見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

11 / 125
10.無力とカラスと古びた警句

「し、死ぬ・・・・・・」

 

簡素ながら清潔なベッドの上で、シオンは全身に走る痛みに堪えていた。といっても、どこか外傷があるわけでもない。痛みの理由は一つ、筋肉痛である。

 

「シオンがそれだけ頑張ってくれた証だ、本当にありがとう」

 

そう言いながら彼女の世話を甲斐甲斐しくするのは、臨時のオペレーターを務めていたアーシルだ。塗り薬を手に持ち、上半身をはだけさせているシオンに丁寧に塗っていく。多少の恥じらいはあるようだが、それよりも労わりの気持ちの方が大きいようだ。

 

「あいつつつ・・・・・・いや、俺は大したこと出来なかったしなぁ。それなのにこのザマだ、笑っちまうぜっつぅぅ・・・・・・!」

 

苦笑しようとして筋肉が引きつり、痛みに声を上げるシオン。肉体的に初めての実践は予想以上の消耗を引き起こしたようだ。極度の緊張と調整の合っていないACからの負荷は、精神以上に肉体を痛めつけ全身の筋肉を激しく酷使させていた。結果、シオンは体の隅から隅まで酷い筋肉痛に悩まされているのである。

 

「痛みが治まるまでゆっくり休んでくれ。貴女のお陰で、今の所このダムは安全だ。何か欲しいものはあるかな?」

 

薬を塗り終わり、手早くシオンに服を着せながらアーシルが訊ねる。シオンは可憐な顔を痛みでしかめつつ、彼の言葉を受け止めた。欲しいもの。それは、決まっている。

 

「早く、俺用に調整済みのACが欲しい。出撃の度にこんな目に遭うのは勘弁だぜ」

 

「それは・・・・・・すまない。帥淑が奔走してくれているが、調達が間に合っていないみたいだ。次の出撃があるとしてそれまでには用意出来るはずだから、もう少し待ってほしい」

 

誠実な態度で頭を下げるアーシルに、シオンは何も言えなかった。ここまで真剣かつ丁寧に対応されると、木っ端傭兵だった彼にはやり辛い。かつて依頼を受けていた時、企業の連中はこちらを杜撰に扱っていたからだ。

 

「別に謝らなくていいって。まぁ、しばらくはのんびりさせてもらうよ。いてて・・・・・・」

 

ぴきぴきと軋む首を撫でて、シオンはそっとベッドに横たわる。やはり、この体での出撃は元の体の時よりも負担が大きかったようだ。成人男性と少女では負担も違って当然だと思いつつも、ここまで消耗するのは想定していなかったらしい。痛みが駆け巡る中、ぼんやりと呟く。

 

「そういや、味方してくれた独立傭兵・・・・・・レイヴンだったか。あいつの動向は掴んでるか?」

 

「ん・・・・・・いや、今のところ特には。こちらに抱き込もうと帥淑や同志ダナムが動いてるらしいけど、細かいことは分からないんだ」

 

「ま、昨日の今日だしな。しかし、うぅん」

 

悩ましげな声を漏らすシオン。あの時見たレイヴンの戦いぶりが、脳裏に強く刻まれているのだ。あれほど軽快にACを駆る者は今までに見たことが無い。それこそ、昔映像で見た『木星戦争の英雄』ミシガンに劣らない動きだった。叶うならば実際に会って話を聞いてみたい。こんな気持ちになるのは初めてで、シオンは困惑していた。

 

「何か、気になることでも?」

 

「いや、個人的なことだよ。あの動き、ACを操縦してるとは思えない程の軽快さだった。よっぽどの熟練者が乗ってるんじゃないかなって」

 

「レイヴン、か。こちらでも情報を集めているけど、中々有益なものは出てきていないんだ。一つ分かっているのは、彼の『飼い主』だね」

 

「飼い主?それは、つまり」

 

妙な言い方が引っかかり、次いで思い出す。ルビコン星系近辺で活動する、飼い主-ハンドラー-の異名を持つ者のことを。

 

「うん。ハンドラー・ウォルター。子飼いの猟犬達を無謀な任務に投入して使い潰す、悪名高い人物だ」

 

「ハンドラー・・・・・・じゃあ、あの時レイヴン側から来た通信の声は、そいつだったってことか」

 

「代理を立てているかもしれないけど、可能性は高いと思う。しかも、先の襲撃はベイラム精鋭部隊、レッドガンの作戦だった。企業にもパイプを持っていると推測出来る」

 

その言葉にシオンは肩をすくめる。凄腕の独立傭兵の上司も、相当な凄腕のようだ。

 

「たまんねえな。フラットウェルさんの策がハマって助かったぜ。じゃなきゃ今頃消し炭だ」

 

実際、3対1のままだったら殆ど抵抗も出来ず撃墜されていただろう。つまり、シオンは独立傭兵レイヴンの気まぐれで生き残ったということだ。己の無力さを噛み締めると、体に力が入り引きつった。

 

「あっつつつ・・・・・・!駄目だ、落ち込むことも出来やしねえ。仕方ないし、痛みが治まるまでは休むしかないな」

 

「そうしてくれるとこちらも嬉しいよ。時間になったら食事を運ぶけど、食べさせた方がいいかな?」

 

「勘弁してくれ、流石にそこまでされるのは自尊心の方が痛む。見た目はこれでもガキじゃないんだから」

 

シオンが顔をしかめると、アーシルを苦笑しながら立ち上がる。

 

「そうだね、すまなかった。それじゃあ、何かあったら遠慮無く呼んでくれ」

 

部屋から出ていく後ろ姿を見送り、シオンは痛みに苦労しつつ毛布を被った。体がこんな状態である以上、休息を取るしかない。しかし、頭は酷く冴えてしまっている。レイヴンの戦いぶりが脳裏に焼き付いているのもそうだが、彼にはまだ考えるべきことがあった。

 

果たして、このまま解放戦線に協力し続けていいものか。助けてもらった恩もある。居場所を与えてくれた恩もある。しかし、その代償としては、あの戦闘はあまりにも過酷だった。例えかつての愛機がここにあったとして、レイヴンが裏切らなければ無惨に撃墜されていただろう。この先、あのような戦いばかりではすぐに死んでしまう。

 

シオンは、死にたくなかった。自分は一度死んだはずだ。コックピットの中、あまりにも呆気無く死んだはずなのだ。その感覚はまだ思い出せない。しかし、恐怖だけはべったりと心に張り付いている。

 

解放戦線に協力すると決めてから、ずっとシミュレーターに籠りっ放しだったのも死にたくなかったからだ。こうなる前、彼は決して真面目な傭兵ではなかった。適性が低く負担が多かったこともあり、大してシミュレーターを活用することもせずに依頼をこなしていたのである。

 

「あー・・・・・・本当、どうすりゃいいんだか」

 

天井に向けて呟き、そっと目を閉じた。あの時、何故自ら出撃することを提案したのだろう。それも、他人のACに乗るという馬鹿げた提案を。シオンは未だに自分の行動理由が分からなかった。死にたくなければ、引きこもっていればいい。あの時は出撃を強制されたわけではなく、むしろ止められたのだ。ライフラインが破壊されてもすぐ死ぬとは限らない。それに比べて、前線ではあまりにも死が身近だ。

 

「こんな体になっちまって、おかしくなってんのかな」

 

自問自答。まぶたに遮られた闇の中で、シオンは考え続ける。しかし、消耗による睡魔が訪れるまでに答えは見つからなかった。

 

 

 

 

 

「シオンをボナ・デア砂丘に送る、ですか?それは・・・・・・」

 

『無論休養は取らせる。回復し次第、ストライダーに合流させるつもりだ。彼女用のACも輸送させよう』

 

通信で言葉を交わしているのは、インデックス・ダナムとミドル・フラットウェルだ。まだ癒えていない傷を物ともせず、ダナムはフラットウェルに質問する。

 

「何か情報を得たのですか?企業が侵攻してくるといった類の」

 

『うむ。輸送ヘリが落とされ、ストライダーの修繕が済んでいない所を狙おうというのだろう。企業から独立傭兵へ依頼が出ているようだ。現状、受けた者はいないようだが』

 

「当然です。いくら万全ではないとはいえ、AC一機で落とせる代物ではない。企業共の部隊は動いていないのですか?」

 

その言葉に、フラットウェルの声色がやや変わった。深く考え込んでいるような、沈んだ調子に。

 

『アーキバス直属のヴェスパー部隊、彼らに動きがあるようだが・・・・・・恐らく目標はボナ・デア砂丘では無い。ベイラムは現状、『壁』に戦力を集中させようとしているようだ』

 

「ならば何故、わざわざシオンをストライダーに?」

 

『・・・・・・ストライダーの艦長とは話がついた。私は『壁』に急行する予定だ』

 

突然別の話を振られ、ダナムは訝しむ。何かを隠そうとしているのか?

 

『我々はあの少女を測る必要がある。奇しくもダムが襲撃された時には、果敢で協力的だったが・・・・・・一度、檻の外に出さねば本性は見えん』

 

「シオンを疑っているのですか?あの状況で出撃するような者が、裏切るとは考え辛い!」

 

『その通りだ。だが、私の立場からそうは言えない。彼女以外の護衛は最低限に、かつ逃げ出せるような隙をあえて作る。それで逃げないのならば、本物の戦士だろう』

 

静かに告げるフラットウェル。しかし、彼の脳内では言葉とは裏腹な思考が回っていた。彼女が企業のスパイだとしたら、そのような状況でも逃げないだろう。むしろ解放戦線の内部に食い込むチャンスと捉えるはずだ。いずれにせよ、こちらが仕掛けた罠にどう対応するかで本質を見極めなければならない。

 

「そうまで疑うのなら、何故シオンを味方に引き込もうとしたのです!」

 

『ACのパイロットは一人でも多く欲しい。分かっているはずだ、ダナム。ならば、ある程度のリスクは冒そう。ストライダーが狙われている可能性があり、護衛が必要でもあるのだから』

 

フラットウェルの中で、ストライダーは戦力として数えられてはいなかった。シオンを測りつつ、仮に破壊されても彼にとっては大した被害ではない。シオンも巻き込まれて死ぬかもしれないが、その時はその時だ。その程度ならば危険を冒して引き込む必要は無い。フラットウェルは軍事指導者として、あえて命を数で認識していた。

 

「っ・・・・・・!」

 

押し黙るダナム。彼とて、フラットウェルの立場と考え方は理解している。しかし、どうしても素直に呑み込めない。同胞であるルビコニアン達の為に命を賭けたシオンを、まるで罠に嵌めるようなやり方で貶める。戦士として、肯ずることは出来ないのだ。

 

『ダナム、耐えてくれ。全ては星外企業をルビコンから駆逐し、ルビコンの夜明けを迎える為だ。その為ならば、私は幾らでも手を汚そう。その覚悟は出来ている』

 

フラットウェルはあえて過激な言葉選びでダナムに語り掛ける。そうすれば、納得は得られずとも邪魔されることは無いと踏んでいる為だ。それに何より、まぎれもない本心である。外道に堕ちたとしてもルビコンの未来を拓く。その信念は、昔から変わっていない。

 

『シオンにはこちらから伝えておく。傷が癒える間も無く襲撃を受けたのだ、お前も休め』

 

「・・・・・・いえ。シオンには俺が伝えます。無論、本当の理由は伏せたままで」

 

低い声で唸った後、ダナムは静かに答えた。真の理由を聞いた時点で、見て見ぬ振りをしてもしなくても地獄である。ならばフラットウェルと共犯になることで、己の内に罪を抱え込むと決めたようだ。つまりそれが、彼の筋の通し方なのだろう。

 

『・・・・・・いいだろう。頼んだぞ、ダナム』

 

「はい。灰かぶりて、我らあり。全てはルビコニアンの為に」

 

警句はそれ単体ではなんの効果も無い。用いる人間が前に進もうとするからこそ初めて意味を持つ。フラットウェルはその警句に何も返さず、通信が切れた。静寂が訪れた部屋の中、ダナムはしばらくの間身じろぎすることも無く思案に暮れていた。




解放戦線は現地民の寄り合い所帯なので一枚岩じゃありません。圧倒的カリスマのドルマヤンや舵取りが巧みなフラットウェルがいなければ今頃瓦解してたんじゃないかなと思ってます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。