見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

46 / 125
45.二重依頼

薄暗い部屋の中。ハンドラー・ウォルターが確保した中央氷原の一拠点、その寝室で621は横たわっていた。清潔感に満ちた柔らかなベッドの上で、複数の管に繋がれながら虚空をぼぅっと見つめている。その顔には如何なる感情も浮かんでいない。と、脳裏に聞き慣れた声が響き始めた。

 

『レイヴン、ブランチの件ですが。先方から連絡が来ました』

 

【ありがとう、エア。どうだった?】

 

『情報を精査した後、依頼を受けるかの是非を伝えると。感触としては悪くないと思いますが・・・・・・申し訳ありません、交渉の経験は無いので上手くいっているかどうか』

 

【でも、きっと私よりは上手だよ。私は、そういうことはずっとウォルターやエアに任せっ放しだったから】

 

二人にしか伝わらない秘密の会話。その内容は、随分と不穏なものである。ブランチ。ルビコンにいる独立傭兵の中でも最も強大な実力を持ち、コーラルを巡る騒乱を引き起こしたとも言われる集団だ。どうやら、621はエアを通じて彼らに依頼を送ったらしい。

 

【それにこれも賭けだった。ずっと繰り返してきた中で、ブランチのことは殆ど探れなかったから。何度も戦ったけど、なんの為に戦っているのかは分からないまま。一つだけ感じたのは、自由を何より尊重していること】

 

『自由・・・・・・』

 

【うん。だから、もしかしたら私達と一緒に戦ってくれるのかもって。期待・・・・・・そうだね、期待してる。オールマインドの方には、行ってほしくないな】

 

『確かに、可能性はあると思います。集めた情報から考えると、彼らがコーラル湧出を企業に伝えたのも、完全に構築されていた惑星封鎖を綻ばせたのも、ルビコンに自由をもたらす為なのかもしれません』

 

己がコーラルに生まれた変異波形であるということを利用し、エアは情報収集に奔走していた。その結果判明したのは、ブランチの行動は結果的にルビコニアンに利している可能性があるということ。ルビコン解放戦線単独では絶対に惑星封鎖機構には勝てない。故に、企業を引き込み状況を混沌とさせることで勝機を見出したのではないか。

 

【そうだったら、嬉しいな。でも、まだ依頼主が誰かは分かっていないんだよね?】

 

『はい。あらゆる情報ログを調べているのですが・・・・・・ブランチに依頼したと思われる人物の存在は確認出来ませんでした。デリートされたデータを復元してみても、今の所影も形もありません。ブランチのメンバー自体が自発的に行動したのでしょうか・・・・・・?』

 

【どうだろう、分からない。出来れば知りたいけど、無理はしないでね、エア】

 

エアが分からないのなら、621にも分からなくて当然である。結局の所、依頼した人物がいるとして誰なのかはそれ程重要ではないのだ。最も重要なのは、ブランチを味方に引き込めるかどうか。以前から621がエアを通じて接触した結果、ガリア多重ダムでの戦闘は発生しなかったことを考えると、脈はあるのだろう。

 

ブランチへの依頼に際し、621は繰り返しの中で得た情報の一部を彼らに伝えている。───即ち、コーラルリリースについて。オールマインドがブランチに接触しているのを知り、それを阻止する為に621も接触したのである。

 

『大丈夫ですよ、レイヴン。私には睡眠も休息も必要ありませんから。ですが、その気持ちは受け取ります。ありがとう』

 

【私は戦うしか出来ないから、それ以外は全部エアに任せちゃってる。こっちこそありがとう、だよ】

 

話題に似合わぬ穏やかな雰囲気が二人の間に流れる。ウォッチポイントで初めて出会ったあの日から、621とエアは随分と打ち解けた。621の言う、繰り返し続けているという事象が無かったとしても、きっとエアはこの少女と親しくなったのだろう。それだけ、621と共にいるのは心地良かった。と、

 

【あ。ウォルターから連絡だ。依頼・・・・・・このタイミングだと、ブルートゥの排除かな・・・・・・あれ?】

 

『どうしました?』

 

怪訝そうな621の様子に、エアは少し心配になり訊ねる。虚ろな表情は一切変わらないまま、彼女は困惑に満ちた言葉を漏らした。

 

【知らない依頼が増えてる。それに、カーラからの依頼の内容も変だ。どうなっているんだろう】

 

 

 

 

 

 

 

 

『ビジター、あんたに一つ仕事を頼みたい。何をするか分からない、厄介なクズの始末をしてもらいたいのさ。場所はグリッド012。開発初期に作られた崩落寸前の区画だが、そこに私らを裏切りRaDを抜けた、救いようのないクズが隠れ住んでる』

 

『クズの名は 「オーネスト・ブルートゥ」。ACミルクトゥースはうちで組んでやった機体だ。欠点は乗り手がクズなところだね』

 

『アイスワームのシールドをブチ破る秘密道具・・・・・・オーバードレールキャノンは、元々ブルートゥがうちから盗み出したものだった。だが、あのクズは何を考えたのかわざわざ返却しに来たのさ。それも、アイスワームが観測される前に、だ』

 

『何を企んでいるのかは知らないが、何かを企んでいることは確かさね。そこであんたの出番だ、ビジター。あのクズが何かをしでかす前に、先んじて始末してほしい。そうすればみんなが得をする。頼んだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらルビコン解放戦線、ガリア多重ダム指令のインデックス・ダナムだ。勇敢な戦士である貴方に、頼みたいことがある』

 

『アイスワームの出現に前後して、我らの同志が攫われた。かつて貴方とも共闘した、シオンというAC乗りだ。主犯はジャンカー・コヨーテスの首魁、「オーネスト・ブルートゥ」。理解不能な行動を取る狂人と聞いている』

 

『頼みたいのは、捕虜となっているであろうシオンの奪還だ。場所はジャンカー・コヨーテスの本拠、グリッド012。その最奥に、シオンは捕らえられている可能性が高い』

 

『当然、コヨーテスの激しい抵抗が予測されるが・・・・・・ここにグリッド012の構造を予測した設計図がある。精度はそれなりのはずだ。布陣している敵を掻い潜るのに役立ててくれ』

 

『それと、この作戦には俺自身も出撃する予定になっている。バーンピカクスの改装が間に合えばだが・・・・・・なんにせよ返事を待っている、レイヴン』

 

 

 

 

 

 

 

「カーラはともかく、解放戦線からも同じ拠点への依頼が来るとは・・・・・・裏は無い、と思うが」

 

モニターに映っている情報を読み込みつつ、ハンドラー・ウォルターは眉間にしわを寄せる。RaDと解放戦線から届いたグリッド012に出撃する依頼。目的は違えど、内容には重複する所が多い。つまり、グリッド012の最奥に到達しブルートゥを撃破することだ。

 

念の為、ウォルターは秘匿回線でカーラに連絡を取る。解放戦線の動きを知っているかの確認だったのだが、どうやらカーラも初耳だったようだ。「笑えるじゃないか。判断はあんた・・・・・・いや、ビジターに任せるよ」とのこと。さて、飼い主である己はどう動くべきか。ウォルターは濃いめに淹れたコーヒーを啜りながら、状況を整理する。

 

現在、封鎖機構対企業連合の紛争は小康状態だ。アイスワームへの対抗手段が開発されておらず、防衛も攻勢も難しい企業。執行部隊を以てしても、協力関係になった企業には中々付け入れない封鎖機構。微妙なバランスで、戦線は膠着している。アーキバス及びベイラム共同での対アイスワーム兵装の開発まで、なんとかこのまま凌ぎたい所だ。

 

そんな中、送られてきた二つの依頼。一つは旧友であるカーラからのもので、不穏分子である裏切者、オーネスト・ブルートゥの排除だ。情勢を先読みしたようなオーバードレールキャノンの返還に、解放戦線側の傭兵の拉致。確かに、生かしたままだと盤面を混乱させかねない。

 

二つ目の解放戦線からの依頼は、拉致された傭兵の奪還だ。シオンという、ガリア多重ダム及びボナ・デア砂丘で共闘したAC乗り。声色から察するに621と同年代に近い少女と思われるが、その正体を調べたことはまだ無い。

 

そして、依頼主であるインデックス・ダナムから送られてきたグリッド012の設計図。ダナム自身が構造を予測して描かれたものらしく、非常によく出来ていた。一瞬こちらを嵌める罠かとも思ったが、それにしては詳細過ぎる。

 

「・・・・・・」

 

無言のまま、険しい表情で細部を確かめるウォルター。事前に集めていたグリッド012の情報と殆ど一致しているようだ。元々、カーラの要請でグリッド012に向かわなければならないのは分かっていた。オーバードレールキャノン。本来ならば目的の最終段階、バスキュラープラントによってコーラルを汲み上げられた状況下において『火を付ける』為にカーラが造り上げたものだ。

 

しかし、現在の状況ではその使い方は出来ない。故にカーラはアイスワームのコーラル防壁を破壊出来るよう、オーバードレールキャノンを転用することを思いついた。つまり、遅かれ早かれグリッド012には攻め込む手筈になっていた。しかし、解放戦線からも依頼が来るとは想定外である。

 

設計図には、ウォルターも知り得なかったグリッド012の構造も記されていた。これが事実ならば攻略は容易だ。防衛兵器との接触は最小限に、ブルートゥがいると思われる最奥まで到達出来るだろう。

 

しかし、決めるのはあくまで621だ。ブルートゥの排除だけならばともかく、囚われているシオンの奪還には困難が付きまとう。解放戦線からダナムが僚機に付くとしても、戦力としては期待出来ない。果たしてやり遂げることが出来るのか。

 

「・・・・・・いや。621ならば、問題は無いか」

 

621は、今までに圧倒的な実力を示し続けてきた。彼女ならば例えどのようなミッションだろうとやり遂げるだろう。ウォルターの背負っている使命も、きっと彼女はやり遂げる。軋む心を無視しながら、ウォルターは細く長い息を吐いた。なんにせよ、全ては621の判断次第だ。と、珍しい人物からの通信が入る。カーラと同じく秘匿回線で送られてきたのは、レッドガン総長、G1ミシガンからのものだった。

 

『話は付けてきたぞ、ハンドラー・ウォルター!』

 

「アーキバスは妥協したか、ミシガン」

 

『向こうには強襲艦隊をくれてやった。その代わり化け物退治はベイラム主導でやる。目付け役ということだろうが、ヴェスパー上位も使っていいとのことだ』

 

アイスワームに対する共同作戦。その主導を巡り、二大企業間では微妙な駆け引きがあったようだ。結果、ベイラムは強襲艦隊の鹵獲を諦め、より効率的にアイスワームを撃破する方向にシフトしたらしい。

 

・・・・・・おそらく、ミシガンは気付いているだろう。これがアーキバスの仕掛けた罠であることを。政治的なやり取りは明確にアーキバスの方が上だ。その上で、現場で出来る最善を尽くす。それがミシガンという男だ。

 

「何よりだ、ミシガン。こちらからも戦力を回そう」

 

『RaDとかいう技術者集団だな。それから貴様の猟犬だが・・・・・・』

 

「ミシガン」

 

声を遮り、ウォルターは静かに告げる。心からの信頼を込めて。

 

「621なら配慮は不要だ。あいつの仕事は俺が保証する」

 

『・・・・・・そうか。ならばいい。作戦の決行はアーキバスの対アイスワーム兵装、その試験が済んでからだ。今の内に準備を整えておけ』

 

「あぁ、分かっている。不確定要素を減らしたい所だ、時間があるに越したことは無い」

 

そう言って、特に挨拶も無く通信を切った。ミシガンとは、長々と話さなければ伝わらないような浅い仲でもない。軽く頭を振った後ウォルターは立ち上がる。621の様子を確認し、依頼の是非を確認しなければ。彼女の飼い主は、厳格な足取りでコンソールの前から立ち去っていった。




本編にもこういう二重の目的が設定されたミッションとか欲しかったですね。両方達成するかどちらかだけ達成するかでルート分岐するような奴。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。