見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「うわぁ、髪の毛さらっさら!可愛いねぇ、あんた!」
少女の住まう一室。殺風景な室内に、四人の人間が集っていた。
「そ、そろそろやめてくれないか?撫で繰り回されるのには慣れてないんだよ」
一人はこの部屋で暮らしている少女。困惑を顔に浮かべつつ、されるがままに撫でられている。元より身体能力では敵わないので、無抵抗を決め込んでいるようだ。
「あ、ごめんね。こんな可愛い子が居候してるなんて思ってなくてさ」
一人は解放戦線の戦士であるリトル・ツィイー。実は可愛いもの好きな彼女は、頬を紅潮させながらも少女に抱き着いている。
「ははは、少し慎めよツィイー。どうか許してやってくれ。ツィイーは最近、思うままに暴れられずストレスが溜まっているんだ」
一人は同じく解放戦線のMT乗り、メッサム。この中では年長者の彼は、ツィイーを諫めつつも少女に謝罪した。とはいえ、少女は口ごもり返事が出来なかったが。
「・・・・・・」
一人は少女の世話係に任命されたアーシル。複雑そうな表情を浮かべ、少女にじゃれるツィイーを見つめている。事情を知っているだけに、内心穏やかではないようだ。
アーシルがダナムから命じられたこと。それは、少女の正体を周囲に気付かれないことと、彼が裏切らないよう監視することである。前者については既に少女に説明し、渋々ながら了解を得ている。それで安堵した矢先にツィイーとメッサムが部屋に乱入してきたのだ。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「え、あー、えっと・・・・・・」
ツィイーの質問に、少女は目を逸らしながら呻く。彼には元々の名前があるが、当然男性名だ。今の姿でそのまま名乗るわけにはいかない。助けを請うようにアーシルに視線を送るが、彼もすぐには妙案が浮かばないようだ。
「?どうしたの、二人して見つめ合って」
訝しげな様子のツィイーに訊ねられ、慌てて目を逸らす両者。取り繕うようにアーシルが口を開く。
「えぇと、実は彼女は自分の名前が思い出せないみたいなんだ。一時的な記憶喪失らしい」
「あ、あぁそうそう。どうしてここに保護されたのかも分からなくてな。ごめん」
少女も咄嗟に話を合わせ、ツィイーに抱き寄せられたまま頭を下げた。こうすれば問い詰めづらいだろうという思惑があっての行動だが、どうやら効果は覿面らしい。
「ご、ごめんね?ずけずけと聞いちゃって・・・・・・」
「いや、謝らないでもいいけどさ。とりあえず、離してくれないか?」
しゅんと落ち込んだ様子のツィイーに、苦笑いしながら言う少女。しかし、実際名前が無いというのは面倒だ。この体で解放戦線と共に戦っていく以上、識別名が無ければ混乱の元になる。しかし、そう都合のいい名前を思いつけるほど、彼は見識に富んでいなかった。
「あー・・・・・・そうだな。折角だし、俺の名前を考えてくれると嬉しいな。記憶が戻るまで名無しってのも面倒だし、自分じゃあ中々思いつかないから」
少女の提案に、解放戦線の戦士達は三者三様の様子を見せる。事情を知っているアーシルは考え込むような表情を浮かべ、ツィイーは凄い勢いで頷き、メッサムは腕を組んで眉根を寄せているようだ。
「う、うん!私達で良かったら幾らでも考えるよ!アーシルにメッサムも、いいよね?」
「まぁ、うん。それは構わないけど」
「ふぅむ。名付けをするのには慣れていないが、それでもいいのなら」
三人の好意的な返事に頷いて、少女はツィイーの胸元からするりと脱出する。再び捕えられないよう距離を取りつつ、ぎこちない笑顔を浮かべて言った。
「それじゃあ、頼む。俺はちょっと疲れたから休むよ。うん、頼んだ」
暗に退出を求められた三人は、ひとまず少女の部屋から退散する。名残惜しそうな視線を扉に送りながら、所在無い様子でツィイーが呟いた。
「うーん、やっぱり迷惑だったかな」
「いや、そういうことじゃないと思うよ。結構人見知りな子だからさ」
アーシルが慰めるも、逆に彼女の疑念を煽ったようだ。どこか疑わしげな目つきで訊ねる。
「・・・・・・ねぇ、アーシル。何か隠してない?」
「い、いやそんなことは」
「その辺にしときなお二人さん。ひとまず今は、彼女の名前を考えようじゃないか」
微妙になった雰囲気を吹き飛ばすようにメッサムが明るく告げると、二人はとりあえず頷いた。あの少女の頼みは出来るだけ叶えたい。アーシルとツィイーの思惑は違っているが、結論は同じだった。
「うーん・・・・・・でも、難しいなぁ。名前って大事なものだし。本当に私達が決めてもいいの?」
「彼女自身から頼まれたし、出来るだけ応えたいけれど。今まで他人の名前を決めるって経験が無かったから・・・・・・」
「確かになぁ。俺も子供の頃はミールワームに名前を付けたりしてたが、結局食べちまったからな。ペット感覚で名付けるのはあの子にも失礼だろう」
通路を歩きながら三人は頭を捻る。アーシルとツィイーは言わずもがな、メッサムも既婚者ではない。当然、人間に名前を付けるという経験は無いのだ。少女からの頼みとはいえ、これは簡単なものではない。
「それに、彼女は何故俺達に頼んだんだ?まぁ、記憶を取り戻すまでの仮の名前とはいえ、俺とツィイーは初対面だ。どこか投げやりな雰囲気を感じたな」
「あー、確かに。それにあの子、喋り方とか振る舞いが男っぽいんだよね。なんか、見た目と中身がかけ離れているっていうか」
二人の言葉に、アーシルは高鳴る動悸を必死で抑えた。インデックス・ダナムから命じられたのは、少女の正体を決して知られてはならないということ。それは、個人的に親しくしているツィイーやMT部隊を率いるメッサム相手でも例外ではない。黙り込むアーシルをよそに、二人は思索を重ねていく。
「最新世代の強化人間、なんだっけ。もしかしたら、ここに来るまでに大変な目に遭っているのかも。わざわざルビコンにまで投下されてるんだし、一体どんな事情が・・・・・・」
「ツィイー、想像しか出来ないことを詮索するのは生産的じゃないぞ。とりあえずは名前だ、名前。アーシルはともかく、俺達は数日後にはここを離れてしまうからな。出来ればその前に決めないと」
「といっても、僕達だけだとどうにも・・・・・・子供を育てている同志に聞いてみますか?」
アーシルが話を逸らすように提案すると、二人は名案だと頷いた。この多重ダムは解放戦線のライフライン、文字通りの生命線である。攻撃の矢面に立たされる場所の為、子供は非常に少ない。とはいえ、決していないというわけでは無かった。
解放戦線は現地民達からなる勢力であり、ルビコンで行われる日々の営みとは切っても切れない関係だ。そして、この星に絶対安全な場所など存在しない。だからこそ、重要拠点であるガリア多重ダムに子供と共に暮らしている夫婦も存在していた。
「確か、メカニックをしているレドロ夫妻は昼過ぎから非番だったはず。迷惑かもしれないけど、居住スペースに訊ねようか」
「流石アーシル、細かい所まで把握してるんだね。だから外部のオペレーターも務められてるのかな」
「褒められる程の事じゃないよ。レドロ夫妻はつい半年前、三人目のお子さんが生まれたばかりだ。何か困ってることがあれば手伝いたいし・・・・・・同志メッサムはどう思います?」
「俺もアーシルに賛成だ。いつの時代も子は宝だからな、姿を見れば活力が湧いてくる。名前の件もあるから押し掛けてしまおう。何より、夫の方は知らぬ仲でもない」
予想外なメッサムの言葉に、アーシルとツィイーは目を見開いた。確かにメッサムは解放戦線の中でも古参ではあるが、そのような繋がりがあるとは欠片も思わなかったのである。
「えぇっ、先に言ってよメッサム!」
「レドロの名が出てから思い出したんだ、許してくれ。それにしても、ガリアのダムに移っていたのか。健在なようで何よりだ」
「まぁ、うん。とりあえず居住スペースはこっちです。ついてきてください」
多少の混乱はあったものの、三人は居住スペースへと進んでいく。突如解放戦線に保護された少女、その名前を付けてほしいという頼みを果たす為、レドロ夫妻の元へと向かうのであった。
「あー・・・・・・クソ。あんなこと言うんじゃなかったかな」
一人きりの個室。少女は一人で呟きながら、ベッドへと寝転んでいた。
今の状況で、元々の名前を名乗るわけにはいかない。そんなことは分かっている。しかし、可愛らしい少女の体になった上で、別の名を自分から名乗ることにはどうしても抵抗があった。なんというか、現状を自分から受け入れてしまいそうで。
「男の自覚は持ってたいぜ、せめて。あぁいう風に可愛がられるのはごめんだ」
先ほどのことを思い出す。解放戦線の戦士、その一人であるリトル・ツィイーに撫で繰り回されたことを。確か彼女もランカーだったはずだ。しかも、ダナムよりも上のランク。
「あんな娘さんもACに乗って戦ってるとか世も末だな。あぁ、クソ」
今となっては、自分の方が幼い娘だという事実が少女に舌打ちをさせた。どうにも気味悪い感覚を振り払いながら思考を変える。
もう一人のメッサムという人物のことは知らないが、恐らく彼も戦士なのだろう。戦場に立つ者特有の雰囲気を、少女はメッサムから感じ取っていた。ともすればツィイーよりも濃い匂いだ。歴戦なのだろう。
「はぁ・・・・・・もしかすれば、これから共闘することもあるのかねぇ」
今夜、少女はダナムに返事をしなければならない。解放戦線に属して戦うか否かを。が、少女の腹は既に決まっていた。元々自身はAC乗りなのだから、肉体が変わってもやることは変わらない。そう思いつつも、やはり多少の拒否感はある。
ルビコンに限らず、少年兵はどこにでもいるものだ。しかし、AC乗りは数が少ない。他と比べて比較的高価な兵器であるACに、実力の伴わない少年兵を乗せるのは効率が悪いのだ。体力や精神面の問題もあり、少年兵達はもっぱら汎用兵器のパイロットに回されていた。
だからこそ少女は違和感を覚えている。こんな幼い肉体に、何故最新世代の強化手術を施したのか。自分の体でありながら分からないことだらけだと首を振り、枕に顔をうずめる。この体の本来の持ち主は自身の境遇をどう思っていたのだろうか。それは誰にも分からない。
「うー・・・・・・」
可愛らしく呻きながら、少女は心の内で問いかける。誰かがそこにいるかもしれない。この少女本来の精神が残っているかもしれない。だが、返事が返ってくることは無かった。虚しい気分になりながら、雑に毛布を引っ被る少女。ふて寝を決め込むつもりのようだ。
「目が覚めたら元に戻ってねえかなぁ」
そのぼやきは誰にも聞き届けられることは無く、やがてすぅすぅと寝息が聞こえ始めるのだった。
名前ってのは大事です。どう呼ばれるかによって、周囲がどう定義するかも変わりますから。レイヴンもそう思うよね?