見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
輸送ヘリ内部の狭い部屋。気だるげな表情を浮かべたまま、シオンはベッドに寝転がっていた。
「はぁ・・・・・・」
今から二日前。ストライダーに当座の危険は無いと判断されたらしく、シオンはガリア多重ダムに戻るよう指示された。青年は既にルビコニアンの流儀で弔われており、彼がストライダーに留まる意味は無い。それでも、何故か後ろ髪引かれるような気持ちになった。
とはいえ、指示に従わないということも無く。未だ名前の決まらない愛機と共に輸送ヘリに乗り、ガリア多重ダムを目指しているというわけである。行きの時とは違う乗組員の為、シオンは外に出る気にもならず狭い個室で暇を持て余していた。
シミュレーターは輸送ヘリの中では使えない。本来はACのコックピット内で起動出来るのだが、輸送ヘリが襲撃された時の為にシミュレーターの起動は禁じられていた。なので、他にやることも無いシオンはぐだぐだと寝たり起きたりしているのである。
「うあー、んごー・・・・・・」
奇妙な呻き声を上げつつ、ごろごろと狭いベッドを転がる。暇だ。暇で仕方が無い。以前なら、こういうだらけることが出来る時間はありがたかったものだ。そんな時は貴重なタバコを吹かし、安酒を呷って過ごしていた。だが、手元には両方とも無い。そもそもこの体では酒もタバコも止めておいた方がいいだろう。
ひたすらに間延びしたような虚無の時間。こうなると、シオンに出来るのは思考することだけだ。思い浮かぶのはやはり、ボナ・デア砂丘での戦い。己の無様さとレイヴンの圧倒的実力。そして、運悪く亡くなった青年のこと。最近のシオンは、ずっと同じことを考え続けているようだ。
どれだけ考えても堂々巡りなことは理解している。それでも、どうしても頭に焼き付いて離れない。もっと自分が強ければ、ここまで思い悩むことも無いはずだ。独立傭兵として戦い、死ぬ前はこんなことは考えなかった。出来るだけ楽をして、強敵相手には逃げ出して。運よく一山当てたら儲けものだと思っていた。
しかし、今はどうだ。シオンには死の恐怖も、強さへの渇望も湧き上がってくる。どこか平坦に生きてきたあの頃とは違う。感情の奔流に振り回されるのは、この体が影響しているのだろうか。
「・・・・・・大体。この子の感情っていうか、人格はどこいったんだよ」
同じことを考え続けていたシオンは、ふとした疑問を口にする。自分という人格がこの体に入っているということは、元の人格はどこにいったのだろうか。あるいは魂と言い換えてもいいかもしれない。シオンはオカルト知識に乏しいが、子供の頃悪霊が他者に憑依する漫画を読んだことがある。つまり、今の自分は憑りついている悪霊なのだろうか?
「馬鹿馬鹿しい、そんなことあるわけ・・・・・・って言うわけにもいかないよな。実際に俺がこうなってるんだから」
ぺたりと頬を叩き、柔らかな感触を味わうシオン。若々しく幼い少女の体は成人男性の体とはかけ離れている。柔らかく、弱々しく、小さい。だが、最近は違和感を感じることも少なくなってきた。順応するのが良いことなのか悪いことなのか、シオンには分からない。結局、考えても仕方が無いことなのだ。こうなった原因も理由も、何も分からないのだから。
小さく傷一つ付いてない両手のひらを上に掲げてみる。違和感は無くなっても、実感は湧かない。周囲から少女扱いされる度に、なんだか気恥ずかしい気持ちになるのだ。
「だけど、なぁ。戦うしかないんだよな、俺は」
シオンは呟き、うつ伏せになり枕に顔を押し付ける。結局の所、解放戦線に受け入れられているのは戦力として有用だからだ。戦うことを止めれば放り出されてしまうかもしれない。実際はそんなことは無いのだが、シオンはそう思い込んでいた。戦い続けることが、傭兵としての義務であると。
「・・・・・・。そうだな。戦うしか無い。俺に出来るのは、それだけなんだから」
枕から顔を離し言うシオンは、そのまま毛布に潜り込んだ。今は休むしかない。分かっていてもそう上手くはいかなかった。目をつぶっても眠気は訪れず、心が疼き続ける。結局、シオンは食事の時間までベッドの上で悶々とし続けたのだった。
「シオン!」
輸送ヘリを降りたシオンに駆け寄ってきたのは、彼に名前を付けてくれた一人であるアーシルだ。大した時間が経っているわけでもないのに、随分と懐かしい。
「よく無事に帰ってきてくれた、長旅お疲れ様」
「あ、あぁ。そっちの方はなんも無かったか?」
なんとなくバツが悪くなり、顔を背けながら訊ねるシオン。何故なのかは当の本人でも分からないようだ。
「あぁ、うん。今の所、企業が何かしてくる様子は無い。レッドガンを撃退したという実績は、侵攻を躊躇させるのに十分だったみたいだ」
「そうか、そりゃありがたいな。あの時、無様なりに時間稼ぎした甲斐があったってもんだ。さてと、それじゃあ俺はシミュレーターに・・・・・・」
適当に話を切り上げ、シオンはガレージに運び込まれているACの元に向かおうとする。しかし、アーシルが慌てたように呼び止めてきた。
「ちょ、ちょっと!一旦休まなくても大丈夫か?ストライダー防衛の際、かなり奮戦したと聞いたけど・・・・・・」
「平気平気。それより、輸送ヘリじゃあシミュレーターを起動出来なかったからな。時間、あんまり無駄にしたくないんだ」
「っ」
シオンの様子に何かを感じたのだろうか、アーシルは怯んだように言葉を詰まらせる。そんな態度を気にもせず、シオンはひらひらと手を振って去っていってしまった。アーシルは、その背中を見送ることしか出来ない。
「・・・・・・シオン」
今のシオンの様子。それに似たものを、アーシルは知っていた。解放戦線のメンバーの間に生まれ、物心つく前からルビコンの戦火に身を晒してきた彼が見てきたもの。それは、死臭に近い独特な雰囲気だ。
前を向いているようでどこか投げやりな態度をした者は、遠からず戦死する。子供の頃から何人も見てきたアーシルだからこそ、その雰囲気に敏感だった。両手で足りない数の人間が、その雰囲気を纏って死んでいく様を。彼は、見続けてきた。
しかし。声をかけてどうする?今のシオンは、どこかこちらを突き放すような態度だ。自分如きが何か言ったところで、かえって悪化しかねない。その雰囲気の存在を理解してから、アーシルは雰囲気を纏っている者を助けようと動いてきた。しかし、結果は同じ。誰も彼も、戦場で命を散らしてしまったのだ。気のせいと思おうにも、全員が死んだという結果は残り続ける。
このことを、アーシルは誰にも話せていない。話せるわけもない。貴方は次の出撃で死ぬと言い放てるほど、彼の心は強くなかった。
そして、また一人知り合いが死のうとしている。どうすればシオンが戦死するのを避けることが出来るのだろう。彼女は二度の戦いを経て、解放戦線にとって有用な戦力と認められた。早晩、次の戦場に赴く時が来るはずだ。アーシルの感覚が正しければ、シオンはその時に戦死してしまうだろう。
「・・・・・・」
シオンの背はもう見えなくなり、それなのにアーシルは立ち尽くしたままだ。追いかけることも、立ち去ることも出来ない。それが今の自分の立ち位置を表しているようで、彼はどこか呆然と見えなくなった背を思い返していた。
『スネイル、例の策の進捗だ。ベイラムが「壁」侵攻を企てているらしい』
「このタイミングで、ですか。ということは、あえて情報を流した成果が出たということですね」
ヴェスパー部隊が居を構える軍事施設。物々しい雰囲気が漂う場所で、スネイルは緊急の通信に対応していた。
『そうなるな。我々に「壁」を落とされる前に、力押しを強行する。ベイラムの上層部は扱いやすい』
「情報のリーク一つでベイラムの戦力を削れるのは悪くないが・・・・・・奴らが「壁」を落とすことは無いのでしょうね?」
『レッドガンの準備は整っていない。その上、投入するACは一機のみだそうだ。それもタンク型のG4。MTをいくら投入した所で、「壁」のような防衛線を張り巡らせた要衝は機動力を活かさねば落とせん。仮に落ちたとしても、レッドガンの消耗は相当なものになるはずだ。そこを叩けば問題は無い』
「ならばいいでしょう。我々は予定通り、V.Ⅳと独立傭兵による二面攻撃を行えばいい。レッドガンが「壁」を攻略出来るか、見物です」
傲慢に言うスネイルに、通信相手・・・・・・ヴェスパーの第三隊長にして情報部門を統括しているオキーフは、嫌気が差したような表情を浮かべている。音声のみの通信なのでその表情がスネイルに伝わることは無いが、おそらく面と向かっていてもオキーフは同じ態度のままだろう。
『要件は終わりだ。何か、新しい情報が入ったら連絡する』
「えぇ。ではオキーフ、これからも励むように。情報こそが機先を制する武器なのですから」
『・・・・・・』
うんざりした雰囲気を隠そうともせず、オキーフは返事もしないで通信を切った。スネイルの目尻がぴくりと動くが、いつものことだと嘆息する。眼鏡を外し眉間を揉んで、溜まった疲れを癒そうとした。
「まぁ、能力はある。怪しい動きはいくつかあるが構いません。こちらで上手く使えばいいだけだ」
オキーフにヴェスパーやアーキバスへの忠誠は見られない。更に、把握出来ていないものの裏で何かを企んでいるようだ。いずれかの敵対勢力と繋がっている可能性はあるが、先日から監視を強めている。何より、上げてくる情報に嘘や作為は見られないのだ。
ならば。裏切りの予兆を見逃さず、優秀な能力を存分に利用すればいい。ヴェスパー内のスパイを既に数人捕えた実績のあるスネイルは、尊大な態度に足る備えを用意していた。もう一人。経歴や行動の怪しい、番号付きのヴェスパーにも。
「さて、後は・・・・・・V.Ⅳか」
V.Ⅳ、ラスティ。彼はアーキバス傘下であるシュナイダー、その人材公募プログラムによって見出されたAC乗りである。爽やかな人当たりと確かな実力によりめきめきと頭角を現し、半年も経たない内にヴェスパーⅣに抜擢された。まるで物語のようなサクセスストーリーだが、どうにもきな臭いと感じていたスネイルはラスティの来歴を洗い、その違和感に気付いたのである。
あまりにも平凡な、目立たない半生。どこにも違和感の無い・・・・・・「付け入る隙の無い」来歴は、スネイルの直感が警鐘を上げるのに十分だった。本来、彼は理性の人である。しかし、戦場において直感、あるいは第六感とも呼ぶべき感覚が重要なのは統計からみても明らかだ。故に、スネイルは己の直感を軽視しない。V.Ⅳ、ラスティは警戒すべき人物だと認識していた。
今回の「壁」攻略作戦は単純だ。機動力に優れたACで二方面より侵攻し、後続のMT部隊で各所を制圧する。解放戦線の戦力が集中している「壁」正面は独立傭兵に任せ、V.Ⅳは裏から回り込むという算段だ。
「・・・・・・ふむ。まぁ、生き残れば良し。死んだとしても不穏分子が減ったと思えば、我ら企業の為となるでしょう」
独立傭兵が死んでもラスティが死んでも、ヴェスパー及びアーキバスにとっては大した痛手でもない。近い未来企業の邪魔になるかもしれない存在だ。あるいは両者とも死んでしまった方が、余計な手間にならずに済むだろう。
怪しい同僚や独立傭兵を使い潰すことに、スネイルはなんの痛みも罪悪感も覚えない。冷血かつ結果主義な彼にとっては当然のことだが、僅かな違和感は感じている。それは、「壁」攻略作戦に飼い主自ら売り込んできた件の独立傭兵のことだ。
あれとは先日、解放戦線の武装採掘艦、ストライダー襲撃の際に砲火を交えた。その時の戦闘は映像として回収されている。スネイルは目の前のデバイスを操作し、画面に移した。
「・・・・・・」
何度見ても凄まじい動きだ。機動性を重視し、軽量の武装と低燃費なフレームで固めたACは、自由自在な戦闘機動でヴェスパー部隊のMTを撃破している。MTとはいえヴェスパーの精鋭だ、本来ならばAC一機撃退することなど容易いはず。それが赤子の手を捻るかの如く殲滅される有様に、スネイルは恐怖とも苛立ちともつかぬ感情を覚えていた。
「まぁ、どうでもいい。今回にせよ、いずれにせよ、独立傭兵は使い潰されるが道理。駄犬一匹と礼儀を知らぬ飼い主如きが、我々企業に敵うはずが無いのだから」
自身を落ち着かせるように呟きながら、もう一つの懸念を思い出す。この映像は第二隊長権限で秘匿されている為、自分以外は確認することは出来ない。・・・・・・ただ一人を除いて。
「フロイトには見せられませんね。あのAC狂い、このような映像を見たら盛りのついた犬のように飛び出していくに違いない」
口の端を歪め、いかにも不機嫌そうに言い放つ。フロイト。ヴェスパー部隊最上位にして、稀代のエースパイロット。強化手術を受けていないにも関わらず突出した実力は、ある種の伝説としてルビコンに響き渡っている。しかし、その実態はACのこと以外に殆ど興味を持たない社会不適合者だ。
天才少年が何一つ成長しないまま天才性だけを肥大化させたような、異常な存在。スネイルの上司はそういう男だった。故に、これほどの動きをする独立傭兵がいると知れば、後先考えず無断で出撃するのは容易に想像出来る。愚かにも程がある。想像しただけでスネイルの胃が痛みを発し始めたようだ。腹部を軽くさすり、映像を持ち運び用のデバイスに移動させる。
程なくしてデータの移動が終わると、スネイルは映像を削除した。フロイトのことだ、勝手にこの部屋に入り込みデバイスを操作して映像を発見しかねない。持ち運び用のデバイスならば、流石にその心配は無いだろう。
「はぁ・・・・・・何故このようなことに気を回さねばならないのだ。どいつもこいつも・・・・・・」
溜め息を吐いて立ち上がり、スネイルは食堂に向かう。面倒であっても、栄養を摂取せねば生き物は十全な実力を発揮出来ない。それは強化人間も同じことだ。清潔な廊下を歩くスネイルの足音は、本人を表すように神経質なものだった。
シュナイダーが頭空力ということが発覚し胃痛案件が増えたスネイル君。彼に安寧は訪れるのでしょうか。それはそれとして素敵な断末魔を聞かせてくれ。ごすずんに手を出した罪は何よりも重い。