見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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46.後悔と無念

「ふー・・・・・・」

 

簡素な部屋の中。最早手枷を付けられることすら無くなったシオンは、心地良い疲労を感じながらベッドに寝転がっていた。ブルートゥからの依頼を受けてから何日か経っているが、今の所戦闘シミュレーターに籠りきりで出撃の予定は無い。

 

「アイスワーム、ねぇ。実感湧かないけど、あれを見せられちゃあな」

 

依頼を受けた後、シオンは単独でも戦闘シミュレーターを使用する許可が出ていた。さらに、一部とはいえコヨーテスのサーバーにアクセスすることも許されている。破格の待遇に若干身構えつつも、早速ブルートゥの言葉の真贋を見極める為に検索した。

 

そして見つけた、共有サーバーにアップロードされていた戦闘映像。封鎖機構の特務機体を撃破しているACの内一機は、シオンもよく知るレイヴンである。相変わらずの洗練された戦いぶりに感心していると、それは突然現れた。地鳴りを引き起こしながら、大地を割って暴れ回る怪物。封鎖機構の保有する最大級のC兵器、アイスワームである。

 

ヴェスパー部隊の実力者やレイヴンでも太刀打ち出来ない存在の出現に、シオンは恐怖よりも先に納得を覚えた。成程、これは二大企業が共闘を選択するわけだ。ブルートゥの話は、少なくともその部分は真実らしい。

 

その後も時間を見つけ色々と調べていたが、ブルートゥが虚偽の発言をした証拠は見当たらなかった。あるいは、シオンが調べられる部分を意図的に捏造している可能性もある。しかし、そこまで考えても仕方ない。シオンは割り切りつつ戦闘シミュレーターに専念することにしたのである。

 

新たに用意された戦闘プログラム。ヴェスパー部隊のⅧからⅥまでの相手と仮想戦闘が可能になったのは、シオンにとって僥倖だった。同じ相手と戦い続けても積める経験は偏ってしまう。戦場で生き残る為に、そして仲間を守る為に。シオンはもっと強くなりたかった。二度も命を救ってもらった、あのレイヴンのように。

 

「今日の勝率はいい感じだった。やっぱあれだ、アサルトブーストの使い方がカギだな」

 

脳内で動きを反復しつつも、視線はぼぅっと天井を眺める。味気ない無地の天井はもう見慣れていた。ここに来てから、既に数週間が経過しているのだ。

 

「ヴェスパーか・・・・・・タイマンならどうにか出来そうだけど、絶対乱戦になるよなぁ・・・・・・。というか、封鎖機構との共闘は上手くいくのか?使い潰されなきゃいいけど」

 

考えを整理する為、独り言を呟きながら思案するシオン。アーキバスと封鎖機構が全面衝突するのなら、自分一人が奮闘しても大勢に影響は無いだろう。精々、戦局をほんの一押し出来るかどうかだ。いや、投入される戦力によってはそれすら難しい。

 

それなのに、ひたすらに鍛錬を積み続けることは苦では無かった。意味があるかも分からない、果ての無い繰り返し。手酷くやられながら改善点を模索し、少しでも強くなれるよう追及していく。一度死ぬ前は、ここまで努力するのを考えることすら無かった。

 

「・・・・・・やっぱり、死ぬのが怖いからなのか」

 

あの時。狙撃砲に撃ち抜かれ、何もかもが消えた瞬間。あまりにも呆気無く死んだという事実を、シオンは恐れと共に受け止めていた。全てが虚無となる感覚は心底から悍ましく、もう二度と味わいたくない。

 

だが、本当にそれだけが理由なのだろうか。シオンの脳裏によぎるのは、凄まじい戦いぶりを見せてくれたレイヴン。そして、このような体となった自分を受け入れ、共に暮らし共に戦った解放戦線のルビコニアン達だ。

 

「帰りたい場所に帰れ、ねぇ」

 

ブルートゥに言われた言葉がリフレインする。ルビコン解放戦線は、自身にとって帰りたい場所なのか。疲労の影響か思考がズレていき、シオンは己の居場所について考えを巡らせた。少女となった自分。偶像のように扱われる自分。戦士と認められている自分。AC乗りとしての自分。全て同じでありながら、相手がどう思うのかはまるで違う。

 

アーシルやツィイー、メッサム達との日々は楽しかった。ダナムやフラットウェル、フレディやドルマヤンにも恩がある。だが、彼らと関わってきたのは少女となった自分自身だ。シオンという名前も、慣れたとはいえ本名ではない。いや、少女としての自分はシオンだ。いや、しかし。思考が渦巻き、出口の無い迷宮へと迷い込んでいく。

 

「結局、俺は誰なんだろう」

 

男としての自分は既に死んだ。ならば、今ここにいる自分が全てだ。なんの問題も無い。大手を振って解放戦線に帰還すればいい。例えシオンが何者か分からなくても、彼らは受け入れてくれたのだから。そう思っていても、何かがひっかかる。喉に刺さった小骨のような、小さいながら不快な感覚。

 

シオンはベッドに寝そべりながら、自分の体を抱き締めるように丸まった。多少筋肉が付いてきたものの華奢な四肢に、僅かな膨らみのある胸。最近は違和感を覚えることも少なくなった、自分の体。

 

「・・・・・・あぁ、そうか」

 

唐突に気付く。この居心地の悪さの正体に。この体は、元々誰かのものだったのだ。この世に霊魂が存在するとして、自分はこの体に乗り移った。───人生を、奪ってしまった。以前に一度考えて、答えが出ずに放置していた問題。己の居場所を得ることに拒否感を覚える理由だ。

 

負い目がある。少女の体で居場所を得ようとすることに。自分は本来死人のはずだ。それなのに、少女の肉体で生きている。少女自身の人生を食い物にしているような感覚に、心の芯が冷えていった。もし、少女の精神が戻ってくるのなら。自分は大人しく死者に戻るしかないだろう。

 

もう、曖昧に誤魔化すことは出来ない。シオンは鍛錬を重ね、戦場で結果を出してきた。シオンという少女として、ルビコンに名を残し始めている。それはつまり、元の少女を否定する行いだ。一度死んだ者が、呆気無く退場した者が、こんなことをして許されるのか?

 

「償わないといけない時が、いつか来るんだろうな」

 

敵地に一人という孤独がシオンの精神を蝕んでいるのだろう。果ての無い自己嫌悪に苛まれ、心拍が激しくなっていく。後ろ向きな考えが止まらず、額に汗が滲み出した。彼を救う者はいない。この惑星で、シオン一人だけが理解している苦悩。それはどれだけ経っても治まることは無く、微睡むことも出来ずに無為な時間が過ぎていく。自罰の感情に縛られながら、零れ落ちるように呟いた。

 

「・・・・・・畜生。ごめん、ごめんな」

 

名も知らぬ少女に向けた言葉は、誰にも届かず虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、うぅ・・・・・・!」

 

全身に走る衝撃。痺れるような感覚と共に、ヴォルタはうっすらと目を開けた。視界の隅には十数本の管が映っており、その全てが自身の体に繋がっている。

 

「おぅ、目が覚めたかよ」

 

聞き慣れた声に視線を移すと、そこには悪友であるイグアスがいた。ふてくされたような表情で椅子に座っている彼は、不機嫌そうな口調で言葉を続ける。

 

「ったく、訓練も任務もせず寝こけてばかりで羨ましいぜ」

 

「へっ・・・・・・変わらねえな、お前は・・・・・・」

 

衰えた声帯を震わせ、なんとか声を絞り出すヴォルタ。イグアスの減らず口、その理由は分かっている。彼なりに、こちらを励ましているのだろう。

 

「壁」攻略作戦によってヴォルタが負ったダメージは、通常ならば致命的なものである。迅速な撤退判断によってどうにか命を長らえたものの、両足は切断され臓器にも多大な損傷、生命維持装置に繋いでいなければ死んでしまう状況だった。

 

今もヴォルタが生きているのは、G1ミシガンが費用を惜しまず最善の治療を命じたからであり、そしてそれはレッドガンの戦力保持を目的としたのなら無駄なことでもある。何故なら、ルビコンで行える医療ではヴォルタの戦線復帰は叶わないからだ。

 

肉体の損傷を乗り越えて戦線復帰したAC乗りはいくらでも前例がある。だが、ヴォルタには回復の見込みが無い。喪った両足や臓器を代替出来る義体があれば話は違うかもしれないが、それはアーキバスグループが得意とする分野である。絶望的な状況であることを、ヴォルタはミシガンから伝えられていた。そして、それを受け入れてもいる。

 

戦場に出続ける以上、いつかはこんな時が訪れると思っていた。死ねなかったのは予想外だったが、まぁ今の状況は死んだようなものだろう。どこか冷淡に自身の境遇を俯瞰するヴォルタは、しかし一つの心残りがあった。

 

イグアス。昔馴染みの悪友は大丈夫だろうか。精神的にも不安定で、誰彼構わず噛みつく子供っぽさを残した彼のことを、ヴォルタは心配していた。昔から自棄になって暴走することが多かった。その悪癖を諫められないという事実が、心に棘が刺さったように残っている。

 

「はっ、誰にものを言ってんだ。精々惰眠を貪ってな、ヴォルタ。俺は先に行くぜ。てめえじゃ届かない程の高さまで辿り着いてやる」

 

「そうかよ・・・・・・そりゃあ、楽しみだ・・・・・・」

 

そう返すと、予想外だったのかイグアスの目が僅かに見開かれた。すぐに不機嫌そうな表情に戻り、立ち上がる。

 

「おぅ、楽しみにしてやがれ。ずっと待ってるからよ」

 

イグアスは背を向けながら、片手をひらひらさせて病室を後にする。彼は、暇を見つけてはこの病室に訪れていた。変わり果てた悪友に、少しでも顔を見せる為に。

 

「・・・・・・ちっ」

 

舌打ちを一つ。あの時、「壁」の砲撃からヴォルタを守れなかったのは自分のミスだ。少なくとも、イグアスはそう信じている。本来ならば、イグアスは何度も見舞いに行くような性格ではない。むしろ、そのような行動は女々しいとすら思っていた。

 

だが。そんなことよりも、ヴォルタに死なれたくはない。自分に出来るのは顔を見せて、二言三言言葉を交わすことだけだ。ただそれだけでヴォルタがどうこうなるわけも無い。分かっていても、感情を抑えられなかった。

 

「あぁ、イラつくぜ・・・・・・!」

 

頭をガシガシと掻きながら、足取り荒く通路を進むイグアス。その正面から見知った顔が歩いてきた。G3五花海。ヴォルタに詐欺を教え込んでいる、胡散臭さの塊のような人物だ。露骨に顔をしかめ、挨拶もせず横を通り抜けようとした所で声をかけられてしまう。

 

「随分と荒れていますねぇ、G5イグアス。酷い顔をしていますよ」

 

「・・・・・・うるせぇ。とっととどこかに行っちまえ」

 

顔を背けて立ち去ろうとするも、それを遮るように五花海は体を滑り込ませてくる。思わず殴りそうになるイグアスだったが、拳を握り締めつつもなんとか堪えた。五花海は彼の怒りを知ってか知らずか、笑みを浮かべたまま言い放つ。

 

「まぁそう言わずに。丁度、貴方に話があったのですがね」

 

「話だぁ?けっ、どうせロクな内容じゃねえだろ。俺をカモろうったってそうはいかねえぞ」

 

「ヴォルタのことです」

 

不意に放たれた言葉にイグアスの動きが止まる。思わず五花海の顔を見ると、先ほどまで浮かべていた笑みが消えていた。虚飾も欺瞞も感じられない、初めて見る表情。

 

「イグアスも知っているでしょう。先日結ばれたアーキバスとの盟約を。一時停戦、及び対封鎖機構を想定した共闘という内容ですが、その中に技術交換が含まれていることはご存じですか?」

 

「それが、どうしたよ」

 

「私個人の伝手で、アーキバス側と交渉しましてね。ヴォルタに適合する可能性の高い義体を手に入れました。上手くいけば戦線復帰も叶うでしょう」

 

さらりと言う五花海の言葉を、イグアスは最初理解出来なかった。個人でアーキバス相手に交渉するなど、隊律違反にも程がある。

 

「おい、それをミシガンには・・・・・・」

 

「無論、報告しましたよ。まぁ事後報告ですが。お陰でG3の立場を降ろされてしまいました」

 

「あぁ!?」

 

「特に問題ありません。今はAC一機さえ失うわけにはいかない状況。レッドガンと私の関係性を鑑みれば、すぐにでも復職出来るでしょう」

 

目を剥いて声を上げるイグアスに、五花海は軽く頷きながら言葉を続けた。しかし、聞きたいのはそこではない。自身の実益を追求するはずのこの男が、何故そこまでして義体を手に入れたのか、だ。まさか、情に絆されたわけではあるまい。イグアスの戸惑いを察してか、彼は再び笑みを形作る。

 

「おや、よもや私がヴォルタになんの感情も抱いていないと?心外ですねぇ。これでも身内には優しくする人間なのですよ、私は」

 

「・・・・・・だからって、てめえ自身が不利益被ってまでやる奴でもねえだろ。何を企んでやがる」

 

「ふぅむ。ならば、貴方が納得出来る理由をあげましょう。ここで恩を売れば、ヴォルタは私に逆らえない。従順で裏切らない手駒を得る為、としておきましょうか」

 

悠々とのたまい、五花海はイグアスに背を向けた。ヴォルタの病室に向かうのだろう。イグアスはいてもたってもいられなくなり、その背中を追いかける。肩を掴み、力任せにこちらを向かせた。

 

「待て!俺も行くぜ、ヴォルタが口車に乗せられちゃたまらねえ」

 

「えぇ、どうぞどうぞ。では、二人で向かいましょう。ヴォルタの驚く顔が楽しみだ」

 

想定内とばかりに口角を吊り上げる五花海。怒りと混乱が湧き上がってくるのを無理やり呑み込みながら、イグアスは再度ヴォルタの病室に向かうのだった。




苦しむシオンに策動する五花海。二人の道が再び交わる日は来るのでしょうか。
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