見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「あれか」
レーザーブレードの一閃で同時に三機のLCを斬り捨てたフロイトは、遠間に見える制御タワーに目を向ける。あそこが司令部だろう。
「つまらないな、封鎖機構の機体は。画一的で面白味が無い。これなら、アイスワームの方に行った方がマシだったか」
敵地のど真ん中にいる状況にそぐわない呑気な言葉。しかし、動き自体は機敏かつ的確だ。執拗に放たれる迎撃の弾幕を容易く掻い潜りながら、フロイトは制御タワーへと迫る。遮ろうとするLC、HCを赤子の手を捻るように撃破し続け、乗機であるロックスミスへのダメージも殆ど無い。研ぎ澄まされた技量によって、彼は単騎で戦局を塗り替えようとしていた。と、
「ん?」
不意にクイックブーストを吹かすフロイト。直前までロックスミスがいた位置を拡散バズーカの弾が通り抜け、後方で炸裂する。
『おや、贈り物を受け取って頂けないとは。残念です、V.Ⅰ』
通信から聞こえてくる声は、妙な質感を以てフロイトに届いた。こいつは面白い奴だ。積み上げてきた経験によって瞬時に直感し、砲弾が飛んできた方向に機体を向ける。そこには黄色を基調とした、遠くからでもよく目立つ色のACが佇んでいた。一通りやり続けているアリーナの戦闘プログラムで、幾度も撃墜した記憶がある。
「コヨーテスの頭目か。成程、面白そうだ。やろうか」
『いいですね、実に情熱的だ。では、共に楽しみましょう!』
常人ならば置いてけぼりになるような、飛躍した会話。歪な歯車が噛み合ったかのように、二人は戦闘を開始した。
「ぐうぅっ!?」
泡のようなパルスを前後から浴びせかけられ、トラルテクトリのAPが一気に削り取られる。突撃によって一時的な優位を得られたものの、パルスプロテクションは消滅間近で戦力差は歴然。MT部隊はともかく、ヴェスパーの番号付きを二名相手にしなければならないのは、予想通りとはいえ苦しい展開だ。
それでも、シオンの身が恐怖に竦むことは無い。可能な限り被弾を減らしつつ、狙うはメーテルリンクのインフェクション。まずは一機落とさないことには離脱もままならない。幸い、相手も相応に消耗しているはず。MT部隊を盾に距離を取ろうとするメーテルリンクに肉薄し、火力を集中する。
『させるか!』
「っとぉ!?」
しかし、スタッガーを取る間も無くペイターに斬りかかられた。パルスで形作られた刃をすれ違うように避けつつ、シオンは仕方なく距離を取る。相手の連携は洗練されており、一朝一夕の対策では覆しようが無い。しかし、それでも尚彼は獰猛に吼えた。自らを奮い立たせるように。
「やってくれるなぁ番号付き共!だけどまだ俺は落ちねえぞ!そぉらどんどん来い!」
安っぽい、挑発にもなっていないような挑発。このような煽りが百戦錬磨のヴェスパー部隊に通用するはずも無い。シオンもそんなことは分かっている。だが、離脱もままならない以上、この場で踏ん張る以外の選択肢は存在しなかった。
シミュレーターで培ってきた対ヴェスパーの経験に、死への恐怖を呑み込む勇気。今のシオンの手札はそれだけだ。だからこそ虚勢を張り続ける。この戦力差の上精神的にも追い込まれてしまえば、待っているのは無惨な敗北だけだからだ。
メーテルリンクとペイターは、シオンの虚勢に当然気付いている。しかし、チェーンソーの瞬間火力を無視出来ない故に足止めを喰らっていた。ランキングに登録されていないとはいえ、その戦歴は油断出来るようなものではない。さらに、封鎖機構に助力しているという想定外な状況。ペイターはともかく、メーテルリンクの胸には僅かな逡巡が生まれていた。これは何かの罠ではないか?
『こちら司令部、V.Ⅰが敵制御タワーへと到達した。後退中の封鎖機構部隊に歩調の乱れが見られる。追撃は可能か?』
『可能ですが、敵ACトラルテクトリへの備えが必要です。こちらの部隊を二手に分けますか?』
シオンを牽制しつつ明瞭に答えるペイターに、メーテルリンクは口を挟むか悩む。ここで戦力を分割して本当にいいのだろうか。シオンは執念深く、捨て身になるのも厭わないパイロットだ。過去に直接戦ったことのある経験から、彼女の食らいついて離さないような戦いぶりを強く警戒していた。
『いや、それならば敵ACの撃破を優先しろ。こちらで本隊の一部を迂回させ、後退中の部隊に突っ込ませる。V.ⅧとV.Ⅵは敵ACの撃破後これに合流、MT部隊と共に追撃に移ってくれ』
『『了解』』
オキーフからの命令を受けつつ内心安堵するメーテルリンク。それならば、圧倒的な戦力差で押し潰せる。このまま警戒を緩めず、真綿で首を絞めるように削っていけばいいのだ。眼前のトラルテクトリに照準を合わせつつ、回避を最優先に行動する。多少はこちらも被弾するが、チェーンソーにさえ当たらなければこの状況は覆らないはずだ。
「うおぉぉっ!」
気合の叫びを上げているシオンにも、そんなことはとっくに分かっている。だが、そう簡単にチェーンソーを叩き込めるほどヴェスパーは甘くない。個々の実力で圧倒しているわけでもないというのに、二機を相手にするのは無謀だ。分かっている。しかし、これ以外の選択肢は無かった。
封鎖機構の組織的撤退についていったのならば、まず間違い無くしんがりに配置されたと推測出来る。まさか、連携も取れない部外者を優先してくれるはずも無い。そうなれば追撃の矢面に立つことになり、今よりももっと不味い状況になっていただろう。
とはいえ、現状もこのままでは撃墜されてしまう。焦りながらも操縦する四肢の動きを乱さず、シオンはヴェスパー二機の隙を伺った。この死地を潜り抜けるにはどうすれば・・・・・・と、
「っ」
唐突にモニターが文字を映し出す。ブルートゥからのメッセージのようだ。その内容に目を通したシオンは、死地にいることすら一瞬忘れる程の衝撃を受けて思わず呟いた。
「んな馬鹿な・・・・・・!!!」
レーザーブレードの一閃がミルクトゥースを捉え、装甲を焼き斬っていく。ロックスミスに損傷は殆ど見られず、一方的な戦況をありありと表していた。
『どうした、まだやれるだろ。ここからが面白くなるところだ』
「当然です。折角の晴れ舞台、途中で降りるなど勿体ありませんから」
フロイトの言葉に悠然と返し、火花を散らしながらミルクトゥースを前進させるブルートゥ。AC乗りとしては十分な実力者である彼をして尚、フロイトとの差は隔絶している。どんな手を使ってもまるで歯が立たない。
しかし、それでもブルートゥが口元の笑みを絶やすことは無かった。心底楽しそうに、歌うような口調で朗々と声を上げる。
「これは終わりの始まり。幕を上げるのに激しいステップが必要だというのなら、踊り疲れても足を止めてはならない!さぁV.Ⅰ、これが私が出来る最大限の贈り物です!」
ミルクトゥースから周囲に信号が飛ぶ。それを受信した封鎖機構の兵器達が、突如として爆発した。爆発は連鎖的に広がっていき、それは上空に展開し始めていた強襲艦隊も例外では無い。爆炎と共に船体が歪み、へし折れ落下していく。
阿鼻叫喚の通信が両者の回線に届き始めた。封鎖機構は突然の爆発により混乱極まり、追撃を仕掛けていた企業連合も爆発に巻き込まれ大損害を被っているらしい。
『・・・・・・へぇ。事前に仕込んでいたのか』
「アーキバスに鹵獲されるわけにはいきませんからね。さて、クライマックスと参りましょう!」
僅かな動揺も見せないフロイトは、地獄の如き周囲の状況を理解しながらもブルートゥから目を逸らさない。レーザードローンを射出しつつバズーカの砲弾とミサイルの波状攻撃を軽々とかわし、火炎放射器の火が追従出来ない速度で横へと回り込む。至近距離で放たれたロックスミスの拡散バズーカは、全弾がミルクトゥースに直撃した。
さらに、ドローンからのレーザーが追い打ちとなりブルートゥはスタッガー状態に追い込まれる。全てが完璧に噛み合った動き。付け入る隙の無い絶対的な実力を見せつけながら、フロイトは再びレーザーブレードを起動した。複数の出力装置を通して長大な刀身が形成され、回転するように薙ぎ払われる。
青く輝く刃がミルクトゥースの装甲を溶かし、焼き斬っていく。それなのにブルートゥは笑っていた。心の底から愉しそうに。
「あぁ、あぁ、あぁ!やはり貴方は素敵だ、V.Ⅰフロイト!でもね、それでは足りない!世界を変え得る力というのは、もっと無茶苦茶でなくてはならないのです!」
ミルクトゥースのコアの背部が展開し、ジェネレーターが限界を超えて駆動する。アサルトブーストの予兆にフロイトが下がろうとするが、装甲に食い込んだレーザーブレードが抜けない。ペンチのような腕が、ロックスミスの腕を掴んで離さないのだ。
「さぁ、受け取ってください!!!」
ミルクトゥースを中心にパルスの閃光が迸る。咄嗟にパルスアーマーを展開しても、一瞬でかき消えてしまった。通常のアサルトアーマーではあり得ない出力。自壊も厭わぬそれが、双方のACを焼き尽くしていく。
『くっ、はははっ!』
バチバチと明滅する視界。その中でフロイトは笑う。恐らく、敵機はアサルトアーマーの威力を限界以上まで上げる為に特別なチューニングを施したのだろう。言ってしまえば自爆だが、だからこそ面白い。通常の神経ならば考えついても実行しない手段に、彼の口角は吊り上がった。
『やっぱり面白いな、お前!』
そう叫び、引き寄せられている腕を逆に押し込む。レーザーブレードは既にオーバーヒートしているが構わない。アーキバス製の洗練されたマニピュレーターを瞬時に操作し、ジェネレーター部分に手刀をねじ込んだ。溶け落ちていくのにも構わず内部の配線を掴み引き千切ると、ジェネレーターの爆発と共にパルスの奔流が弱まっていく。
そして。閃光が収まった後に立っていたのは、リペアキットを使用し万全の状態に戻っているロックスミス。ミルクトゥースは全身が焼け焦げ、ピクリとも動かなかった。
『・・・・・・終わりか?まだ何か隠してるんだろう、ドーザー。おい、動けよ』
打って変わって冷めた声で、フロイトはミルクトゥースの残骸を足蹴にする。誰がどう見ても決着はついた。ミルクトゥースは最早スクラップであり、パイロットであるブルートゥの生存も絶望的だろう。フロイトも理屈としては分かっている。しかし、それとこれとは話が別だ。
久しぶりに面白い戦いだった。彼を高揚させる戦闘は、このルビコンにはそう多くない。つまらない任務を繰り返すのは退屈の極みである。スネイルはそれなりに歯応えのある任務を選定しているようだが、どうしても安全を確保してしまう。アーキバスの最高戦力であるフロイトを失うわけにはいかないと、神経質になっているのだ。
だからこそ、今回は楽しかった。イチかバチかの自爆とはいえ、一手間違えれば相打ちになっていたかもしれない。敗北が脳裏をよぎったのは久々のことだ。叶うならばもう一戦。そう思いながら、フロイトは残骸をぐりぐりと踏み締める。いつもこうだ。楽しい時間は過ぎ去り、二度と戻らない。子供じみた感情に浸っていると、ひっきりなしに通信が飛んできていることを思い出した。回線を開いて繋ぐ。
『こちらフロイト、制御タワーを防衛する敵ACを撃破した。このままタワーを落とすぞ』
『それどころではないと分かっているだろう!封鎖機構の戦力は半数以上が吹き飛び、それに巻き込まれたこちらも被害甚大だ!敵戦力は壊滅的、鹵獲は不可能と上層部は判断した。撤退しろ、V.Ⅰ!』
普段は無気力にも見えるオキーフの怒声がコックピット内に響き渡る。今までに聞いたことの無い声色だ。
『そんな声も出せるんだな、オキーフ。いつもの不貞腐れている感じよりよっぽどいいじゃないか』
『言っている場合か!追撃を考える必要は無い、戻ってこい!』
『了解した。ルートはどうする?っと』
そこまで言って、既に撤退ルートの情報が送られてきていることに気付いた。流石は情報部門の統括、仕事が早い。オキーフの手際に軽く頷きながら、フロイトをブースターを起動。その場を離脱しようと、
「まだです」
『っ!!』
通信に割り込んできた声。脳が痺れるような直感を覚えたフロイトがクイックブーストを吹かそうとするも遅かった。拡散バズーカがロックスミスに直撃し、体勢が大きく崩れる。ACSへの負荷を受けながら飛んできた方向を確認すると、そこにはあり得ない光景が映っていた。
「カーテンコールにはまだ早い。そうでしょう?V.Ⅰ、フロイト」
既に撃破され、戦闘はおろか動くことすら出来ないはずのAC。ブルートゥの駆るミルクトゥースが、まるで亡霊のように佇んでいた。
再起動ってのはやっぱり浪漫なんですよ。そして芸術は爆発なんですよ。あとACでモツ抜きしたいんですよ。