見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
小ぎれいなベッドに寝かされながら、シオンを両手に付けられた手枷を見つめる。部屋の隅にある鉄杭に繋がれたそれは、酷く冷たく重かった。
「一体どういうつもりなんだよ、ったく」
ブルートゥに拉致されてから数日。シオンが監禁されている部屋は案外広く、今の所食事も三食与えられている。それだけではない。清潔な衣服も用意され、手枷以外は快適と言ってもいい環境だ。
だが、その手枷が厄介だ。単純な造りの鉄製で、どれだけシオンが頑張ろうとも外すことは出来ない。鍵さえあれば外せるとは思うが、その鍵がどこにあるのかすら分からないのだ。そもそも部屋から出られない状況、果たしてどうするべきか。
「ふぅ・・・・・・」
重苦しい手枷の鎖をじゃらじゃら鳴らし、シオンは溜め息を吐く。ここがどこなのか分からない以上、仮に脱出したとしても生き残ることは難しい。大人しくしているのが賢明だろうか。だが、それでどうなる?解放戦線が助けに来るのを期待しようにも、自分は帥父ドルマヤンのような重要人物ではない。汚染市街の時のような救出作戦は立案されないだろう。
ならば、やはり自分でどうにかするしかない。不幸中の幸いで考える時間だけはたっぷりとある。手枷が邪魔にならないよう横向きに寝そべりながら、シオンは考え始める。そもそも、ブルートゥの目的はなんなのか。いくら狂人と言えど、何かしらの理由はあるはずだ。
「つっても、俺を攫う理由なんて思い当たらねえしなぁ・・・・・・」
シオンは、対外的にはルビコン解放戦線に属するAC乗りとなっている。この体になってから独立傭兵として活動していたという情報が無い以上、解放戦線がシオンを傭兵として扱っていても、外部の人間にはルビコニアンと思われているかもしれない。
今のシオンに利用価値は余り無い。封鎖機構の介入により激しさを増したルビコンでの戦いの中、大した実力でもない少女を狙う理由とは・・・・・・?
「ひょっとして、そういう趣味なのか?」
嫌な想像をしてしまい顔をしかめる。確かに、今の自分は可愛らしい顔立ちをしている。欲情するような人間もいるだろう。しかし、もしそうだとしたら既にシオンの体は汚されているはずだ。閉じ込められてから、ブルートゥがこの部屋を訪れたことは無い。と、このタイミングで部屋の扉がノックされる。思わず身構えたシオンに、落ち着いた女性の声が掛けられた。
「失礼します。中に入っても?」
「・・・・・・どうぞ」
この声は知っている。ラヴェンナという名の、ブルートゥ率いるジャンカー・コヨーテスの副官。本人が名乗ったことを信じるのなら、だが。頬に入れ墨を入れた、どこか冷たい雰囲気を漂わせた女性である。扉を開けて部屋に入ってきたラヴェンナは、相も変わらず感情に乏しい表情で口を開いた。
「食事をお持ちしました。こちらに置いておきますね」
「そりゃどうも、監禁してる相手にご丁寧なことで」
シオンが皮肉を吐いてもなんの反応も見せず、ベッド横の机にトレイを置くラヴェンナ。乗っているものはコップに入った水に乾パン、そして真っ赤で具材の少ないスープだ。代わり映えのしないメニューだが、食べられるだけマシだろう。
「なぁ、ラヴェンナさん。あんたのボスであるブルートゥは、なんで俺を攫ってきたんだ?」
「さぁ。ボスの考えは私にも及びもつかないので。ただ、丁重に扱えと言われています」
「丁重ねぇ。手枷を付けて監禁してるのは丁重じゃないと思うけど。ま、あんたに言っても仕方ないか」
乾パンをスープに漬けてふやかし、口に運びながらぼやく。香辛料の利いたスープは刺激的だが、シオンの口には合わなかった。少し辛過ぎるのだ。
「申し訳ありません。決して逃がすなとも言われていますので」
「・・・・・・そうかい」
基本、食事や着替えを持ってくるのはラヴェンナである。その度にこうして探りを入れようとするが、今の所有用な情報は引き出せていない。水を飲んで辛味を和らげながら、シオンは独り言のようにぼやいた。
「あー、暇だなぁ。せめて戦闘シミュレーターくらいやれりゃいいんだけど」
「構いませんよ。監視は付けさせていただきますが」
「そうだよな、やっぱり無理・・・・・・あ?」
予想外の返答に間抜けな声を上げるシオン。ぽかんとした表情でラヴェンナの方を向くと、彼女はいつも通りの鉄面皮で言い放つ。
「食事が済みましたらご案内します。その時には、目隠しをして頂けますか?」
「それは、まぁ、いいけど。えぇ・・・・・・」
無茶苦茶なやり方で誘拐し監禁している相手に、戦闘シミュレーターの使用を許可する。にわかには信じられない判断に、シオンは若干引いた様子でラヴェンナから目を逸らした。誤魔化すように乾パンを口に放り込んで、咀嚼してから水で流し込む。
「では、準備をしてきます。少々お待ちください」
一礼し部屋を出ていくラヴェンナ。シオンは軽く頭を振ってから、真っ赤なスープを啜った。やはり辛い。まるで自身が陥っている現状のようだ。
「いや、違うな」
辛かろうと苦かろうと、あるいは甘かろうと。どんな手を使ってでも、ここから脱出しなければならない。戦闘シミュレーターに連れていってくれるのなら、それを取っ掛かりに情報を集めなくては。決意を固め直し、シオンは残りの食事を片付けていく。スープを飲み干した後、その目には僅かに涙が滲んでいた。
シオンが攫われた。その事実は中央氷原だけではなく、ベリウス地方のルビコニアン達にも衝撃を与えた。
突如として現れた見目麗しい少女、シオン。彼女が参加する作戦は必ず成功し、多くのルビコニアンの命を救ってきた。帥淑フラットウェルの隠し子という噂や、企業を出し抜き解放戦線に協力しにきた少年兵との噂もある。なんにせよ、実情を知らぬ多くのルビコニアンにとって、シオンは勝利の象徴のように認識されていた。
そんな彼女が、ドーザーの一派に攫われたのだ。解放戦線の間に走った衝撃は計り知れない。簡素な私室で、腕を組み唸っているダナムもその一人だった。
「どう動くべきか・・・・・・」
インデックス・ダナム。彼は中央氷原に同行せず、引き続きガリア多重ダムの防衛を任されている。元々AC乗りとしての腕前は優れない。ならば、指導者としての実力を発揮してもらった方がいいと、他ならぬサム・ドルマヤンからの指示だった。
そのこと自体に異論は無い。己の粗製さは嫌という程自覚していた。ゲリラ的な襲撃作戦に参加したのも僅かに数度、それも必ず僚機を付けてもらっていたのだ。情けない限りである。
いや、今はそんなことどうでもいい。ダナムはかぶりを振って思考を切り替える。問題は、攫われたシオンのことだ。ドーザーの中でも最大の勢力を誇るジャンカー・コヨーテス。その頭目であるオーネスト・ブルートゥが主犯らしい。今の所、彼から解放戦線に連絡は来ていないようだ。一体何が目的なのか。
幸いにして、カタフラクトの撃破はドルマヤンとフラットウェルが成し遂げたらしい。残されたもう一機も、例の独立傭兵レイヴンが依頼を受け、撃破したとの報告も受けている。シオンが攫われたという一点を除けば、概ね解放戦線の思惑通りに事が進んでいた。
シオン一人がいなくなったとしても、大勢は変わらない。ダナムにはよく分かっていた。彼女は確かに優秀なAC乗りだが、逆に言えば優秀止まりだ。ヴェスパー部隊のトップ、V.Ⅰフロイトや、レッドガン総長であるG1ミシガン。そして、帥父サム・ドルマヤンのような単騎で戦局を変え得る存在ではない。
いくらシオンが勝利の象徴のように思われているとはいえ、救出に割く戦力は今の解放戦線には存在しない。そもそも、どこに攫われたかも特定出来ていなかった。真っ当に考えるならコヨーテスが占拠しているグリッドのどれかだが、シオンを攫ったブルートゥという男は気が狂っているという話も聞く。つまり、行動が読めない。
無駄だと分かっていながらも、ダナムはデバイスを操作しグリッドの構造を映し出した。かつて職工として働いていた頃、建造に携わったグリッドは数多い。その中には、コヨーテスが支配しているものも存在していた。
グリッド012。最初期に建造されたこのグリッドには、大昔修繕に訪れたことがある。今は崩落が進み見る影も無くなっているようだが、それでもどのように崩落しているかの予測は出来る。敵地の地形を把握出来るのなら、それに越したことは無いだろう。
「・・・・・・何をやっている、俺は」
救出には向かえない。分かっていても、ダナムは現在のグリッド012の見取り図を描き始めた。もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。何もしないよりはマシなはずだ。
「ええい、全く。・・・・・・生きていろよ、シオン」
ダナムは、シオンのことが嫌いではなかった。彼女は己が命を賭けて戦場に赴き、戦い続けていた。そこに悪意や裏は感じられない。少なくとも、ダナムはそう信じている。多重ダムにレッドガンが襲撃に来た際のことを思い出す。バーンピカクスを貸してほしいと提案してきた時の、シオンの表情を。死への恐れと、それを覆い隠さんとする虚勢が滲んでいた。
あの時点で出撃するのは、死にに行くのと同じことだ。3対1、それも他人のACで。だというのに、シオンは出撃すると言い張った。あの状況で虚勢を張れるならば、もはや勇気と同義である。彼女はフラットウェルの許可を受け出撃し、そして防衛を成功させた。殆どはレイヴンの活躍だったが、シオンがいなければ変電施設の更なる破壊は避けられなかっただろう。
ダナムは、シオンを戦士だと認めている。得難い戦友であるとも思っている。だからこそ、救えるものなら救いたいのだ。しかし、解放戦線の指導者の一人という立場がそれを許さない。ただ一人の戦士としてではなく、ルビコニアンを導き命を守らねばならないからだ。
「ここは、そうか。外郭の崩落がこれほど進んでいるならば・・・・・・」
それでも、ダナムはグリッド012の解析を進める。貴重な睡眠時間を削り、僅かな可能性を押し広げようとする。合理的に考えれば無意味に等しい行いだ。分かっている。分かっていても、決してやめようとは思わなかった。
戦士。ルビコニアン。強化人間。独立傭兵。シオンが誰であれ、自身が誰であれ関係無い。例え無駄だとしても、自己満足だとしても、出来ることをやるべきだ。未来がどうなるかは、誰にも分からないのだから。
「警備の状況が予想通りなら、抜け道はここか?いや、それよりも・・・・・・」
長年の知識と経験を活かし、ダナムは現在のグリッド012を脳内に組み上げていく。デバイスの操作は淀み無く、脳内と寸分違わぬ見取り図が描き出されていた。この行為が無駄かどうか、未来に繋がるかどうかは、まだ何も確定していない。
あんなバカでかいグリッドを建造するのってどれだけかかるんでしょうね?いや、よく考えたらバスキュラープラントを伸ばすのも短時間でやってるっぽいし、あの世界の建築技術どうなってるんだ・・・・・・?