に火が灯ったのは、ひとえにシオンの存在。自分とそこまで年の離れていない少女が、まるで帥父ドルマヤンの如き神話を打ち立てたからだ。

 

自分もシオンのように戦いたい。戦って、戦場で散った父や他のルビコニアン達の仇を討ちたい。幼子らしからぬ想いは、ミシェラの心の内で燃え盛っていた。

 

「うーん・・・・・・えぇっと・・・・・・」

 

計算問題に頭を悩ませる姿は端から見れば微笑ましい。タブレットを操作し数字を入れて、ミシェラは教師に提出した。教師が答え合わせをすると。10個あった問題の内正解は8個。今までの彼女と比べても高得点だ。

 

「凄いじゃないミシェラちゃん。最近よく頑張ってるわね」

 

「うん。算数がちゃんと出来るようになれば、早く大人になれるかなって」

 

「うふふ。大丈夫よ、焦らなくてもちゃんと大人になれるわ」

 

微笑みながら頭を撫でてくれる教師に、ミシェラもはにかむ。褒められるのは素直に嬉しい。なんだか、少しでもシオン様に近付けた気がして。思考のズレは誰にも気付かれないまま、穏やかな時間が過ぎていった。




621は誰よりも傲慢に進んでいこうとしています。まぁフロムゲーの主人公だし。そのせいで常識人のウォルターが振り回されてるんですね。
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