見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「・・・・・・成程。つまり、君は元は独立傭兵の男性だったと」
「あぁ、そうだよ。どうせ信じちゃくれないだろうがな。アリーナにも登録されてない木っ端傭兵だ、調べても情報が出てくるかどうか。はっ、いっそ俺が狂ってるってのが一番可能性が高いのかもしれないが」
結局、少女は全てを打ち明けることにした。全てを隠し切ることは難しいと思った為だ。突拍子も無い告白を聞いたアーシルは、目元に皴を寄せて考え込んでいる。当然の反応だろう。
「信じるかどうかは任せるぜ。俺としちゃあ、こんな訳の分からない体になっても生きてるのが大事だ。・・・・・・まぁ、そういうわけで、このガキの素性は何も知らない。悪いな」
「確かに、そういう事情なら知らないのも無理もないが・・・・・・すまない、私の裁量では判断が出来ない。少し時間を貰えるだろうか?」
「ま、普通はそうだよな。構わねえよ、俺も混乱しっ放しで時間が欲しい。全く、どうすりゃいいんだか」
溜め息を吐く少女をアーシルは複雑な表情で眺めた。確かに、見た目に似合わず男性のような口調に振る舞いだ。しかし、今の話はあまりにも荒唐無稽に過ぎる。目の前の少女が嘘をついているようには思えないが・・・・・・。軽く首を振って、アーシルは立ち上がる。
「では、暫くはこの部屋で過ごしてくれ。重ね重ねすまないが、外出は控えてもらえると助かる」
「おう。変に疑われたくないしな。寝る所も食う飯もあるし、着替えも用意してくれるんだろ?だったら俺が文句を言う筋合いは無い。むしろ礼を言いたいくらいだ。懐事情、厳しいんだろ?」
「・・・・・・」
少女の言葉を聞き流し、アーシルは部屋を後にする。外から鍵をかけて少女を閉じ込め、細く息を吐いた。少女の言う通りだ。食料の供給は相変わらず厳しく、少女に与えている食事はダナムやアーシルの分を削って賄っている。ダナムの食事を削ることには反対したのだが、自らが受け入れた人間である以上責任があると歯牙にもかけられなかった。
「・・・・・・いや、報告にいかないと。立ち止まっている時間は無いんだから」
気を取り直し、廊下を早足で進むアーシル。と、そこに見慣れた顔が走り込んできた。髪の毛を後ろに短くまとめた、幼げながら気の強い顔立ちをした少女だ。
「アーシル!お疲れ様、それと久しぶり!」
「ツィイー!?どうしてここに」
彼女の名はツィイー。解放戦線の数少ないAC乗りの一人だ。アーシルとは、物心ついた時から一緒にいた幼馴染でもある。
「『壁』に向かう途中に寄ったんだ。聞いたよ、コンテナで墜落してきた女の子を保護したんだって?珍しいこともあるんだね」
「あ、あぁ。一応、保護したけれど」
「なに、随分歯切れが悪いけど。何かあった?」
見上げるような形で訊ねてくるツィイーに、アーシルは何も言えない。流石にさっき聞いた話を伝えても変な顔をされるだけだろう。と、二人の間に割って入る者がいた。
「若いってのはいいなぁ、うんうん。だけどツィイー、先に同志ダナムへの報告が先だ。君のユエユーだけじゃなく、四脚MT達の配置も考えなきゃいけない」
「ご、ごめんメッサム。久しぶりにアーシルと会えたから、ちょっとテンション上がっちゃって」
「構わんさ、少しくらいなら。それにここには数日は泊まることになりそうだからな。四脚MTが輸送の振動の影響で、関節部分に不具合が出てるみたいなんだよ」
屈託の無い笑みを浮かべる男は、MT部隊の指揮官であり自身も四脚MTに搭乗しているメッサムだ。戦力増強の為、ツィイーと共に『壁』に送られる最中にここに寄ったらしい。
「すみません、同志メッサム。ガレージに空きはありますか?」
「そこは問題無いさ。同志ダナムにメッセージで許可は貰った。今の所ダム周辺は平穏で何よりだな。ま、ガレージでの修理が頻発してたらそれこそ問題だ。そうならないに越したことは無いが・・・・・・」
「狙われてるのはやっぱり『壁』だからね。全く、企業の連中と来たら。傲慢にも程がある」
さっきまでとは一転して、ツィイーが怒りを滲ませた声で言う。ルビコンへと権益を貪りに来た二大企業・・・・・・ベイラムとアーキバスは、日増しに解放戦線への圧力を強めてきている。つい先日も、汚染市街の戦力が独立傭兵に削られたばかりだ。搾取しか考えていない奴らが許せないのだろう、頬を紅潮させたツィイーが言葉を続ける。
「今はなんとかなってるけど、このままじゃジリ貧だ。確か、ストライダーを武装化する予定なんだよね?そうしたらきっと反攻に・・・・・・」
「おっと、ツィイー。少し落ち着け。急いては事を仕損じる、だ。六文銭殿も言っていただろう?」
「あ・・・・・・。ごめん。駄目だな、私。気ばかり逸っちゃって」
「ツィイー。大丈夫だよ。同志ダナムや帥淑フラットウェルが必ず突破口を見つけてくれる。今は、耐え忍ぶ時だ」
アーシルの言葉に、恥じるように俯くツィイー。気を取り直すように手を叩き、メッサムが声を上げる。
「よーし、それじゃあ未来の為にもまずは報告だ。行くぞツィイー、アーシルとの積もる話はその後してくれ」
「りょ、了解!じゃあアーシル、また後でね」
「あ、うん。また後で」
足早に去っていく二人を見つつアーシルは思う。少女の報告は後に回した方がいいだろうと。難題が次々と押し寄せる指導者達を心配しながら、彼は一旦私室に戻るのだった。
「さぁて、どうすっかな・・・・・・」
馴染みの無い長髪を弄りながら、少女は一人きりの部屋でぼやいた。捨て鉢に近い現状の告白を、果たして解放戦線は受け入れてくれるだろうか。いや、しかしこれしか方法は無かった、はずだ。例え、コーラル酔いによる妄言と受け止められたとしても。
「自由行動は無理だし、寝るのにも飽きた。だけど、うぅむ」
髪を指で弄りながら可愛らしく首を傾げるその様は、見た目通りの少女にしか見えない。本人は自覚していないのか、そのままブツブツと呟いている。
「ルビコン解放戦線、ねぇ。依頼で敵に回すことはあっても味方することは無かったな。そもそも俺なんざに名指しの依頼は回ってこないし」
ころんと固いベッドに寝転がり、天井を見つめる少女。部屋の中にあるのはベッド横の機材程度で、操作の仕方も分からない。つまり、やることが無いのだ。
「虜囚の身にしてはマシな環境だが・・・・・・うーん」
寝転がったまま、ペタペタと顔や体を触る。滑らかで若々しい感触は、かつての自分とは大きくかけ離れている。昨日の時点で部屋のトイレを使用したが、当然のように下半身も変化していた。すなわち、女性のものに。
「はぁ・・・・・・何が起こったんだ?気が触れて幻覚を見てるにしても、流石にこれはなぁ」
状況を把握してから繰り返し思っていることを愚痴る。まさか、しがない独立傭兵であった自分がこのような少女になるなんて。性別も年齢も変わっているのは一体どういうことなのだろう。コーラルは様々な、それこそ人智を超えた事象を起こすと噂されているが、まさかこれがそうなのだろうか?
いや。そもそも、彼は肉体がこうなる前からコーラルと縁深かったわけではない。コーラルを向精神薬として吸入している者達がいることは知っていたが、日々の暮らしに困窮していた少女にとってそれは関係の無い話だった。ならば、何故?どうしてこんな体になってしまったのか。
「それが分かりゃあ苦労はしないってか。あーもー、結局は解放戦線サマが俺をどう扱うか次第ってことかね。やってらんねえな、まったく」
自身の出自を明かした以上、後は相手の反応に身を任せるしかない。ルビコンへ一攫千金を求め密航し、企業の依頼を受けていた傭兵をどうするか。その結果は、火を見るより明らかだ。そう考えれば、少女になってしまったこともそう悪くないかもしれない。即座に殺されるといったようなことは避けられたからだ。
とはいえ。ここから先はどうなるか分からない。腹芸が得意であれば、幼い子供のふりをして誤魔化すことも出来たのだが・・・・・・生憎、彼は直情的で演技が苦手な人間だった。
「あぁクソ、せめてACがありゃあな。脱出することも出来るかもしれないってのに」
恐らく、かつての愛機は既に存在しないだろう。あれだけ派手に撃墜されたのだ。よくてスクラップ、悪ければ消し炭になっている可能性が高い。そもそもこの体ではACを操作出来るかどうか。うなじの部分にコネクタが埋め込まれていることから、この体が強化手術を受けたということは確かなようだが。
「はぁ~・・・・・・どれだけ考えても、ここで大人しくしてるしかないみたいだ。あーやだやだ、処刑されたりはしないよな」
彼の認識では、ルビコン解放戦線は外敵に対して恨み骨髄だと思っている。捕えた傭兵を私刑に処すこともあるだろうと空想していた。彼に限らず、ルビコニアンのことをよく知らない者の共通認識である。
実際は、ルビコン解放戦線は捕虜を虐げるようなことはしていない。どれだけ憎い相手だろうと人道に沿った行いを心掛けている。「例え敵であろうとも無下にするべからず」。他ならぬ帥父ドルマヤンからの訓示であった。実態は寄せ集めのゲリラ組織でしかない解放戦線が辛うじてモラルを保っているのは、ひとえにドルマヤンのカリスマによるものだ。
だが、現在は帥父の権威にも陰りが見え始めている。現在のドルマヤン本人の無気力さに、終わりの見えない企業との闘争。厭戦感情や諦観が蔓延るのは仕方ないとも言えるだろう。そんな内部事情を知らない少女は、しかし大きく口を開け欠伸を漏らした。
「ん、ふぁ・・・・・・いくらでも惰眠を貪れるのは贅沢だと思ってけど・・・・・・実際に味わってみると大したことは無い、か。気が休まる状況でもないし、かといってやることも無い。ぶつくさ独り言を漏らすのが関の山ってか」
自嘲の笑みを浮かべるも、少女の顔でははにかむようになってしまう。結局、思考を放棄した少女は程なくして寝息を立て始めた。
通信が切れる音。ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けたのは、現在のルビコン解放戦線を取り仕切っているミドル・フラットウェルだ。帥淑の尊称で呼ばれている彼は、ガリア多重ダムから矢継ぎ早に送られてきた連絡を思案している。しかし、問題はそれだけに留まらない。積み上がっていく諸々の問題に対して、彼は鋭く思考を回していた。
「さて、どう手を打つか」
一つ目。フラットウェルは今、ボナ・デア砂丘にいる。正確には、そこで稼働している解放戦線の巨大移動拠点、武装採掘艦ストライダー内の一室で物思いに耽っていた。半ば現場の独断で武装化されたストライダーは、企業への反攻戦力として兵士達に期待されている。
しかし、それはフラットウェルの望む所ではない。いくら戦力としては期待出来るとはいえ、命令も聞かぬ者達が場当たり的な反攻をしたところでたかが知れている。元よりストライダーの艦長は解放戦線きってのタカ派だ。このままでは、いずれ取り返しのつかない大敗を喫するだろう。
その為、フラットウェルは視察と称してストライダーを訪れた。艦長も彼には一定の敬意を払ってはいるものの、戦意を抑える気は無いようだ。話は平行線を辿り、結局長期の滞在になってしまっている。
二つ目。現在汚染市街に留まっているルビコン解放戦線の生みの親、サム・ドルマヤン。帥父と敬われている彼が汚染市街にいることは、殆どの同志達が知らない。半ば隠居状態のドルマヤンはしかし、未だに絶大な求心力を誇っている。彼が一声上げてさえくれればフラットウェルの戦略も順調に進むはずなのだが、リアリストであるフラットウェルと神秘主義の思想家であるドルマヤンではどうしても話が嚙み合わない。むしろ、最近では対話することすら難しい状況だ。
フラットウェルにとって、ドルマヤンは解放戦線の象徴でありながら、現状の戦略を進めるにあたって邪魔者でもあった。来たるべき一斉蜂起の時まで、彼には大人しくしていてもらわなければならない。
三つ目。先日BAWSから納品された大量の四脚MT達の配置先をどうするか。現在多重ダムに留まっている大部隊は、各地から派遣してくれるよう要請が送られてきている。その為、まずは交通の要衝である『壁』に輸送した後各地へと振り分けるつもりだったのだが・・・・・・。企業の攻勢は激しさを増しており、どこも戦力が足りない状況だ。四脚MT部隊を率いるメッサムとすり合わせつつ、状況に応じた判断を下すしかないだろう。
そして、四つ目。ガリア多重ダムに飛来したコンテナより救出された、第10世代の強化人間。アーシルによれば、本人の自我は独立傭兵の男性だと主張しているらしい。どう見ても幼い少女に見える画像データに目を向けながら、フラットウェルは嘆息する。
確かに、ルビコン3ではコーラルの影響か、通常ならば信じられないような怪現象が起きることもある。先ほどまで通信で議論を交わしていたインデックス・ダナムも、その怪現象に見舞われた一人だ。
ダナムはグリッドの職工だった。アイビスの火以前にルビコンへと渡りグリッドを建造していた彼は、年代としてはドルマヤンと同世代のはずである。しかし、ダナムは今も若々しい。筋骨たくましい姿は、枯れ木のようなドルマヤンと同世代だとは思えないだろう。コーラルに老化防止作用があるとは実証されていないが、「灰かぶり」の中に今でも若々しい姿を保つものがいることは、フラットウェルも知っていた。今回の強化人間の少女もその類だろうか?企業からの罠ではないかという懸念よりもそちらの方が気になっている。
「・・・・・・常道ならば、不穏分子は殺しておくのが定石だが」
しかし、ダナムやアーシルはこの意見を受け入れまい。ならば別の方策を考える必要がある。幸い第10世代の強化人間は、戦力として有効活用出来る可能性が高い。上手くこちらに取り込めれば貴重な戦力になってくれるかもしれない。
「一度見極めるべきかもしれんな。その少女を」
とはいえ、フラットウェル自身が多重ダムに向かうことは難しい。やるべきことが山のように積み上がっているのだ。と、すればダナムに任せるしかないだろう。ドルマヤンの思想を掲げ戦意を漲らせ続ける彼と、現実主義者のフラットウェルとは実はそりが合っていない。しかし、現状を打破する為に奔走しているのは互いに同じだ。
ドルマヤンが妙な動きさえ見せなければ、ダナムは有用な駒として利用出来る。冷徹な瞳をモニターに走らせながら、フラットウェルはあらゆる問題に対して画策し始めた。
フラットウェルの格は高いです。多分王小龍の同類。