見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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1.目覚め、混乱、ルビコニアン

「ぐ、つぅ・・・・・・!」

 

全身が引きつるような痛みを感じ、彼は意識を覚醒させた。五感に靄がかかったような感覚が徐々に抜け、視界が明るくなっていく。真っ先に見えたのは、飾り気の無い白い天井だった。

 

「ここは・・・・・・ん、んん?」

 

起き上がろうとして身動き出来ないことに気付く。どうやら、ベッドか何かに体を固定されているらしい。視界の片隅には何本もの管が見え、体に繋がっているだろうことが伺えた。

 

「どこ、だ?」

 

確か、自分はアーキバスの依頼を受け出撃していたはず。ぼんやりとした頭が回り始めるにつれ、直前の記憶が思い起こされる。即ち、撃墜され死んだはずの記憶を。

 

「っ・・・・・・どういう、ことだよ」

 

しかし、自分はこうして生きている。脱出装置のレバーを引くことは出来なかったはずだが・・・・・・運よく生き残ったのだろうか。混乱しながら視線を動かし、周囲を確認する。清潔な佇まいはまるで病室のようだ。

 

捕虜にこのような待遇を与えるなど、普通はありえない。ならば、何者かがあの戦場から助け出してくれたのか?いや、それこそありえない。アーキバスもベイラムも、ルビコンに進駐している企業は独立傭兵を使い捨てとして扱っている。危険な任務に投入し、死ねばそれまで。死ななければ次の危険な任務に投入する。彼らにとって、独立傭兵は体のいい消耗品なのだ。

 

ならば、何故。緩慢な思考を巡らせても答えは出てこない。分かるのは、自分がまだ生きているということ。そして、治療をされているらしいということだ。思いもよらない状況に困惑しながらも、彼は視線を動かし周囲を確認しようとする。と、壁にかけられている絵画が目に入った。恐らくはAIが描いたものであろう絵は、ルビコンではよく見る類のものだ。

 

「・・・・・・これ、ルビコン解放戦線の」

 

歯車とターバンを巻いた人間のようなデザインのそれは、ルビコン解放戦線のエンブレムである。星外企業のコーラル搾取に反抗し、武力を以て生活圏を守ろうとする武装ゲリラ。ルビコニアンと呼ばれる彼らのことを、ある程度は知っていた。何度か砲火を交えたこともある。とすれば、ここはルビコン解放戦線の拠点なのだろうか?

 

「いや、ありえないだろ。確か、俺はアーキバスからベイラムの支配地域を偵察する任務を受けたんだ。それなのに、なんで解放戦線に?って、待て、んんん・・・・・・?」

 

独り言をブツブツと呟く彼は、そこでようやく違和感に気付いた。自身が発する声が何故か甲高い。喉を痛めたにしては妙な感じで、まるで年頃の少女のような印象を受ける声だ。

 

「あ、あー、あーー・・・・・・やっぱ変だぞ。何が起きてんだ」

 

困惑しっ放しの彼の耳に、扉が開くような音が届く。自分が寝かせられている部屋の中に誰かが入ってきたようだ。必死で視線を向けると、優しげな表情の青年がこちらに歩いてくるのが見える。

 

「よかった、目を覚ましたんだね。気分はどうだい、どこか痛い所は無いかな?」

 

「・・・・・・ここはどこだ、それでお前は誰だよ。先に状況を説明してくれ」

 

幼子に話しかけるような口調の青年に、出来る限り虚勢を保ちながら言い放つ。いずれにせよ、自分が重傷を負い、囚われていることに変わりは無いのだ。少しでも隙を見せれば容易く命を失ってしまうかもしれない。幸い、すぐに殺される可能性は低いだろう。ならば今の内に集められるだけ情報を集めなくては。独立傭兵としての経験からそう判断した彼だったが、相手の反応は予想外のものだった。

 

「っと、そうか。分かった、説明しよう」

 

少し驚いた様子を見せた青年は、しかし優しげな口調のまま語り始めた。拍子抜けな程あっさりと情報を入手出来たわけだが、その内容は・・・・・・。

 

曰く、ここはルビコン解放戦線の一拠点、ガリア多重ダムであること。懇切丁寧に地形などを説明し始めた時は訝しんだが、口は挟まなかった。

 

曰く、青年の名はアーシルだということ。ルビコン解放戦線のメンバーで、普段は独立傭兵や外部の協力者との仲介を担当しているらしい。

 

そして。次にアーシルが放った一言は、彼にとっては信じられないものだった。

 

「でも、よかった。君が元気そうで。どんな事情があるにせよ、君のような年若い女の子が亡くなるのは辛いからね」

 

「・・・・・・は?」

 

年若い女の子。アーシルは確かにそう言った。誰に向けて?この部屋にはアーシルを除けば自分しかいない。しかし、自分は男だ。彼は混乱しながら口を開くと、まさしく女の子らしい可愛らしい声が漏れる。

 

「ま、待て。あんたは一体何を言ってるんだ。女の子、だぁ?俺は正真正銘、生まれた時から男だぞ」

 

「・・・・・・?」

 

アーシルからなんともいえない不思議そうな顔を向けられ、彼の混乱は増していく。一体何が起きているのか。

 

「・・・・・・分かった、君も混乱しているんだろう。治療は済んでいるから、今はゆっくりと休んでくれ。とりあえず拘束は解いておくよ」

 

「いや、だから・・・・・・ん、あぁ?」

 

ベッド横の装置を操作し、彼にされていた拘束が解けていく。僅かに軋むような感覚を覚えながら上半身を起こした彼は、己の異変に気付いた。

 

まず、腕が異常に細い。それどころか、透き通るように白い肌色をしていた。挙句、首筋に何かがまとわりついている。手に取ってみると、それは髪の毛のようだ。これも白く、さらさらとした手触り。どうやら腰近くまで伸びているらしい。

 

「ど、どういうことだ?」

 

助けを求めるようにアーシルの方に向くと、彼は困ったような笑みを浮かべて腕に付けているデバイスを操作した。小型カメラが起動し、二人の姿を空中に投影する。アーシルと共に映っていたのは、戸惑ったような表情でベッドに座っている、真っ白な少女だった。

 

「あ、え?」

 

年の頃は10歳程だろうか。整った愛らしい顔立ちに、肉付きの少ない肢体。胸の部分は、服越しでは膨らんでいるかも分からない。しかし、それは間違い無く女の子の肉体だ。

 

彼・・・・・・少女は、目の前の現実を飲み込めずにいる。手を振ってみれば映像の少女も手を振り、頬をつねればちゃんと痛い。顔を歪めたその様はしかし、可愛らしい表情に変換されていた。魂が理解を拒んでいる。

 

「あ、そうか」

 

これはきっと夢だ、そうに違いない。現状を無視して少女はそう決めつけた。そうと決まれば、さっさと起きなくては。しかし、どうすれば起床出来るのだろう。何もかも分からなくなり、少女は再びベッドに寝転がる。薄い毛布にくるまって動かなくなった。

 

「大丈夫?何かあったら、ここのボタンを押してくれ。すぐに駆け付けるから」

 

アーシルの声も、今の少女には届かない。現実逃避を決め込んだ少女は、精神的な疲労からかすぐに眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

「ご苦労だった、同志アーシル。彼女の様子は?」

 

「それが、意識の覚醒直後だったからか記憶に混乱が見られるようです。今は眠っているので、目覚めたらまた話を聞いています」

 

ガリア多重ダム、拠点の一角。アーシルはダナムに呼びつけられ、彼の簡素な私室に訪れていた。

 

「そうか・・・・・・幼子に乱暴な真似は出来ん、時間はかかっても構わないから慎重に事情を聞き出してくれ」

 

「了解です、同志ダナム」

 

アーシルの返事に頷いたダナムは、しかし物憂げな表情を浮かべていた。普段から闘志を燃やしている彼にしては珍しい。

 

「何か、気になることでも?」

 

「そうだな、うむ。これを見てくれ」

 

タブレットを操作したダナムは、アーシルに画面を見せる。そこには、先ほどの少女の検査結果が出ていた。

 

「これは・・・・・・」

 

「肉体面の衰弱は軽度だ。しかし、問題はここだ。よもやあのような少女が」

 

苦虫を噛み潰したような表情のダナム。アーシルも眉を顰め、沈痛な面持ちを浮かべている。そこに記されていたのは、あの少女が強化人間であるということ。それも、最新世代である第10世代型だと推測されていた。

 

「第10世代・・・・・・確か、アーキバスの一部のパイロットにのみ施されているもののはずです。それが、何故あの少女に」

 

「分からん。あるいはアーキバスが仕組んだ罠なのかもしれないが・・・・・・それにしては杜撰過ぎる。あの娘の口から、事情を聞ければいいのだが・・・・・・」

 

重たい沈黙が二人の間に流れる。年端もいかないあのような少女を、企業は駒として利用しているのだろうか。いや、あいつらならばやりかねない。利益の為なら、人を人とも思わない連中だ。沈黙の中、ダナムは怒りを燃え上がらせていた。決して、許せることではない。

 

「帥淑には俺から報告しておこう。アーシル、お前は少し休め。少女の方は、医療班が対応してくれるだろう」

 

「はっ。では失礼します、同志ダナム」

 

アーシルが部屋を後にしてしばらくした後。ダナムは机に拳を打ち付けた。ゆっくりと息を吐き、感情を整える。己が激しやすい性格なのは自覚している。しかし、感情に振り回されてはいけない。今の彼は、多数のルビコニアンを率いるゲリラ指導者という立場なのだ。ガリア多重ダムの防衛を任されている以上、冷静な判断をしなければ。

 

「・・・・・・灰被りて、我らあり。俺は、俺の為すべきことを為すのだ」

 

そして、ダナムは解放戦線の本部へと報告を入れ始める。机に打ち付けた拳からは、僅かに血が滲んでいた。

 

 

 

 

「夢じゃないのかよ・・・・・・」

 

翌日。目を覚ました少女は、自身の体を確認して落胆の溜め息を漏らした。目の前のことは間違い無く現実であると突きつけられたからだ。

 

少女は、己が元々独立傭兵だったという記憶を持っている。成人した男性だったということも。だからこそ、現状が理解出来ない。いかに発達した技術や不可思議な効力を有するコーラルと言えど、別人に変身するような真似は不可能なはずだ。それも、年や背丈、性別すら違う人間になることなどありえない。

 

「クッソ・・・・・・」

 

悪態を吐きながら、配膳されてきた食事を口に運ぶ。運んできたのはアーシルと名乗った青年ではなく、おそらく看護婦らしき女性だった。こちらを見る瞳に憐れみが混じっていたように感じ、少女は苛立ちを募らせている。

 

しかし、どんな状況でも腹は減る。どれだけ過酷な任務から帰ってきた後でも、腹一杯食べることが出来るのが少女の自慢だった。とはいえ、食べられる量は随分と減ってしまっている。配膳された量がそもそも少なかったが、普段の1/3食べた程度でもう腹一杯だ。食べ飽きたミールワーム料理だったというのも関係しているのかもしれない。

 

「ほんとに、体が変わってるのか」

 

膨れた腹をさすりつつ、少女は呟く。酷く華奢で、まるでビスクドールのように愛らしい肉体。ルビコン3に密航する以前、木星で見たアイドルグループの誰よりも可愛い顔立ちをしている。そして、それが今の自分なのだ。

 

「わっかんねぇ・・・・・・何が起きてるんだ、チクショウ」

 

ルビコン解放戦線の方は何か知っているのだろうか。いや、昨日話したアーシルという青年の様子では、こちらの現状を把握していないだろう。ならばどうする?一切合切を話してしまうか、あるいは誤魔化すか。それによって相手の対応も変わってくるはずだ。というか、それ以前に。

 

「そもそもこれ、戻れるのかよ・・・・・・?」

 

何故こうなっているのか、少女には全く分からない。だが、今も生きていることだけは確かだ。あの瞬間に確実に死んだと思ったのに、まだ自分は生きている。こんな奇妙な形で。

 

「あぁもう、本当どういうことなんだ。分からねえ、何も」

 

どれだけ愚痴を言っても状況は変わらない。ならば、受け入れるしかないだろう。その上でこれからどうすればいいのか。味が薄く生温いスープを無理に啜りながら、少女は思考を巡らせ続けた。




ミールワームは焼くより煮た方が旨味が出て美味しいんですよね。
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