見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
無事作戦を成功させ解放戦線の拠点へと帰還したシオン達は、追撃を警戒しつつも負傷者の治療に取り掛かった。突入メンバーは二名が死亡、六名が重軽傷。ドルマヤンとツィイーは栄養失調気味で済んでいたが、残る一人であるメッサムは酷い有様だった。
「なんてことしやがる、あいつら・・・・・・!」
まず、手足の指がグズグズになるまで潰されている。さらには全身の腱という腱が切られており、歩くどころか身じろぎすることすら難しそうだ。挙句の果てには下顎を砕かれ、両目を抉り取られていた。生きているのが不思議な程凄惨な様子でも、メッサムはまだ生きている。あるいは、生かされていたのか。
これでは、例え治療を施したとしてもまともな生活は送れないだろう。シオンはメッサムと親しいわけではない。ほんの少しの間、関わりを持っただけだ。そんな自分でも怒りを覚えているのだ。横に立つアーシルや、現在治療を受けているツィイー、ルビコニアン達の怒りはどれ程か。
「・・・・・・」
怒りの声を上げたシオンとは違い、アーシルは集中治療室で治療されているメッサムを静かに見つめている。だが、その瞳には抑え難い憤怒と悲しみが滲んでいた。
「アーシル、俺らも少し休もう。せっかく作戦は成功したのに、ぶっ倒れちまったら元も子もない」
「分かってる。分かっているけど・・・・・・すまない、シオン。私は、目を逸らすわけにはいかないんだ」
覚悟が見える口調で言うアーシルに、シオンは何も言えない。元々彼はただの独立傭兵だった。戦友と呼べる者もおらず、どうにかこうにか生き延びてきただけだ。だからこそ、アーシル達の気持ちは分からない。友にここまでされた苦しみは、シオンには分からないのだ。
「・・・・・・それでも、さ。メッサムは望んでないぜ、お前が倒れるのを。酷い顔色してるの、自分で気付いてるか?」
「・・・・・・うん。分かってはいる。それでも、」
「分かってんなら休めって!メッサムが治った後、負い目を感じさせるなよ!無理にでもベッド引っ張ってくぞ!?」
到底出来ないこと言いながら、シオンはアーシルの肩を掴み自身に向けさせようとする。その言葉が、自分を心から案じてのものだとアーシルは理解していた。その上で、優しくその手を振り払う。
「見届けなければ。どうなるかわからなくても、せめて一段落着くまでは。例えメッサムが望まなくても、私にはそうする義務がある」
「っ、この分からず屋が・・・・・・!」
再び掴みかかろうとするシオンの目元には涙が浮かんでいた。怒りからか、悲しみからか。あるいは、やるせなさからか。ごちゃごちゃに混ざった感情と一緒に、ACに乗り続けていた疲労も噴き出す。足がもつれ、アーシルにもたれかかるように転んでしまった。
「シオンこそ、休んだ方がいい。貴方自身がどうあれ、その体は成熟していない少女のものだ。オペレートしていただけの私より、遥かに辛いだろう?」
「うるせえ、うるせえよ・・・・・・!だったら、お前も一緒、に・・・・・・!」
抱き留められ、傍の長椅子にそっと寝かされる。抗う力も残されていないシオンは、最後までアーシルのコートの裾を握ったままだった。
「・・・・・・すまない」
握られたままのコートを脱ぎ、シオンにかけるアーシル。悲しそうな瞳で彼女を見つめた後、すぐに視線を治療室に戻した。彼は見続ける。惨い有様の戦友が、絶望的な治療に挑む光景を。心の痛みを覚えながら、その目が逸らされることは決して無かった。
「いやぁ、不甲斐ない所を見せました。まったく、まさか武装が無い状態でもあれ程の強さとは。あれが頻繁に前線に出てくると考えると、こちらとしても戦術を考えねばなりませんね」
戦闘不能にされたはずの龍鯉から救出された五花海は、朗らかな笑みを浮かべながら言う。機体の損傷に比べ、本人はいたって元気そうだ。
「・・・・・・死んだふりか。相変わらずだな」
「これは人聞きの悪い。頭部パーツは全損、全体の関節部分にはあり得ない程の負荷がかかっていたのです。戦闘行為は実質不可能でした」
「やれやれ。そういうことにしておこう」
嘆息した様子のナイルを、五花海はにこやかに微笑みながら見つめている。怪我の一つも無いようだ。
「一応検査は受けておけ。ふりとはいえ、撃墜されたのだから」
「まぁ、お言葉には甘えますが。これからどう動くつもりです?ここまでの不手際、まともに報告すれば下手すると更迭ですよ」
「それはお前も同じだろう。しかし、ベイラムがそこまでするとは思えんな。奴らにとって我らレッドガンは使い潰しても構わん駒だが、同時に貴重なAC戦力でもある。精々が謹慎といった所か」
対するナイルは右腕を痛めたらしく、包帯で固定している。その表情はいつも以上に険しい。
「それにしては、随分と悩みが尽きないようで。何か思うことでも?」
「お前も先ほど言っていたことだ。サム・ドルマヤン・・・・・・腑抜けたと思っていたが、何故今になって戦う気になった?そして、企業にも解放戦線にも属さないであろう乱入者・・・・・・我々の知らぬ所で、戦局が動き始めているのかもしれん」
現在、乱入してきた不明機体を回収し解析しているが、尻尾を掴むことは困難だろう。データは全て削除されており、解明出来ないブラックボックスも多い。二つ分かるのは、構造的にはMTに区分されること。そして、既存の兵器では非常に珍しいステルス機能を有しているということだ。
ベイラム及びレッドガンは、この手の機体との戦闘経験は無かった。解放戦線側のACにも襲い掛かっていた以上、彼らが運用しているというわけでも無さそうだ。では、アーキバスや封鎖機構の新型MT?いや、だとしてもこのような戦場に投入された理由が分からない。
「我々が掴んでいない勢力がいる、という可能性もありますね。既存の勢力ならばあのタイミングで乱入する必要が無い。汚染市街か解放戦線、どちらかの戦力がもっと削れてから機体を投入すればいいのですから」
「だとすれば、あの段階で仕掛けてきた理由がある、か。戦術的な理由では無いな。戦略的なものか、あるいは・・・・・・」
「くだらない一時の感情による行いか。と、言ったところですかねぇ。そのような愚行をする者が率いている勢力なら、障害になるとも考えられませんが」
「思い込みで侮るな、G3。足元を掬われるぞ」
鋭い視線を向けるナイルに、五花海は肩をすくめた。自分は騙されないと思っている者が最も騙しやすい。そんなことは、物心ついた時から知っている。
「では、私は今まで通り大人しくしていましょう。我が『風水』の力が借りたいのならば、どうぞお声掛けください」
「そのような時が来ないことを、心から祈っておこう」
素っ気無い返事に再び微笑む五花海。その瞳は、妖しく煌めいていた。
捕虜救出作戦から十日程が経過した。疲労も抜けすっかり回復したシオンは、ダナムに命じられ多重ダムへと帰還。相変わらずのシミュレーター漬けの日々を過ごしていた。
「ふー・・・・・・」
シャワーで濡れた髪を乾かしつつ、シオンは自室で溜め息を吐く。結局、あれからアーシルとは話せていない。ツィイーやドルマヤンも一緒に移送されてきたはずだが、多重ダムのどこにいるのかすら教えられていなかった。
「約束、まだ果たせないな」
自身の過去を話すという約束は、未だ叶えられていない。メッサムは収容されたは厳重保護のまま。アーシルとは気まずい空気が継続していた。つまり、シオンはまだ死ねないということだ。
汚染市街での戦いを思い返す。殆ど役に立たなかった己の無能ぶりと、六文銭の奮闘、ドルマヤンの信じられない程の強さ。乱入してきた不明機体に、あの時見た謎の影。
「あー、なんも分からん!」
果たして、あそこでベイラムと共闘したのは正解だったのか。メッサムにあのようなことをした者達と、一時的にとはいえ手を組んで良かったのか。あるいは、無理をしてでも殲滅するべきではなかったのか。
本来、そのような戦略を考えるのは独立傭兵の仕事では無い。しかし、シオンは考える。考えてしまう。自分の責任で以て、あの時別の道を選べたのではなかったかと。レッドガンの副長たるG2、ナイルを庇うべきではなかったのではないか、と。
あの時。咄嗟に動いた理由が、未だに自分でも分からない。何かに押されるように、導かれるように射線上に出てしまったのだ。結果的にシオンは大ダメージを負いつつも生き残り、ナイルが撃破されることは無かった。しかし、本当にこれで良かったのだろうか?ナイルを見殺しにした方が、解放戦線の為になったはずだ。
そして、あの時見た影はなんだったのか。自分は何故、あの影に気付けたのか。後悔と疑問だらけで、シオンはベッドの上でじたばたする。乾きかけの髪が頬に張り付いて鬱陶しかった。
「クソ、やっぱり駄目だ、寝てられない」
既に時刻は夜。シミュレーター帰りにシャワーを浴びて戻ってきても、大人しく休むことに罪悪感を覚えているシオンは、再びシミュレーターに向かおうとした。いっそぶっ倒れるくらいまで追い込めば、頭の中のモヤモヤも気にならなくなるだろう。
「っとと、なんだ?」
部屋を出た所で、先日配布された携帯端末に着信が入る。現在謹慎処分を受けているはずのダナムからだ。不思議に思いつつも通信を繋ぐ。
「もしもし、ダナムさん?どうしたんすか、謹慎中だったはずじゃ・・・・・・」
「俺のことはどうでもいい。シオン、指定する場所にすぐ来てくれ。出来れば、誰にも気付かれないように」
「はい?」
訳の分からない物言い。それに、ダナムの声色は酷く緊張しているようだ。一体何があったというのか。
「待ってくれダナムさん、緊急事態か?またレッドガンが襲撃を」
「違う、そういう話ではない。下手をすれば、それよりも重要なことだ。とにかく頼む」
「ま、まぁいいけど・・・・・・」
鬼気迫るような雰囲気に、シオンはとりあえず頷いた。すぐに位置情報が送られてくる。ガリア多重ダムの居住区画、その片隅のようだ。
「なんなんだ、一体」
疑問が浮かんでくるが、到着すれば分かるだろうと早足で通路を進む。既に時刻は深夜であり、通路は節電の為薄暗い。すれ違う人も殆どおらず、あっという間に指定場所へとたどり着いた。
足音で気付いたのだろう、シオンが扉の前に立った途端ゆっくりと開く。姿を現したのはインデックス・ダナムではなく、鋭い目つきをしたリング・フレディだった。
「フレディさん?なんでここに」
「入ってくれ。話はそれからだ」
シオンの声を遮り、腕を掴んで強引に部屋に引き込むフレディ。彼はベイラムの増援部隊を撃退後、独立傭兵の襲撃を受け交戦。撃破されるも生還し、現在は別の拠点で治療を受けていると聞いていたが・・・・・・。
「ちょ、力強いって」
よろめきながら部屋に入ったシオンは、顔をしかめながら室内を見渡した。自分が使っているのと殆ど同じ質素な部屋。すぐに扉を閉めるフレディの他には、ベッドに腰を下ろしている老人しかいないようだ。
「・・・・・・」
その老人は、瘦せこけた枯れ枝のような体をしている。頭は禿げ上がり白髪すら残っていない。余命僅かな雰囲気すら漂わせているというのに、その瞳は炯々と光っていた。熱を保ち続ける熾火のようなその光に、シオンは吸い込まれるような気分になってしまう。
「お前が」
不意に、老人が口を開いた。その声には聞き覚えがある。あの時、戦局を一変させた存在。
「っ、えぇ・・・・・・!?」
「お前が、シオンか」
掠れながら重々しい、強い意志を感じさせる声。ルビコン解放戦線の最高指導者、サム・ドルマヤンがそこに佇んでいた。
メッサムが死ななかったのは五花海が手加減したからです。捕虜の殺害が認められていないというのもありますが、生き地獄を味わってもらいたかったみたいです。なんでですかね?