見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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29.地獄の歩き方

中央氷原にコーラルが集まっている。とある独立傭兵がウォッチポイント・デルタを襲撃し、結果として発生したコーラルの局所爆発によって発覚したその情報は、程なく解放戦線のルビコニアン達にも伝わることになった。

 

汚染市街より生還を果たした帥父ドルマヤンは、フラットウェルら他の指導者達と話し合い、中央氷原への進出を目下の方針とすると決定。しかし、中央氷原への進出には大きな障害があった。

 

アーレア海。ベリウス地方と中央氷原を隔てる広大な海は、通常の輸送ヘリでは航続距離が足りず渡れない。さりとて、陸で戦い続けてきた解放戦線には海洋戦力は殆ど無かった。僅かにある輸送船をフル活用しても、中央氷原に橋頭保を築く戦力を運ぶことは不可能だろう。

 

更に、移動中を企業勢力に妨害される可能性すら存在している。ベイラム及びアーキバスは、今の所解放戦線と同じく中央氷原へ移動する手段を確立出来ていないようだ。しかし、解放戦線と企業では根本の技術力が違う。輸送ヘリを改造するなりして、こちらより先に渡ってしまう可能性が高い。そうなれば、他の勢力が中央平原へ渡ってこないよう防備を固めるのが道理だ。

 

それ故、解放戦線内では早急にアーレア海を渡る為の方策が練られている。運搬能力を圧迫するのを承知で、燃料タンクを増設し輸送ヘリの航続距離を伸ばすのか。しかし、纏まった数を中央氷原に送らなければ、最悪全てが各個撃破されてしまう恐れがある。一体どうすればいいのか。

 

「よーっし・・・・・・体力も結構付いてきたっぽいな」

 

そんな指導者達の苦悩とは関係無く、シオンは今日も今日とてシミュレーターで鍛錬を重ねていた。最初に比べ、疲労の度合いが多少は軽くなっている。生身の非力さはともかく、ACの操縦ならなんとか長時間こなせそうだ。

 

「前回も、最後の方は結局ふらふらだったからなぁ・・・・・・三次元の機動戦にもまだ慣れないし、情けないぜ、まったく」

 

シミュレーター室を後にしながらひとり言を呟く。体力に比べ、技量の上昇は非常に緩やかだ。それでも頭打ちになっていないのは、肉体の才能故だろうか。僅かばかりの成長を糧に、シオンはこの体になってからもずっと鍛錬を続けている。

 

努力することも才能なら、それは肉体と精神どちらに依存するのか。本来なら精神のはずだが・・・・・・かつて男だった頃、シオンはここまで努力家では無く、むしろ怠惰とも言える生活をしていた。努力を惜しまないようになったのはこの肉体になってからだ。ならば、肉体のお陰で努力出来ているのかもしれない。

 

「シャワー、行くか」

 

つらつらと考えながら、シオンはいつものようにシャワー室へと向かった。すれ違う人達は、相変わらず尊敬の視線を向けてきている。汚染市街から帰還してから、その尊敬の念はより強くなっているようだ。それが彼にとっては辛かった。いつもの自責が始まる前に、駆け込むようにシャワー室に入る。

 

突如として現れた凄腕の傭兵。解放戦線に訪れた数々の危機に馳せ参じ、そして帥父ドルマヤンさえ救出した可憐な少女。周囲からは、概ねそのように認識されていた。実情とはまるで違う憶測に、正直シオンは大声で否定したい気分になる。だが、ルビコニアンの士気をわざわざ落とす必要も無い。勘違いされていようと、それで彼らの心に希望が灯るならいいじゃないか。それも役に立っていると言えるだろう。

 

「はー・・・・・・」

 

生温いシャワーを浴びながら溜め息をつく。とにかく、現状はシオンにとって好ましいものでは無かった。未だ脆弱な実力に、乖離していく偶像としての自分。日に日に重圧が覆い被さってくるようだ。

 

「・・・・・・いや、やめようやめよう。中央氷原に行く方法が見つかったら、多分馬鹿みたいに忙しくなる。今の内に鍛えられるだけ鍛えないと」

 

意気込みながら体を拭き、清潔な服に着替える。いくら急いても休息を取らなければ体は動かない。今日の所は無理せず休もうと部屋に戻っていたら、通路でアーシルとすれ違った。

 

「あ・・・・・・し、シオン!」

 

呼び止められ振り返る。メッサムの治療を見届けていた時から、シオンはアーシルとは言葉を交わしていなかった。会うことも無かったし、そもそも気まずかったからだ。

 

「あー、っと・・・・・・どうしたよ、アーシル」

 

「その・・・・・・メッサムの意識が戻ったと連絡が入ったんだ。意思疎通は難しいみたいだけど」

 

「・・・・・・まぁ、あれだけやられてたらそうだよな。クソッ、ベイラムめ、惨いことをしやがって」

 

メッサムに拷問していたのは五花海だが、二人はその事実をまだ知らない。悪態をつくシオンに、アーシルは悲しそうな表情を浮かべる。

 

「容体が安定したら、こちらの多重ダムに輸送される予定だけど・・・・・・あと、ツィイーが貴女に会いたがっていたよ」

 

「あー、こっちに移送されてたのか、知らなかった。・・・・・・その、体調は大丈夫なのか?」

 

「うん。そこまで酷い拷問は受けなかったみたいでね。まだ体調が戻り切っていないのに、早くACに乗せろって騒ぐくらいには元気だ」

 

「そりゃ、うん。何よりだな」

 

ある程度言葉を交わし、二人は示し合わせたかのように口を閉ざした。先日のことが尾を引いているようで、どうにも会話が続かない。

 

「「・・・・・・」」

 

今にして思えば、シオンにもあの時のアーシルの気持ちは理解出来る。結局倒れることも無かった彼に、これ以上何を言えばいいのか分からないのだ。謝るべきなのか、それともやはり咎めるべきなのか。と、黙り込んでいる二人の元に誰かが駆け寄ってきた。

 

「おーい!」

 

「ツィイー!?ベッドで安静にって言ったのに・・・・・・!」

 

「いいじゃん、ずっと寝てたら気が滅入っちゃうよ!それでシオン、久しぶり!」

 

「うぉっと!?ひ、久しぶり、ツィイーさん」

 

満面の笑みを浮かべたツィイーに抱き着かれ、目を白黒させるシオン。体調が戻っていないとは思えないアグレッシブさだ。

 

「私達を助ける為に戦ってくれてありがとう。聞いたよ、乱入してきた機体に不意打ちされたんだって?体の方は大丈夫?」

 

「それはこっちの台詞なんだけど・・・・・・まぁ、もう疲れは取れたし大丈夫だよ。それに、汚染市街でも大して役には立たなかった。六文銭さんに、帥父ドルマヤンのお陰だ」

 

謙遜とは違う、沈んだ口調で言う。だが、ツィイーはそんなシオンを気にも留めず髪の毛を撫でてきた。

 

「そんなこと無いよ。戦士に一番大事なのは、決して逃げず死地に赴く覚悟だ。シオンは同志ダナムの頼みを引き受けて、私達を助けに来てくれた。それって普通の人には中々出来ないことだと思うけど」

 

そう話しながら、ツィイーはシオンの顔を真正面から見つめる。澄んだ瞳は真剣で、目を逸らしたくても逸らせない。

 

「だから。ありがとう、シオン。私を、メッサムを、帥父を助けに来てくれて。もしシオンが捕まってしまうことがあったら、今度は私が必ず助けに行くから」

 

「・・・・・・」

 

何も言い返せない。真っすぐで純粋な感情を向けられては、否定出来るはずも無かった。元々、シオンはこういう扱いに弱い。心からの思いを向けられることは、今でもまだ慣れていないのだ。風聞が作り上げた偶像では無く、シオン自身を見つめる瞳。それは、彼にとって救いなのかもしれない。

 

「・・・・・・うん。そん時は頼むわ。出来れば捕虜になるのは遠慮したいけどな」

 

「そうだね、シオンなら大丈夫だと思うけど。あ、今度シミュレーターで戦おうよ!結局前の勝負、決着ついてなかったし」

 

「そりゃいいけど、体調が完全に良くなってからな。アーシルの言うことちゃんと聞いた方がいいぞ、ツィイー」

 

内心恐る恐る呼び捨てにすると、ツィイーはにっこりと笑って頷いた。彼女を助けられて、本当に良かった。色々あって忘れていた実感が、今更になって湧いてくる。きっと、自分が戦ったことも無駄ではなかった。

 

「話に花が咲いている所悪いけど。ツィイー、シオンの言う通り、私の言うことを聞いてくれ。少なくともあと三日安静にしたら、医者からも許可が貰えるはずだから」

 

「分かったよ。シオンに免じて、ね。じゃあ、私は部屋に戻るから。二人とも、暇ならいつでも遊びに来てくれると嬉しい」

 

手を振りながら去っていくツィイーに手を振り返し、通路を曲がるまで見届ける。そして、シオンとアーシルはどちらからともなく目を合わせた。そこには、さっきまでのわだかまりは無いように見える。

 

「・・・・・・アーシル。あの時は悪かった。言い過ぎたよ、俺も」

 

「こっちこそ、意固地になり過ぎていた。戦友の忠言を無得にして、すまない」

 

二人して頭を下げる様子は、どこか奇妙ながら微笑ましい。程無く頭を上げたシオンは、さっぱりした表情で微笑んだ。

 

「いや、戦友、戦友か。いい響きだな。こうなる前だと、そういう存在には恵まれなかったから」

 

「レッドガン相手にシオンが出撃を決めたその時から、私は貴女を戦友だと思っていたよ。ルビコニアンの為に命を賭けてくれた。シオンにとっては関係の無い戦いのはずなのに」

 

「まぁ、傭兵にとって争いは飯の種だからな。だけど・・・・・・今は、ちょっと違うか。解放戦線の世話になってから随分と経つし、この場所を守れるもんなら守りたいって思いもある。事情を知らない人達からキラキラした視線を向けられるのは、ちょっとしんどいけど」

 

頬を掻きながら、シオンは今まで話せなかったことを吐露する。誰にも聞かれまいと思った、弱音を。

 

「それは・・・・・・そうか、苦しかったんだね」

 

「そうかもな。ただ、今はもうそれ程じゃない。ツィイーのおかげかな。俺がマスコット扱いされてるのも、上手く利用してくれりゃあいいさ。それであんた達ルビコニアンが死なないんなら、充分な見返りだ」

 

「シオン・・・・・・貴女が苦しいのなら、無理をすることは無いんだ。他者を蔑ろに利を得るなんて、企業と同じじゃないか」

 

「そんな悲しい顔するなって、アーシル。解放戦線について戦うのを決めたのはあくまで俺だ。その結果起きたことには、ある程度責任を負わないと」

 

言葉とは裏腹に明るい声色。笑みを崩さないまま、続ける。

 

「というわけで、だ。そこら辺の手綱を上手く握ってくれよ、アーシル。戦意高揚の為になるなら結構だけど、死ぬのはまっぴらだし。頼んだぜ」

 

「・・・・・・分かった。エスカレートし過ぎないように、どうにか誘導してみるよ」

 

アーシルは、そう答えるしかなかった。出来れば止めたい。しかし、現状からいって不可能だ。シオンに付随する噂、その拡散を止める方法は無く、何より危険な任務を何度も潜り抜けたのは事実なのだから。人の内にある思いまで、否定することは出来ない。

 

「ありがとよ。それじゃ、俺は部屋に戻って休むわ」

 

「あぁ。お休み、シオン」

 

歩いていく小さな背中をアーシルは見届けた。あの背には、自分が想像も出来ない程の重みがのしかかっているのだろう。ACに乗る適性が無く、戦場で戦えず裏方ばかりの自分が情けなくなってくる。しかし、それでもやれることはあるのだ。

 

「・・・・・・よし」

 

小声で気合を入れて歩き始める。ルビコンを解放する為。ルビコニアンの営みを守る為。そして、友を助ける為。決意を新たにしたアーシルの歩みは、力強いものだった。




戦友はラスティだけの特権じゃないぜ!いや駄目だアイツの戦友オーラには誰も勝てる気がしない。
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