見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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32.命名

「おい、スネイル。お前、俺に何か隠し事してないか?」

 

「何を突然。仕事の邪魔です、戦闘シミュレーターでもやっていなさい」

 

アーキバスの大型拠点の一つ、その執務室。厳重な防衛網が敷かれた場所で、ヴェスパー部隊のツートップが言葉を交わしていた。

 

「あれにはもう飽きたって何度も言ってるじゃないか。ロックスミスを新しく組み直したならともかく、ただのAI相手は砂を噛むみたいで嫌いだ。どうせならお前が相手になれよ」

 

「話を聞いていましたか?私は今、中央氷原へ到達する為の諸々を準備しているのです、貴方に付き合っている暇はありません」

 

「中央氷原、ねぇ・・・・・・どうでもいいな」

 

ヴェスパー部隊の最上位、V.Ⅰであるフロイトはつまらなそうに言い放つ。現在のルビコンでは、どの勢力も中央氷原に至る為の手段を模索している状況だ。それをどうでもいいと判断することに、V.Ⅱであるスネイルは青筋を浮き上がらせた。しかし、嫌味を飛ばすことはしない。無駄だからだ。

 

「中央氷原には膨大なコーラルがある。争奪戦となれば激しい戦いとなるでしょう。貴方が満足するような戦いも発生するはずです」

 

「そいつは・・・・・・楽しみだな。だけど、俺は今暇なんだ。相手をしろ、スネイル。他のヴェスパーは別の場所に出払ってるんだろ?なら、お前しか相手になる奴はいない」

 

暗に今は我慢しろと伝えたつもりが、フロイトはまるで気付かずに宣ってくる。いつもそうだ。フロイトは、ACの戦闘以外ではまるで役に立たない。むしろお荷物ですらある。

 

「・・・・・・。もう少しすればV.Ⅳが帰還する予定です。それまでは我慢しなさい」

 

「お、そうか。あいつはいいよな、戦いぶりが面白い。何より、狼みたいな執念深さを感じる。機動力を重視しつつACSに負荷をかけて白兵戦に持ち込むあの度胸・・・・・・シュナイダーからの出向らしいが、いい拾い物だ」

 

楽しげに語るフロイト。その表情は子供のように純粋だ。そのことが、スネイルをさらに苛立たせる。自身が管理し切れない、圧倒的な実力を持つ存在。戦力としては貴重でも、スネイルはフロイトを明確に嫌っていた。

 

「納得したのなら、さっさとどこかへ行きなさい。私は貴方に構う暇など無いのです」

 

「いや、待った。最初の話がまだだ。スネイル、俺に隠していることがあるだろ?」

 

あしらおうとした所で、フロイトは刺すように言い募ってくる。恐らく、彼が勘付いているのは例の独立傭兵、レイヴンの件だろう。はたしてどこから嗅ぎつけてくるのか、フロイトの直感はスネイルでも把握出来ない程に鋭い。しかし、レイヴンの情報を伝えれば軍紀違反も構わずに出撃してしまうだろう。

 

「・・・・・・やれやれ。隠すも何も、貴方の興味が湧くこと以外は伝えていないだけです。そこまで言うならデータを送りましょう」

 

そう言って、言葉通りスネイルはフロイトにデータを送った。無論レイヴンのものではない。シオンという、解放戦線に与する傭兵のものだ。ストライダー撃破作戦では直接邪魔され、解放戦線がベイラムの掌握している汚染市街に捕虜奪還の為襲撃した際は、相応の活躍を見せたらしい。

 

「へぇ、解放戦線につく傭兵か。今更酔狂だな。さて・・・・・・」

 

フロイトはデータに目を通す。予測される機体構成に、ボナ・デア砂丘での戦闘映像。メーテルリンク及びMT部隊相手に奮戦しているACの姿に、怪訝そうに眉を顰めた。

 

「おい、スネイル。このACのパイロット、何か情報は無いのか?」

 

「妙なことを聞きますね。いつもの貴方ならば気にもしないことを。まぁ、一応情報は集めてあります。年端もいかぬ少女を戦わせるとは、猿どもは余程窮していると見える」

 

フロイトがAC以外のことに意識を向けるのは珍しい。彼にとって、パイロットのことすらACに付随するおまけのようなものだ。技量と戦い方にしか興味は無く、パイロットのパーソナリティを気にすることは本当に珍しかった。

 

「いや、少し気になってな。戦い方がちぐはぐだ。ズレてるんだよな」

 

よく分からないことを言いながら、フロイトはACのパイロット・・・・・・シオンの情報を読み込んでいく。年若い少女であり、出自は不明。奇妙なことに、最新世代の強化人間であるという情報もあった。

 

「あぁ、そういうことか」

 

納得がいったように頷くフロイト。スネイルに向けた視線は、何かキラキラと輝いているように見える。猛烈に嫌な予感に襲われるスネイルだったが、無視して作業を進めようとした。が、

 

「スネイル。こいつとやらせてくれないか。ガリアのダムにいるんだろう?」

 

「馬鹿なことを言わないでください。最高戦力である貴方をそんなに気軽に出撃させることは出来ないと、何度言えば分かるのです。そもそも、多重ダムの防衛は一層厳重になっている。『壁』を我々アーキバスが掌握している今、無理に手を出す必要はありません」

 

整然とまくしたてるスネイルに、しかしフロイトは軽く肩をすくめるだけだ。言葉が途切れたのを見計らって、奇妙なことを言い始める。

 

「だって、おかしいぞこいつは。最新世代の強化人間ってのは合ってる。それなのに、戦い方に旧世代の匂いがあるんだ。本当に乗ってるのはシオンって奴なのか?」

 

「・・・・・・ほう」

 

AC関連のフロイトは決して間違えない。説明のつかない直感だろうと、正解を導き出してくるのだ。だからこそ、スネイルは一考の余地があると判断した。フロイトを出撃させるのは論外だが、もう少しあのAC乗りを探ってみるべきかもしれない。

 

「何より、混ざっているんだよな。技量は拙くても才能は一級品。それなのに努力の壁を感じている。兎と亀か、面白いな」

 

「・・・・・・分かりました、こちらで調べてみましょう。元々、我々アーキバスに所属していないと言うのに、第10世代の強化手術を受けている点も気になっていました。仮に多重ダムを落とす時が来たならば、フロイト、貴方に任せます」

 

「そうか、そいつはいい。で、いつ出撃する?明日か?今からでもいいぞ」

 

「話を聞く耳が無いのですか?」

 

どっと疲れたような気分を味わうスネイルの元に、待ちわびた連絡が届いた。V.Ⅳ、ラスティが帰還した、と。あちらも多少は疲弊しているだろうが知ったことではない。この馬鹿の世話を押し付けよう。多少怪しい存在でも、こういう時にはありがたい。

 

「フロイト、V.Ⅳが帰還したようです。あれとの戦闘ならば、貴方の暇も多少は紛れるでしょう」

 

そう言ってフロイトの方を見ると、スネイルの言葉を聞いた時点で立ち上がり執務室を出ていこうとしていた。背中からうきうきした感情が伝わってくる程、気分が高揚しているらしい。嵐のような男が返事もせずに去った後、スネイルは苛立たしげに呟いた。

 

「・・・・・・やれやれ。どいつもこいつも」

 

キリリと痛む胃を押さえ、それでも作業を続ける。積み上がっていくストレスも慣れたものだ。スネイルにとって戦場とは、ACに乗って戦う場所だけではない。むしろ後方での任務こそが重要だと信じている。

 

「まぁいいでしょう。私が上手く扱えばいい。我々企業に敵う存在など、ありはしないのだから」

 

呟き、手早く業務を片付けていく。全ては企業の為。あらゆる敵を出し抜きコーラルを得る為に、スネイルは戦い続ける。眉根の皴は、しばらく取れそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん・・・・・・」

 

ベッドに寝転がりながら、シオンはデバイスを操作する。その表情は悩ましげで、視線がきょろきょろと画面を往復していた。

 

先日アーシルから言われた、ACに名前を付けてほしいという話。確かに、名前が無いままというのは色々面倒である。しかし、どのような名を付けるべきか・・・・・・ここ数日、シオンはずっと頭を悩ませていた。

 

「どうすっかなぁ・・・・・・というか、前のACに名前付けた時どんな感じだったっけ」

 

その時のことを思い出そうとするが、どうにも思い出せない。大方酔っ払って適当に付けたのだろう。過去の己を恥じながら、シオンは考える。自身の愛機に相応しい名前を。

 

「なんか、他のものの名前とか・・・・・・?」

 

生き物や植物、星や事象の名前を拝借するのは悪くない考えかもしれない。そう思いつつ表示されている言語を確認していく。デバイスにダウンロードした様々な言語辞典には、シオンが知らない単語が大量に並んでいた。無論、ルビコンで使われている言語も書いてある。

 

この、膨大な言葉の中からACの名前を決める。途方も無いような気分になるが、気に入ったものが見つかった時点で決めてしまえばいいのだ。そこまで深く考えずに流し読むことにすると、短い時間で頭が痛くなってきた。多様な言語を知るということに慣れていないからだろうか。

 

「っつつ・・・・・・下手したらACの操縦の方が楽だな。ふぅ・・・・・・」

 

一旦デバイスから目を離し、無機質な天井を見つめる。学の無い自分が無理をして名付ける必要は無いのかもしれない。それは分かっているが、誰かに頼りたくなかった。なんとなくだが、自分で決めてやりたい。これからも命を預ける愛機なのだから。

 

「さぁて、っと。もうちょい調べてみて、ピンとくるのが無かったら今日は寝るか」

 

暫く目を休めた後、シオンは再びデバイスに目を向ける。今見ているのは、ルビコンからは遠く離れた人類の母星、地球。そこで生まれた様々な神話、その神の名前達だ。

 

シオンは神を信じてはいない。宇宙へと進出した人類にとって、神という概念は過去のものになった。しかし、信仰は残っている。過酷な日々を生き抜く為、心の安らぎを得る為。人々は、神あるいは突出した個人を崇拝しているのである。解放戦線で言えば、ドルマヤンに対する敬意がそうなのだろう。と、

 

「お、これは」

 

なんとなく、目に留まる名前を見つけた。説明文によれば、その名はとある神話の軍神を意味するらしい。地母神の側面も持ち、更には両性具有でもある、と。書いてあることの半分は理解出来なかったが、両性具有の軍神という所がシオンには気に入った。少女の体になった自分にはお似合いだ。何より、名前の響きがいい。どこかとぼけたような、リズミカルにも思える感じ。

 

「なんか、しっくりくるな。これにするか」

 

気負う事無く、軽い気持ちでシオンは呟いた。───彼が見つけたその名は、トラルテクトリ。アステカ神話に名高き両性具有の軍神にして地母神、あるいは討ち果たされるべき怪物の名前である。




というわけで、シオンのAC名は「トラルテクトリ」に決定しました。深い意味はそんなにありません。
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