見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「・・・・・・」
集中治療用のカプセルに入り眠り続けているスッラを、ウォルターは静かに見つめていた。顔に浮かんでいる感情は複雑で、様々なものが混ざり合い判然としない。
『ウォルター。気を張り過ぎのように思います。貴方も休んだ方がいいのでは?』
「・・・・・・エアか。俺は問題無い、621の様子はどうだ?」
ウォルターのタブレットを通じ、機械音声で言葉を伝えるエア。彼女は621の飼い主であるウォルターを純粋に心配していた。コーラルを焼き尽くすという使命は相容れないが、一個人としては尊敬出来る人物である。
繰り返しの中、ウォルターは使命に殉じ続けたらしい。しかし、今は違う。彼は苦しみながらも使命を捨て、621の味方となっている。それがエアには嬉しかった。自分の存在を認められている気がして。
機械音声で他者と対話出来るようになってそれなりの時間が経ったが、ウォルターとは業務的な話しかしてこなかった。彼はエアとの私的な交流を避けているようだ。罪悪感なのか、それとも別の理由があるのか。そこまでは分からない。
『今は眠っています。ですが、動揺がバイタルに現れていました。スッラには多くの手助けをしてもらっていましたから』
「懐いたか、情が移ったか。いや、当然だ。現在の状況まで持ってこれたのは、積極的に協力したスッラの影響が大きい。出来れば死なせたくないが・・・・・・」
治療自体は済んでいる。だが、スッラは未だに目覚めない。長い間無理をしてきた負債が、年老いた彼の体を蝕んでいた。有り体に言えば寿命ということだろう。
「エア。621にスッラの経過は良好だと伝えてくれないか。俺では悟られかねん」
『虚偽を伝えるのですか?それは』
「頼む。治療には全力を尽くしている。多少の間ならば生命維持は可能だ。だが、621を長期間ストレスには晒せん」
『・・・・・・それは、ハンドラーとしての判断ですか?』
エアの質問に、ウォルターは僅かに目を見開く。彼女とは声だけのやり取りだというのに、まるで射抜くような視線を感じたからだ。
「そうだ。必要以上に苦悩する必要は無い」
『では、お断りします。私はレイヴンの、彼女の友人です。確かに辛い事象ではありますが、彼女には知る権利がある。私はそれを尊重したい』
「・・・・・・」
機械音声ながら強い意志を感じる言葉。621はいい友人を持った。しかし、エアはいい友人であり過ぎる。彼女自身を破滅させかねない程に。無言でスッラを見つめ続けるウォルターに、更なる言葉が告げられた。
『前から思っていたのですが。ウォルター、貴方はレイヴンに対して過保護過ぎる気がします。確かにバイタルは乱れましたが、彼女はきっと受け入れて乗り越えるはずです。それを成長と言うのだと、貴方達と出会ってから学びました』
「・・・・・・そうか。いいだろう、任せる」
静かに言い、ウォルターは口を引き結ぶ。エアの言う通りだ。621には知る権利がある。そして、苦しむ権利も。彼女は一個の意思ある人間なのだから。
スッラはどうだったのだろう。彼は彼の意思で621に協力した。しかし、心中の全てを語らぬまま眠りについてしまっている。ウォルターは、手のひらから様々なものが零れ落ちていくような錯覚に陥った。使命も、621も、スッラも。最早、自分は必要無いのか。
過去を、こちらを向くな。意識を失う直前スッラはそう言っていた。だが、ウォルターには過去しかない。幼少の頃から過去を背負い、囚われ、苛まれながらここまでやってきた。621が示してくれた他の道を、自分では歩めないと信じている。
『ウォルター。これは私からのお願いです。どうか、一度休んでください。貴方にも、レイヴンにも、スッラにも。今は休息が必要です』
「俺に構うな。今は621の傍にいてやってくれ、エア」
頑なな様子のウォルターに、エアは説得を諦め離れた。数十年の間に積み重なり、固められた心は未だに溶かせないようだ。いつか彼の苦悩が取り除かれてほしい。そう願いながら、エアは621の元に向かうのだった。
精密検査の結果が表示されたタブレット画面を見つめ、シオンはゆっくりと息を吐いた。記されている情報は多岐に渡るが、重要なのはとある箇所。脳内に浸透しているコーラルの量を示す数値だ。
ルビコニアンは、コーラルで生育したミールワームを日常的に摂取している。故にコーラルが体内に残留することもよくあった。解放戦線に拾われたシオンも彼らと同じ食事をしている為、コーラルが残留していてもおかしくはない。
「これは・・・・・・」
しかし、示されている数値は異常過ぎた。至近距離でのコーラル被爆を受けたとしたら、これ程の高い数値になるだろうか。無論、シオンにそんな経験は無い。ならば何故ここまで・・・・・・。大きな疑問が浮かぶが、ひとまずそれを振り払った。重要なのは、621の仮説に沿うかどうかだ。
脳深部コーラル管理デバイスが埋め込まれていれば可能性がある、と彼女は言っていた。検査の結果デバイス自体は確認出来なかったものの、これ程のコーラルが残留している場合はどうなのか。他人の肉体を動かすような行いは可能なのか。検査結果を読み込みながら、シオンは思考を回し続ける。
そういえば。この検査結果はフラットウェルやドルマヤンにも送られているはず。学の無い自分では分からないが、他の部分に異常がある可能性もあった。通信回線を開き連絡を取ろうとした所で、自室の扉がノックされる。
「アーシルか?どうぞー・・・・・・っ!?」
果たして、入ってきたのはドルマヤンその人。帥父が何故ここに。突然のことに固まっているシオンに、彼はしわがれた声で告げた。
「話したいことがある。お前の、交わる意思のことだ」
「え、っと・・・・・・とりあえず座ってください。交わる意思ってどういうことですか?」
椅子を引いて座るのを促し、自身はベッドに腰を下ろす。突然の来訪に困惑しながらも、シオンはドルマヤンと視線を合わせた。窪んだ眼は炯々と光り、こちらを真っすぐに射抜いてくる。
「お前はまだ、声を見ぬのだろう。コーラルの意思、それを身に宿した上で」
「声・・・・・・?」
その言葉に過去の記憶が蘇る。あれは確か、汚染都市での激戦の後。フレディに呼び出されドルマヤンと会った時に、似たような問いを投げかけられたことがあった。
「それって、確か・・・・・・鍵になるかどうか、みたいな話でしたっけ」
「覚えていたか。だが、案ずることは無い。お前は鍵にはなり得ぬ。最早賽は失われ、投げられることも無い」
ドルマヤンの言葉は難解で意図を読み辛い。しかし、彼はシオンの理解もそっちのけで言葉を続ける。
「それでも。お前の内には意思が宿っている。コーラルを介在した意思が。かつてルビコンで死んだ独立傭兵が、最新世代の少女に宿っているのだ」
「それは、待ってくれドルマヤンさん。俺の馬鹿げた身の上に、説明が付くってことですか?」
「然り。お前は一度息絶え、その後コーラルに精神が散逸した。その波形を少女が取り込んだのだろう。方法と理由までは読めんが」
コーラルの波形。それはつまり、621に協力しているエアという存在と同じということだろうか。そこまで考えた所でシオンの頭に痛みが走った。何か忘れているような気がする。今の話に関係する、重要な何かを。
「クッソ、なんか思い出せそうなのに・・・・・・!」
「落ち着くがいい、シオン。お前にはまだ、長い時が残されている。そして、ルビコンを巡る戦いは終わらせなければならない。お前の苦悩は、戦いの後に果たすべきだ」
「それはそうかもしれないけど・・・・・・あぁクソ、すんません。とりあえず、俺はコーラルになってるってことですよね。それで、この体を乗っ取っている」
「厳密には違うが似たようなものだ。コーラルを媒介として、お前自身の意思が映し出されている。少女本人が望まねばこうはなるまいよ。シオン、お前が気に病む必要は無い」
全てを見透かしているかのような言葉に、シオンはまじまじとドルマヤンの顔を見つめる。自身の苦悩は見抜かれても仕方ないが、もしかするとあらゆる真実に気付いているのか。相手は伝説に生きる男だ、そうであっても不思議は無かった。
「・・・・・・ありがとうございます。そうっすね、とりあえずは星外からの侵略をもう一度撃退するまで、後回しにします。俺の都合を優先するわけにもいかないし、何よりも解放戦線の皆には散々助けられた。自分勝手ですけど、ここを帰るべき場所だと思ってるんすよ」
「そうか。ここを寄る辺としているならば、それもよい。存分に羽を休め、飛び立つ時を想うがいい。あるいは、内に秘めた意思を友に打ち明けるもよし。お前は自由なのだ」
「どうも。まぁ、打ち明けるのは生き残ってからにします。俺だって、そこまで気持ちに整理がついているわけじゃないんで」
穏やかに返事をしつつ、ふと思いを巡らせるシオン。もしも自分という意思が消えるとして、アーシルやツィイー、ルビコニアンの皆は悲しむだろうか。交流会のメンバーもそうだ。自分が消え去ったことでどのような影響があるのか。今までは、自分の境遇にだけ必死で考えてこなかった。
いや、考えるのも生き残った後にしよう。答えの出ない問いを繰り返しても何も得られない。戦場でくたばらないようにするのが第一だ。シオンは己に言い聞かせ、目の前の老人に深々と頭を下げる。
「ほんと、ありがとうございます。おかげで思い悩む時間を減らせそうです」
「気にすることは無い。若者に道を示すのは、先達の義務でもある。こちらにも思惑はあったが、心配はいらぬようだ」
意味深に呟き、ドルマヤンは腰を上げた。慌ててシオンも立ち上がり扉を開けると、しっかりとした足取りで部屋を退出する。その瞳には最後まで強い意思が宿り、ひと時も途切れることは無かった。
「ふぅ・・・・・・」
ドルマヤンを見送った後、シオンはどこか疲れた様子でベッドに倒れ込む。彼から伝えられた話はとんでもないものだ。自分は最早人ではなく、コーラルに移された意思。エアという存在がいる為多少は信じられるが、現実感はあまり無い。
ただ、スピリチュアル的なものよりは納得出来る。霊魂と違いコーラルは実在するからだ。シオンは人差し指と中指で頭をこんこんとつつく。この中に自分がいる。コーラルに映し出された自分が。
「少女本人が望んで、か」
何故、少女は自分を迎え入れたのだろう。そのことを考えると、思考に靄がかかったようになり軽い頭痛がする。何かを忘れているのは間違い無い。だけど、どうしても思い出せなかった。頭をぶんぶんと振って気分を入れ替える。今は休もう。少し疲れた。
寝間着に着替えぬまま、シオンはそっと目を閉じる。一休みしたら戦闘シミュレーターに向かおう。安静にしている間、試してみたい戦術をいくつか考えていた。頭の中でトラルテクトリを動かしながら、彼の意識は少しづつ沈んでいく。それ程経たない内に、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
コーラルは群知能を有しているらしいんですけど、その中で個人として振る舞える変異波形って本当になんなんでしょうね。コーラル、何も分からん。