見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「ふうぅ・・・・・・やっぱ、一筋縄じゃあいかないか」
シオンがボナ・デア砂丘に到着してから二日後。ガリア多重ダムに滞在していた時と変わらず、シオンはシミュレーターでの仮想戦闘に精を出していた。
「やっぱ決定打が足りないんだよなぁ。蹴りだけじゃ押し込めない」
解放戦線に用意してもらったAC、そのコックピットでひたすら鍛錬を繰り返す。元々、ACにはオールマインドの用意したシミュレーターに接続する機能が付属しているのだ。それを使えば、ダムにいた時と遜色無い強度の鍛錬が可能だった。
「うーん・・・・・・解放戦線の窮状は知ってるつもりだったけど・・・・・・どうにか出来っかなぁ」
あえて呑気に呟きつつ、シオンはACと繋がっている管をそっと引き抜く。この体の体力的にそろそろ限界だ。無理をし過ぎ、そのタイミングで襲撃されたら目も当てられない。ある程度のゆとりを持ってコックピットを降り、両手を上に掲げ伸びをする。以前だったらパキパキと凝り固まった体が音を鳴らしたものだが、いまの若々しい体ではそんなことは無いようだ。
「お疲れさん、シオンの嬢ちゃん。これ、よかったら使ってくれ」
「あ、ども」
近くにいた整備士が渡してきたタオルを受け取り、体の汗を拭っていく。艦長や案内役の青年とは違い、整備士達はシオンに対してフランクに接してくれている。彼としても、これくらいの距離感の方がありがたい。
「調整の方はどうだ?何か気になる点があったら言ってくれるか」
「そうっすねぇ。近距離の時のエイム、というか右腕の追従が鈍いような感じがする、かな。関節部の問題かもしれないっす」
「ほぅ、分かった。戦闘時のデータを解析しつつ、出来るだけ早く最適化してみよう」
感謝と共に軽く頭を下げて、シオンはガレージを後にした。ACの調整具合は60%といったところだ。最新型の強化人間ということもあり、信じられない程のスピードで調整は進んでいる。この調子なら、後一、二日で実戦に投入出来るレベルになるだろう。
「実戦、か」
今の所ストライダーに対する襲撃は起こっていない。しかし、艦内には張り詰めた空気が充満していた。いつ攻めてくるか分からない企業勢力に対する恐れと、ストライダーならばそれを撃退出来るはずだという高揚感。それが混ざり合ったような雰囲気だ。
さっきの整備士達も、顔には濃い疲労が滲みながらも目に光があった。乗員達の士気は非常に高いことが伺える。
「ふぅ・・・・・・」
あてがわれた個室に戻る前に、シオンは共同のシャワー室に足を向けた。ストライダー本来の用途は移動拠点の為、簡素ながら入浴施設も用意されているのである。とはいえ、今のシオンが入るとしたら女性用の方だ。どうにも気が引けてしまい、カーテンで仕切ることが出来るシャワーしか浴びていない。
「・・・・・・」
生温い流水が肌を伝って滑り落ちていく感覚。目の前の鏡には、未成熟な少女の裸が映っている。これが今の自分なのだ。最初に感じていた違和感も、今では随分と薄れてしまっている。
「結局、なんも分かってないんだよな」
一度死んだはずの自分が、何故か少女となって解放戦線の為に戦っている。訳の分からない状況は、何一つ解決していない。なんの手がかりも無ければ、調べる為の時間も足りない。目の前のことに集中するのでシオンは精一杯だ。
しかし、そんな鬱屈した感情は流水と共に少しずつ流されていく。熱くも冷たくもない生温いシャワーは、今のシオンにとってはありがたかった。思考のわだかまりが無くなって脳裏に思い浮かぶのは、二つのこと。
一つは死への恐れ。生き物ならば誰もが持っているであろう本能は、今のシオンの中で徐々に大きくなっている。やはり、一度撃墜されて死んだからなのだろうか。
そして。もう一つは、戦場を鮮烈に舞う、あのAC。何故だろう、あの戦いぶりが目に焼き付いて離れない。自分でも説明のつかない感情は、死への恐れと比例するように大きくなっていた。
シオンはぼんやりとシャワーを浴びながら、後者について考える。今まで、映像で見た凄腕のACパイロットの動きを見て感嘆することはあっても、心惹かれるような気分になることは無かった。ならば、あの独立傭兵・・・・・・レイヴンが特別なのだろうか。しかし、何故自分はここまで・・・・・・。と、
「っとと」
長い間シャワーを出しっぱなしにしていた為だろう、節水の為のアラートが鳴りシオンは我に返った。シャワーを止め、体を拭いて着替えた後個室に向かう。その頃には、ぼんやりと考えていたことは殆ど霧散してしまっていた。
「艦長、報告です!」
「どうした、血相を変えて。企業の狗が侵攻でもしてきたか」
ノックもせず慌てて駆けこんできた部下を制し、艦長は続きを促した。緊急用の通信で連絡してこなかったということは、恐らく喫緊の問題ではないのだろう。そう高を括っていると、想像の斜め上な返答が部下から飛び出した。
「ド、ドーザーに武装化を施してもらった区画の点検を行ったのですが・・・・・・AC用のパーツが積み上げられた資材に隠れるように放置されていました!」
「・・・・・・は?」
思わず間の抜けた声を上げる艦長だが、部下は畳みかけるように言葉を続ける。
「恐らくは腕部兵装と思われるのですが、状態も非常に良好でして。なんらかの罠なのでしょうか?」
「いや、待て、どういうことだ?そんな所にパーツを仕込むとしたら、やったのはドーザー・・・・・・RaDか?武装化の際に仕込んだとするなら説明は付くが・・・・・・」
困惑しながらも状況を整理し、ひとまず艦長はRaDへと連絡を試みた。彼らはドーザーの中でも技術力に秀でており、専用のACパーツを販売している程だ。さらに、RaDの本拠はグリッド086。ボナ・デア砂丘の目と鼻の先である。故にストライダーの武装化を彼らに頼んだのだが・・・・・・。
『あぁ、やっぱりね。そいつはうちの間抜けの忘れ物さ。重機代わりに工事を手伝わせたんだが、あの馬鹿、武装をパージしたまま帰ってきちまった。どうしてショットガンの方は忘れずにチェーンソーは忘れるかね、まったく』
RaDの頭領がざっくばらんに言う。その様に、艦長は空いた口が塞がらなかった。いかにコーラル酔いしているような者達と言えど、あまりにも馬鹿な話過ぎる。
『まぁ、そういうわけだから。わざわざパーツ一つを取りに戻るのも面倒だし、その子は特別に贈呈するよ。尖った性能だが、使いこなせば中々に笑える威力だ。それじゃあね』
「いや、待っ」
ブツリ。一方的に言いたいことを言われ、通信は無情にも切られてしまった。唖然とする艦長に、同じく唖然としている部下。艦長室に沈黙が流れ、しばしの間時が止まったかのようだった。
「というわけで。これを左肩に積むのはどうだい、シオンの嬢ちゃん」
「いやどういうわけで!?」
整備士から聞かされた事の顛末に、シオンは大声でツッコんでしまった。目の前に鎮座しているのは、物々しい刃が幾本も取り付けられた可変式のチェーンソー。RaD謹製の近接武装、DOUBLETROUBLEである。
「ドーザーってのは頭ん中がぶっ飛んでる奴ばっかりだって話だけど・・・・・・流石に無理があるだろ。何かの罠なんじゃ」
「そう思って隅から隅まで調べたんだが、多少使い込まれている程度で他に問題は見つからなかった。そもそも、ただの近接武装パーツであるこれに有害なプログラムやウイルスを入れる余地は無いんだよ。まぁ、実際にACに乗る嬢ちゃんが嫌だっていうなら当然載せないが・・・・・・」
「う、うーん・・・・・・」
首を捻り、悩ましげな表情で考え込むシオン。確かに、今の機体に足りていない決定打を補うことは出来るだろう。しかし、チェーンソー。言ってしまえばゲテモノ武装だ。今まで使ったことも無ければ戦場で見たことすら無い。果たして実際の戦闘に耐え得る性能なのかどうか。
「と、とりあえずシミュレーターで運用してみてもいいっすか?一度使ってみないことにはどうにも・・・・・・」
ひとまず罠ではないと信じることにして、シオンはチェーンソーの有用性を確かめることにした。ACに乗り込みコネクタを接続、シミュレーターを起動する。聞き慣れたオールマインドの声を殆ど気にせず、機体の違和感を確認した。左肩にチェーンソーを積んだ影響で、AC全体のバランスが悪くなっている。
『調整プログラムはもう用意してあるが、適応しても大丈夫そうか?』
「頼んます。っ、おー・・・・・・」
通信越しに返事をして、姿勢制御や諸々を調整したプログラムが適応される感覚を味わう。全身が痺れるような独特な感覚。こればかりは何度やっても慣れないが、未調整のACを動かすよりはよほどマシだ。
「ふ、ぅ。終わったか。さぁて・・・・・・」
痺れが治まりシオンの視界がクリアになる。目の前にはいつも通り、無機質な仮想空間が広がっていた。ここ数日ひたすらに動かし続けたACの感覚が肉体に重なり、まるで自分の体のように鮮明に感じられる。整備士はいい腕をしているようだ。
軽くブーストを吹かしながら移動し、徐々に激しくしていく。クイックブーストで左右に動き、両腕の銃火器を虚空に放った。いい感じだ。シオンは満足気に頷いて、ようやく意識をチェーンソーに向けた。通常の武装よりも明らかに巨大なそれはしっかりと左肩に固定されている。
「いけるか・・・・・・?」
ぼそりと呟き、意識を集中させる。ウェポンハンガー。本来ならばシオンには扱えないはずだが、酷くあっさりとマシンガンとチェーンソーを入れ替えることに成功した。ブーストキックと同じく、OSチューニングによって解放される機能を使うことが出来るらしい。
「マジかよ・・・・・・!おい、オールマインド。こりゃどういうことだ?」
『貴女のOSチューニングは既に全てが解放されています。肉体に紐づけられた認証を、オールマインドが承認した結果です』
「いや、わけ分からないって・・・・・・!」
オールマインドの返答に混乱し、思わず呟くシオン。そんな話聞いたことが無い。本来、OSチューニングに必要なOSTチップは、オールマインドに一定の能力を認められたAC乗りが参加出来る戦闘技能検証プログラム『アリーナ』で勝利を重ねなければ得られない。そもそもアリーナに参加もしていないシオンが、何故OSチューニングの恩恵を受けられているのだろうか。
「大体あんた、この体のことを知っているのか!?だったら教えてくれ、なんも分かってないんだよ」
『オールマインドは全ての傭兵の為にあります。優れた能力の傭兵に対し、支援するのは当然のことです』
返事になっていない。オールマインドはただのAIのはずだ。押し問答をしても意味が無いと判断し、シオンは全ての疑問を棚上げしてACの操縦に集中する。今やるべきことはこっちだ。
チェーンソーを起動。二枚の連鎖刃が激しく回転し、凄い勢いで火花が散り始めた。洗練された武装とは程遠い暴力的な気配。果たして実用性はあるのだろうか。
「切り替えろよ、俺・・・・・・よし」
仮想空間にAIを起動していない状態でACを呼び出す。ダムでのシミュレーターで散々お世話になったトレーナーACを照準に収め、シオンは一気に突っ込んだ。
「うおぉぉっ!?」
チェーンソーの刃をトレーナーACに押し当てると装甲を破砕する衝撃が伝わってくる。斬るや穿つのではなく、削っているのだ。初めての感覚にしかし、シオンはチェーンソーを思い切り振り抜く。あっという間にトレーナーACのACS負荷が限界を超えスタッガー状態に陥った。凄まじい威力だ。
「すっご・・・・・・!」
想像の遥か上をいく性能に驚愕し、これならば十分に戦えると確信するシオン。さっきまでの混乱はどこに行ったのやら、意気揚々とシミュレーションを続けるのだった。
シオンのACにチェーンソーを乗せたのは作者がチェーンソー大好きだからです。職権乱用バンザイ。(火花が)パチパチ弾けて脳みそ幸せだぜ。