見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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114.過去と可能性と

「苦しむのが好きなら結構だが、いい加減割り切ることだ。見ているこちらが苛立つ。それとも、やはり飼い犬の望みを切り捨てるか?」

 

「・・・・・・」

 

張り付いたような笑みを浮かべ、スッラがウォルターに問いかける。老兵の視線は鋭く、魂の底までも見通しているかのようだ。

 

「単純な話だろう。中途半端な尊重ならばやめてしまえ。今のお前は、両足のどちらにも軸が乗っていない。よくもまぁ立っていられるものだ」

 

痛烈な言葉がウォルターの心に突き刺さる。スッラは正しい。事ここに至った今でも、ウォルターは未だ立ち位置を決められていないのだ。使命を捨てた未練に、幸せになってはいけないという呪縛。621の目的が受け入れられないなら、彼女の側にいるべきではない。

 

「分かっている。分かっているが・・・・・・」

 

「あぁ、理解しているだろうさ。だからこんな場所で、そんな顔をしている。目を背けてばかりでは、いつまで経っても先には進めんというのにな」

 

スッラは滑るような足取りでウォルターに近付き、俯いた彼の胸倉を掴み上げる。枯れ枝のような腕からは信じられない力で、ぐいと顔を引き寄せた。

 

「そろそろ時間切れだ。お前やあの犬ではない、ルビコンそのものがな。全てを喪い後悔したいのなら、止めはしない。相応に愉快な見世物になる。だが・・・・・・」

 

いつもの笑みが剥がれ、殺気にも似た気配が廊下に満ちていく。スッラの瞳にはどろりと濁った熱が満ちていた。沸騰した汚泥のようなそれが、ウォルターにはくっきりと見える。

 

「ハンドラー・ウォルター。お前はこの程度なのか?ここで終わるのか、お前は。それこそ、お前の過去が許すはずも無い。ハンドラー・ウォルター・・・・・・ハンドラー・ウォルター・・・・・・」

 

情念さえ籠った声は、少しずつ掠れるように小さくなっていった。同時に力も抜け、スッラはウォルターに寄りかかってしまう。バイタルが酷く乱れているようだ。痩せ細った老体は、体温が上がっているのか酷く熱い。

 

「スッラ・・・・・・!?」

 

「お前の過去・・・・・・その一部として告げてやる。背負ったものがどうあれ、未来を決めるしるべにはならん。過去を、こちらを向くな・・・・・・鬱陶しい・・・・・・」

 

ぐったりとした様子で呟き、スッラは気だるげに目を閉じる。意識が無くなると同時に体の力が抜け、支えているウォルターに全体重がかかった。軽い。片手でも運べそうな程に。

 

スッラを背負い、メディカルルームへと急ぐ。スッラの体調は明らかに異常だ。彼と合流してから初めての事態である。定期的な検査では安定していたというのに、何故・・・・・・?疑問を呑み込みウォルターは走った。胸の内を、何故か喪失への恐怖に染めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───で、まぁ。今に至るってわけだ。馬鹿みたいな話だろ?」

 

己の身の上話を終え、シオンはやんわりと苦笑を浮かべた。こうして自分で話してみると中々に面白い。売れない作家の三流小説のようだ。しかし621はそう思わなかったのか、無言のまま思案に暮れている。

 

シオンとしても彼女の思案を邪魔する気は無い。一旦通信の音声をミュートにしつつ、軽く首を回した。自分のことを語るというのはどうにも慣れない。誇れない過去なら尚のこと。

 

元の体の持ち主には申し訳無いが、「シオン」となってからの人生は充実していると言えた。その前は酷いものだ。木っ端の独立傭兵として日銭を稼ぎ、それを生き延びる為だけに消費する日々。企業から受ける任務はどれも危険で、まともなサポートは望むべくもなかった。

 

それも当然である。食い扶持を求めイチかバチかの密航に成功したとはいえ、元の自分はなんの功績も無い独立傭兵だ。企業にとって、リスク無く使い捨て出来る駒のような扱いでも仕方ない。実力が無ければまともな態度を取られないのは当然と言えた。

 

最期も実に呆気無い。アーキバスからの依頼を受け、ベイラム系列の拠点を攻撃することになった彼はミサイル砲台と狙撃砲の前に敗北。撃墜され戦死した・・・・・・はずだった。まさか、目が覚めたら少女になっているとは。この肉体に慣れた今でも信じがたい。

 

「思えば、この体は星外から来たんだよな。ACの残骸を詰め込んだポッド内で良く生きてたもんだ。どこかの企業の差し金にしては杜撰だしなぁ」

 

改めて、今は自分のものとなっている肉体について考える。彼女はどこから来たのか。なんの目的でルビコンに。少女に肉体を返す以前に、なんの背景も分かっていなかった。シオンの事情を知っているフラットウェルの情報網でも、真相は明らかに出来ていない。

 

疑問はそのままに今日まで生き抜いた。悪いとは思っていない。自分が死ねば、少女に体を返すこともままならないのだから。だが、今も少女が生きるはずだった人生、その時間を奪っているのは申し訳無く感じていた。

 

自分は一度死んだ人間だ。何も為せない、ロクでもない男だった。シオンの名を与えられた彼は、だからこそ懸命に生きている。怠惰や堕落を恐れ、少女の人生を穢さないように。

 

「あー、クソ・・・・・・」

 

だが、やり過ぎてしまったかもしれない。シオンの名はルビコン3全土に轟いていた。挙句には「ルビコンの天使」などと言う異名までも。それはつまり、この少女は最早シオンとしてしか認識されないということだ。いずれ肉体を返したい彼にとっては不都合な現実である。

 

【ねぇ、シオン】

 

「うぉっ!?」

 

急な人工音声に驚いて妙な声を上げるシオン。幸いミュート中なので621には聞こえていない。少しだけ息を整え、通信を再開する。

 

「ど、どうしたレイヴンさん。何か分かったのか?」

 

【ちょっと、確認したいことがあって。シオンは、最新世代の強化人間だよね?】

 

「そうだけど・・・・・・それが何か関係してるのか?」

 

【うん。もしも旧世代の強化人間だったら、エア・・・・・・変異波形が行う交信の応用で別の肉体を動かせるかもしれない】

 

別の肉体を動かせる。それは、駄目元で聞いてみたシオンにとって予想外の言葉だった。もしかすると、自分の身に起こった現象に説明が付くかもしれない。高まる心臓の鼓動を感じつつ、先を促した。

 

「マジか・・・・・・!すまん、説明してくれ」

 

【原理は、難しいから省くけど。もしシオンの頭に、脳深部コーラル管理デバイスが埋め込まれていたら、可能性があるんだ】

 

「コーラル管理デバイス・・・・・・あぁ、アレか。いや、でもこの体には多分埋め込まれてない。俺が一度死ぬ前、男だった頃なら埋め込まれてたけど。第4世代の強化手術を受けてたからな」

 

こめかみ辺りを指先で叩きつつ思い出す。AC乗りとしての素養が乏しかった彼は、危険性の高い第4世代強化手術を受けた。本来ならもっと安定化した世代のものを受けるべきだったが、単純に資金が足りなかったのだ。

 

借金に借金を重ね、AC乗りとして活動が出来るようになる頃には負債で雁字搦め。一発逆転を狙いルビコンに密航したが、結果は何も為せずに戦死。下らない結末だが、そんなことはどうでもいい。重要なのは、今のシオンにはコーラル管理デバイスが埋め込まれていないということだ。

 

「だから、その方法じゃ無理だと思う。折角思いついてくれたのに申し訳無いけど」

 

【ううん、大丈夫。でも、一度確かめてみてもいい?シオンの体を詳しく検査すれば、何かが分かるかも】

 

「あー、確かに。最初の頃に検査は受けたけど、設備は古かったからなぁ」

 

解放戦線に保護された当時、可能な限りの検査を受けた記憶が蘇る。結果として最新の第10世代強化人間であることが発覚したのだが、それ以外に異常は見当たらなかった。現状ならばより機能に優れた設備を利用出来る。あるいは何かが分かるかもしれない。

 

「フラットウェルさんに相談してみるか・・・・・・とりあえず、結果が出たらまた連絡してもいいか?」

 

【分かった。それまでに、もう少し詳しく調べてみるね】

 

次の通信の約束をしつつ、回線を落としたシオンはタブレットを手にする。とりあえず、フラットウェルに精密検査の許可を取らなければ。彼はぞわぞわする感覚、あるいは悪寒を覚えながら指をタブレットに這わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ・・・・・・」

 

シンダー・カーラの私室。以外にも綺麗に整頓された部屋の中で、カーラは解放戦線から来た依頼に目を通していた。一言で言えば「笑える兵器」をお望みなようだ。

 

かつて、交易の要衝である「壁」の防衛に当たっていた特殊兵器。重装機動砲台ジャガーノートを元にした新たな兵器を製造してほしい、とのこと。他にも色々注文はあるが・・・・・・何が面白いのか、カーラは笑みを堪えながら依頼の文面を見つめていた。

 

『ボス、BAWSから設計図が届いた。ジャガーノートのものだ』

 

「受けると返事してもいないのに、随分性急な話だね。まぁいいさ、興が乗りそうだ。ジャガーノート・・・・・・ちと可愛げが足りないが、中々笑える設計じゃないか。さぁて、どうめかし込んでやろうか・・・・・・」

 

返事をしていないと自分で言いながらも楽しげだ。チャティはこういったカーラの様子をよく知っている。なんのしがらみも含んでいない、純粋な楽しみの感情。予断を許さない状況の中、いい息抜きになるだろう。

 

チャティは主人であるカーラが楽しそうにしているのが好きだ。生きてるなら笑えと彼女は言うが、心から楽しそうにしている時間は少ない。だからだろうか、楽しそうなカーラを見ているとチャティ自身も楽しくなってくる。

 

「まずは馬鹿げた正面装甲だ。砲撃戦用なのに重装甲って所がいい。衝角のように尖らせて傾斜跳弾と突撃の威力上昇を狙うのもありか。足回りは履帯とブースター、浮かせるのは厳しそうかね。上空と背面への攻撃に対しては・・・・・・」

 

カーラの呟きは止まる気配を見せず、徐々に熱がこもっていく。集中している時の特徴だ。チャティは呟きの全てを記録し、しかし何も口を挟まない。湯水のように流れる彼女の言葉を聞いているだけだ。

 

「アイボールの要領でシールドを展開すれば・・・・・・ジェネレータの増設じゃ出力を賄えないか?積載の問題もある。かといって武装を減らすのはつまらないし、だったらいっそ足回りの強化から・・・・・・」

 

コンソールの上を指が走る。実用的なものから荒唐無稽なものまで、見境無く様々なアイデアが打ち込まれていった。その中には依頼の要件を満たさないものまで含まれている。チャティは気付いていたが、アイデア出しの段階で指摘はしない。

 

カーラの呟きとコンソールを叩く音だけが部屋の中に響く。部下からの報告が入るまで、二人だけの穏やかな時間が流れていった。




人間、長く生きていればいずれ過去に追いつかれるものです。
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